魔女とサンドイッチ

「やっぱり封印の解除は面倒ね。けど、これで全て完了ね」


 イニーたちを洞窟へと送った魔女だったが、イニーたちの様子をうかがいながら、星喰いの封印を解いていた。


 もしも洞窟でイニーたちが死んだ場合、魔女は星喰いを解き放ち、自分は楓の相手をしながら終わらせるつもりでいた。


 楓が魔女に勝つことは出来ないが、魔女も通常時では楓に勝てない。

  

 しかし魔女には薬があり、薬を服用すれば楓を倒すことが出来る。

 場合によっては薬無しでも楓に勝てるが、勝とうが負けようが関係無い。


「調子はどうだい?」


 魔女が一息ついて休んでいると、リンネが軽食を持ってきた。

「今終わったところよ。桃童子の方の解析は終わった?」

「勿論だ。これが解析の結果だよ」


 リンネは魔女に桃童子の解析をした紙を渡し、椅子に腰掛ける。

 魔女はリンネが渡した資料を読みながら、サンドイッチを食べる。


「色々とこの世界はおかしいけど、こんな化け物が生まれるなんて、もしかして原初の世界に近付いてる?」


 桃童子がやってのけたことは、様々な世界の記憶を持つ魔女をして化け物と言わしめるものだった。

 小言を呟きながら紙を読み進める魔女を見て、リンネは魔女に話し掛ける。


「感想はあるかな?」

「……少し計画を見直した方が良いかも知れないわね。桃童子が出来るって事は、楓も出来るのでしょう?」

「おそらくはね」


 もしも星喰いが無力化されたとしても世界を滅ぼす事は可能だが、自分の目的の場所までもう少しかもしれないという思いが、魔女の思考を鈍らせる。


 一思いに行動しても良いが、想定外が多いこの世界では悪手かもしれない。

 既にイニーは世界有数どころか、1位2位を争える強さがある。


 下手に遊ばず、早めに行動を起こせば良かったと後悔をするが、仮に負けたとしても、それはそれで構わない。


 自分が死んでも。記憶は継承される。


 本体である魔女が死なない限り、本当の負けは訪れない。


 だからと言って、負ける気は微塵もない。


「イニーは私がやるにしても、星喰いを解き放てばその時点で位置が知られてしまう……。楓を戦いから遠ざける事が出来るのが一番良いけど……」 

 

 もしゃもしゃとサンドイッチを食べながら、魔女は考えを纏める。


 各国のランカーを倒したことにより戦力はダウンしているが、まだまだ侮ることは出来ない。

 日本を始め、ランキング1位の魔法少女は全員生きている。


 一番邪魔となるのは楓とイニーだが、他の1位の魔法少女も煩わしくはある。

 

「決めたわ」

「どうするんだい?」


 魔女は考えた作戦をリンネに話す。

 星喰いを解き放ったが最後、もう次はない。


 これまでわりと適当に作戦を考えていたが、次はそうもいかない。


 いくつかのサブプランを考えながら、リンネと作戦を詰めていく。


「中々悪辣だが、悪くない。イニーへの牽制も出来るし、場合によっては楓の動きを止めることもできる」

「後は開始する日にちとタイミングだけど……」


 魔女は最後の1つとなったサンドイッチに手を伸ばし、ふと手を止める。


「そうね。開始は3月13日にしましょう。それまでに他の準備も済ませれば良いわ」

「少し遅い気がするけど、何か理由でも?」

「これよ」

 

 魔女は持っているサンドイッチをリンネに見せるが、リンネは首を傾げる。

 何を言いたいのか全く理解出来ないのだ。

  

「鈍いわね。”サン”ド”イッチ”よ」

「…………疲れているなら寝た方が良いと思うのだが?」


 たまたま食べていたのがサンドイッチだからという理由で3月13日を選んだ魔女にリンネは呆れながら休む事を進める。

 

