魔法少女の中には色々と居る
……円形の床に、果ての見えぬ闇。
此処に来るのも久しぶりだな。
周りを見渡すが、今の所誰もいない。
いや、そういう事か。
「いたずらですか?」
「あら、案外早く気付くのね」
俺の後ろに伸びる黒い影。
光源が床しかないので、床に影ができるのはおかしいのだ。
黒い影は人型を作り、立ち上がった。
なんとも不気味だが、これは俺の中身なのだろう。
それを不気味がるのは、おかしな話だ。
「名前……は決めてなかったですね」
「そうね……あなたがハルナなら、私はフユネにしようかしら。もっとも、呼ぶのはあなたくらいでしょうけどね」
「そうですか。それで、何か用でも?」
「やっと私が、私らしい自我を形成できた途端に、あんな戦いだもの結構満足できたから、今の内に決めておこうと思って」
「決める……ですか?」
決める……ああ、最後に言っていたやつかな?
「その前に、フユネの目的はなんですか?」
「私の? ……魔法少女の殲滅かな?」
そう言えば、大本となるのは俺の魔法少女への憎しみか。
ならばそう思うのも当然か。
「それを出来るほど、私は強くないでしょう?」
「あくまで目的だもの。知ってるでしょう? この身に宿る憎しみがどれほどのものなのか?」
「そんな過去の出来事に、いつまでも括る気はないですよ。忘れる気はないですが、それを理由に戦う気はないです」
あの事件は俺にとっては忘れられないものだ。
だが既に過去の事であり、固執する気はない。
殺されたから殺すなんて子供の癇癪を起す程、今の俺は幼稚ではない。
「ふーん。でも私が分離していなければ、復讐をしていた可能性はあるんでしょう?」
「否定はしません。ですが、過去を語るより、未来を語った方が建設的ではないですか?」
「口では経験の浅い私では勝てそうにないわね……」
それなりに口が回らなければ、フリーランスで仕事は出来ないからな。
生まれたばかりの赤ん坊に、口で負けはしないさ。
「見つけたです。まさかこんな所に隠れているとは思わなかったですよ」
フユネが悔しがっていると、エルメスが床から生えてきた。
一応フユネは封印されているはずだからな。
今回は大々的に使い、俺が気を失ったせいで自由になっているのだろう。
「あら元凶じゃない。話す事話したら戻るから、少し待ってなさい」
どうするんだって感じでエルメスが見てくるので、頷いておく。
「そうですか。なら早く済ませるです」
「わかってるわよ。そうね……あなたが諦めたら、主導権を私が貰う。これでどうかしら?」
悪くない提案だな。
何をもって諦めるかは定かではないが、この条件ならそう易々と破ることはない。
そして仮に破った時は、既に俺は諦めている状態だ。
奪われても、抗うことはできないだろう。
そんな事態が起こるとは思えないがな。
「いいでしょう。その代わり、これからは私に力を貸しなさい」
「好きになさい。その代わり、一度でも隙を見せれば全て奪うから」
「終わったですね。それじゃあ帰るですよ」
俺とフユネの会話が終わると、エルメスはフユネを緊縛して床に沈んで行った。
……俺はどうすれば良いんですかね?
それにしてもやっと憎悪を、まともに扱うことが出来そうだな。
切っ掛けが桃童子さんとの戦いなので、正直思うところもあるが、これで第二形態でも問題なく戦える。
ただ自分でセーフティーを掛けて戦わないと、直ぐに身体が駄目になってしまう。
使えば使う程身体はボロボロとなり、治す度に寿命も縮むだろう。
回復魔法とはいえ、無から有を生み出してるわけではないからな。
しかし此処の景色が真っ暗なのは、憎悪のせいなのだろうな。
今立っている円形の広場が、俺を形作る何かなのだろうな。
初めては偽史郎との邂逅だったが、あれ以降一度も会っていない。
様子はうかがっているだろうに、よく分からない奴だ。
指図されるよりは良いが、残りのアルカナの事くらいは教えて欲しいものだ。
これ以上契約は無理だろうが、使い道はいくらでもあるだろう。
「……帰れるどころか、新たなお客さんですか」
忽然と現れた大きな扉。
相手が相手なので仕方ないが、此処って一応俺の精神世界のはずなんだよな……。
当たり前のように呼び出されているが、精神世界ってそんなに安いものなのだろうか?
