10 神の気まぐれ
部屋の中が暗くなった。
窓から差していた夕日の光が消えたのだ。
太陽が地平線に沈んだのだろう。
だがまだ真っ暗というほどでもない。
俺はキッサに尋ねる。
「別の疫病?」
「ええ。もともとこの大陸では男が生まれにくい土地だったのです。その上、百年ほど前、『神の気まぐれ』と呼ばれる疫病が発生しました。この病気に感染すると、三日三晩高熱に冒され、男性はほぼそのまま亡くなりました。女性は死ぬことこそ少なかったものの、回復したのちに生殖能力に異常をきたしたのです」
「異常……ってまさか」
「はい。『神のきまぐれ』を経験した人間は、その後女性しか産めない身体となりました。そうして産まれた子供もその体質を備え、男性はこの世に産まれてこなくなってしまったのです。この病気は感染力が強く、ものの二年ほどで大陸全土に伝染し、もう何十年ものあいだ、この大陸に男性は産まれてきていないはずです」
「そんな……じゃあ、え? じゃあおまえらはどうやって産まれてきたんだよ」
「それで、これです」
キッサは長い白髪をかき上げ、耳を露出させる。
その耳たぶには深紅に輝く宝石が埋め込まれていた。
ロリ女帝の耳にも、女騎士ヴェルの耳にも同じものがあったはずだ。
ピンヒールが似合いそうなエリンのは碧い宝石だったけど。
「このラスカスの聖石を耳に埋め込むのです。他の身体の部分では効果がありません。ラスカスの聖石は産まれて一歳になるまでにこうして埋め込まれ、十数年の時間をかけてゆっくりと体中の法力をため込みます。時が来ると聖石の色が碧く変化します。その聖石を他の人物の腹部に埋め込みます。もちろん自分のお腹じゃだめです」
「腹部に……埋め込む? どうやって?」
訊くと、キッサは途端に顔を真っ赤にして両手をもみしだきはじめた。
言おうか言うまいかしばらく迷っていたようだったが、
「知りたいんだ。教えてくれ」
と俺が重ねて訊くと決心がついたらしく、キッと顔をあげて俺をまっすぐ見た。
「神の恩恵を受けるにはお互いが慈しみ合っていなければならないとされています。また、ラスカスの聖石はできるだけ多くのあい……体液に触れさせた方が丈夫な子が生まれるとされています。ですから、ええと、つまり、ベッドを共にし、えっと……」
「うん」
「えっと………………」
「それで?」
「………………その………………」
「うんうん、それでそれで?」
「…………………………………………ごめんなさい、やっぱりこれ以上はいえません」
うんなるほどわかった、レズか。
この世界の女性はみんなレズプレイで産まれてきたってことか!
なんじゃそりゃあ!
でも話を聞く限り、人口問題にはならなそうだけど。
「だったら耳にいっぱいその聖石を埋め込んでおけばいいんじゃないか?」
「いいえ、一人の女性が一度に聖石を育てることができるのは一つまで、一生に育てられる聖石は二つまで。たいていは二つ同時に埋め込みますが、碧く変化するのは一つずつです。それ以上埋め込んでも意味がありません。子どもを作るための法力には限界がありますからね」
キッサは耳に埋め込まれた自らの聖石を撫でながら言う。
「たとえば一組のカップルが産める子供は多くて四人、そのうち半分は七歳までに死ぬことが多いのです。聖石を腹部に埋め込んだからといって必ず子どもが生まれてくるというわけでもありませんし」
乳幼児死亡率がかなり高いみたいだな。
栄養状態が悪いみたいだから仕方がないのかもしれない。
医学や科学の水準がどこにあるのかはわからないし、法術ってのがどこまでをカバーしてるのかも知らないが、新生児死亡率0.1%、乳幼児死亡率1%未満という現代日本がむしろ異常なのは俺も知っている。
日本だって昔は七歳までは神のうち、とかいって子どものうちに死んじゃうのは普通のことで、その名残が七五三の風習なのだ。
「戦争や紛争も多く、また他の疫病が流行ることもあり、子をなす前に死んでしまう者も多いのです。聖石によって産まれた人間は寿命が短くなりますから、大陸の人口はここ数十年、ずっと減り続けています」
「それで、奴隷制か」
だんだんこの世界のありようがわかってきた。
法術――魔法みたいなものだろう――がどこまでの力を発揮できるのかは知らないが、女性ばかりしかいないとなると、特に力仕事が必要となる農業において生産性は低くなるだろう。
食料は少ない。
人口は減り続ける。
労働力が足りない。
だから、戦争なりなんなりで人を誘拐し、奴隷にする。
