第10話 光の心は闇を照らす
純愛。それは俺を語るにおいて外すことのできない重要な要素の一つだ。
よく俺は愛を知らない酷い人間だと誤解されがちだが、本来の俺は他者を愛する気持ちに溢れている。闇の民のようなクズ共に向ける愛情が皆無で、そういう姿ばかりを見られているだけで、本来の俺はとても理性的で正しい愛を他者に向けることが出来る。
そんな愛を良く知る俺が特に拘りを持っている愛がある。それが純愛だ。
「少年よ。愛しの彼女を殺しに行くのは俺の純愛論を聞いてからでも遅くはないと思うぞ」
「……いえ、遠慮しときます」
ノリの悪い光の民だな。こんなにも俺が颯爽と飛び出して救ってやろうと言ってるのに。
「遠慮しているのか? そんな必要はないぞ。俺は光の民を守る光の戦士だ。君のような光の民のために割く時間は無限にある」
「いや、そうじゃなくて」
バツが悪そうにちらちらと周囲を伺っている。周囲の奴らは俺達に目を向けていた。俺達、というよりも俺を見ているようだ。
「あの……デルゲンさん、ですよね?」
「……チガイマスヨ」
「いや、あなたはそこそこ有名だから、わかりますよ」
マジか。前から何となく俺の知名度が高いことは気付いていたけど、全て俺の己惚れだと思ってた。でも、そうかぁ。感慨深いな。俺の光の活動が花開いたのかもしれない。そう期待した俺はアホだった。
「光の民を自称する闇の民が居るって噂は良く聞きますから」
「は? 誰が闇の民だって?」
男がきょとんとしてケラケラと笑った。
「すごい、ほんとに光の民を自称してるんだ。半信半疑だったけど、へぇ、こんな人いたのか」
こいつほんとに光の民か? ちょっと失礼過ぎやしないか? チッ、せっかく助けてやろうと思ったのに、闇の民に片足入れた奴はダメだな。でもまあ、光と闇の中間の民というのは貴重だ。これを機に俺の世間での評価を聞いておくのも悪くないか。
俺が男との話に興じようと腰を上げると、ガンザイが待ったをかけた。
「ちょ、ちょっと困るよデルゲン君。これからこの人には愛しの彼女を殺しに行ってもらわないといけないんだから」
「それがダメだって言ってるんだよ。ガンザイ、お前はもう少し自制するべきだ」
「デルゲン君には言われたくないなぁ」
「俺だから言えるんだよ。俺はお前と違って自制の心を持ってるからな。さあさあ、もうお前の出番は終わったんから邪魔をしないでくれ。お前は人の意志を重要視するんだろ? なら、これからのこいつの意志を尊重してやってくれよ」
「……わかったよ。黙ってみておけば良いんだろ」
話が早くて助かる。
ということで俺は光の民の説得を続けることにした。
「で、俺のどこが闇の民だって?」
「えぇ……。今は俺の狂行を止めるって話だったはずですよね? デルゲンさんが闇の民かどうかってそんなに重要ですか?」
「重要に決まってるだろ。俺がクズだって悪口を言われてるようなもんだぞ。これはれっきとした風評被害だ。原因究明する必要がある」
「えぇ……。そんなの火を見るよりも明らかと言うか……」
俺はどこからどう見ても光の民だろ。今もこうして光の民のために身を粉にして説得をしてるんだからな。少しは俺の苦労も理解してほしいものだ。
俺の真剣な眼差しを受けた男が溜息をついて、諦めたように言い出した。
「デルゲンさんって結構頻繁に流血沙汰を起こしてるじゃないですか。流血沙汰って闇の民の人達に共通する事件なんですよね。普通の人は傷つけたりとか考えないし」
なるほどな。でもその考えはおかしい。
俺は男の考え方を否定した。
「それは違うんじゃないか? 流血沙汰ってのは結果の話だ。肝心なのは何を思って流血沙汰を引き起こしたのかどうかだろ。善行を為そうとしたら流血沙汰になるしかなかった何てこともあるわけだしな。それは悪ではないだろ」
