第6話 ワズ・ロブド・オブ・オール

「追ってきてはいないみたい」


「うっ…うぐっ…うぅ…」


 マーシャは倒木の上で泣き伏していた。涙が止まらない。父も母も死んだ。自分は仇も討てずに。全てを失ったのだ。


「私は…人付き合いが得意じゃないから、君が泣いている時、どうすればいいのか分からない」


 焚き火を挟んで向こうに座るソフィーはゆっくりと立ち上がり、マーシャの隣に静かに座った。


「間違ってたらごめんね」


 ソフィーはマーシャの頭を優しく撫でて、抱き寄せた。火の作る二人の影が揺れる。マーシャは覚えのないその女性にどこか安らぎを覚えた。いや、かつて僕は彼女に会ったことがあるのかもしれない。


 両親との子供の頃の記憶がふと思い出される。途端にマーシャは感情の抑制がきかなくなり、また嗚咽を大きくした。それを頭を撫でて宥めつつ、ソフィーは耳元でマーシャに今の想いを伝えた。



「噛み締めるの。そうやって君は強くなれる」

「うぐっ…」

「私も昔マリルにこうしてもらって、そう教えてもらった。でも、私はもう…」



「強くは…なれないから…」


 何かを堪えるように言葉を途切れ途切れ話すと、ソフィーは静かに目を閉じた。マーシャは意味が分からず涙ながらに次の言葉を待ったが、次の言葉が紡がれることはなかった。





 しばらく経った頃、マーシャの耳に聞き慣れない少年のような声が聞こえた。


「おい、いつまでくっついてんだよ」


 マーシャは顔を上げた。寝ていたのかも知れない。少しだけ森が明るくなっているように見えた。しかし、見回してもソフィー以外の人の姿はない。幻聴か、と思ったマーシャにまた声が聞こえた。


「こっちだよ、小僧」


 声は足元からするようだ。目線を落としたマーシャの目の前にリスがいた。小さな枝を抱えていた。リスが喋った…わけないよな。他のところを探そうと目線を外したマーシャの頬にリスがドングリを吐き飛ばした。


「ばかやろう!合ってるよ。オレだ、オレ」


 リスが笑って、親指を自分に向けた。マーシャは眉間に皺を寄せて、訝しんだ。そして、辺りを見回すとまたドングリが飛んできた。


「だから、オレだっての!」


 マーシャは頬を叩いた。幻覚かと思ったのだ。しかし、たしかに痛い。そして、またドングリが飛んできた。


「痛っ!」

「これでドングリは最後だ!もうボケるんじゃねえぞ」

「いてて…。ねぇ、本当に君なの?右手挙げてみて」

「ほいよ」


 リスが右手を挙げる。


「うわ、本当なんだね」

「ったく。お前が寝てる間、誰が薪を焚べてやってたと思ってんだ」

「彼の言っていることは本当だよ、マーシャ。彼は喋るリス、マラガス」


 ソフィーは目を瞑ったまま寝ているかのような体勢で喋った。マーシャが「マラガス」と復唱する。


「そうさ、オレ様はソフィーの恋人マラガスさ!小僧、いつまでオレのフィアンセにくっついてやがるんだ。離れろ!」

「えぇ?君がフィアンセ?何?リスに変えられた元王子とかってこと?」

「マラガスはただの頭の良いリスだよ。それとマラガス。誤解を与えるような言動はいけないよ。貴方は私の親友」

「いやいや、ソフィー!オレ様はソフィーの恋人だぜ!これだけ一緒にいるのだから」

「マラガス、時間だけでは関係は買えないよ」


 落胆するマラガスをみて、ソフィーが口元を隠して笑った。初めて見た笑顔に胸が少しキュッとなるのをマーシャは感じた。


「ところでソフィー。小僧も起きたし、出発か?」

「うん。そうしよう」

「出発?これからどこに行くんですか?」

「〈ペルセウス〉という街。そこで解術師と情報屋に会うの」

「小僧〈ペルセウス〉は滅茶苦茶でかい街なんだぜ。知ってるか?」

「いいや。僕は〈モーリス〉以外の街は行ったことない。ところで、解術師と情報屋って?」

「ふふっ、まるで奏太みたいなことを言う」

「なあーに、行けば分かるさ」



 こうして三人は長い森を四日かけて抜けて、〈ペルセウス〉へと向かった。道中、ソフィーは訓練を兼ねて全ての魔物をマーシャが倒すように命令し、熱の入った指導をした。

 マーシャを一人前にし、自分がいなくなったとしても、この森を抜けられる程度の実力にしてあげなくてはならない。いつあの盗賊然とした男が、又はその仲間が襲ってくるかも分からないから。奏太に頼まれた以上、マーシャを守り通すと彼女は決意し、そして森に居る間一切眠ることはなかった。

 そのことは誰も知らない。



side note---

 

 魔法使いの魔力は眠ることでしか回復しない。

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【打切】異世界転生の遺児〜最強の父を殺された僕の復讐譚〜 チン・コロッテ@少しの間潜ります @chinkoro

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