11 奴隷姉妹轟沈
「ヒャハッヒャハハハ、だからあ、私たちはあ、もうエージ様とは離れられないんですう。一生一緒なんですよお」
結論から言おう。
キッサは酒乱だった。
「あんまり飲むと傷口に悪いんじゃねえの?」
「キャハハ、このくらいわあ、水みたいなもんですう。あのクソ法術士がかけたこの首輪ってえ、エージ様が死ぬと締め付けられて私達も死ぬんですよお。結構高価な聖石まで使ってこんな拘束術式かけるとかあ、奴隷の値段からしても絶対赤字なのにい、この国の奴ら嗜虐癖強すぎの変態ですよお」
メトロノームの振り子のように身体を一定のリズムで左右にふりながら、キッサはさらに酒を口に運ぶ。
「それにい、この首輪、エージ様から三〇マルト離れるとやっぱり締め付けて私達死にますう。だからわたしはいいけどお、シュシュを死なせるわけにはいかないじゃないですかあ、いひひひひ、うふふ、ぐすっ、ふえーーん、ひぃーーん」
今度は泣き始めた。
もう今後こいつにこの酒を飲ませるのは控えさせよう。
その隣ではシュシュがまだガツガツと肉にかじりついている。
骨までバリバリかじって文字どおり骨の髄まで味わっている。
「うー、お腹いっぱいになっちゃった」
シュシュはまだ残っているパンを恨みがましげに眺めながらそういう。
口の周りと両手は肉の脂だらけ、そこにパンくずがたくさんくっついている。
「まだあるのに、もう食べられないよ……」
そう言いながら手についたパンくずを、小さな舌でペロペロと舐めとっている。
猫みたいでかわいいけどさ。
でもしかし食い過ぎだ。
腹こわさないのか?
「いやいやお前、よくこんなに食えたな……。質量保存の法則はどうなってるんだ。どこに入るとこあるんだよ」
「あのねあのね、おにいちゃん」
おにいちゃん呼ばわりかよ、奴隷なら奴隷らしく御主人様とかいえよ、まあかわいいからいいことにする。
おにいちゃんって言葉教えたのは俺だしなっ!
いやだって、俺は一人っ子だったから、言われてみたかったんだもーん。
いやあ幼女におにいちゃんって呼ばれるのってちょーいーじゃん!
いかーん、俺も酔っ払ってるぞこれ。
あのなんとかって酒、度数が強すぎだ。
「ほらほらおにいちゃん、見てよ!」
シュシュはたちあがり、Yシャツの裾をまくる。
うおお、九歳児の生お腹!
なんなのいったい。
火が付くほどの酒をグラス一杯飲んだせいて、俺の視界はグラングラン揺れてる。
もうわけわからん。
「ほらおにいちゃん、食べたもの、ここにはいってるんだよお!」
確かに、シュシュのお腹はぽっこりとふくらんでいる。
ツルッツルのすべすべな、奇跡みたいになめらかな白い肌、控えめなおへそがキュートだ。
あーもーかわいいなあ。
でも女の子なんだからもっと恥じらいをもたないとな。
「いいから。みっともないからかくせ」
「はーい。ね、お兄ちゃん、私ね、なんか、のどがかわいちゃった……」
「んー、そっか。水、あったかなあ?」
俺が探す前に、シュシュは姉の持っていたグラスをさっと奪い取り、クンクンと匂いを嗅いだ。
次の瞬間、シュシュの小さな体はぐらっと揺れた。
そしてグラスを持ったその体勢のまま、コテン、と床に倒れた。
見ると、顔を真赤にして寝息をたてている。
匂いだけで酔っ払ってしまったらしい。
こぼれた酒が絨毯を濡らしている。
「あははは、シュシュ、いまの、おもしろーい、キャハハ、ぐすっこんなに小さいうちから奴隷にさせちゃってごめんねええううう、ひいいいん、うえええええん」
そしてキッサも泣き顔のまま床に横たわり、ぴくりとも動かなくなった。
うーん、こいつらが俺の奴隷かあ。
もう少しおしとやかで従順なのがよかったけどなあ。
ちょっと調子に乗らせてしまったかもしれん。
ビシッと厳しく接するべきだったかもなあ。
まあ俺の性格上無理なんだけどね。
さてどうしよう。
二人の奴隷姉妹が並んで眠り込んでいる。
いい加減俺も酔っ払っていたし、なんか邪魔だなあと思ったので、まずは姉奴隷の足をずるずる引っ張って部屋の端っこによせると、その上に妹の身体を重ねておいた。
「うーんうーん」
キッサが苦しげに眉を寄せてるが、めんどくさいからいいや。
でもこのままだと風邪引くかな。
ベッドルームに行く。
豪華な刺繍の施されている布団があったが、これを奴隷に使うとなにか問題があるかもしれない。
なるべく地味な普通の毛布を選び、それを何枚か持っていって二人の身体の上にばさっと乱暴に投げる。
「うーん暑いー重いーうーんうーん……」
キッサの寝言がうるさかったのでもう一枚しっかりかぶせてやる。
うん、静かになった、これでよしと。
あー、なんか、今日はいろいろあって疲れた。
風呂はいりてえな。
せめて、シャワー。
ここ、お湯とか出るかな。
瞬間湯沸器なんかないだろうなあ。
バスルームを覗くと、きちんとシャワーノズルがあった。
しかも蛇口をひねるとお湯が出る!
どういう仕掛けだこれ?
まあ後で訊いてみよう。
でもとりあえずシャワーだシャワー!
俺は履いていたスラックスやトランクスを部屋の中に脱ぎ捨てた。
六畳一間のアパートに住んでいたときはいつもこうだったし、酔っていたしな。
そしてバスルームに入り、思う存分温水シャワーで身体を温める。
もう太陽は完全に落ちていて、バスルームも部屋の中もかなり薄暗い。
そこかしこにランプがあるけど、でも油の代わりに黒い石が置いてあった。
さきほど、
「もうこのくらいの法術しか使えなくなってるんですよお、この首輪ひどすぎい」
と言いつつキッサがそこに火を灯していた。
そのかすかな光だけが唯一の照明だ。
ロウソクくらいの明るさしかないので、文字を読むのも一苦労しそうだ。
この世界、暗くなったら寝るしかなさそうだな。
ま、俺はこの世界の文字読めないからどうでもいいし、ネット環境がなきゃ夜更かしもしなくてすむからむしろ健康にはいいかもしれん。
タオルで身体を拭きながらバスルームから出ていこうとした時、廊下へと続く部屋のドアが開く音が聞こえた。
そして、俺は見ることになる。
とんでもない光景を。
それは俺自身の命を失わせかねないほどの、戦慄すべきワンシーンだった。
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