魔法少女と鍋

 お茶会会場から出た俺は、好奇の目に晒されながらテレポーターに入りテレポートした。


 幸い話しかける様な人は居なかったが、写真を取る音が何回かしたのが気掛かりだが、晒されない事を祈るばかりだ。

 

 タラゴンさんの家に帰ってくるのも久々だな。

 流石に山の奥地なだけあって雪が凄いが、家から出なければ問題無いだろう。


「何か食べたいものある?」

「温かいものなら何でも構いません」


 変身している時ならともかく、変身をしてない時は寒さが身に沁みるだろう。

 家の中に入れば暖房があるが、それでも温かいものが食べたい。


 出来れば多少辛い方が好ましい。


 タラゴンさんに手を握られるのは苦手だが、今ばかりはありがたい。

 能力のせいか、体温が高いんだよな。

 

「温かいものね……カレーは時間が必要だし、うどんは味気ないし、鍋かしらね?」

「お任せします」

「なら、私が作ろうかしら?」


 声と共に、後ろに誰かが現れる。

 

 まあ、声で誰だか分かるのだが、どうして来たんだ?

 タラゴンさんが振り返った事で、手を握られている俺もタラゴンさんの周りを半周させられる。


 声の主であるフルールさんは両腕に袋をぶら下げており、大量の食材が覗いていた。


「……別に構わないけど、仕事は大丈夫なの?」

「多分大丈夫よ~。破滅主義派のせいで、これまで現れていた指定討伐種はほとんどいなくなったし、どちらかと言えば警護の仕事の方が多いわね~」


 指定討伐種と呼ばれている魔法少女たちが何をしているか知らないが、自分たちが暴れるよりも魔物の方が暴れているからな。

 何もしてないだけかもしれないが、邪魔だからと破滅主義派に駆除されている可能性もある。

 あるいは捕まって傘下に入った可能性もあるか。


 なんにせよ、嵐の前の静けさと言ったところだろう。


「大丈夫なら構わないけど、何買って来たの?」

「冬においしい食べ物を色々よ。寒いし、先にお邪魔させてくれないかしら?」

「それもそうね。家の周りの雪を溶かしてくるから、先に入っていてちょうだい」


 転移した先が雪の上で、そのまま埋まる位には雪が積もってるからな。

 俺が雪を溶かしても良いが、失敗したら家を壊してしまうので、タラゴンさんに任せた方が良いだろう。


 ニュースとかで雪が凄い凄いと言われてたが、少し舐めてたわ。


 周囲と家までの道は直ぐに溶かしてもらったが、まだ辺り一面雪景色……雪の中と言った感じだ。


「分かったわ。それじゃあ行きましょうか」


 除雪作業に入ったタラゴンさんと別れて、フルールさんと家の中に入る。

 なんとなく手慣れた感じがするが、変身前の知り合いなのだろうか?

 

 家の中はやはり綺麗なものだが、この雪の中でも掃除に来てたのだろうか?


 キッチンに袋を置いたフルールさんの全身が光り、変身が解かれる。

 変身時は緑髪で、ポニーテールに纏めていたが、今は黒髪のセミロングとなっている。


 優し気と言うか、ふわふわとしている様な雰囲気は相変わらずだ。

 

「イニーちゃんも、変身を解いちゃって良いのよ?」

 

 個人的にはもう少し部屋が暖かくなってから変身を解きたいのだが、仕方ないな。


「あら、可愛い服を着てるのね」


 そう言えば多摩恵の服を着たままだったな。

 ついでに言えば、最初の時に来ていたパーカーは多摩恵の家に干したままだ。

 

 後で取りに行かないとな。


 出来れば着替えてしまいたいが、アクマは作業中なので頼むのは悪いだろう。


 まあ、人前に出るわけでもないし、このままで良いか。


「知り合いに借りた服だったのを忘れてました」

「そうなの。因みに、お名前は何て言うのかしら?」

「一応早瀬ハルナです」


 他にも榛名史郎や風瑠があるが、ここではこの名前だ。

 偽名が増える一方だが、こればかりは仕方ない。


「ハルナちゃんね。私は真琴ちゃんの……姉? 先輩? になる、秦野葉央はたのはおよ。気軽にお母さんと呼んでね」


 ……それのどこが気軽なんですかね?


