魔法少女は同級生と戦う

 ミカはイニーがジャンヌの仮眠室で寝ている事を言わず、シミュレーターまで来た。


「設定はデスマッチじゃ。それ以外は適当で良いかのう? そうそう。強化フォームを使ってもよいぞ」

「はぁ」


 シミュレーターの設定をしているミカに言われるも、マリンは気のない返事をした。

 戦うのは良いのだが……いや、さっさと終わらせればいいだろう。

 そんな事を思いながら、ミカと一緒にポッドへ入る。


 スターネイルはふたりを見送り、待機室でココアを飲んでいた。


 フィールドは草原。

 ミカとマリンの距離は約50メートル程。


 マリンの知っているミカは遠距離での攻撃手段がないので、弓を使えるマリンの方が有利な距離だ。


(刀……いや、弓で牽制してからかしら)


 ミカは強化フォームになっても良いと言っていたが、そんな事をする気はマリンにはなかった。

 何を考えているのか分からないが、相手は一応元学友であり、友達でもある。


 一太刀の下に倒すのは、流石のマリンも躊躇したのだ。


 ミカは昔と変わらず、身の丈程の円月輪を構えている。

 どれ位成長したか分からないが、50メートルを瞬時に詰めるのは無理だろう。


 カウントが始まり、マリンは背中の弓に手を掛ける。


 0と空中に表示され、直ぐにマリンは弦を引っ張ろうとするが……。


 マリンは弓を手放し、その場から飛び退いた。


(嘘でしょ!)


 マリンが居た場所には、雷を纏い、見慣れない籠手を装備したミカが、円月輪を振り抜いていた。


 どんな相手だろうと、マリンは慢心をする気はなかった。

 仮に気を抜いていたら、ミカの円月輪により、既に負けていただろう。

 

 マリンは直ぐに体勢を整え、刀を抜きながらミカへと距離を詰める。

 ミカは特に動揺することもなく避け、カウンターでマリンを殴る。

 体勢を崩しながらもマリンは避け、二度三度と地面を蹴って距離を取った。


「惜しかったのう」

「……何があったのですか?」


 僅か数回の攻防だが、今のミカは、マリンの知っているミカではないと思い知らされた。 

 会った時もそうだが、今のミカは歴戦の魔法少女と同等の雰囲気がある。

 視線も険しく、臆病だった頃の面影がない。


 何より、両手に装備している籠手だ。


 魔法少女の武器が増えることは、1つの例外を除きありえない。

 イニーの様な摩訶不思議な者も居るが、それが通常の認識だ。


「それはどうしたのですか?」

「終わったら教えるのじゃ。先に言っておくが、負けても文句は受け付けんからのう」


 ミカがマリンと戦うのは学園以来であり、どれ位強いかの目安はランキングしかない。

 戦闘の映像を確認しようにも、ここ最近のマリンは全て非公開にしてしまっているのだ。


 ミカはマリンに勝つつもりでいるが、勝率は高くないと踏んでいる。

 ジャンヌと共に能力の試運転はしたが、まだまだ付け焼刃だ。


 マリンはミカからしたら格上だ。


 それなのに、どうしてか分からないが、ミカは知らず知らずの内に口角が上がっていた。


 だからだろう。マリンは本気を出した。

 

「導き照らせ。花月」


 強化フォームとなり、一気に踏み込んだ。

  

 

「一ノ太刀・月閃」


 魔力を込めた刀をミカへと振り下ろすが、まるでそうなる来ることが分かっていたかのように、ミカは円月輪で逸らす。


 ここまでは先程と同じだが、ミカが攻撃をする前に、マリンは動いた。

 

 ミカの手の内は分からないが、何かをさせないように攻めれば良い。

 フェイントや、鞘での突きなども織り交ぜるが、ミカは全てを避け、逸らしてしまう。


 完全に防御されるなら力押しが出来るが、それをミカはさせない。


 あまりのミカの様変わりに寒気が走るが、マリンとて負けるわけにはいかない。


 小手先の技で駄目なら、大技を放てば良い。

 だが、50メートルを瞬時に詰められる速さがある以上、マリンが溜めをする時間は作れない。


 戦いにおいて、速さとはかなり重要だ。


 攻めるにしても、退くにしても、遅ければ何も出来ない。


(私が……負ける?)