だが奴隷というくらいでその労働環境は過酷で熾烈なものだろう。
当然、早死にするものがほとんどじゃないだろうか。
戦争、収奪、奴隷、全てが人口を減らす方向に向かい、世界は崩壊へと向かっている。
俺のように、異世界から男を転生させるにしてもだ。
王宮でのやりとりから見ても、そこそこの力を持った地方領主であるヴェルがかなりの資金を拠出した上での国家をあげた大事業っぽい。
数年がかりでやっと俺一人を転生させた程度。
これじゃあ、焼け石に水だ。
キッサの言うとおり、この世界は滅びに向かっているといっていいだろう。
まじで暗黒時代の真っ最中というわけだ。
思わずため息がでる。
もっとイージーな世界がよかったなあ。
ハードモードな世界みたいだ。
俺は奴隷姉妹を見る。
こいつらも貴族のために焼かれた白パンを食べるなんて、もしかしたら生まれて初めてなんじゃないだろうか。
そう思ってふと見ると、さっきからパンやら肉やらを食べているのは妹のシュシュだけで、キッサはほとんど手をつけていない。
「あれ、キッサ、全然食べてないじゃないか……って、もうほとんど残ってないな。ええと、外の衛兵に言えばもってきてくれるかな。ほしいもの、あるか?」
「ありがとうございます。でも奴隷である私達が食べ物に注文つけるのは……」
「いいよ、別に俺の金じゃないし。金がかかるとしてもヴェル持ちだろ、多分。遠慮せずにほしいもの言いな」
キッサは本当に言いづらそうにおずおずと、
「では……タースラットビーナお願いできますか?」
「おう、わかった」
部屋のドアを開けるとたまたま衛兵が通りかかったので、ものは試しと、
「食事と、ええと、たーすらっとびーな? もらえますか?」
と頼んでみた。
すると、ものの十分も立たぬうちに、給仕係が新しいパンやら鳥の丸焼きやらを届けてくれた。
それに、陶器製の大きな瓶。
さすが貴族。
料理はホテルのルームサービスと同じようにキャスターつきのワゴンで運ばれてきた。
うーん、正直いって、元いた世界でもルームサービスなんて頼んだことないのに。
ちょっと感動。
まずは鳥の丸焼きを二皿うけとり、妹奴隷の前に置く。
次に瓶を二本受け取って姉妹の所に戻ってくると、すでに鳥が半分骨になっていた。
「鳥さんも、おいしいね!」
ニコニコと天真爛漫な笑顔で言うシュシュ。
すげえな、ある意味惜しい。
なにがってこの妹幼女奴隷、地球に生まれてたら大食い早食いの特技でタレントになれてたと思うぞ。
しっかし、よく考えたらなんで俺は自分の奴隷のために食事を運んでいるんだ?
おかしいよな、俺が奴隷を接待してどうする。
「……パンくらい自分で取りにいけよ……」
そう言うと、口の周りを鳥の脂でテラテラ光らせているシュシュが、
「はーい!」
と元気よくパンを受け取りに行く。
その間に陶器製の瓶を眺める。
「これ……酒……か?」
キッサが恥ずかしそうに、
「はい……すみません……でも! タースラットビーナは地方によってはお水よりも安価でよく飲まれてますし、あの、その、おいしいと思いますからエージ様に是非味わっていただきたくて……」
「ふーん。俺はそんなに酒好きってわけじゃないけどな。まあせっかくだから少しだけ」
異世界の酒ってのにも興味がないわけじゃなかったので、瓶の中身をグラスに注ぎ、ちょっと一口飲んでみた。
途端に口の中が粘膜が焼ける感触でいっぱいになった。
飲み込むと、食道、そして胃袋が熱く燃えた。
うわあ。
俺、これと似たようなの、飲んだことあるわー。
上司にむりやり連れて行かれたロシア料理の店で飲んだわー。
「これ、度数の高いウオッカじゃねーか!」
「ウオッカ? ってなんですか? これはタースラットビーナという穀物から作るお酒です」
「めっちゃ強い蒸留酒だよな、これ……」
「火をつけると燃えるので気をつけてくださいね」
もはや酒じゃなくて純アルコールじゃねーか。
「これ、お前が飲みたくて頼んだんだろ、ほら飲めよ」
「申し訳ありません、どうにもこうにもこいつばっかりはやめられなくて……」
アル中の親父みたいなことをいって照れ笑いするキッサ。
やべえ、この姉妹、奴隷のくせに俺のお人好しな性格を早くも見抜いたのか、ふてぶてしくなってきたぞ。
ま、いいか。
俺はこの世界についていろいろ聞きながら、キッサとともに杯を傾けることにした。
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