「分かりました。秦野さん」

「あら、いけずね~」


 これまた新しいタイプの女性だな。

 遠目で見ている分には良いが、関わると疲れる感じだ。


「終わったわよー。それで、何を作る気なの?」

「あら、お帰りなさい。すき焼きなんてどうかしら?」


 すき焼きか。最後に食ったのは取引先の担当に奢ってもらった時だから、3年位前かな?

 美味しいのだが、1人で食べるようなものでもないので、久々だ。


「ハルナもすき焼きで良いかしら?」

「大丈夫です」

「なら良かったわ。私と葉央で作ってるから、一度お風呂に入ってきたらどう?」


 ふむ、確かにありだな。

 お風呂と言う名の温泉だが、疲れている今ならさぞ心地よいだろう。

 2人が一緒に夕飯を作っているなら乱入される心配も無いだろうし、着替える事も出来る。


 個人的には飯を食べてからお風呂に入りたいが、また後で入れば良いだろう。


「分かりました。先に入ってきます」

「部屋も綺麗なままだと思うけど、一度確認しといてね。あっ、これ妖精界の養殖牛じゃない。なんでもっと良い肉買わなかったのよ」

「あら? 赤城牛を買ったと思ったのに間違ったかしら? ごめんね~」

「もう、仕方ないわね……」

 

 ……姉は姉でも、出来の悪い姉と言ったところだろうか?

 

 言われた通り、部屋で着替えを持ってからお風呂に入るとするかな。


 久々に入った部屋は特に変わってないが……いや、タンスや、クローゼットに書かれている、服の数を表す数字が増えているな。

 俺が居ない間にも買い込んで仕舞っていっるのか……。


 見る必要もないし、俺が個人的に買った服を仕舞っているタンスを漁る。


 記憶が正しければ、パーカーやジャージが数着あるはずだが、おかしいな。


『あー。疲れた疲れた。何してるのさ?』


 おっ、どうやら一区切り着いたようだが、こっちは今それどころじゃないんだよな。

 

(風呂に入るため、仕舞っておいた服を探してるんだが、見つからないんだ)


 アクマに、家に帰って来てからの事を軽く話す。


『フルール――葉央の事は置いといて、嵌められたんじゃない?』


 ――確かに。

 いつもなら一緒に入ろうとあんな手やこんな手を使うタラゴンさんが、あんな気の利いた事を言うはずがない。


 流石に処分したとは思わないが、俺が買った服を隠したか……やられた。


 軽くクローゼットやタンスを調べるも、あるのは可愛らしい服ばかりだ。


『諦めれば? 別に死ぬわけじゃないし』


 確かにそうなのだが、女性ものの服を着るのはまだ抵抗がある。

 出来ればズボンにシャツ程度の服装が良いのだが、これについてはアクマも煩い。


 妥協点がパーカーやジャージだったのだ。


 せめて少しでもまともなのはないかと漁っていると、1着のパーカーを見つけた。


『……それを着るの? それを着るならまだ普通の服の方がよくないかな?』


 それを言われるとお終いなのだが、ここで普通の服を着るのは負けな気がする。

 確かにこれを着るなら、ワンピースやスカート系の服を着た方がマシだろう。


(それでも俺はこれを着る。ニヤニヤされる位なら笑われた方がマシだ)


『ハルナが良いなら構わないけど、服だけじゃなくて、下着も持っていくのを忘れないでね』


(了解)


 このパーカーはミカちゃんが選んだ奴だ。

 買ったのはアヤメとして行動してた時だが、その時のことを知っている人はいないので問題ない。

 うさ耳と尻尾が付いてる動物系のパーカーだが、今回はこれで我慢してやろう。

 

 服一式を持って脱衣場に入り、さっさと脱いでお風呂に入る。

 念のため扉は氷で施錠しておく。

 シャワーの前で椅子に座ると、アクマが俺の中から出てきて洗い始める。


 結構食べてると思うのだが、血を流したり寝込んだりいているせいで、全く成長を感じられない。

 

