第4話 フーラと言う名の国
「お前はこの国をどう思う?」
繁華街で俺を引きずりながら、コンコンはやけに真面目な顔で言い出した。俺はぴょんと立ち上がってからコンコンの隣を歩く。繁華街では住民同士、というか闇の民同士の言い争いが絶えない。喧騒の中に居ると気分が高揚して騒ぎたくなるのだろうが、そういうところが闇の民がクズたる所以だ。
そのせいで隣を歩かないと碌に話もできない。
「どう思うも何も良い国だろ。国全体だとどうなのかは見たことねーから分かんねーが、少なくともこの街は良い街だと思うぜ。クズみたいな奴は多いが、クズどもが束になってもこの街の光の民を追いやることはできない。悪の総量よりも善の総量の方が多いからだ。それは良い国の条件に当てはまるんじゃないのか?」
コンコンが俺の腕を掴んだ。人混みをかき分けるように俺の前を歩く。コンコンは俺よりも小さな身体だと言うのに人混みの中を這うようにスルスルと移動していた。
やがて終わりが見えて俺達は人混みから解放される。
振り返ったコンコンがニッと笑った。
「悪くない。お前のそういう考え方を私は好ましく思うよ」
「そういうって……」
俺の腕がぐっと引き寄せられた。人混みから抜け出したというのにまだ先に進むようだ。
コンコンは人混みの中でも決まった方角に進んでいた。恐らく予め向かう場所を定めていたのだろう。
「これは……」
眼前にあるのはフーラ国で最も高い建造物だ。ここの最上階に立てば街全体を見渡せるだろう。
「時計塔。ここならフーラを眺めるのに丁度良いと思ってな」
俺はコンコンに連れられるがままに時計塔に入っていった。
◆
コンコンの目的は最上階から街を見下ろすことのようで、俺達はクソ長い階段を昇る羽目になった。周囲には俺達以外に客はおらず、静かな空気の中、俺達の会話と足音だけが響いている。
「さっきの話の続きだが、お前の答えは私が聞きたかった答えと少々異なっていた」
「そりゃ良かったよ。お前の望んだ答えを言うのは俺にとってストレスだからな」
「はぁ……。おい、デルゲン」
やれやれと言った風に溜息をついて首を横に振っている。呆れていることは誰の眼にも明らかだ。
コンコンはちょいちょいと手招きをして、人差し指を俺に向けてきた。俺がなんとなしに近づくと──
カツンと、俺の額に指があたった。
「その反抗的な態度はやめろ。少なくとも話をしているときは止めろ。話が進まなくなるだろ」
「……悪かったよ」
ハッ、お前の日頃の行いが悪いせいだ。お前がミルキィ並みに俺に優しくしてくれるなら考えてやっても良いがな。今日もわざわざこんな重労働させやがって。この階段、一体何段あるんだよ。もうかれこれ一時間は昇ってるぞ。
俺はコンコンに憎悪の念を送った。が、俺には呪術的な力はなかったので特に意味はなかった。
「お前にこの国をどう思う、と聞いたのはフーラの客観的な評価を聞きたかったわけじゃない。お前がフーラを好きか嫌いか、そういうお前の主観的なことを聞きたかったんだ」
悔しいがコンコンは俺よりも多くの知識を持っている。そしてその知識を殺さず活かせるだけの智謀も持ち合わせている。結構な有名人でもあり、世情に疎いはずのミルキィですらコンコンのことを知っていた。
この女は俺よりも小さな身体をしておきながら、その実態は俺を遥かに超える性能を備えているスーパー狐なのだ。
そのスーパー狐は俺個人の客観的な意見など求めたりはしない。わざわざ俺に尋ねると言うことは俺にしか答えを出せない質問になるはずだ。
「で、どう思う? お前はこの国が好きか? 嫌いか?」
「決まってるだろ。好きだよ」
俺はノータイムで答えた。
コンコンは特に驚くようなことなく、流れるように話を続けた。俺にわざわざ聞いておいて、俺の答えなど聞くまでもないと言った感じだ。それを俺に隠そうともしない。ほんとに失礼な奴だ。
「フーラには他の国にはない要素が二つある。住民のリスポーンと法律がないことだ。そのせいで住民たちの精神状態は他の国と比べて異質に歪んでいる。……闇の民がそうだな。あいつらはこの国の歪な要素によって歪んだ者の典型例だ」
やはりコンコンもそう思うか。闇の民は狂った集団だ。死なないのをいいことに、法律が無いのをいいことに、それらを完全に超越した考え方をする。その考え方は酷く歪んでいて、傍から見てると彼らを同じ住民とは思えなくなってしまう。まるで化け物だと思う日もあるだろう。
でも、光の民たちは優しい心を持っているから、同じ国に住む仲間を大切に想う気持ちを持っている。狂った集団だからと言って、同じ国に住む仲間を化け物とは思いたくない。
俺は光の民だから、そんな彼らの気持ちを理解してやれる。
グッと拳を力強く握った。
「俺はそいつらを助けたいと思っている。俺はフーラが好きだから、そいつらを闇から引き摺りだして光の下で暮らせるようにしてやりたい」
