魔法少女と不思議なクローゼット

 ゆっくりと意識が浮上する。

 いつもは目覚まし時計か、アクマに起こされるのだが、珍しく自然に目が覚めた。


 散歩にでも行きたいが、外は雪が降っているので、出かける事は出来ない。

 起き上がり、なんとなく部屋を見渡すが、部屋にある雑貨の9割はタラゴンさんや学園の時のクラスメイトが買ったものだ。

 

 そう言えば、寮の部屋に色々と置いたままだし、後で一度確認に行くとしよう。

 管理人はあのプリーアイズ先生だし、捨てないで取って置いてくれてるはずだ。


 もしも部屋ごと片付けられていたら仕方ないが、買って貰ったもの位は保存しておきたい。

 どうせこの世界からはいなくなるが、立つ鳥跡を濁さずのことわざ通り、最低限の義理は通しておくのが社会人として当然のことだろう。


 それと、別にいらないのだが、俺の中にある勿体ない精神がうずいている。

 ゲームで言うなら、それを捨てるなんてとんでもない、と言ったところだ。


『ん? 先に起きるなんて珍しいね。おはよう』


(おはよう。たまたま目が覚めただけだよ)

 

 タラゴンさんの部屋から取り返したパーカーに着替え、リビングに向かう。


 ……そう言えば、何着かはアクマが仕舞ってくれてたんだよな。

 こいつも俺に可愛い服を着せたいので、昨日はわざと言わないで黙ってたのだろう。


 俺が気付けば良かったのだが、完全に忘れてしまっていた。

 

 仕方なかったこととして、諦めよう。

 

 リビングのテーブルの上には紙が置かれており、書かれている事をざっくり纏めるとゆっくり休めと書かれていた。

 ついでに、アロンガンテさんの所に行けるなら行っとけと書いてあった。


 ――なぜ紙なんだ? 端末に送っといた方が楽だと思うんだが、よくわからんな。


 とりあえず朝食を食べるか。

 

(豆を頼む。一番お気に入りの奴な)

 

『うい。ついでに、冷蔵庫にオレンジジュースがあるからお願い』


 お湯を沸かしている間に、手動のミルでゴリゴリと豆を挽いて準備を進める。

 その後に、コップにオレンジジュースを注いで、テーブルの上に置く。

 

 俺から出て来たアクマが飲み始め、その間に珈琲を淹れる。


「何か食べますか?」

「大丈夫だよー」


 なら、自分用になにか作るか。

 昨日フルールさんが買い込んだ食材がまだ残っているので、食べるものには困らない。


 肉もまだ残っているが、朝から肉を食べるのは重い。

 いや、身体的には問題ないのだが、男だった時に朝から肉を食べたら胃もたれしたせいか、それ以降朝から肉を食べる気になれない。


 食べたものがステーキだったので、それが一番の原因かもしれないな。

 ソーセージやベーコンを食べても、胃もたれした事はなかったからな。

 

 あの時は年を取ったと実感したな……。

 適当にスープを作り、焼いたパンにジャムを塗って食べる。


 30分程掛けてゆっくりと朝食を食べる。


(アロンガンテさんの言っていた所って分かるか?)


「端末に住所が届いてるよ。行くの?」


(暇だし、家に籠っていてもすることがないからな)


 外では雪が降っていて、昨日タラゴンさんが溶かした所も、また積もり始めている。

 水上の街中に行ったとしても、この雪では店も閉まっているだろう。


 転移でどこかに行ったとして、今の情勢では遊んでもいられない。

 それに、生身より、変身していた方が楽だ。

 寒さや暑さを気にしなくても良いからな。

 

「了解。直ぐに行くの?」


(少し身体を動かして、風呂に入ってからにしよう。今何時だ?)


「8時だね」


(なら、10時位に行くとアロンガンテさんに知らせといてくれ)

 

 残った珈琲を一気に飲み干し、席を立つ。

 食器を全部洗った後に歯を磨き、柔軟運動と筋トレをする。


 全く筋肉がつかないが、やっておけば少しはマシになると信じたい。


「ほら、後5回頑張ってー」


(応援する側は楽で良いな)


 始めた当初は10回しか出来なかった腹筋も、今は20回位できるようにはなっている。

 回数で見れば倍なので、全く筋肉が付いていないとは言えないかもしれないが、誤差だろう。


 20回終わると同時に、床に倒れこむ。

 男だった頃は100回位できていたのに、この様である。

 目指せ50回!


 因みに、学園で聞いた話だが、マリンは100回以上できるとか。

 変身していなくても、魔法少女ならばそれなりに恩恵があるので珍しい話ではないが、俺はその時なんとなく悲しくなった。

 

 そのまま少し休んだ後に、アクマに身体を揉んでもらってから風呂に入る。

 髪を乾かし終わるとアクマは俺と同化し、これで準備完了だ。


 時間まで余裕があるが、大人として早めの行動を心掛けたい。


(アロンガンテさんの拠点はどこにあるんだ?)


『妖精界の一角だよ。結界で隔離しているみたいで、テレポーターでしか行けなくなってるよ。まあ、私なら転移で割り込めるけど、どうする?』


(転移で直接行った場合って、デメリットとかあるのか?)


『普通は警報が鳴るけど、私なら問題ないね。強いて言うなら、出迎えがない位かな。まあ、妖精界に転移してからテレポーターで跳ぶのと時間は変わらないから、判断はハルナに任せるよ』


 直接向かえば誰にも会う事はないが、相手に少しだけ迷惑が掛かり、普通にテレポーターで向かう場合は短時間とはいえ、人前に出なければならない感じか。

 

(そう言えば、俺の事ってどういう感じになっているんだ?)