 胸は若干膨らんでると思うが、年頃の少女のことなど分からないし、調べようとも思わない。

 

 大の大人が少女の発育について調べるのはなんか気まずい。

 アクマが居なければ調べても良いのだが、居る状態で調べたら何を言われるか分からない。


 こんな風に洗われてると、車の事を思い出すな。

 休日はよくドライブをしていて、ドライブの後はいつも洗車をしていた。


 あの頃が懐かしい。


「洗い終わったよー」

「ありがとうございます」


 洗ってもらった代わりに、俺がアクマを洗う。

 そして、一緒に湯船に浸かる。

 冬は温泉に限るな。


「いや~、温泉は良いね~」


 アクマが温泉に漂っているせいで、髪が藻の様に広がっている。

 俺も漂いたいが、子供ではなないのでそんなことはしない。

 

「のぼせないように注意して下さいね」

「分かってるよ」

 

 タラゴンさんには色々と言いたい事もあるが、いつでも温泉に入れるのだけはありがたい。


 アクマがのぼせる前に上がり、しっかりと髪と身体を拭く。

 そして、例のパーカーを着てみた。


 見た目は酷いが、高いだけあって着心地はかなり良い。


 動物ものの服を着るなんて幼少期以来かな?

 女性ならともかく、男が着ることはまずないからな。

 

 脱衣所を出ると、食欲をそそる匂いがした。

 結構長く入っていたが、もうそろそろ準備できたかな?


「上がりました」

「上がったのね。こっちも丁度準備が……」


 俺の服装を見たタラゴンさんが固まる。


「まあまあまあ。可愛いわね。ほら、真琴ちゃんも固まってないで早く運んじゃって」

「――そうね。作戦は失敗したけど、勝負には勝ったから良いわ。ハルナは座って待ってなさい」

 

 ニヤニヤしている2人を見ないようにして、椅子に座る。

 いっそのこと爆笑してくれた方が気が楽なんだがな……。

 既に鍋や小鉢が用意されていて、ほとんど準備は終わっているようだ。


『案の定嵌められてたみたいだね』


(作戦とか言ってたし、そうなのだろうな。タラゴンさんの事はもう少し疑うようにしよう)


 まあ、温泉に入らせてもらっているので、大体の事は許してしまうがな。

 ついでに戸籍も用意もらっているので、頭が上がらない。


 葉央さんがポンと置かれたジュースを飲みながら待っていると、鍋が煮えてきた。


 すき焼き以外にちょっとしたおかずや追加の肉などを持ってきた2人も座り、準備が整う。


「それじゃあいただきましょう」

「いただきます」


 ふむ、ねぎも甘くて美味しいな。

 春菊もさっぱりとしていていい感じだ。

 

「野菜ばかりじゃなくて、肉もちゃんと食べなさいよ」

「はい」


 肉もちゃんと食べるが、やはり最初は野菜から食べたい。

 割り下の味も確かめられるし、野菜から食べて方が身体に優しかったはずだ。


「あの真琴ちゃんがお姉ちゃんになるなんて、感慨深いわね~」

「いや、葉央には言われたくないからね?」


 こんな田舎に家を構えてる癖に、タラゴンさんの交友関係は広そうだ。

 真琴では水上の人たちとも仲が良く、タラゴンとしてはランカーの他にも、色んな魔法少女と良い関係を持っている。


 人付き合いが嫌いな俺とは正反対だ。


 因みに、今のところ俺は野菜ばかりを食べ、タラゴンさんはバランス良く食べ、フルールさんは肉ばかり食べている。


 肉は妖精界産の物らしいが、普通に美味かった。

 そもそもだが、そこまで肉に拘りはないので食えれば問題ない。


 多少タラゴンさんが愚痴っていたが、気心が知れた仲だからだろう。

 フルールさんも少しだけ困ったような笑顔を浮かべたが、嫌そうにはしていなかった。

 