光が差し込む。
一瞬、俺の光の心が奇跡を起こしたのかと思ったが違う。時計塔の最上階に着いたようだ。心なしか空気が軽く感じる。
俺は暗がりに慣れた目を細めながら、ゆっくりと階段を上がっていった。
「着いたぞ……。中々の良い景色だな」
圧巻だった。
当然のことだが、時計塔の最上階から見える街の景色は俺が普段見ている景色と全く異なっていた。
俺が今まで見ていたスケールがそのまま小さくなった景色が広がっている。まるで別の街を見ているようだ。何もかもが異なっていて、何もかもが遠く見える。
高所は人間を不安にさせると聞くが、その意味を実感する。なるほど確かにこれは堪える。
だが、それら全ての不安を差し引いてでもこの景色は見事と呼べるもので、不安を抱えながらであってもこの景色を見て居たくなる。
俺の口角が上がった。
「なぁコンコン、俺はやっぱりこの国が好きだよ。闇の民たちも昔は光の心を持っていたと思うんだ。俺は闇の民も救ってやりたいと思う。……コンコン、お前も何だかんだフーラのことが好きなんだろ? ってあれ?」
コンコンは瞼を閉じていた。
そのまま俺の方へ顔を向ける。
「どうした? 続きを話して良いぞ」
「いや、眼を閉じたままだけど」
「まだ眩しいんだ。狐の眼は夜目だからな。眼を開けるときはゆっくりじゃないと痛くて敵わん」
言って、コンコンは眼を閉じたまま目元を何度か擦った。そのしぐさはまるで毛繕いしている狐のようだ。女狐と呼ばれるのも納得の狐っぷりに俺は微笑みを漏らさざるを得ない。
「時にデルゲン、お前は今何歳だ?」
今の歳? 確か、マミーが今年俺が成人を迎えるのがどうとかって言ってたな。成人は……。
「15だっけか」
「そうか、それは良かったな。王もさぞかし喜ばれたことだろう。だが、それは他の人には言わないようにしておけ」
何故?
俺の表情を読み取ったコンコンが溜息を吐いた。
「自分の情報をむやみやたらと他人に教えるのは不利になる。お前には前にも教えたはずだったがすっかり忘れてるな。最近のお前は弛んでるぞ。もっと気を引き締めろ」
こいつは悪い奴だが、こいつのアドバイスは馬鹿にならない。豊富な知識とそれに裏付けられた智謀は悪意が無ければ最高のアドバイザーとして機能する。無視することはできない。
「わかったよ。そのくらいは意識しといてやる」
「ふん、いつもそのくらい物分かりが良ければ助かるんだがな」
コンコンはそう毒を吐くと、薄っすらと眼を開いて景色を眺め始めた。俺もコンコンから目を離して街を見下ろす。
巨大な十字路が街を縦横に分断するように引かれている。その中心部にはかなりの広さを持つ広間があり、そこには多くの人が集まっていた。何か催し物でもやっているのかもしれない。つい昨日『キャンプファイヤー』のイベントをやったばかりだが、この街はほぼ毎日のようにイベントを行っているから、今日もイベントをやってるなんてこともあるだろう。
今日のイベントは上から見た感じ闇の宗教のような極悪非道なものではなく光の民による光のイベントのようだ。死人が出るような危険なものには見えない。
俺はぽつりとつぶやいた。
「俺はフーラは良い国だと思うぞ」
「……さっきの話か?」
「ああ、俺個人の客観的な話だよ。昨日は闇のイベントをやってたけど、今日は光のイベントをやってる。皆が楽しそうならそれが一番だよ。いつかは闇の民も光のイベントを楽しめるようになる日が来ると思う」
コンコンが俺を小馬鹿にしたように笑った。
「だったら気を付けるんだな。あいつらに付き合ってたら命が幾つあっても足りんぞ」
「ハッ、馬鹿言え。気を付けるのはお前の方だぞ。フーラの癌は俺が取り除く。闇の心を持ったクズ共は全てだ。もちろん、お前も例外じゃない」
俺が悪を罰し、闇に光を注ぎ込む。光がフーラを覆えば、光はフーラを神聖なる輝きで更なる光へと導く。そうなれば、フーラは更に日当たりの良い元気な国になることだろう。今から笑いが止まらねぇなぁ。
アハハハ、ハハハハハ!!
などと高笑いしていたら、何処からか飛んできた矢に頭を射抜かれて俺は死んだ。昨日俺が爆破した闇の民からの報復だろう。報復には報復を返さなければ無作法というもの。
俺は即座に矢が飛んできた方角を記憶すると、眠るように息を引き取った。
「だから気を付けろと言ったじゃないか。脳無しデルゲンめ」
フーラでは人が死んでもすぐにリスポーンするから、人の死に対して人はどこまでも鈍感になる。殴られたから殴り返すのと同じように、殺されたら殺し返すのはフーラでは当たり前のことだ。
闇の民を謀殺した俺が闇の民に復讐されるのもまた当たり前のことだろう。
因果応報、自業自得という奴だ。
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