魔法少女楓は最終兵器

 待機組や、アロンガンテが居る会議室には重苦しい空気が漂っていた。


 イニーの映像が切れてから数分で魔物が街を襲い、被害が出始めた。


 映像で確認出来る限りでだが、イレギュラーが直接街を襲っていないのは不幸中の幸いだろう。

 しかし1時間もあれば、オーストラリア内に居る全ての魔法少女と一般人が死ぬ事になるだろう。


 必死に戦う魔法少女やそれを援護する軍隊なども頑張っているが、耐えるだけで精一杯だった。


 そんな映像を指を咥えて見てる事しか出来ないのだから、会議室に重苦しい空気が漂うのは当たり前なのかもしれない。

 

「もしも結界で隔離されてなかったら、どうなっていたかしらね」


 白橿は映像を見ながら、もしもの事を考える。


 イレギュラーの厄介なのは単体としても強いだけではなく、眷属の魔物を召喚する事だ。

 更に厄介なのは本体の魔物を倒したとしても、一部の魔物は眷属が消滅しなかったりするので、二次被害がある事だろう。


 魔法少女の数が限られている中で魔物をばら撒かれてしまえば、一般人や建物い被害が出るのは必然だ。

 そして、相変わらずイニーのモニターはノイズが入って見る事は出来ない。


 アロンガンテは独断で送ったマリンの事は誰にも話しておらず、復活しないイニーのモニターを見て、嫌な予感を覚える。

 

「どうするの?」

「――もう少し、もう少しだけ待ちます。念の為、オーストラリアを囲むように待機をお願いします」


 アロンガンテは白橿に声を掛けられて我に返り、待機している魔法少女たちに命令する。

 結界が消える可能性も考慮しての判断だ。


 ここでモニターを見ていたいと思う魔法少女も居るが、じっと待っているよりはいつでも動けるように、現場で待っていた方が幾分気の持ちようが変わるだろう。


 会議室から人が居なくなり、オーストラリアでの戦いの様子だけが無音で流れる。


「来ましたよ」


 待機組が居なくなった会議室の扉が開き、1人の魔法少女が入って来る。

 

「忙しいところすみません。状況は把握してますか?」

「はい。私でも結界内に入るのは少し難しそうです。出来ない事もないですが、この量の魔物を倒して回るのは建設的ではないですね」

「そうですか。例の方法はどうですか?」

「そちらは大丈夫です。魔力的にも、気持ち的にも」


 会議室に入って来た魔法少女――楓はアロンガンテの横に座り、モニターを見る。

 1つのモニターを除き、ほとんどのモニターで魔法少女たちが懸命に戦っている。

 幾つかのモニターは魔法局や、魔物を映したりしていて、絶望具合がうかがえる。

 

「もうそろそろ……」

「あら?」

 

 決断の時が迫る中、イニーのモニターに走っていたノイズが消える。

 その姿はシミュレーションで見せた2つの姿とも、通常の白魔導師とも変わっており、只ならぬ雰囲気が漂っていた。


 イニーが立っている地面にはおびただしい量の血が広がっているのが見え、激しい戦いがあったのだろうと予想する事が出来る。


 イニーは最も魔物の被害が出ている場所に転移し、迫りくる魔物を瞬く間に塵へと変え、都市上空に魔法陣を展開して雨を降らす。


 雨に触れた人々や魔法少女は傷が癒えていき、先程までの絶望感と打って変わり、困惑の表情を浮かべていた。


 万を超える魔物を塵へと変え、千を超える人々と魔法少女を回復する。


 本体であるイレギュラーの近くまで移動したイニーは背負っていた鎌を構えると、鎌から光が空高く伸びて、大きな刃を形成する。


 イニーが対峙している魔物は植物系の中でも生命力が強く、倒すには生命力が尽きるまで燃やすのが常套手段だ。


 しかし、イニーが作り出した巨大な鎌によって真っ二つにされた魔物は再生せず、そのまま塵へと変わってしまった。

 

「……何が起きたというのでしょう……あれがイニーだというのですか?」


 イニーの戦いを見ていたアロンガンテはそう呟いた。

 恐れる訳ではなく、ただ驚愕しただけだ。

 

 アルカナと呼ばれる存在の能力を使えば自分より強いのは分かっていた。

 だが、ここまでイレギュラーの魔物を瞬殺できるとは思っていなかった。


 それからのイニー戦いは全てにおいて、規格外と呼ぶに相応しいものであった。


 流れる流星のような速さで、絶望の淵にあったオーストラリアを救っていった。

 

