魔法少女は初めてミスをする

 裂け目から出て来たロックヴェルトが、目を見開く。

 俺はレオタードにマントという格好に、目を見開きたくなる。


「おや? あなたはもしかしてイニーフリューリング! 先日はお世話になりましたね」


(どうやら俺がやったってバレてるみたいだぞ?)


『逃げる時にチラ見でもされたんじゃない?』


 俺から見えたって事は、ロックヴェルトから見えてもおかしくないが、あの状態でよく俺だと分かったな。

 …………ああこの服装のせいか。


 こんな服装で顔を隠してるのは俺だけだからな。

 公式サイトから追うことができるのか。


「先日はお世話になりましたね」

「とても痛かったわよ。まあ、今日は痛いじゃ済まさないけどさ!」


 ロックヴェルトがミカちゃんを無視して俺に……俺に来るのかよ!

 ミカちゃんが間に滑り込み、ロックヴェルトの剣を受ける。

 

「ああ、あなたがタケミカヅチね。2人まとめて殺してあげるわ」

氷よ。雨の様に降り注アイスレインげ」


 ミカちゃんに当たらない様に調整しながら氷の雨を降らすが、ロックヴェルトが空に片手をかざすと、空間の裂け目ができて、それに俺の魔法が飲み込まれる。


「来ると分かってればそんなケチな魔法は怖くないのよ、お返しよ」

「ぬっ! 円壁!」


 ミカちゃんの上空に新たに裂け目が出現し、そこから俺が使った魔法が出てくる。

 魔法を消そうとするも、一度空間の裂け目を経由したせいか、コントロール権を奪われてしまって、消せない。


(下手な魔法はそのまま返されるってか……)

 

 アクマと同じく、俺も空間系の能力が嫌いになりそうだ。

 さて、どうしたものか……。


 ミカちゃんがロックヴェルトの攻撃を防いだり、避けるのが難しい時を狙って援護をするが、全て避けられるか、裂け目に吸われてしまう。


 直ぐに殺そうとしないで、痛め付けるような戦い方だから何とかなってるが……これはちょっと不味いかな?

 

「ミカちゃん! 魔力は大丈夫ですか!」

「まだ大丈夫じゃが、長くは持たんぞ!」


 ミカちゃんは先程の戦闘で消耗してるだろうし、早めに決着を着けたい。

 何とかミカちゃんが攻撃を防いでくれてるが、少しずつ傷が増えている。


「ほらほら! あの時みたいな魔法は使わないのかしら? まあ、使おうとすればサクッと終わらすけどね。魔法しか使えない魔法少女なんて、所詮その程度の雑魚よね!」

「ぐぬ、イニーは雑魚なぞではないのじゃ! わらわの友達で、頼りになる子なのじゃ!」

「ふーん」


 ロックヴェルトの目が少し細くなったように見えた。

 遊ぶように片手で振っていた剣を両手に持ち、剣が陽炎のように歪む。


 ミカちゃんも受けの姿勢を取るが……。


『あれは駄目だよ! 防いじゃ駄目だ!』

 

 マジかよ……まずい!

 

爆炎よ!フレイムボム

「死にな。次元断裂ディメンションパニッシュ


 ロックヴェルトが揺れる斬撃をとばすと、俺が爆発を利用してミカちゃんに突っ込むのはほぼ同時だった。


 体当たりするようにミカちゃんを吹き飛ばす。

 なぜと言わんばかりの表情をこちらに向ける。

 強く突っ込んだせいで、フードが取れてしまったが、気にする程のことではない。


 さっさと第二形態になれば良かったのだろうな……。


 命より大事なものなんて……いや、契約は命より大事だな。


「イニー? イニー!」

「アハハ! 馬鹿ねー。先ずは1人目かしら」


 何が起きたのかを理解し、泣き叫ぶミカちゃんと、高笑いするロックヴェルト。


 太腿から下が、ロックヴェルトの斬撃で落とされ、呑み込まれる様に消え失せる。

 大量の血が吹き出すが、即死でなければ俺は大丈夫だ。

 突っ込むときに少々無理をしたせいで、口からも血が零れ落ちる。

 

