魔法少女は休みたい
少し前向きになり過ぎたマリンや、妙にやる気に満ち溢れている、新人クラスの生徒と生活しながら過ごす中で、俺は思った事がある。
(この子たちって。距離近くない?)
何と言えば良いのかな?
どちらかと言えば俺はボッチな学生生活を送っていたせいか、人との距離を自分から詰める事がほとんど無い。
なのだがこの子たちはお昼の時にアーンをしてきたり、荷物を持つのに四苦八苦してたりすると、直ぐに助けてくれたり、大浴場に俺を連れて行こうとしたりする。
『女の子なら、この位普通じゃないかな?』
(アニメじゃないんだから、そんなわけないだろう……)
まあ、男から女になるってのはアニメみたいなものだが、それはそれだ。
距離が近いとは言っても、それはそれで助けられているので、拒むことは、あまり出来ない。
強いて言うなら、俺のSAN値がガリガリゴリゴリ、削られている事くらいだろう。
だが、今日はそんな彼女たちを気にしなくても良い。
何故なら……。
(今日は休みだし、ゆっくりと休みたい)
今日は珍しくアクマから許可を貰い、休みなのだ。
魔物の討伐や魔法少女狩りも休みで、学園も日曜日の為に休みだ。
野良の良い所は、緊急性の高い魔物の討伐の依頼とかが、魔法局から来る事が無いので、休みと決めれば休んでいられる所だろう。
その分、昨日は魔法少女を3組辻斬りすることになったが、仕方ない。
その中の1組は日本ではなく中国だったが、どうせアクマの転移で一瞬なので、問題無かった。
日課であるランニングだけはしっかりとこなし、朝食を軽く食べた後に、何時も飲んでる銘柄の珈琲を淹れ、
基本的にアクマに全て任せているが、たまには自分で確認しておく。
そうそう変な事をしてないとは思うが、念には念をだ。
(そう言えば、何で今日は朝から憑依してるんだ?)
休みの日となれば、アクマも憑依しないで、結構自由にしている。
掲示板で削除と言いながら天誅を下したり、
『もう少しすれば分かるよ』
また何かあるのかね~?
休みなら休ませてくれても良いのに……。
戦いたい欲求が一番大きいが、戦うためにはしっかりと休むことも大事だ。
オンとオフをしっかりと切り替えるのが、社会人と言うものだろう。
ダラダラとしていると、スマホから通知音がする。
一体誰からだ?
(ああ、成程ね)
それはタラゴンさんからのメールだった。
内容は、今日の朝10時からランカー用のシミュレーター室で待っているとの事だ。
恐らく、俺が学園別新人魔法少女大戦…………縮めて新魔大戦だったかな? に出ると連絡が行ったのだろう。
出るからには勝てと言ってたみたいだし、訓練か模擬戦でもするのだろうな。
正直、タラゴンさんは俺のトラウマ的存在であるので、戦いたくはないのだが…………。
(これって行かないと駄目?)
『行かないと、後で精神的に死ぬ事になるかもよ?』
――確かに、学園に転入する前の時みたいになるのは嫌だな。
仕方ないが、行くしかなさそうだな。
時間的に少し余裕もあるし、ストレッチでもして、体を慣らしておくか。
微妙にナイーブになりながらストレッチをしていると、玄関のチャイムが鳴る。
今度は何だ?
変身してからモニターを確認すると、マリンが居た。
……なんでぇ~?
「イニー、居るんでしょう?」
『開けて上げれば? ついでに、シミュレーションに連れて行けば?』
開けるのはともかく、シミュレーションに連れて行くのは有りかもな……。
2人居れば、その分俺への被害が減る可能性もある。
「空いてるので上がって下さい」
ガチャリと音が鳴り、マリンが入って来る。
数日経って隈も無くなり、何時も通りに戻っている。
とりあえず、アクマ用に買ってるオレンジジュースを出しておく。
「ありがとう。イニーって今日空いてる?」
「今日はお姉ちゃんに、シミュレーションに来るように言われてるので、空いていませんが、良かったらマリンもどうですか?」
「お姉ちゃん?」
ああ、そう言えば、タラゴンさんが姉って事を誰にも言ってなかったな。
「M・D・Wの討伐の後に、色々と有った結果、タラゴンさんが義理の姉になりました」
「ふーん、そうなんだ、一緒に住んでるの?」
「少しの間だけ一緒に住んでましたね。今は寮に居るので、別ですけど」
「そうなんだ…………良いわ、私も行く」
良し、これで生贄が手に入った。
少々あれだが、この際文句は言わない。
少しの間マリンと雑談をしていると、再びチャイムが鳴る。
(誰だ?)