 イニーが言っていた制限時間を過ぎても戦い続けるのを見て、アロンガンテは心配になるが、イニーは無表情のまま戦い続けていた。

 

 楓と共にイニーの戦いに見入ってると、アロンガンテの端末が鳴った。

 それはオーストラリアの周辺で待機している魔法少女からだった。

 

『いつに……』

「すみませんが、待機命令を解除します。どうやら我々の出番はなさそうです」


 不満を言われる前に、アロンガンテは要件を言った。


『――どういうことかしら?』

「そうですね……私たち風でいうのでしたら、天使が降臨したと言ったところでしょう。とりあえず、全員戻ってきていただいて大丈夫ですので、宜しくお願いします」


 通話を切ったアロンガンテは再び、イニーのモニターを見る。

 被害としては楽観視できる程ではないが、滅びることに比べればかなりマシな結果となりそうである。


 アロンガンテはイニーのモニターに釘付けとなっていた為見逃していたが、他のモニターではマリンとナイトメアが協力して魔物に挑んだり、魔法局の局員や魔法少女たちが身を挺して一般人を救ったりと、小さなドラマが生まれていた。


「私の出番はなさそうですね」


 楓はそう言って席を立つ。


「態々来ていただいたのにすみません」

「気にしないで下さい。最悪の事態に備えるのは、悪いことではないですからね。それに、面白いものも見られましたから。他の方が来る前に、私は失礼しますね」


 楓は床に魔方陣を出すと、そこにのって何処かに転移してしまった。

 楓と入れ替わるように待機組の魔法少女たちが入ってくると、モニターを見て驚愕した。


 此処に居る全ての魔法少女はイニーの新魔大戦での戦いを観ている。

 何ならイニーに賭けていた者も居た。


「あの子1人で良いんじゃないかな?」


 馬鹿な事を言った魔法少女はストラーフに頭を叩かれた。


「何言ってるの。大体あの様な強すぎる力には制約があるものです。そうでしょう?」

「そのはずなのですが…………」


 イニーがアルカナの能力を使える時間は限られている。

 しかし、既に10分以上戦い続けており、戦闘能力も落ちているようには見えない。


(破滅主義派との戦いで何かあったのでしょうか?)


 モニターにノイズが走る時に見えた晨曦。


 イニーは間違いなく彼女と戦ったはずであり、そこで何かがあったと考えるのは当たり前だろう。

 だが、それがなんなのかを知る術はない。


 イニーの常軌を逸した戦いは続き、遂に最後の魔物が映るシドニーに転移した。

 そこではナイトメアとマリンが龍型の魔物の相手をしており、他の魔法少女は防衛や避難活動をしていた。


 これで一安心と思いきや、イニーは想定外の行動に出る。

 何と2人に龍型の魔物の相手を任せ、高みの見物を始めたのだ。


 勿論2人を回復したり玉によって援護しているが、さっさと倒してくれと思う者も多い。

 そして、ここに来てやっとマリンの存在に全員が気付き、会議室に僅かにどよめきが起こる。


「彼女は確か日本の……」

「何故オーストラリアに?」


 そんな事を言う魔法少女が出てくるのは必然であった。


 仮にマリンがランカーやそれ相応の順位に居れば、外国に居たとしても納得が出来る。

 しかし、新人であり順位もまだ決して高いとは言えない魔法少女が、外国に居るのはおかしい事だった。


「彼女はある魔法少女に頼んで送ってもらいました。本来ならランカークラスを送りたかったのですが、少々訳があったのでご了承ください」


 訳――イニーを害する可能性がある魔法少女を送る訳にはいかないと言う事だが、そこまで言うつもりはない。

 アロンガンテは軽く頭を下げて謝った。


「それについては今は気にしないけど、これからどうするの? 結界については何も分からないのでしょう?」

「それについては申し訳ないわね。こっちも色々とやっているけど、どうしようもないのよ」


 ストラーフの問いに白橿が答える。


「これは予測になりますが、イレギュラーが全て消えれば結界が解けると思います。もしも結界が解けた場合は直ぐに各地に状況確認のためにテレポートして下さい。その後、ストラーフ以外は各国の1位の指示に従って下さい」


 アロンガンテが指示を出して少しすると、やっとマリンとナイトメアが魔物を倒す事が出来た。

 そうするとモニターから音声が届くようになり、オーストラリアを囲っていた結界が解けた事を確認する事が出来た。


「予想通りですか。それでは各位お願いします」

 

