魔法少女と曲がり角
模擬戦が終わり、ポッドの中に戻ってくる。
命を賭けたギリギリの戦いとは違うが、これはこれで楽しめた。
罰ゲームがなければ負けても良かったのだが、また着せ替え人形にされるのは嫌なのだ。
本気で戦って負けたなら諦めもつくが、そうでなければ誰が好き好んで着せ替え人形になるか。
全てのポッドが開いているのを見ると、2人は待機室に戻ったようだな。
「お疲れ様です」
「お疲れ。全く。あの戦い方はなによ」
「お疲れ。模擬戦と言うよりは魔物と戦っている気分だったかな~」
地形を変え、追尾してくる魔物みたいな魔法を使うなど、普通の戦いとは言い難いからな。
挙句に最後は座ったまま戦っていたが、そんな事もあるだろう。
「これから先どんな戦いがあるか分からないですからね。良い練習にはなったのではないですか?」
「確かに練習にはなったけど、ここまで激しい戦いをする事なんてあるのかしら?」
多種多様な攻撃を捌き、本命となる敵に挑む。
……俺はそんなのばっかりと戦っている気がするな。
いや、ランカーですらない魔法少女がS級以上と何度も戦う事の方がおかしいのだが、こればっかりは仕方ない。
SS級以上は測定不能と分類されているが、魔女の強さを表す場合はどうなるんだろうな?
まあ、強さの表し方なんてどうでも良いだろう。
「何事も経験は必要ですよ。戦いの引き出しは多ければ多い程勝率が上がりますからね」
敵が強くなればその引き出しが役に立たず、力のごり押しが重要になってくるが、生存率を上げるならば引き出しは多い方が良い。
魔女が生きている間は何が起こるか分からないからな。
「さて、負けた方は罰ゲームでしたっけ?」
「……そうね。お金でも身体でもなんでも良いわよ」
「両方ともいらないです」
金は既に使えない程あるし、小娘の身体になど興味はない。
ドヤッっとしているマリンと違って、スターネイルは苦笑いしている。
とは言ったものの、これといって思いつくものがない。
こういう遊び心的なものには疎いので、アクマに聞くのが一番だろう。
(なんか良い罰ゲームあるか?)
『無難なところだとご飯を奢るとかかな? 捻ったものだと、ハルナに近づくのを禁止するとか?』
前者は良いとして、後者を選ぶとマリンが絶望しそうだな。
個人的には後者を選んでみたいが、後々面倒そうなので我慢しよう。
(なら前者を選ぶとするか。たまには沼沼で食べるのも良いだろう)
「罰ゲームは食事を奢ってもらえれば良いですよ。今晩とかどうですか?」
「そうね……午後の討伐を頑張れば何とかなりそうね。折角だし学園のクラスメイトにも声を掛けておくわ。場所は沼沼でいいの?」
クラスメイトね。そう言えばアクマが連絡がきてるって言ってたが、ガン無視してたな。
忙しくて誰も来られないことを祈ろう。
「沼沼で大丈夫です。スターネイルもそれで良いですか?」
「うん。大丈夫だよ」
時間は12時を少し過ぎた位か。
飯はさっき食べたし、夜まではまだ時間がある。
「2人はこの後討伐に?」
「そうだよ。本当ならお昼を食べた後休憩するはずだったんだけどね……」
お昼と言うか、食べたのはデザートであり、休憩の代わりにしたのは模擬戦だからな。
悪いのはマリンなので、バツの悪そうな表情をしている。
「そうですか。残念ながら私は休んでいるように言われているので何も出来ませんが、私の分も頑張って下さい」
「ええ。それじゃあまた夜に会いましょう」
やっと一難去ってくれた……。
曲がり角でぶつかってストーリーが進むってのはよくある話だが、まさか逃げたのに向こうからくるとはな……。
やっと暇になったが、帰る前に例の用事を済ませておこう。
(プリーアイズ先生はまだ拠点内に居るか?)
『ちょいと待ってね……位置的にまだ喫茶店に居るみたいだね。荷物について聞きに行くの?』
(ああ。寮の部屋には色々と置きっぱなしだからな。アパートの時と違って回収できるなら回収しておきたい)
『なるほどね~』
パンフレットの地図で喫茶店の位置を確認してから向かう。
案内板が所々にあるが、地図がないと迷いそうだ。
喫茶店に着いてプリーアイズ先生が座って居た席を見ると、アクマが言っていた通りまだ居た。
……居たのだが、寝ている。
「いらっしゃいませー。1名様ですか?」
「いえ、待ち合わせなので大丈夫です。そこの寝ている人です」
「承知しました。ごゆっくりどうぞー」
店員の妖精に話しをつけてから、プリーアイズ先生の前に座る。
起こしてもいいが急いでいるわけでもないしないし、待つとしよう。
折角だし、何か注文しておくか。
「すみません。こちらの店長の気まぐれ厳選コーヒーをお願いします」
「厳選コーヒーですね。ミルクと砂糖はどうしますか?」
「無しで大丈夫です」
食べ物も注文しようと思ったが、夕飯の事もあるのでコーヒーだけにしておく。
後はコーヒーを飲みながらゆっくりとしよう。
(何か情報はあるか?)
『情報ね~……あっ』
(あっ?)