プライバシーもへったくれもないな。
扉がゆっくりと開き、光が溢れる。
眩しくて見え難いが、神官みたいな服を着た女性が現れた。
無駄な演出に少しばかり腹が立つが、特に嫌な予感もしないし、敵ではないのだろう。
此処に現れるって事は、それなりの存在だ。
着ている服の正式名称は忘れたが、こいつはおそらく……。
「
「そうよ。初めましてね。最後にして最悪の契約者」
最悪? 思い当たる節はないが、どういうことだ?
「どういう意味ですか?」
「アクマは分かっていないようだし、エルメスは放置しているみたいだから、私がちゃんと説明するわ。細胞が変異してるってのは聞いているわね?」
「はい。アクマから何度も怒られているので」
脳のリミッターなんて無視し、身体が壊れるのもお構いなしで繰り出す一撃。
足や腕が当たり前のように壊れる。
その後は治すのだが、治すならば次は壊れないように強い身体の方が良い。
そんなこんなで原理は不明だが、憎悪を使った場合、身体が壊れる度にアルカナ由来の何かが細胞に変わっていっていた。
「このままいけば、あなたは人間に課せられた制約から外れ、討伐対象となるわ」
「制約?」
「ええ。因みに魔女はこの制約を悪用している側ね。それはおいといて、種族として進化以外の方法で逸脱する場合。その者は裁きを受ける。そう決められているわ」
イブの話を纏めると……中々纏めるのに苦労するが、俺がこのまま変異をしていくとメリットもあるが、デメリットもある。
メリットとして保有出来る魔力が増えたり身体の強度が上がったりなどあるが、一定のラインを超えると、人の概念から外れるらしい。
外れた結果俺自身がどうなるかまでは分からないが、神様や世界の意志の定めた枠組みから外れた場合、その者は速やかに殺されるそうだ。
抗っても良いらしいが、相手は文字通り人ならざる者である。
更にアルカナの契約も強制解除され、魔力の供給も受けられなくなる。
アルカナはあくまでも魔女に対する手助けをするためのものであり、元々神様側の生き物だ。
まあ、アルカナの能力自体は多分使えるだろうと思うが、ここはイブの言葉に頷いておいた。
人ではなくなると言っているが、死体に魂を移すのは有りなのだろうか?
なんなら性別すら変わっているが、これも逸脱していると思うのだが、判定としては問題ないらしい。
ガバガバすぎる気もするが、そんなものらしい。
このままいけば魔女と戦う前に俺が殺されかねない。
イブはそう伝えに来たそうだ。
「伝えたいことは分かりましたが、俺は悪くないですし、そちらの方でどうにか出来ないのですか?」
建前上俺はイブの上司である偽史郎や、アルカナを遣わせているのは更に上位の存在だ。
始まりは何であれ、俺は使って良いよと言われてアルカナを使っているのだ。
使っている途中に起きたバグ等の対処は俺の仕事ではないし、これまで俺は結果を残している。
イブの言い方では俺がこれ以上無理をしなければ問題ないと言った感じだが、無理をしなければ勝てるものを勝てない。
責任を全て俺に押し付けるのはお門違いだ。
「例外を作るなりこれ以上進行しないようにすれば良いのではないですか? まあ、使うなと言われても使いますが、その結果は魔女による蹂躙ですよ?」
「これだから頭の良い大人は嫌いなのよ……」
こちとらいい歳した大人たがらな。
理性的に話して解決出来るのかもしれないなら、その道を選ぶ。
駄々を捏ねたところで、改善などしないのだからな。
「それに、私の様な脆弱な魔法少女は無理してなんぼでしょう?」
「脆弱って所は否定したいけど、純後衛としても肉体強度は最低クラスだものね……」
近接で多少杖術が使えるが、気休めにもならない。
しかも攻撃系の魔法以外は消費魔力が増してしまう制約がある。
更に身体能力も魔法少女の中でおそらく最低だ。