 後世に語られることはないが、こんな理由で世界の命運を決める日を決められたと知れば、憤慨するだろう。


 作戦はかなり密に練られているが、妙なところで遊びを入れてしまうのは、数多くの記憶を持っているせいなのかもしれない。


 最後のサンドイッチを食べ、魔女は虚空に手を伸ばす。


 軽く手を振るうと、その手には鍵が握られていた。

 その鍵を、リンネへと渡す。

 

「これは?」

「最後の封印を解く鍵よ。念のため持っていなさい」

「わかった。私が使うことはないだろうけど、もしもの時は使わせてもらう」

 

 作戦に穴は無いが、相手がイニーである以上、用心に越したことはない。


「もしもの時は頼んだわ。作戦については明後日辺りに会議で話しましょう。招集はよろしくね」 

「分かった。他は大丈夫かね?」

「ええ。封印さえどうにかなれば、後は終わったも同然だから。魔物はこのまま動かしておくけど、死なない限りは自由にして良いわ。それと、ごちそうさま」


 リンネが持ってきた軽食を全て食べた魔女は、どこからか紅茶を取り出して飲みだした。


 リンネが軽食を持ってこなくても魔女は自分で用意出来るのだが、何かに熱中していると直ぐに寝食を忘れてしまうので、たまにリンネが様子見に来ている。


 一応人の枠組みに入っている魔女だが、別に飲み食いしなくても簡単には死なないが、パフォーマンスは落ちてしまう。

 拠点にいる間はリンネがなるべく面倒を見るようにしているのだ。

 

「やれやれ。私が持ってきた物のせいで日にちが決まるなんて……私は出かけるが、少しは寝るようにね」

「分かってるわ。これを飲み終わったら明後日まで寝るから、時間になったら起こしてね」


 フードを被ったままゆっくりと紅茶を飲む魔女に対して、リンネは力なく笑う。


 仲間が死に、全ての準備が整っても、彼女たちの想いはなにも変わらない。

 それぞれが自身の想いに従い、最後の日を迎えるのだ。




 


1 





「これで最後か。あまり歯応えがないな」


 SS級の魔物であるガルテウスを、両手の剣で 瞬殺したブレードはぼやいた。


 桃童子と同じ様な理由で魔法少女をやっているブレードだが、桃童子とは根本的に違っていた。

 桃童子には善意があったが、ブレードにはそれがない。


 戦いを。強くなった先の光景を見るためだけに、魔法少女をやっている。


 後輩の魔法少女たちと模擬戦をしたり、筋の良い魔法少女を見つけては育成をしているため、周りからは割と好印象を持たれているが、全ては自分のためにやっていることだ。


 有望な若者を育て、自分の糧にする。

 自分より上位の存在である楓がいる手前、現実で死合など出来ないが、シミュレーションの設定を現実とほぼ同じにする事が出来る。

 戦えるなら魔物でも構わないのだが、斬った時の感触がなんか違うため、あまり気乗りしないのだ。


 それでも戦えるならという事で、他の魔法少女の討伐依頼をよく肩代わりしている。

 桃童子が抜けた穴も、ブレードが埋めていたのだが……。

 日時はイニーが起きて、ジャンヌと会話した頃だろう。


 ブレードの端末に、アロンガンテからメールが届いた。


 それは、洞窟であった事の報告書だった。


「ちつ。あいつ、とうとうしくじったか…………いや、違うな」

 

 桃童子の死。


 それはブレードのやる気をゼロにする程の出来事なのだが、直ぐにおかしいとブレードの勘が囁いた。

 桃童子ならば、そんな死に方は認めないはずだ。


 あいつは自分側の魔法少女なのだから、死ぬならば誰かの手によって死ぬことを選ぶ。

 こんな結末はありえない。


(アロンガンテはありない。なら破滅主義派とかいう連中か、イニーだろうが……)

 