何かを思い出したような声を上げたが、嫌な予感がする。
『私としたことが完全に忘れてたけど、ちょいと説明がややこしいから直接頭に情報を流すね』
(了解……)
前回と同様痛みが走り、情報が流れ込んでくる。
――アクマが言ってた通り、確かに説明がややこしくなりそうだな。
物凄く端的に纏めるとアクマたち側の協力者が各世界に1人居るって事らしい。
基本的にアクマたちアルカナが世界を跨いだ時に情報として渡されるのだが、アクマの場合は状況が状況の為情報を受け取っていなかった。
力を取り戻した後も色々とあって、完全に忘れていたのだ。
しかも驚きなのは、その協力者は結構身近な存在だった。
日本の魔法少女ランキング10位。魔法少女ゼアーフィール。
それが協力者の素性だ。
端末から
協力者と言っても一緒に行動するのではなく、陰ながら助ける事がほとんどらしい。
どの世界でもそれなりの地位にいるので、色々と助けてくれるそうだ。
だが、基本的に此方からコンタクトを取らないと何もしてくれないというか、そもそも契約者か分からないので何も出来ない。
ここで思い出してほしいのだが、俺は新魔大戦で愚者の能力を使っている。
十中八九ゼアーフィールは気づいただろう。俺が契約者だということに。
予想だにしていなかった魔法局上層部の崩壊。
そのおかげで俺への疑いは晴れたが、ここまで早く自由になれるとは思わなかった。
もしかしたらというか、間違いなくゼアーフィールが手を回したのだろう。
いつか礼位は言っておこう。
……まあ、こちらから連絡を取るつもりはないので会える日は来ないかもしれないがな。
(大体分かった。向こうも俺が契約者だとは分かっているだろうし、放置でいいだろう)
『分かったよ。一応連絡だけ入れとくけど、何か言っておくことはある?』
(助かったと伝えといてくれ。おそらく助けてくれてるだろうからな)
『了解』
珈琲を飲みながら寛いでいると、ようやくプリーアイズ先生に反応があった。
ゆっくりと目を開け、手元を見つめた後に大きく目を見開いた。
「はっ! 寝てしまっていましたか!」
「おはようございます」
「ひうぅ!」
俺の声に驚いたプリーアイズ先生はのけ反り、そのまま椅子と一緒に倒れてしまった。
流石に驚きすぎではないかな?
「……大丈夫ですか?」
「はいぃ、大丈夫です。えっと、イニーさんですよね? お元気でしたか?」
「先生よりは元気だと思いますよ」
プリーアイズ先生は恥ずかしそうに座り直し、「コホン」と仕切り直す。
「起きるまで待っていたということは、私に何か用でしょうか?」
「はい。寮の部屋について聞こうと思いまして」
「ああ、部屋の状態についてですね。部屋はイニーさんがいなくなった日からそのままです。学園が封鎖になったのは聞いていますか?」
その件はマリンから聞いたな。
学園がやっていれば今日マリンと会う事もなかったかもな……。
「はい。マリンから聞いています」
「そうですか。学園は封鎖になったのですが、寮の方は家に帰れない生徒も居るため、解放したままなんですよ。ミカさんなんかも寮に住んだままですね」
確かに学園を封鎖しますので寮から出て行ってくれ、と言われれも困る人が出てくるよな。
しかし、ミカちゃんも寮に住んだままなのか。
寮へ行った時に鉢合わせしなければいいが、これっばっかりは分からない。
「そうですか。なら後で回収に向かう事にします。ところで、プリーアイズ先生はここで何をしているんですか?」
「私ですか? 私は何かあった時の待機要員です。ついでに雑務もやっていますね」
そう言えば東北支部に行った時も待機要員が居たな。
緊急事態が起きた時用にプリーアイズ先生が居るわけか。
強さ的にも問題なく、人格も善良なので人選としては良いだろう。
年齢的に雑務も問題なくこなせそうだ。
問題ないだろうが、ちょいちょいプリーアイズ先生のせいで酷い目にあっている俺としては不安な所もある。
まあ、何かあったとしてもアロンガンテさんがどうにかするか。
「そうですか。それでは失礼します」
「はい。これから大変だと思いますが、頑張ってくださいね」
寮の事も聞けたので、まだ眠そうなプリーアイズ先生に別れを告げて喫茶店を後にする。
このまま転移で行ってもいいが、テレポーターの受付が煩そうなので、テレポーターで行くとするか。
「あっ、お帰りですか?」
「はい。学園地区のテレポーターに跳ぶことは出来ますか?」
「大丈夫ですよー。テレポーターにどうぞ」
言われるがままテレポーターに入ると直ぐに浮遊感が襲い、見慣れた場所に視界が変わる。
いつもよりも更に人は少なく、これはこれで目立つので、そそくさとテレポーターを出て、寮に向かう。
寮に来るのも新魔大戦以来だが、何も変わっていないな。
寮に入り自室に向かう。
誰にも会わない事に一安心したその時だった。
廊下の曲がり角からミカちゃんが現れたのだ。
自室まで後数メートルだが、これは間に合いそうにないな。
ミカちゃんは急に走り出し、突進してくる。
「イニー!」
その時、腹に衝撃が走った。
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