「あっ、ああ。わらわが。わらわが呼ばなければ……」


 ミカちゃんの顔から表情が消えていく。

 とめどなく溢れる涙が痛々しい。

 早く安心させてやりたいが、口の中が血で溢れて上手く話せない。


 痛くて苦しくて、気を失いそうだが……こんなのはM・D・Wで経験済みだ。

 

「ヒィ……ール。ヒー……ル。癒しの力よ。キュア・我を治したまえリアライズ


 3割程魔力を消費して何とか欠損を治す。


(つれぇなー……痛みは良いとして、血が無くなるのが辛い)

 

『首からチョンパされてたら危なかったね。間に合ってよかった』


 流石に下半身を晒すままなのは良くないので、治すついでにローブも直す。

 ボロボロになる事が多いので、それ用の魔法を考えといて良かったが、今度は造血について真剣に考えよう。


「おお。イニー! 大丈夫なのかえ?」


 俺に駆け寄ってこようとするのを手で制して、ロックヴェルトの方を見る。

 さっきの高笑いは見る影もなく、無言で此方を見ている。


「そう。あなたもそれ程の力があるのね……どうやらタケミカヅチよりあなたを優先した方が良さそうだ」


 ロックヴェルトのふざけていた様子が消え失せ、隙の無い様子から、本気なのが分かる。

 仕方ない……俺も腹を括るとするか。


 この状況でミカちゃんに気を失ってもらうのは困るし、内緒にしててくれるように、後で脅そう。


(そんな感じだが、良いか?)


『その代わり確実にロックヴェルトは殺すんだよ。東北支部の時の様に、突き出すとかじゃ駄目だからね。これはオーダー契約だよ』


(……分かったよ)


 殺人が嫌って訳じゃないが……誰かが死ぬのは慣れないんだよ。

 だが、契約は守るさ。


「ミカ……ちゃん」


 喉に残っていた血で少しどもってしまった。締らないな……。

 

「なっ、なんじゃイニー。痛むのか? 大丈夫なのかえ?」

「今から起きる事は内緒でお願いします……”変身”」


 さっきのロックヴェルトの攻撃のおかげで、俺の感情は良い悪い感じに揺れている。

 さあ、魔法少女を殺してしまおう。

 魔法少女を生かしては…………。


 眩い光が一瞬だけ俺を包み、白から黒に変わる。

 右手に剣が出現するのを確認してから、ロックヴェルトに突っ込む。


「なに!」

「すみませんが、殺させて頂きます。殺しに来てるのですから、殺されても文句は無いですよね? 疾風・剣舞!」

 

 これ以上魔法を使う隙は与えない。

 今の俺でも先程の魔法を使われれば、避けるしか方法がない。避けるのも難しいだろうけどな。


 流れるような剣戟で、ロックヴェルトを追い詰めていく。

 能力は強力たが、剣の扱いについては微妙みたいだ。

 それでもミカちゃんを圧倒する程の腕はある。


「中々やるわね。次元弾!」


 苦し紛れに飛ばしてくる魔法の弾を全て障壁で防ぐ。

 俺の魔力も急速に減っていくが、その前にケリをつける。

 視界の端に、驚いて固まっているミカちゃんが見えるが、無視だ。


 何を考えているかは分からないが、後で話すとしよう。

 

「裂斬・サザンクロス」


 ロックヴェルトが俺の剣を防ごうと腕を動かそうとするが、そこに小さな障壁を展開して腕の動きを妨害する。

 その隙にロックヴェルトを十字に斬り裂く。


(少し浅いか!)


『空間をずらして威力を軽減したみたいだね』


 確実に殺せたと思ったが、しぶとい奴だ。


 そのまま追撃しようとすると、ロックヴェルトが地面に出来た裂け目に落ちていき、直ぐに見えなくなる。


「仕方ないけど、今回は逃げさせてもらうよ。また会いましょう」


 結界内にロックヴェルトの声が響く。

 あれ魔法で逃げに回られると、どうしようもないな……。

 実際に戦ってみて感じたが、空間系の能力って便利過ぎじゃないか?


