魔法少女は見逃してもらう

 マリンはイニーの協力で、何とかドッペルを倒す事が出来た。


 イニーが来るまでに、ドッペルを倒そうと頑張ったマリンだったが、防御を崩す事が出来ず、魔力だけが減っていった。

 相手がせめてA級のドッペルなら、マリンでもどうにかなったかも知れない。

 

 だが、相手はS級だ……。


 マリンが万全な状態だったならば、勝機はあっただろう。

 しかし、早く倒そうと焦り、雨と泥が容赦なくマリンの体力を奪っていった。


 魔物もそれなりの量倒しており、初めから魔力も減っていた。


 そんな状態で勝つのは、無理だったのだ。

 

 苦肉の策として、マリンは強化フォームとなってドッペルと戦うが、ドッペルも強化フォームとなり、魔力の少ないマリンの方が不利となってしまった。


 ついには泥に足を取られた瞬間に、ドッペルに刀を吹き飛ばされ、絶体絶命のピンチとなる。

 

 何とか体勢を整えるも、目の前には刀を振り上げたドッペルが居た。


 せめて最後は目を閉じず、己の最後を迎えようとしたマリンだったが、身体に衝撃が走り、吹き飛ばされてしまった。


 そう……ローブを赤黒く染めたイニーが左手でマリンを突き飛ばしたのだ。

 

 マリンは一瞬、時が止まったように思えた。


 腕を伸ばしてマリンを吹き飛ばすイニー……ゆっくりと吹き飛ぶ自分。振り下ろされるドッペルの刀……。

 

 そして、イニーの腕目掛けて刀が振り下ろされる。


 雨の中に赤い血が広がり、泥が跳ねる音と共に、何かが地面に落ちる。

 

 マリンは目を見開き、その落ちた物とイニーを見る。

 

 イニーの左肩からは血が溢れ、一瞬だけ顔をしかめる。


 地面に落ちたのは、イニーの左腕だった。


「イニー! イニー!」

炎よフレイム!」

 

 あまりの出来事にマリンは叫ぶが、イニーは右手に持った杖をドッペルに向けて、炎の魔法でドッペルを吹き飛ばす。

 

 マリンは直ぐに立ち上がり、イニーに駆け寄ろうとする。


 「先輩。直ぐに刀を取って来て下さい。早く!」


 イニーの表情は普段と変わらないのだが、その顔には生気をあまり感じられなかった。

 

 イニーはここに来るまでに自分のドッペルを倒し、晨曦チェンシーを撃退していた。

 

 更に、アロンガンテの援護に入った後、プリーアイズを助けて、他の生徒のドッペルも全て倒している。


 連戦に次ぐ連戦により、体力は勿論、魔力もほぼ底を突いていた。

 また、晨曦との戦いの際に無理をした結果、血を吐いてしまい、体調もあまり良くない。

 

 既に死に体といっても良い状態だったのだ。


 そんな状態で、更に腕を失い、血が止まる事無く流れているのだ。

 今気を失わずに立っていられるのは、奇跡と言っても良いだろう。


「でも、イニーの……」

「先輩がしっかりとしなければ、2人まとめて死にますよ? 私の事より、先にドッペルを倒しましょう」


 マリンは走って刀を取りに行くが、不安定となった今の精神状態では、強化フォームを維持する事が出来ず、解けてしまった。

 

 刀を拾ったマリンは直ぐにイニーの所に戻る。

 

 「先輩、落ち着いて聞いて下さい。やるのは何時もの訓練と一緒です。先輩が前に出て私が援護する。ただ、最後はこちらでやるので、足止めを念頭に置いて下さい」

「わっ、分かったわ。イニー……腕は?」


 マリンは蒼白とした顔でイニーに話しかけるが、イニーは焦点の定まらない眼で、マリンに指示を出す。

 少しでも時間を無駄にしたくないイニーは、珍しく大声を出す。

 

「大丈夫ですから……行って!」


 マリンはイニーに叱咤され、再びドッペルに立ち向かう。

 先程までとは違った焦りが、マリンの動きを鈍らせる。


 そのせいか、先程までと違い、マリンに傷が増えていく。


(私のせいで……私のせいで……)


 ドッペルの猛攻を防ぎながら、マリンの脳内には先程の光景が何度も繰り返されていた。

 

 吹き飛ぶ腕、噴き出る血。


 イニーの蒼白な顔が……。


 別にマリンが悪いと言う訳ではないが、もしもイニーが先にマリンを助けに来てればこんな事にはならなかっただろう。

 