 そんな考えがマリンの脳裏を過ぎる。


 それは決して認めることのできないことだ。


 マリンは無理矢理刀に魔力を流し込み、刀身を巨大化させる。

 無理に魔力を流した事により、マリンは痛みを感じるが、そんなのはどうでもいい。


 ここで負ける位なら、多少の無茶は構わない。

 

 多少隙はできるが、この距離で避けるのは、無理だろう。


「肆ノ太刀・比翼」 

  

 巨大化した刀で、薙ぎ払う。


 ミカは特に反応を示さず、円月輪を地面に刺し、両手でマリンの刀を受け止めた。

 マリンは驚きながらも、更に魔力を込めながら刀に力を込める。


 数秒ほど拮抗するも、先にマリンの魔法が解けてしまう。

 魔法が解ける寸前でマリンは距離を取るが、ミカはいつの間にかマリンの後ろに回り込み、拳を振りぬいた。


 一進一退の攻防だが、押されているのはマリンの方であった。


 完全に攻めあぐね、機を逃してしまっている。


 対魔法少女の戦い方などは、流石のマリンでも不足している。

 逆にミカは桃童子やイニーによって、ある程度戦い方を知っていた。


 ランカーになる以上は、魔物だけではなく、魔法少女とも戦うことになる。


 それを見越していたかのように、ミカの戦い方はマリンが苦手とするものだった。


 そんな戦いを待機室で見ていたスターネイルは顔を引き攣らせていた。


(ふたりとも、私より魔法少女歴は短いはずなんだけどなー)


 スターネイルが知っているだけで、このふたりとイニーは他の新米魔法少女とは一線を凌駕している。


 最近はもやしの様な速さで強くなっているスターネイルだが、このふたりと戦って勝てるかと聞かれれば、無理と答えてしまう。


 マリンの方は強化フォームにより、一撃必殺の火力があり、ミカの方は目で追えない程の速さだ。

 雷を纏う事によってあれ程の速さを得ているのは分かるが、その動きは奇妙なものだ。


 雷の特性上動きは直線的になり、マリンなら先読み程度可能なはずなのだが、ミカはマリンがどう攻撃してくるか分かっているかのように動いているのだ。


 直撃を貰えば、その時点でミカは負けてしまうが、直撃さえしなければ戦うことが出来る。

 そんな馬鹿な事をミカはしている。


 しかし、そんな戦いは長くは続かない。

 ミカの精神は時間と共に疲弊していき、マリンはまだまだ消費魔力の改善が出来ていない。


 オーストラリアではイニーの魔力供給によって長く戦えていたが、供給がなければ数分が限度だ。


 そして…………。



 ミカは円月輪でマリンの刀を弾き、大きく距離を取る。

 これを好機とみたマリンは攻めようとするが、ミカは目を閉じてから、両手を上にあげた。

 

 マリンは警戒をするが、ミカの隙だらけの姿にどうするか悩む。


「どうにかなると思ったのじゃが、わらわの負けじゃ」


 何故? そう、マリンは思った。

 互いにまだ魔力は残っているだろう。

 今のままでは泥試合だが、決着はつく。


 先に負けを認めた意味が分からず、マリンは顔を歪めるが、直ぐにミカが負けを認めた意味が分かった。


 ミカの両目から、血が流れ始めたのだ。

 どうしてと思うが、それは本人に聞けば良い。

 終わったら話すと言っていたのだから。

 

「そうですが……」


 それだけ言い、マリンは納刀した。


 ミカが負けを認めたことにより、シミュレーションは終わり、ポッドへと戻される。


 待機室へと戻り、ミカの事を考えながらマリンはソファーへと座り込んだ。


「お疲れ。どうだった?」

「どうと言われても、見ていた通りです」


 勝ちは勝ちだが、実はもう1つ問題があった。


 マリンは強化フォームを使っていたが、ミカは通常のまま戦っていた。

 それなのに戦いは五分より少しマリンが押される結果となった。


 もしもミカが強化フォームになれていたのなら……。

 マリンは、間違いなく負けていただろう。

 

「ふふふ。悔しそうじゃのう」


 待機室へと入ってきたミカはマリンの様子を見て、勝ち気な笑みを浮かべる。


 これまでのミカでは、マリンには逆立ちしても勝つことは出来なかった。

 結果としては負けだが、ミカとしては上々の結果だ。

 

「それで、一体何なにがあったの?」 

「ちゃんと話すが、その前に飲み物じゃ。少し長くなるからのう」

 

 3人は各自飲み物を用意して、ソファーへと座る。


 1口飲み、ミカが口を開く。

  

「先ずはじゃが、わらわは桃童子の弟子であり、意思を継いだのじゃ」 

 

 マリンとスターネイルは同時に息を吞んだ。


 その一言で察するのは十分だった。

 それと共に、分からない事も増える。


「不思議に思うことも多いと思うのじゃが、詳細は全て機密となっている故に、話すことは出来ないのじゃ」

「ミカちゃんが推薦される理由は、継承したからですか?」


 ミカは首を横に振った。


「それだけで選ばれるほど、ランカ-の名は安くなかろう?」


 今はそれも微妙だが、ランカーになるには最低でもSS級の魔物を単独で倒せる強さがなければならない。

  

「先ほどの通り。しかと力は見せておる。まあ、わらわとマリンが選ばれたのは、将来を見込まれてもあるのじゃが、もう1つ理由があるのじゃ」 

「……それは?」


 マリンは少し考えるが、もう1つの理由に思い至らなかった。


「イニーじゃよ。ランカーとは常に死と隣り合わせじゃ。そこにイニーの友達であるどちらかを添えることにより、鎖にしたいようじゃ」


 マリンは頭に血が上り、力強く拳を握る。

 声を荒げたいが、それが意味をなさないのは知っているのだ。

 