 3人居るせいか、いつもより賑やかな夕食を終え、食後の珈琲を飲む。


「全く、おっちょこちょいなんだから、ちゃんと名前を見てから買いなさいよ」

「分かったわ。次からは気を付けるわね」


 食事の始まりから終わりまで何もしていないので、少々罪悪感を感じるが、無理矢理手伝う方が気を使わせてしまうので、座って待つ事しかできない。


「そう言えば、私が買っていた服はどうしたんですか?」

「私の部屋に置いてあるから、後で持って行って良いわよ」

「分かりました」


 タラゴンさんの部屋にあるなら、いくら探しても見つかるはずがないか……。


「それにしても、聞いてた通り良い子よね~。大変だと思うけど、頑張るのよ」


 大変と言えば大変な事だが、俺が決めた事でもある。

 

「既にハルナの手配は解かれているから自由に動いて良いけど、今はゆっくりと休みなさい。義妹の分は姉である私が頑張るわ」


 シミュレーションならともかく、当分は実戦を避けなければならない。

 流石に魔女が直ぐに動く事は無いと思うが、流石に死なれたら目覚めが悪いので、無理だけはしないでほしい。

 

「それじゃあ私は行くわ。また一緒にご飯を食べましょうね」

「食材を持ってきてくれて助かったわ。この後は確かブレードと行くんだっけ?」

「ええ。まだ少し時間があるけど、早めに移動しといた方が安心でしょう? それじゃあ、また会いましょう」


 軽く手を振ったフルールさんは変身してから転移してしまった。


 折角だし、あの事を聞いておくか。

 

「秦野さんとどういう関係なのですか?」

「葉央と? うーん……一応先輩と言うか、姉と言うか、そんな感じかな?」

 

 お互いに言ってる事は一緒だが、タラゴンさんは不承不承とした感じだ。

 

「そうなんですか? 因みにお姉ちゃんから見てどんな感じの人ですか?」

「天然と言うか我が強いと言うか、おっとりしている様に見えて結構しっかりしている感じかな? 私が居ない間に何かあったの?」

「いえ、少し気になっただけです」


 さて、もう一度お風呂に入ろうと思ったが、急に眠くなってきたな。

 珍しく沢山話したのもあるが、腹いっぱいに飯を食べたのが原因だろう。


 多少の睡魔なら我慢できるはずなのだが、この身体では難しい。

 寝落ちする前に、ベッドに入ってしまおう。


 ――その前に服だけは回収しておかないとだがな。

 

「眠そうだけど、大丈夫?」

「すみませんが、寝ようと思います」

「無理しないで休みなさい。私は今日の夜中から明後日までは出ちゃうから、食事は適当にしちゃってね。おやすみ」

「おやすみなさい」


 ふらつく足取りでタラゴンさんの部屋に向かい、俺の服が仕舞われている衣装ケースを持って自分の部屋に向かう。


 なんとか倒れないで部屋に戻れたが、ベッドに倒れこむようにして横になると、そのまま意識が落ちてしまった。


『おやすみ、ハルナ』


(ああ、おや……す……み)













 魔法少女名:イニーフリューリング

(日本)ランキング:15位

 年齢:11歳 

 武器:杖

 能力:魔法+回復(結界内に侵入出来る能力有り)他は機密の為削除

 討伐数

 SS以上:1

 S:11

 A:4

 B:50

 C:70 

 D:20

 E以下:0

 

 備考  


 魔法局に濡れ衣を着せられ指定討伐種となったが、魔法局の上層部が崩壊し、冤罪と分かったため解除された。

 解除される前の討伐数はカウントされていないが、討伐の結果自体は報告されていた為ランキングは上がっている。

 

 また、件の変身能力については削除されており、詳細は機密扱いとされているため不明。

 しかし正体不明の変身時はランカーに相応しい能力があると考察されている。


 姉であるタラゴンに手を引かれて歩いているのを目撃されており、おそらくタラゴンに捕まったのではないかと噂が広がっている。


 イニーが悪い訳ではないが、一部の魔法少女から逆恨みを買っている為、今後の活躍に影が差さない事を祈るばかりである。

 

 

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