魔法少女は名前が無い

 風が吹いていた。

 少し冷たく、肌を刺すような海風だ。

 星空を映す海は煌めき、静かな夜にさざめきを奏でる。


 波が浜辺に打ち寄せ……凍った。


「ちっ! 低ランクの癖に粋がるんじゃないわよ!」


 大きな鎌を持った魔法少女が鎌を振るうと、凍った波が砕け、そこから海に向かって更に凍っていく。


「東北支部応答を! 東北支部! 嘘……私が何をしたってのよ……」


 鎌の一振りと、氷を避けた魔法少女は助けを求めるが、魔法少女が所属する支部には何故か繋がらないでいた。

 不安と恐怖に潰されそうになる中、魔法少女は東北支部に広まっている噂を思い出す。


 ランキングを駆け上がってる魔法少女は人知れず消される……。


 そんな噂だ。襲われてる魔法少女は魔法少女として活動を始めて4年程となる。

 ランキングは29位となり、同期の中では期待の魔法少女だった。

 元々は四国支部に居たのだが、キャリアアップの為に1カ月程前に、東北支部に来たばかりだった。


 そして、今は同じ支部の魔法少女に殺されそうになっている。


 彼女は先程から連絡のつかない東北支部にも、不信感を感じ始める。


 今日に限って魔物の討伐依頼が多く、疲れてる彼女を狙って現れた大鎌の魔法少女。


(はめられた……わね)


 そんな思いが胸の内を占める。

 万全の状態なら勝てなくても、逃げきることができるだろうが、魔物の討伐で疲れている今は難しい。


 更に相性も悪い。相手は大鎌に氷の魔法。

 こちらは弓と氷の魔法。

 同じ氷の魔法の使い手であるので、魔力量で上回らないと、魔法を防ぐのが難しい。


 だからと言って、ここで殺られる気のない彼女は反撃を開始するが、防戦一方になってしまう。


「最近粋がってるガキも、魔力がなければ脆いものね。さっさと死になさい!」


「こんなことして、何になるんですか!」


 大鎌の一撃を氷を纏わした弓で防ぐが、その大鎌から伝わる殺意に冷や汗を流す。


 弾くようにして距離をとるが、彼女に自分から攻撃する余裕はない。


「いつまで逃げられるかしらね~。氷棺アイスコフィン!」


 弓の魔法少女の四方に氷の刺が生えた壁が現れ、串刺しにしようと迫る。


「スノーヘイル!」


 迫り来る壁を削るように魔法を放つが、氷の魔法に同じ氷の魔法をぶつけても効果は薄く、逃げるための穴を空けきる前に氷の刺が彼女を掠める。


 無傷とはいかないが、何とか氷棺アイスコフィンから逃げることに成功する。


 しかし、逃げられたからと言って状況がよくなる訳ではない。


 氷の刺が掠めた左腕を押さえながら、彼女は大鎌の魔法少女を睨み付ける。

 

「ふふ、哀れね~。そろそろお仕舞いといこうかしら」


 彼女の逃げ道を塞ぐように、後方に氷の壁を展開され、退路を断たれる。

 幸い矢をつがえる右腕は無事だが、それはなんの慰めにもならない。

 振りかぶられる大鎌に冷気が集まり、彼女は死の恐怖により目をつぶる。


(誰か……助けて!)


 大鎌が振り下ろされ、氷の棘が押し寄せる。そして……。


 目をつぶる彼女の耳に、氷の砕ける音が響いた。

 

「誰! どこに居るの!」


 彼女が薄く目を開くと、取り乱す大鎌の魔法少女が見えた。

 周りには大鎌の魔法少女が撃った氷の棘が散乱しており、彼女には一本も刺さるどころか、掠ってもいない。


 何が起きたかはわからない。だが、まだ生きていられていることは確かだった。


「こんばんは。そして初めまして」


 先程大鎌の魔法少女が出した氷壁の上から、声が響いて来た。

 その声はとても落ち着いており、揺るがない意思を感じさせる。


「そこか!」


 大鎌が振られ氷の棘をとばすが、それは声の主に届く前に何かに阻まれる。


 声の主は氷の棘を防いだ後、氷壁から飛び降り、弓の魔法少女の隣に少女が降り立つ。


 白銀の髪は月の光を浴びて輝き、黒い衣装がふわりと風で揺れる。

 片手に黒い剣を携えた魔法少女が、弓の魔法少女を助けるために現れたのだった。


「間に合って良かったと言うべきか、間に合ってしまったと言うべきか……。どう思います?」


 突如現れた魔法少女が大鎌の魔法少女を挑発する。


 あと少しで仕留めることができたのに、それを邪魔された彼女は歯ぎしりをして、怒りを露わにする。

 だが、2人共纏めて殺してしまえば良いと、思考を切り替える。


 これでも自分はランキング23位だ。

 そこら辺の魔法少女に負けるわけないと、ニヤリと笑う。


 もしも彼女がこの黒い剣を持った魔法少女の噂を知っていれば、この後の彼女の運命は変わったのかもしれない。


 逆に弓の魔法少女はこの謎の魔法少女の噂を知っていた。

 