「……そうですかね?」
「そうだって。悪を罰する正義のヒーローは善人だろ?」
「まあ、悪者が話を聞かない奴だったらそうするしかないですからね」
「だろ? それと同じで、流血沙汰は必ずしも悪ってわけじゃないんだ。現に今お前は自分の愛を伝えるためにナイフを手にしてるわけだし。流血沙汰が悪だと断ずるのは早計だと思うぞ」
こんなことを言ってるがこの問答に意味がないことは俺が一番理解している。結局のところ、俺のイメージの改善を図るには俺の考えを伝えるよりも、俺が光の民の考え方に準拠するやり方の方が合理的だ。
そんなことは最初から分かっている。
男を論破したと言うのに俺の気は晴れなかった。どうして光の民は俺の活動を分かってくれないんだという気持ちがどす黒いオーラとなって俺の心をかき乱す。
しかし、神は俺を見捨てはしなかったようだ。この一見無意味に思える問答には意味があったようで、男が照れくさそうにポリポリとこめかみを掻いている。
「あの、散々酷いことを言っちゃった後であれなんですけど……。その、ありがとうございます」
ぺこりと男が頭を下げてくる。俺には何が何だか分からずポカンと口を開けてしまった。
「やっぱり人を殺すのは良くないですよね。さっきまでの俺はちょっとおかしかったです。デルゲンさんのお陰で正気に戻れました」
こいつを光と闇の狭間の住民だと思った俺は間違っていたようだ。こいつは正真正銘の光の民だった。いや、俺が狭間から光へと救い出したと言うこともできるか。
嬉しい。俺の活動で光の民が救われたのだ。
「え? そう? 俺のおかげで? えへへ、そう? マジ? ちょっと、照れちゃうなぁ。だけど、何が反省のきっかけになったんだ?」
男がポリポリとこめかみを掻く。
「いやぁ、デルゲンさんという真の闇の民を見てると、自分はこんな奴には成りたくないなって感情が出てきて……」
こいつトコトンまで失礼な奴だな。
「ほんとに助かりました! 危うく彼女にもっと嫌われるところでしたよ! 闇の民を彼氏にするなんて死んでも嫌ってのが通説ですからね! 俺が闇に堕ちてたら永遠に女の子に相手にされないところでしたよ!」
……闇の民はそこまで女に嫌われてるのか。クズだから当然と言えば当然だけど流石に同情する。
ガンザイが面白くなさそうな顔をしていた。吐き捨てるように言う。
「ちぇ。デルゲン君は良い人だなぁ。折角新作を試せると思ったのに。まあ、偽物の愛情だったのが判明したと思えば結果は見えてたけどさ」
「相変わらず糞みたいなことやってるんだな。いつかお前の闇の心も俺が取り除いてやる。俺の光の心で照らしてやるよ」
「そんなこと言ってぇ。僕の一番の協力者はデルゲン君だからね。それにデルゲン君はなんだかんだ言って僕の作った作品を使ってくれてるでしょ」
俺はそっぽを向いた。こいつはダメだ。闇の民の中でも一位二位を争う深淵に浸かっている。あまり関わり過ぎると俺が呑まれる可能性もある。いずれは助けるつもりではあるが、今ではない。
俺は逃げるように一歩引いた。
と、ガンザイが俺の手に何かを置いた。耳元で囁いてくる。
「新作だよ。是非デルゲン君に使ってほしい」
……悪くない。
俺はガンザイの新作の爆弾をポケットにしまった。その瞬間を眼にしていた男が悪魔を見るような目で俺達を見てくる。
「こ、これが闇の民か……」
心外だな。これは正義のために必要な道具だよ。
今日は光の民を一人救い出した。これによりこの国は更に良い国へと近づいたことだろう。千里の道も一歩から。塵も積もれば山となる。
俺の光の心がフーラを包む日も遠くない。
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