『反応的にタケミカヅチだね』
成程、この際だし、ミカちゃんも連れて行ってしまおう。
「誰かしら?」
「見てきますので、待っていて下さい」
既にアクマに教えて貰っているので分かっているが、知らない体で話をしておく。
「イニー居るかえ?」
「居ますよ。開けてあるので、どうぞ上がって下さい」
先程のマリンと同じように部屋に招き入れる。
ミカちゃんは靴が多いのを見て、軽く頷いていた。
「おお、委員長も来ていたのかのう」
よっこらせっと、じじ臭い事を言いながらミカちゃんは座り、追加のコップを持ってきてオレンジジュースを渡す。
「ええ、一緒に買い物へ行こうと思ったのだけど、イニーは用事があるらしいので、それに付き合う事になったの」
「ほう? 用事とは何かえ?」
先程マリンにした説明をミカちゃんにもし、ついでに誘ってみる。
「なるほどのう。わらわは訓練をしようと誘いに来たんじゃが、丁度良かったのう。ついて行くのじゃ」
これで、俺への負担も多少は減るだろう。
リベンジマッチとかも、いつかはしたいが、今はまだ無理だろう。
しかし、一応タラゴンさんの事を話しておいた方が良いのだろうか?
――まあ、話さなくても知っているだろう。
「それでは、約束の時間もあるので、向かいましょう」
2人の返事を聞き、コップを片付けてから寮を出る。
テレポーターを使い、お茶会の会場などがある区画に転移してから、徒歩で向かう。
「ところでじゃが、タラゴンさんとはもしかしてランキング5位のタラゴンさんかえ?」
「はい。そう言ったはずですが?」
「……あの噂は本当なのかえ?」
ミカちゃんの顔色が悪くなり、少々ぎこちなくなる。
もしかして、同じ名前の違う人とか思ってたのか?
ついでに、噂と言っても、あの人は色々とあるせいで、”あの”が何を示すのか分からない。
まあ、タラゴンさんの事だし、噂は大体本当の事だろう。
「あのとは?」
「悪い魔法少女を連れ込んでは爆殺してるとか、幼い魔法少女と手を繋いでニコニコしてたとかじゃが、知らんのかえ?」
……それって両方とも。俺じゃないかな?
まあ、あの模擬戦自体は非公開のはずだし、世間的には知られてないはずだ。
なので、爆殺については俺だけの事ではないだろう。
もう片方の噂は……俺だよな。
白を切るか。
「噂は噂ですよ。ランカーなんですから、変な事はしてないでしょう」
「そうなのかえ? なら良いのじゃが……」
「その幼い魔法少女ってもしかしてイニーじゃないの?」
余計な事は言わないでくれ、確かに11歳は幼いが、26歳の男に幼いって言葉はダメージがあるんだからさ……。
「おん? その白いローブはもしかしてイニーか?」
ニヤニヤし始めたミカちゃんへの制裁を考えていると、後ろから声を掛けられる。
この少し口調の悪い喋り方はもしかして……。
『ブレードだね。場所が場所とはいえ、珍しい』
(これはもしかして、俺の糞運が発動したかな?)
無視してしまいたいが、俺1人だけではなく、マリンとミカちゃんもいるので、無視するのは無理だろう。
「お久しぶりです」
「ああ。直接会うのはお茶会以来だが、話はタラゴンからうんざりする程聞いているぜ」
またか……アロンガンテさんの時といい、あの人は何をやっているんだか……。
これはいわゆる、姉バカと言ったものなのだろうか?