 魔法少女なんて夢と希望に溢れた呼び名と違い、内情はかなり黒い。

 いや、世界を守るためには、仕方のないことなのだ。


 アロンガンテが良い例であり、情報戦や政治は勿論、事務仕事も出来なければならない。

 そして、大を助けるために、小を見捨てることもある。


 マリンは分かりやすく怒りの表情を浮かべ、それを見たスターネイルは、苦笑いを浮かべて引いてしまった。

 

「怒る気持ちも分かるが、ランカーになろうとしないイニーも悪いのじゃ。無論あくまでも候補である以上、断る事も出来る」


 マリンはランカーの最低条件である、強化フォームになれるが、ミカはまだ強化フォームにいない。


 強化フォームになれなくても強ければ問題ないが、ミカはまだSS級の魔物とは戦った事もない。

 

「ミカちゃんはどうする気ですが?」

「受ける気じゃ。強くなるにはそれが一番早いからのう」

 

 ランカーには責務が伴うが、それに見合った特典もある。

 マリンたちとは違い、拠点の事を知らないミカにとって、アルブヘイムのシミュレーターを使うには桃童子の許可が必要であった。


 だが、ミカ自身がランカーとなれば、いつでもこのシミュレーターを使用することができる。


 拠点にあるのと同じく最新型だが、ここのシミュレーターは他とは違う機能が付いていた。


 そう、シミュレーション上でランカーと戦う事が出来るのだ。

 無論日本は日本。他国は他国のみだが、格上とデーター上とはいえ戦えるのは大きなアドバンテージだ。


 他のシミュレーターでは、魔物としか戦えない。

 魔物との戦いでも強くはなれるが、魔法少女の動きや戦い方を盗んだ方が、強くなる近道だとミカは思っている。

 

「死ぬ気?」

「後数日頑張れば、SS級とも戦えるようになると踏んでいる。わらわはもう、退くことは出来んのじゃ」


 ミカの目には、決意の火が宿っていた。

 そこにはもう、マリンの知っているミカは居なかった。


 何がミカをこれほどまで変えたのだろうか?


 そんな事は考えるまでもない。


「……戦い方が随分と変わったけど、どうしてなの?」


 話を変え、戦闘中に思ったことを聞く。


「あの籠手と共に、能力も受け継いだ結果じゃな。多用すればわらわの身体の方が駄目になってしまうが……強かったろう?」

「――ええ」


 ミカはマリンに笑って見せた。

 もしも今のミカの笑顔を知る人が見れば、在りし日の桃童子を思い出しただろう。

 

 マリンは昔見た、桃童子のプロフィールを思い出す。


 能力は見切り。

 それ以外は書かれていなかったが、戦闘は籠手と脚甲を用いた近接のみだったのは覚えている。


 これだけでは全く強いとは思えないのだが、魔物との戦闘の動画を見れば、3位なのも頷けるものだった。


 見切りという能力がどの様なものか分からないが、それとミカの血の涙は結び付かない。


「カカカ。不思議そうな顔をしておるのう」

「桃童子さんの能力は見切りだったはずだけど、それと関係はあるの?」

「勿論あるのじゃ。じゃが、これ以上は言わんぞ。マリンには勝ちたいからのう」


 味方とはいえ、自分の能力をむやみやたらに話す魔法少女は居ない。

 敵になる事はまずないが、魔法少女の大半は負けず嫌いなのだ。


「次はちゃんと勝つわ」

「あの委員長に一泡吹かせることが出来るとは思わんだ。とりあえず、わらわについてはこんな所じゃな」


 ミカは飲み物を飲み、喉を潤す。


 ジャンヌにどこまで話していいかは事前に言われており、他にも秘密はあるが、それをミカが語ることはない。


 そして、ふたりの会話にスターネイルは置き去りとなっており、少し悩んでいた。


「分かったわ。私も候補に挙がるのなら、ランカーを目指すわ。どんな理由であれ、目指すべき場所だもの」

「イニーがやっぱりランカーになると言えば消える話じゃが、まずないからのう……」 

 

 ランカーになることを断るなど、普通は出来ないし、しないのだが、イニーだし仕方ないと3人は溜息を吐く。


 イニーの事を考えたことにより、ミカはイニーがジャンヌの所で寝ている事を思い出すが、そのことをマリンに話すか迷う。


(ジャンヌさんはあまり人に会わせない方が良いと言っておったし、言わなくても良かろう)


 ミカはそう考え、マリンたちにイニーの事を教えないことにした。

 この選択が正解かどうかは、人それぞれだろう。


「もう一戦……といきたいところじゃが、わらわは用があるのでこれで失礼する。今回の礼は今度するのじゃ」

「構わないわ。それよりも、また戦いましょう」

 

 3人はアルブヘイムの外まで一緒に歩き、そこで別れた。

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