ここまでピーキーなのは歴代でみてもそう居ないだろう。
「アルカナの力とかで、何とかならないんですか?」
「
「あれは特殊な事例だと思いますよ。まさか20年近く私の中に隠れているなんて思いませんでしたからね」
姉が死んだのが14歳で、その時の俺は6歳だった。
今年27歳なので、大体20年位一緒にいることになる。
能力は汎用性があり重宝するのだが、よくわからないアルカナだ。
「サンですか。能力は何なのですか?」
「ざっくり言えば破壊よ。汎用性もあるから、ピンポイントで変異した細胞だけ壊せば何とかなるんじゃない?」
破壊されたとしても、回復魔法の特性上無理な気がするな。
何とかと言っている辺り、確実な方法ってわけでもないのだろう。
まあ、居ないのでは試すことも出来ないか。
「囚われているならどうしようもないでしょう。なんなら、これってそちら側の不手際ですし、慰謝料とか請求できませんかね?」
「――私も怒るわよ?」
ふむ。どうやらごねるのはここまでにしといた方が良さそうだな。
「話を戻しまして、私の身が大分危ないことは分かりましたが、戦いになったらどうしようもないですよ?」
「あなたが頑張ってくれてるのは知っているわ。だからと言って制約を変えることは出来ないの。一応抜け道とかも探しているようだけど、注意だけはしときなさい」
そこら辺の限界はアクマに任せるしかないか。
俺では今どれ位変異しているかなんて細かい数字はわからないからな。
「分かりました。注意だけはしておきます」
「逸脱したからって直ぐに討伐されるわけではないけど、せめてこの世界の魔女くらいは倒して見せなさい。そうすれば多少温情を与えられるかもしれないわ」
先ずは魔女を倒せ。話し合いの席に着くにはそれ位の実績を作れってことか。
まだ誰も成しえていないってのに、結構な難易度なことで。
「そうですか。要件は分かりましたが、あなたはどうするんですか?」
「そうね……新しい契約者を見繕っても良いけど、あなたは助けなんて欲しくないでしょう?」
新しい契約者が増えるのは戦力的に見ればありがたいのだろうが、俺の戦いを横取りされるのは堪ったものではない。
撃ち漏らし程度なら良いが、邪魔をされるくらいなら、いない方がマシだ。
その分被害が増えるだろうが、それ位は許容してくれとしか言えない。
「そうですね。私に力を貸してくれるならともかく、他に手を貸すのは遠慮してもらいたいです」
「既にアルカナ3人分の力を使役しているのに、これ以上増えれば爆発するわよ?」
1人分ですら解放は時間制限があり、2人分となれば文字通り爆発するだろう。
これは契約もそうなのだが、エルメスの場合は長年俺と同化していたので大丈夫だったのだろう。
能力だけを譲渡してくれるなら可能性はあるが、契約はこれ以上無理だろう。
流石に爆発オチで死ぬのは勘弁だ。
まあ、後方支援としてなら手伝いを頼むのはありかもしれないが、やめておくことにしよう。
「まあ、そうですね」
「それに、私の能力はあなたと相性が悪いわ。それと、私と会った事は2人に黙っておいてね。理由は言わなくても分るでしょう?」
……アクマもエルメスも騒ぎそうだな。
「そうですね。忠告ありがとうございました」
「本当なら何か力になりたいんだけど…………とにかく気をつけなさい。何事にも限度はあるのだから」
仏の顔も三度までと言うように、何にだって限度はあるか……。
だからと言って、負けるくらいなら使うがな。
「それじゃあ私は去るとするわ。また会えると良いわね」
「そうですね。今度は憂いが無いことを願います」
イブは薄く笑ってから扉に入り、消えてしまった。
それと同時に床が崩れ始め、闇の中へと落ちていく。
どうやら、やっと目を覚ます事が出来そうだ。
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