「それと、見知らぬ2人が居るが名前は?」
「東北支部所属のタケミカヅチと申すのじゃ」
「北関東支部所属のマリンです」
ブレードさんは数度頷いて、片手に拳をポンと叩きつける。
「ああ、若くして覚醒した魔法少女の名前がマリンだったな。タケミカヅチはこの前命を狙われた奴だったか? 今日はどうしてこんな場所に居るんだ?」
ブレードさんは悪い人ではないのだが、タラゴンさんと同じ位戦闘が好きだ。
そして、今のブレードさんはどこからどう見ても暇な様に見える。
つまりだ、俺がタラゴンさんに呼ばれている事を話せば、間違いなく付いて来るだろう。
だが、話さないわけにもいかない。
「……お姉ちゃんに呼ばれて、シミュレーション室に行く所です」
「ああ、タラゴンにそう呼ぶように強要されてるんだったな。暇だし私も付いて行こう」
「本当ですか!」
やけに嬉しそうに、マリンが声を上げる。
そう言えば、ブレードさんは剣だけではなく、刀も使うんだったな。
マリンも覚醒すれば二刀流になるので、戦い方の参考として、ブレードさんは適任だ。
若しくは、元々ブレードさんのファンだった可能性もあるかもな。
「ああ。どうせタラゴンに呼ばれているのはイニーだけだろう? お前ら2人は私が稽古をつけてやろう」
ああ、生贄1号と2号がブレードさんの手に落ちてしまった……。
「――それでは行きましょうか」
俺は気を強く持って、みんなに声を掛ける。
生贄作戦が駄目になってしまったなら仕方ないので、諦めて戦うとしよう。
シミュレーション室の前に着き、扉を開く。
大きなモニターが3枚ある待機室には、既にタラゴンさんが待っていた。
タラゴンさんはソファーに座り、俺とタラゴンさんが戦った時の動画を見ていた。
「あら、ブレードも来たの?」
「久々に暇ができたから、イニーに付いて来たんだ。ついでに、ひよっ子たちの相手でもと思ってな」
ブレードさんは自然にタラゴンさんに近づき、持っているリモコンを取り上げて、動画の再生を止める。
俺だけならともかく、ミカちゃんやマリンも居るからな。
あの動画は少々……いや、かなり刺激が強い。
「あのー、さっきの動画ってもしかして噂になってるイニーの模擬戦のやつですか?」
「そうよ。今ブレードに止められちゃったけど、中々刺激的な内容よ」
「――それって見せてもらう事って出来ますか?」
あの動画は本当にオススメ出来ないが、何故見たがるんだろうか?
ドッペルの時の怪我が可愛く見えるレベルのグロさだぞ?
「うーん。ブレードはどう思う?」
「見せるのは良いが、タダで見せるのつまらない。……そうだな、2人で私から1本取れたら見せてやろう」
「のう。その模擬戦とは何なのじゃ?」
首をかしげるミカちゃんに、マリンが悦明する。
俺がタラゴンさんに一矢報いた、一部の人たちから公開を望まれている伝説の模擬戦。
その内容はあまりにも壮絶なため、噂が噂を呼び、とんでもない事になっているようだ。
何それ? 初耳なんだけど?
(アクマは知ってたか?)
『掲示板では結構話題に上がってる奴だね。楓が許可しないから今も非公開のままだよ。ハルナの所にも要望が来たけど、断っておいたよ』
あの戦いは流石に公開出来ないからな……何度も四肢が吹き飛んだし、最後はタラゴンさんも両腕が無くなってたからな。
いくらリアルに寄せた設定とはいえ、あれは中々にインパクトがある。
「そっちの2人はブレードに任せるとして、イニーはこっちよ」
ソファーから立ち上がったタラゴンさんは俺の手を引いて、待機室を出てあの繭のような物に入る。
特に何も言ってなかったが、何をするんだろうか?
瞬く間に景色が変わり、繭の中から平原に変わる。
「さてと、プリーアイズに聞いたけど、正式に新魔大戦に出るんでしょ?」
「頼まれたので、出るつもりです」
「そう。今のイニーだと……」
タラゴンさんは真剣な眼差しで俺を見つめ、言葉を切る。
「相手が弱すぎて、相手にならないわ」
真顔で何を言ってるのでしょうか?
俺が首を傾げると、タラゴンさんが続きを話す。
「イニーが簡単に勝ちすぎると、魔法局とのいざこざが少しあるのよ。だから、イニーには縛りプレイでもしてもらおうと思ってね」
まあ、主催が一応魔法局だから、何か言われる可能性はあるわな。
俺は紐付きじゃなくて野良だし。
下手に目立てば、今以上に難癖を付けられる可能性がある。
それに、俺としてもサクッと勝つよりは、楽しい戦いがしたい。
「イニーって魔法だけじゃなくて、一応杖でも戦えるのよね?」
「はい」
「魔法禁止で、杖のみで戦うなんてどうかしら?」
……流石にそれは無理ゲーじゃないでしょうか?
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