 或いは、もう少し距離が近ければ……。


 ドッペルが刀を振るい、紙一重でマリンは避ける。

 下手に刀の一撃を受けようとすれば、そのまま押し負けてしまう。

 マリンは通常状態だが、ドッペルは強化フォームのままなのだ。


 マリンの耳にイニーの詠唱が聞こえる。


 何時もの平坦な声なのに、マリンには悲痛な叫びの様に聞こえた。

 せめてイニーと一緒に戦えるようにと、努力して来たマリンだが、結果的にまた命を救われることとなる。


 これで3度目……まるで、ことわざの様にマリンは助けられた。

 もしも……もしも4度目があるとするのならば……。


 イニーと再会して絶好調だったマリンの心に、影が生まれる。

 切り傷が増え、ジワリと血が滲む。

 

 身体の痛みよりも、心の痛みによって叫びたくなるマリンだが、今はその時ではない。


「離れて!」


 イニーが叫び、マリンはハッと我に返る。

 マリンは足に力を込めて、一気にドッペルから離れた。


恐れる悪魔の涙ディア・イーラ・ティア

 

 黒く、禍々しい氷槍がドッペルに降り注ぎ、その内の1発がドッペルの足を地面に縫い付ける。

 更に6本の氷槍がドッペルを囲み、六芒星が描かれる。


 そのドッペルの状態に、マリンは未来の自分を幻視する。

 もしかしたら自分も、この様に誰かに殺されるのだろうか……そんな事をマリンは考えてしまう。


 イニーの隣で一緒に戦いたい一心で、強くなろうとしてきたマリンだが、それは叶わぬ夢なのかもしれない。


 六芒星の描かれた上に、目の様なものが現れ、黒い雫が落ちる。

 それがドッペルにあたり、黒い氷塊が出来上がる。


 少しだけ、その有様をマリンに見せつけるかのように鎮座し、粉々に砕け散った。

 その砕ける音でマリンは意識を取り戻し、イニーの所に向かう。


 イニーは地面に突き刺した杖を引き抜くと、そのまま倒れそうになる。

 何とかイニーが倒れる前に支える事が出来たマリンは、イニーの身体の冷たさに驚く。

 

 「イニー! しっかりして! やだ……こんなに冷たくなって……」

 「だい……じょうぶです。それより、先輩は大丈夫ですか?」


 イニーはマリンに寄りかかりながら、マリンを気に掛ける。

 こんな状態だというのに、イニーはマリンに怒る所か、心配をする。

 

 何がイニーを駆り立てるのかは、イニー本人しか分からない。

 だが、イニーの活躍により、死者は誰も出来ていない。

 

 それだけは確かだった。


「ええ……ええ、大丈夫よ。今運ぶから眠っちゃ駄目だからね」

「そんな焦らなくも大丈夫ですよ……あっちの方向に向かって下さい」


 マリンは冷たくなったイニーを背負うが、その身体はとても軽く、年頃の少女の体重とは思えないものだった。


 イニーの指示した方向に向かうおうとした、その時だった。

 

 拍手が、雨の中に響いた。


「いやはや、まさか誰も死なないとは驚いたね。晨曦もやられるし、とても面白いものが見られた」


 空間に裂け目が入り、リンネとロックヴェルトが姿を現す。

 イニーはリンネの姿を捉えると、マリンから降りようとするが、マリンはそれを許さなかった。

 

 イニーは少し顔を歪めるが、どちらにしろ何も出来ないので、降りるのを諦める。

 

「……まだやりますか?」

「いや、今回はこれで帰るとするよ。ただ……気が変わるようなら、私は何時でも君を待っているよ」


 リンネは満足した様に笑い、再び裂け目の中に消えて行く。

 ロックヴェルトも裂け目に入ろうとするが、一度マリン達に振り返る。

 

「……憐れね」


 そう言い残して、裂け目の中に消えて行く。

 その時のロックヴェルトの眼はとても冷めており、マリンの心に突き刺さった。


 何を思って、その言葉を投げかけられたのかは、分からない。

 だが、魔法少女して戦う自分が、同じ魔法少女に助けられている現状を憐れんでいる様に聞こえた。


 裂け目が消えると、景色が歪んでいき、インドの荒野に変わる。

 雨も止んだが、濡れた衣服はそのままだ。


 ぽたぽたと雨と一緒に、赤い血が地面に広がる。

 

 遠くに居たはずのアロンガンテや、他の生徒達が近くに集まり、結界が完全に消失する。

 

 それぞれが辺りを見回すが、イニーとマリンを見た生徒の内、何人かが悲鳴を上げる。

 

「イ、イニー!」

「こちらアロンガンテ。緊急事態発生。直ちに治療の出来る魔法少女を、魔法少女学園日本支部にお願いします。大至急です」

 

 生徒たちが驚きによりあたふたとし、アロンガンテは回復した端末で直ぐに指示を飛ばす。

 