 曰く魔法少女同士の争いに現れ仲裁する。

 曰く魔法少女2人相手に無傷で勝利した。

 曰くその姿は月の姫の様に美しかった。


 確かにその姿は美しく、目を引かれる。

 しかしチラリと覗いた赤い瞳からは、深い憎悪を感じた。

 

 彼女が自分を助けに来てくれたのは、彼女の立ち振る舞いで理解できる。


 それでも、体の震えを止めることが、彼女にはできないでいた。


「いきなり出てきて何かと思えば、そいつを守るつもり?」

「守る……ですか。どちらかと言えば、あなたを倒しに来たと言った所ですね」

 

 油断なく大鎌に冷気を纏わせ、様子をうかがう。

 片や自然体で、剣は下を向いたままである。


 大鎌の魔法少女はさっさとケリをつける気でいたので、先程まで魔力を大盤振る舞いしていた。

 だから様子見をするか、一撃で決めるか決めあぐねている。


「お前、名前はなんて言うのかしら? 魔法少女なんだからなにかあるでしょう」

「……名前ですか。残念ながら、そんなものは無いんですよ」


 今時指定討伐種悪落ち魔法少女だって魔法少女としての名前を持っている。なのにこの魔法少女はそんなモノは無いとのたまう。


 雰囲気からして魔法少女になりたての様には見えない。

 単純に名乗る気がないのだろうか?

 名乗らないならそれでいい。大鎌の魔法少女は大鎌に溜めていた冷気を放つ。


氷の死鎌デスアイス!」


 弓の魔法少女と突如現れた魔法少女を、まとめて倒すために放たれる冷気の斬撃。


 海風を凍らせながら、魔法少女達に迫る。


(ふん。急に現れて焦ったけど、他愛もないわね)


 この魔法は大鎌の魔法少女にとって最大の威力を誇る。

 それ相応の溜めの時間と魔力を消費するが、S級の魔物を倒せるだけの威力がある。


 だから、これで終わりだろうと思った……思ってしまった。


「空絶・魔崩し」


 その声は微かに大鎌の魔法少女に届いた。


 氷の斬撃は弓の魔法少女達に当る前に崩れていき、奥から剣を振りぬいた魔法少女が現れる。


「やはり、こっちだと楽ですね。それでは、さようなら」


 大鎌の魔法少女がまずいと思った時には、既に謎の魔法少女は間合いを詰めており、剣が振りぬかれる……。


 弓の魔法少女はその様子を見て、血が飛び散るのを幻視した。

 幻視しただけで、実際には飛び散っておらず、殴打したような鈍い音が響く。

 大鎌の魔法少女が殺されたと思ったのだが、殺されていなかった。


「こ、殺さないんですか?」

「あなたが殺したいなら殺してもいいですが、事件というものは魔法局上位ランカーが解決するものですからね」


 剣は大鎌の魔法少女を切り裂かず、剣の腹で頭を強打し、大鎌の魔法少女はその場に崩れ落ちて、砂浜に倒れ込んでいだ。


「……端末持ってますよね? 少し借りますよ」


 弓の少女の端末を奪い取ると素早く操作、何処かに電話をかける。

 いきなりの事に、彼女は見ていることしか出来なかった。


「もしもし、こちら謎の魔法少女です。少々悪質な魔法少女が居たのでお仕置きしておきました。

 被害者も居るので、早急にお願いします。場所は送っときます。では」


 通話が終ると、謎の魔法少女は端末を弓の魔法少女に返した。


「もう少しすれば応援が来ますので、それまでは待っていてください。怪我は”今”の私では治せないので、我慢して下さい」

「あの、名前って本当に無いんですか?」


 大鎌の魔法少女とのやりとりで、名前などないと言っていたが、流石に嘘だろうと彼女は思っていた。名前が無いというのは、未登録の魔法少女ということだ。


 未登録では魔物を倒しても金に換えられず、ランキングにも載らない。

 稀に金や名声など要らないという魔法少女は居るが、流石に魔法少女としての登録はしている。


「……ええ、本当ですよ。それでは用事も終わったので、失礼します」


 謎の魔法少女はゆっくりと頭を下げた後に、振り返って歩き出す。

 薄れる様にゆっくりと姿が消えていく様は、先程の事が本当は夢だったのでは、と錯覚させる。


 しかし、凍り付いてる海と、倒れている大鎌の魔法少女がここで何が起きたかを物語っている。


 弓の魔法少女は突如身に起きた、命の危機から助かったことに安堵する。

 襲ってきた大鎌の魔法少女と、応答しなかった東北支部の事。

 その事が彼女の頭を過る。


(何が目的で私を殺そうとしたんだろう?)


 応援の魔法少女が来るまで、彼女は思考の海に潜るのだった。

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