 ブレードがイニーに会った事があるのは、たったの2回だ。

 イニーが初めてお茶会に顔を出した時と、新魔大戦より少し前にタラゴンとイニーが模擬戦した時だ。


 ブレードは桃童子と同じく、魔法少女でありながら火や水といった属性のある魔法を使えない。

 その代わり近接に特化しているが、遠距離はともかく中距離戦ならば問題ない。


 いや、通常の魔法少女がブレードに勝つ場合遠距離から魔法を放つのが有効なのだが、ブレードは魔法を斬る事が出来る。


 更にブレードが本気で放つ斬撃は結界すら破壊することが出来る。


 イニーやレンの様な範囲攻撃こそ出来ないが、一撃の威力は桃童子以上なのだ。


 強さで言えばブレードは2位か3位になるのだが、とある理由により7位に留まっている。


 特別な理由がない限りそんなことは組織的に許すことは出来ないのだが、楓は苦笑いをしながらも、ブレードが7位に留まることを許した。


 その理由は……。


「7って縁起が良いだろう?」


 それだけだ。


 ただ戦いを求めるブレードの献身は相当なものであり、ある時は一時的にとは言えランカー4人分の討伐を肩代わりしていた。


 この件については後程アロンガンテに、何でもかんでも依頼を受けるなと怒られたのだが、本人はから返事するだけだった。


 ブレードは結界が解けるのを確認してから、適当な魔法局に跳び、次の魔物の討伐に向かう。


 報告書の真意について考えながら剣を振るうブレードたが、その剣に乱れはない。


 ブレードは今の所世界でただひとり、日本刀と西洋剣の二刀流で戦う魔法少女だ。


 何故そんな武器なったのかは本人も分からないが、魔法少女に成り立ての頃はかなり苦労していた。

 いくら魔法少女の能力により理解していても、日本刀と西洋剣では斬り方が全く違うのだ。

 しかも日本刀では居合も使用出来るので、かなりの苦労を強いられた。


 片方だけで戦うことも多く、用途に合わせて切り替えていたのだが あまりしっくりとこなかった。


 流石のブレードもその頃は強いとは決して言えなかったのだが、戦っている内に、ブレードは自分の中で肥大化していく想いを感じた。


 想いを自覚してからは、ブレードは飛躍的に強くなり、日本刀と西洋剣での二刀流も難なくこなせるようになり、多少気を抜いていたとしても下手なSS級の魔物なら傷を負うことなく倒す事が出来る。


(やはりイニーか? だが、流石にに勝てるとは思えないが……)


 ブレードは桃童子の限界突破の事を知っている。

 何故なら、その状態の桃童子とシミュレーションで戦ったからだ。


 だが、いくらシミュレーションとはいえ、体側にも多少フィードバックがある。シミュレーションでの経験を活かすためなのだが、桃童子の限界突破やイニーのアルカナの解放にとってはデメリットとなる。


 イニーとの模擬戦で限界突破を使用した桃童子だが、やせ我慢をしていただけで身体はボロボロだった。

 イニーたちと別れた桃童子がジャンヌのもとに訪れたのは、身体を治してもらうためだったのだ。


 そこで釘を刺されてしまうのだが、桃童子は適当にはぐらかして逃げた。


 ブレードと桃童子がこれまで戦いに集中できているのはジャンヌのおかげなのだが、ジャンヌの小言は苦手なのだ。


 S級であるが、自爆の厄介さから忌避されているM・D・Wを空間ごと斬り裂き、自爆させないで倒した後に、剣を鞘に納める。



(もしもイニーが、桃童子を倒せる何かを隠しているのなら…………面白い) 


 好戦的な笑みを浮かべながら、ブレードは結界が解けるまで岩へ腰掛ける。


 桃童子との模擬戦が禁止されて以降、中々本気で戦える相手に出会えていなかったブレードはうっぷんが溜まっていた。


 ランカーであり、問題はあるもののその貢献や献身は他の追随を許さない。

 多少身勝手な行動をした所で、ブレードは楓に怒られる程度の罰で済む。


(会いに行くか)

 

 現在ブレードが預かっている依頼は25件。

 結界の展開や解除の時間もあるが、それなりの時間がかかるが……。

 ブレードの討伐が終わるのが先か、イニーが起きてタラゴンの家に避難出来るのが先か。


 間違いなく、ブレードの討伐の方が早く終わる。


 イニーに魔の手が迫るのだった。

 

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