「今度会ったら必ず殺してあげますよ。次は最初から本気で行きます」


 この姿の事を知られてしまうと、後でアクマが煩い。

 イニーとこの闇落ちが関連付けられると、いざという時に動き難くなってしまう。


 ロックヴェルトが逃げた事で結界が解かれ、景色が元の老部に戻っていく。

 それに合わせて俺も白魔導師に戻るが、眩暈が酷い。

 立っているのも辛く、片膝を着いてしまう。


「イニー! 大丈夫なのかえ?」


 ミカちゃんがが駆けつけてきて、俺を支えてくれる。少々危ない事もあったが、守れてよかった。

 ミカちゃんの端末から呼び出しコールが鳴り響くが、その前に第二形態の事を言って置かなければ。

 

「先程の事は誰にも内緒でお願いしますね」

「う、うむ。じゃが、後でそれが何なのか話してくれんかのう?」

 

 残念ながら俺もよく分かってないので無理です。

 それと、うるさいので早く通話に出てくれ。

 ミカちゃんは俺を、寄りかかる事が出来そうな瓦礫まで連れて行き、座らせてくれた。

 俺が大丈夫な事を確認して、やっと端末の通話に出てくれた。


「こちらタケミカヅチ。うむ。謎の魔法少女に襲われてのう。はい。イニー……フリューリングが撃退してくれたのじゃ」


 ミカちゃんは多少しどろもどろになりながらも、俺の事は誤魔化して話してくれている。

 

 

(確実にやったと思ったが、また逃げられたな)


『私も殺ったと一瞬思ったけど、あれは仕方ないね。空間系の能力には空間系じゃないと厳しいね』


 俺も殺ったと思って追撃はしなかったからな。

 ロックヴェルトに関しては死体蹴りするつもりで戦った方が良かったな。


(ミカちゃんの方はともかく、俺がアクマのオーダー契約失敗するのって今回が初めてか?)


『確かにそうだね……よし』


 あの、何がよしなんですか?

 

「うむ。分かったのじゃ」


 休憩ついでにアクマと話していたら、ミカちゃんの方も終わったみたいだな。


「わらわは支部に戻ることになったのじゃが、イニーも付いてきてくれんかのう?」

 

 これは説明を求められる奴だな。

 面倒だし、血が無くて辛いから断らせてもらおう。

 頭も働かないし、血になるものを食べて寝よう。

 流石に明日学園に行けるかは分からないな……。


「申し訳ないですが、私は行けません。少々無理をしてしまったので、先に帰ります」

「分かったのじゃ。今日は本当に……本当に助かったのじゃ」


 あらら。またミカちゃんが泣き出してしまった。

 幼いと涙腺も脆いのかねー?


「約束しましたからね。私は大丈夫ですから。早く戻った方が良いですよ」

「うむ……うむ。後で見舞いに行くのじゃ。ゆっくり休んでたもれ」


 携帯テレポートを起動し、ミカちゃんが消える。これで誰も俺を見るものは居なくなった。


「ああ。疲れた」


 心の中ではなく、言葉として口から吐き出す。

 破滅主義派ね……ロックヴェルトを殺せなかったのは本当に痛手だ。

 奴がどれだけの地位に居るのか分からないが、まさか目を付けられるとはな。

 

(あいつはまた現れると思うか?)


『ジャンヌが先か、ハルナが先かは分からないけど、確実に現れるだろうね』


 俺が回復魔法を使うとロックヴェルトの雰囲気が急に変わった。

 ジャンヌさんを殺そうとしているのといい、回復魔法に何か恨みでもあるのか?


(杖さえあればと言っておきながら、このざまとはな……。アクマ、楓さんに連絡入れて空いてる日を聞いといてくれ)

 

『了解。ジャンヌが言ってた事を試してみるんだね』


 もしも本当に楓さんの能力で杖が手に入るなら願ったり叶ったりだ。

 失敗したとしても、ランキング1位の楓さんなら何か知っている可能性もある。

 俺が魔法少女を続けるのには杖が必須だ。代わりの物があるならそれでも良いが、魔法少女という特殊性を考えると、やはり難しいのだろう。


 次のロックヴェルトとの再戦に備えて、策を練るとしよう。


『そうだハルナ』


(なんだ?)


『オーダー未達成の罰ゲームがあるから、頑張ってね』


 何それ初耳なんですけど?

 

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