 アロンガンテの指示に従い、魔法少女たちは動き出した。


「さて此方もやる事をやりますか。各国からの連絡は?」

「全部返信しといたわ。オーストラリアが落ち着き次第会議を開くってね」

「ありがとうございます。あまり政府関係者と話すのは、好きではないのですが仕方ないですね」


 もしもイニーが居なければ、楓によりオーストラリアは大陸ごと無くなる結果となる予定だった。

 それ程魔女の結界は厄介だった。

 一部の結界を壊せる可能性のある魔法少女も増えた魔物の対処に当たっており、今回のメンバーの中には誰も居なかった。


 仮に居たとしても結界の反射によって、どの様な結果になるか分からない。


 最悪の事態は免れたが、アロンガンテの下には各国から大量の問い合わせが来ていた。

 それらは全てが今回起きた事件の詳細と、魔女についてだ。


 本来なら魔法局がやらなければいけないのだが、その魔法局は上層部が綺麗に居なくなり、まだ組織の改革中だ。


 アロンガンテが居なくなった魔法局上層部の代わりを務めているので、アロンガンテに問い合わせがきているのだ。

 返信や目を通すのはほとんど白橿がやっているが、個別に返すのは大変なので後で会議を開く事にしたのだ。

 国同士、手を取り合って戦いましょうとなればアロンガンテも悲観しないで済むが、そうなる可能性は極めて低い。


 どの国も自国が大事であり、魔法少女たちも出来れば自国を守りたいだろう。

 仮に今回のオーストラリアの事件が同時に起きた場合、どちらかを助ける事が出来ないかもしれない。


 結界内に複数のランカーが居れば大丈夫かもしれないが、被害は凄まじい事になるだろう。

 隔離された結界内と違い、一般人がそのまま居るのは勿論、建物や土地もそのままだ。


 それらを気にしながら魔物と戦うのはランカーと言えど難しい。


 そしてアロンガンテが危惧しているのはイニーについてだ。


「イニーはどうするの? 今回の結果でランカーには十分なり得る力を示しているわ。アルカナなんて摩訶不思議な力もあるけど、魔法がある時点で今更でしょうしね」

「先ずは本人に確認してからですね。出来ればイニーにはランカーを望まず、自由に動ける立場でいてくれると助かるのですが、間違いなく会議で指摘されるでしょうからね……」


 今回の映像は新魔大戦の時と同じく、大勢の人が見ている。

 イニーだけを映すなんて事をしなくても、これだけ派手にやっていればイニーの特異性は目立ってしまう。


「頼んだのが此方とはいえ、魔女の事を少々舐めていたかもしれませんね」

「昔から魔法少女の価値については色々と話題に上がってたけど、魔女とイニー。楓の件もあるし、荒れそうね」


 魔法少女とは実質的に人型の兵器だ。

 その為、ある時期は国が魔法少女を囲うなんて事もあったが、魔物の被害や魔法局の台頭で少し落ち着きを見せた。

 しかし水面下で動くのが大人であり、政治の世界だ。


 楓と言う特大の爆弾が誕生した時は本人の手腕により、瞬く間に魔法少女や魔法局を掌握してしまった。

 その為本人の仕事が増えて魔法局の汚職や魔法少女同士が対立出来る程度の平和を招く結果となったが、世界を平和にするために頑張った楓が悪いと言うのは、流石に酷だろう。


 楓はメディアへの露出は少なく、世間的には最強の魔法少女と知られているが、それ程話題に上がる事もない。


 だがイニーは大々的に見られる結果となり、挙句に世界の危機である。

 どの国だってイニーが欲しいと言うだろう。


 本人の意思とは関係ない所で、事態は静かに、しかし速やかに動き始めていた。


「さて、イニーが帰ってくる前に仕事を進めてしまいましょう。また数日寝られない日々になりそうです」

 

 アロンガンテは会議室に備え付けられている冷蔵庫を開け、栄養ドリンクを一気飲みする。


「たまには変身を解いてちゃんと寝なさいよ。いくら無理が出来るからって、そのままでいると寿命が縮むわよ?」

「私だって出来れば姉さんの様に魔法少女を辞めて、適当に仕事をしながら気楽に過ごしたいんですけどね……まあ、姉さんも手伝って下さいよ」


 イニーが帰ってくるまでの間、2人は仕事に取り掛かるのであった。

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