第9話 男のメンヘラは価値が無い


「好きです! 俺と付き合ってください!」


 繁華街で告白イベントが起きている。周囲には人だかりが出来ていて、その人だかりは一組の男女を囲っていた。俺はその中に居る。純愛の考えを持つ俺としては新たな純愛の誕生を歓迎せねばなるまい。足を止めるのは当然のことだった。

 だが、男に告白された女の態度はあまり良くない物だった。


「ええっと……」


 左右をちらちらと伺っている。この人だかりの中が恥ずかしいのだろう。というより、この時点で何となく二人の関係性が見えてこざるを得ない。残念ながら純愛の神は降臨なさらないようだ。

 俺は悲劇の瞬間に目を逸らしたかったものの、純愛とは無数の犠牲のもとに存在する神のことである。それら必要な犠牲から目を背けることは純愛の神に失礼なことだ。目を背けることなく、受け入れることこそが真の純愛だろう。

 女が意を決したように思いっ切り頭を下げた。


「あの、ごめんないッ!」


 雷が落ちた気がした。男の顔が何とも言えない苦々しい表情に変わる。俺含め周囲の傍観者の空気も重々しいものになった。二人の雰囲気からしてこの結果は見えていたものの、やはり傍観者と言えども胸に来るものがある。特に、光の民たちは彼らの不幸な行き違いをみて、我が事のように心を痛ませていた。

 男が一歩下がる。若干震えていた。


「あ、うん。悪かったな……」


 男は逃げるようにその場を去った。誰もが彼を追わない中、好奇心を刺激された俺はその後を追っていった。


 ◆


 繁華街には飲食店や服屋など様々な店があるが、その中でも俺が特に利用しているのは武器屋だ。

 女に振られた哀れな男は俺と気が合うようで、走りつかれてふらふらとした足取りのまま、武器屋が立ち並ぶ繁華街裏道に入っていった。すると直ぐに誰かが近づいてきた。俺はそいつの名前を良く知っていた。

 ……あいつは、ガンザイだな。何の用だ?

 ガンザイは悪質な武器職人だ。この街の巨悪の一つと言って良い程に武器をばら撒く奴で、ありとあらゆる醜い争いに用いられる武器は大体こいつが作っていると言われている。

 ガンザイが男に声をかけた。


「君の意志の手助けがしたい」


 そっと手を差し伸べる。男はまだその手を掴まなかった。


「お前は、ガンザイか? なッ、なんてお前みたいな奴が俺なんかにッ。やめろッ。俺はお前たち闇の民とは違う。光の心を持った光の民だッ」


 ガンザイが悲哀を浮かべた。


「闇の民だなんて悲しいなぁ。僕はそんなに悪い奴じゃないよ。ただ人の意志の手助けをするための武器を作りたいだけだよ」

「そ、それが悪いんだよッ。俺は知ってるぞッ。デルゲンが使ってる爆弾はお前が作ってるんだろッ。あんなッ、人間をゴミのように破壊する武器を作るなんてイカれてるッ」


 なんで俺が悪い奴みたいな話になってるんだよ。完全にガンザイが悪いって流れだったろ。だがまあこいつが言っていることの一部はその通りだ。俺が使っている爆弾はガンザイが作ったものだ。


「でも道具に罪はないよ。使い手が悪い。僕はそう思うよ」

「…………どうして俺に近づいてきた?」

「話が早くて良いね。僕はそう言うのが好きだよ。君とは仲良くできそうな気がする」

「……俺に武器を渡すつもりか? でも残念だったな。俺は使わないぞ。使う理由もないし」


 武器職人が寄ってきた理由は一つしかない。だが、男は光の民だから武器を必要としない。光の民は光の心を持っているから武器を使って己が欲を満たそうなどという邪な感情を持っていない。俺と同じでな。


「それはどうかな?」


 俺はガンザイの人となりを信用していないが、ガンザイが人の意志を信じているという事実は知っている。こいつが寄ってくるということは、そいつが武器を手に取ることを確信した時だ。


「君はどうしてここに来たの? ここは武器を売る店が立ち並ぶ繁華街の裏通りだよ。売ってるものの大半は武器だ。これを……君は買いに来たんじゃないのかな?」


 男が狼狽した。


「ち、違うッ! 走り疲れてふらふらしてただけだッ。大体、武器を手にしてどうするんだッ!? フーラでは人を殺してもまたリスポーンしてくるんだぞッ! 武器を手にするなんて意味がないッ! ただ相手の心と自分の心を傷つけるだけだッ!」


 そう、フーラでは人を殺しても存在を消すことはできない。だから殺したとしても肉体的な、物理的な意味は全くない。ただ互いの関係性に殺した殺されたというレッテルが貼られるだけだ。

 そして、それは良くないことだ。


 しかし、ガンザイはニィと口角を上げた。


「僕はね。恋愛において、傷と言うのは必ずしも悪いものだとは思ってないんだ。傷によって更に深くなる愛情もあると思っている」

「な、なにを言っている?」


 ……こいつは何を言ってるんだ? 何が見えている?

 俺はガンザイが言っている意味を理解できなかった。ついに狂ってしまったのかと思ったが、俺はガンザイの言葉から耳を離すことができずにいた。


「恋愛において殺人はどんな時に起きるか知ってる?」

「ああ、好きな人に見向き去れなくなった人とかがするんだろ? ……言っとくが俺はしないからな! 俺はお前等みたいな闇の民じゃねぇから、普通に新しい恋を見つけることにするよ」


 ガンザイがぬぅっと顔を前に寄せた。


「君の愛はその程度かい?」


 男の顔が歪む。振られたばかりで心は不安定な中、こんなに責めるようなことを言われたら正気では居られない。ましてや意を決して告白したときの自分の気持ちを馬鹿にされては黙っていられない。

 売り言葉に買い言葉で男は怒鳴ってしまった。


「その程度じゃねぇよッッ!」


 ガンザイがニコッと笑う。


「この国では死んでもリスポーンする。君の愛がその程度じゃないことを彼女に伝えてあげたとしても彼女が真に死ぬことは無い。いっそ、君の愛が本物だと言うことを彼女に伝えてみるのはどうかな? 『俺はお前を殺すほど愛してる』って伝えてみよう。そしたら彼女が君の心に撃たれるかもしれないよ」


 男の手は、震えていた。

 ガンザイが男の手の震えを止めるようにそっと手を取る。男はガンザイの手を無碍にはできなかった。ガンザイは悪質な武器を作ることで有名な闇の民ではあるが、自分の恋路を応援してくれている人であることには違いが無く、光の民は優しい心を持っているから、闇の民が差し出してきた手であっても容易に握ってしまう。


 殺すことが最上の愛の証明などという無知蒙昧を受け入れてしまう。


「おれ、やってみるよ」


 男の手にはどす黒い入れ墨の入ったナイフが握られていた。そのナイフを見た男の眼差しに光明が芽生える。先程までの陰鬱な雰囲気はなく、輝かしい未来を待ち焦がれる信徒のような灯火があった。


 だが、この国には光の民を守る正義の男が存在する。闇の民の魔の手から光の民を守り、この国を更に良くせんと志す光の戦士が存在する。

 俺はシュババッとその場に登場した。ガンザイと男が俺をバッと見てくる。その視線を受けた俺は堂々と言い放った。


「純愛の話をするとしよう」

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