 昨日テレポーターに向かう間、タラゴンさんに手を引かれていたのも関係あると思うが、犯罪者を見る様な目では見られなかった。

 どちらかと言えば可哀そうなものを見るような感じだったが、少々不思議に感じた。


『元々ハルナを積極的に狙ってたのって、魔法局と深く繋がっていた魔法少女で、その魔法局の上層部が潰れちゃったからね。更に魔法局の汚職もニュースとなって発表されてるし、ハルナについても被害者って感じになってるよ』

 

(なるほど。その魔法局と繋がっていた魔法少女たちはどうなってるんだ?)

 

 普通に考えるなら東北支部の時と同じように処刑だか幽閉になるだろうが、今は猫の手すら借りたい状況だ。

 わざわざ戦力を落とすような事をするとは思えない。

 

『手を汚しているのは仕方ないけど、金銭の不正をしただけの魔法少女は、戦果次第ではお咎め無しにするみたいだね。妥当と言えば妥当な判断かな』

 

 なるほど。確かに妥当な落としどころだな。

 一応だが、白魔導師状態で悪いことは……法に触れるようなことはしていない。

 

 多少恨みを買っているとは思うが、多分大丈夫だろう。

 

 さて、個人的には直接転移してしまった方が、憂いがなくてなくて良い。

 しかし、常識的に考えればテレポーターで行くのが普通だ。

 

 ――転移でいっか。

 

(転移で頼む。一応アロンガンテさんに知らせといてくれ)


『了解』


 時間まで大体30分程あるが、服の確認でもしておくか。

 着ることないだろうが、増えた服がどんなのかが少し気になる。


 部屋に戻りクローゼットを開けると、なんとなく違和感を感じた。

 一度閉じて、クローゼットから廊下までの奥行きを確認する。


 もう一度クローゼットを開けると、やはりおかしい。


(クローゼット内が広くなっているが、なぜだ?)

 

『空間拡張の魔法が掛けられてるね。施設とかでは結構見るけど、個人のクローゼットに使うことあまりないかな。結構な値が張るからね』


 タラゴンさんはランカーなだけあって金だけはあるからな……。

 だからってここまでする必要はないだろうに……。


 昔テレビで見た芸能人のクローゼットみたいになっている。

 中に入って軽く見渡すが、ちゃんと俺のサイズに合いそうな服ばかりだ。


 一応部屋にはクローゼットの他にタンスや衣装ケースなどもあるのだが、タラゴンさんが何を考えているのか分からない。


 もしもの話しだが、俺が成長したらこの服は全て無駄になる。

 俺が成長しないとでも思っているのだろうか?


 タラゴンさんの選ぶ服は可愛い系ではなく、綺麗系のものが多い。

 結構露出が多く、際どいものもある。

 普通の感じの服もあるが、大体はそんな感じだ。


『今度あれ着てみない?』

 

(やだ)

 

 一通り見ておこうかと思ったが、時間になったので途中で止めることにした。

 とりあえずタラゴンさんには、買い控えるように言っておこう。


 数着ならともかく、数百着ともなると他人に迷惑が掛かってそうだ。

 なぜかアクマが数着収納していたが、着ることがないことを祈る。


 一旦クローゼットの事は忘れてしまおう。


 転移の為に変身し、いつも通りフードを被る。


(それじゃあ、頼んだ)


『了解。拠点のテレポーターに転移させるね』


 浮遊感が襲い、視界が変わる。

 

 少々狭いテレポーターから見えるのは白い壁と、受付と思われるテーブル位か。

 突如現れた俺に、受付の妖精が驚いているが、当たり前か。


 稼働していないテレポーターから人が出てきて驚かないはずがない。

 

「だ! 誰ですか! 不法侵入の場合、ランカーのアロンガンテ様が黙っていませんよ!」


 こういう時って名刺とかあるとやり取りが楽なんだが、そんなものは準備していない。

 拳銃の様な物を震える手で向けてくるが、警備的に大丈夫なのだろうか?


 俺が転移で来られるって事は、魔女も転移で来ることが可能なはずだ。

 襲撃されたらあっという間に殺されるぞ?


 ……まあ、警備として置いておくならランカークラスじゃないと意味がない。

 そんな勿体ない事は出来ないだろうし、それ以外なら誰だって変わらない。


 この妖精も貧乏くじを引かされたって所だろう。

 

「イニーフリューリングですが、アロンガンテさんから聞いていませんか?」

「イニーフリューリング? ……ああ! イニーさんですね! 全く、脅かさないで下さいよ。話はうかがっているので、アロンガンテ様の執務室にどうぞ。場所はこちらの地図をご覧になって下さい」


 安心した様にため息を吐いた妖精は受付まで戻り、パンフレットを渡してくれた。

 開くと、この施設の見取り図が書かれていた。


「ありがとうございます」

「次からはちゃんとテレポーターを使って下さいね。殺されると思って怖かったんですからね!」


 次があるか分からないが、もしも次があるならトイレ辺りにでも転移しよう。

 場所さえ分かればどこでも転移出来るからな。


「善処します」


 ポカポカと叩いてくる妖精を無視して扉を潜り、アロンガンテさんの執務室へ向かう。

 施設名は決まっていないみたいだが、地図を見る限り結構広い。


 食堂や売店もあり、仮眠室もある。

 この施設で暮らす事も出来そうだ。


 数分程歩き、執務室の前まで来る。

 人とすれ違う事がなかったが、それはここがまだ正式稼働してないからだろう。


 さて、アロンガンテさんはちゃんと休んでいてくれたのだろうか?

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