 この中に回復魔法を使える者は、プリーアイズしか居ない。


 だが、回復魔法を使う余裕など、プリーアイズには無かった。

 プリーアイズは自分の不甲斐なさに、強く歯を食いしばる。


「そんな慌てなくても大丈夫ですよ……今回は……ちゃんと……まも……」


 支離滅裂な言葉を、イニーは呟きながら気を失う。

 戦いが終わり安心したのもあるが、既に体力も魔力も限界ギリギリだったからだ。

 

 M・D・Wの時よりもマシだが、イニーの状態は決して良い状態とは言えない。

 

 左腕は結界と共に消失し、今も断面から血が滴っている。

 

 アロンガンテは通信を終えると全員に集まる様に声を掛ける。


「色々とありましたが、先ずは学園に戻ります。マリン。イニーは私が運びますので渡して下さい」


 アロンガンテはマリンの状態を見て、イニーを預かろうと提案するが、マリンは首を振って拒絶する。

 

 今のマリンは非常に不安定な状態になっており、濡れた黒い髪と相まって、見ていてとても不安になる状態だった。


 マリンは自分のせいで死にけているイニーを、誰にも渡したくなかったのだ。

 

「せめて、治療の時までは私に任せて下さい……」

「――そうですか。無理はしない様にして下さい。それでは転移します」


 アロンガンテたちを光が包み、再び学園のテレポーター内に戻ってくる。

 

 アロンガンテが連絡して、ほとんど経っていないと言うのに、既に数名の魔法少女が駆け付けていた。


 その中には何故かジャンヌの姿があり、そのジャンヌを見たアロンガンテは心の中で礼を述べる。

 

 ジャンヌが居れば、死んでいない限りどうにかなる。

 だが、ここでリンネの言葉を、再びアロンガンテは思い出す。


(回復魔法の素養はね、世界を滅ぼしたいと思った者にしかないんだ)


 アロンガンテは、そんな声が聞こえたような気がした。


「おやおや。みんな泥だらけに血だらけじゃあないか。イニーはこちらで預かるって事で良いかな?」

「っつ! ええ、お願いします。今、楓さんは執務室に居ますか?」

「ああ、通信が途絶えたという情報が入った後に直ぐに戻って来たようだよ。私も出かけようとしたのだが、どこにも行くなと言われてね」


 やれやれだとジャンヌは首を振りながら、マリンに近づく。

 

「さて、イニーを私に貰えるかな?」

「……イニーをお願いします」


 ジャンヌは服が汚れるのを気にせず、イニーをマリンから預かる。

 前よりも更に軽くなっているイニーを受け取り、ジャンヌは少し眉をひそめる。


(血を流し過ぎているな。心臓は弱いがしっかりと動いている。前の時に比べればマシだが、また無茶をしたようだね)


「他の魔法少女は頼んだよ」


 ジャンヌはイニーをお姫様抱っこし、控えていた魔法少女や妖精に声を掛けてから、テレポーター室を後にする。

 

 イニーの次に怪我が酷かったのはプリーアイズであったが、プリーアイズは生徒達の治療を優先する様にお願いする。

 

 逆に一番怪我が無かったのは、ミカである。


 多少の掠り傷はあるが、ほとんど無傷と言って良いだろう。


 こうして、波乱に満ち溢れた新人研修は幕を閉じる。

 死者は誰もおらず、結果としては最上だろう。


 しかし、数名の新人魔法少女の心に大きな傷を残す事となる。

 特にマリンはM・D・Wの時とは違う闇を抱えるようになる。


 そして、イニーのランキングが一気に上がる……。

 

 


 

 公式サイトマジカルンより引用

 

 魔法少女名:イニーフリューリング

(日本)ランキング:21位(新人集団研修終了後)

 年齢:11歳 

 武器:杖 

 能力:魔法+回復(結界内に侵入出来る能力有り)

 討伐数

 SS以上:0

 S;11

 A;0

 B;5

 C;50 

 D;20

 E以下:0

 

 備考

 一度は死んだ者とされていたが、何故か再び魔法少女として登録される。

 討伐速度自体は落ちたが、それでも普通の魔法少女よりも討伐している魔物の数が多い。

 最近は妖精界で見かけられる事があり、白いフードを下ろしている姿を稀に見る事が出来る。


 しかし、真正面からイニーの素顔を見たものは少ない。

 

 学園に出入りしているのも見かけられ、一部のマニアが学園に侵入しようとして捕まっていると、報告が上がっている。

 美しい青い髪が、青い鳥を連想させ、イニーの素顔を見たものは幸せになれると、噂が広がっているらしい。


 また、タラゴンの妹となった事が妖精局に届け出されており、一時期掲示板が荒れた。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る