第13話

 翌日、目を覚ました俺は大きく伸びをしながら欠伸をした。すると、隣で寝ていた女性が目を覚ましてしまったようでゆっくりと身体を起こしたかと思うと眠そうな目を擦りながら俺の顔を見つめてきた。


「おはよう、目が覚めたんですね」

「うわあ! イリス! どうしてここにいるんだ!」

「だってここは魔王城じゃないですか」


 慌てふためく俺に冷静に答える彼女だったが、その格好を見て絶句した。なぜなら、全裸だったからだ。しかも、何も身につけていない生まれたままの姿でいるのである。それを見た俺は慌てて顔を背けると、彼女は不思議そうに首を傾げていた。


「どうしたんですか? 私の顔に何かついていますか?」

「いや……そうじゃなくてだな……服を着てくれないか?」


 顔を真っ赤にして頼むと、彼女はようやく自分の置かれている状況を理解したようだった。しかし、慌てるどころか笑みを浮かべると抱きつきながら言ってきた。


「いいんですよ、ここには私達しかいませんから」


 その言葉を聞いた瞬間、理性が崩壊しそうになったが何とか堪えた俺は彼女を引き離してから言った。


「そういう問題じゃないんだよ」

「そうですか、残念ですね……」


 残念そうに呟くと、服を着るためにベッドから出ていこうとした時だった。突然バランスを崩してしまったのか倒れそうになるのを見て咄嗟に手を伸ばした俺はどうにか支えることに成功したのだが、その直後に柔らかい感触が伝わってきた事で顔が赤くなってしまうのを感じた。


(これはまずいな……)


 そう思いながらもどうすることも出来ずにいると、彼女が耳元で囁いてきた。


「どうですか? 興奮しましたか?」

「馬鹿言え、誰がお前なんかに興味を持つかよ」


 強がってみせたものの内心ではドキドキしていた。何故なら、目の前にいるのは絶世の美女と言っても過言ではない程の美貌の持ち主だからだ。そんな彼女が裸のまま密着しているのだから意識しない方がおかしいだろう。そんなことを考えているとドアが開いて美月が入ってきた。


「おはようございます、魔王様。仲間を集めて参りました」

「そうか、ご苦労だったな」

「いえ、これが私の役目ですから」


 そう言って微笑むと、彼女は俺達に一礼してから部屋を出ていった。


「あいつ、何も言わなかったな」

「自分の身の程を弁えているのでしょう」

「そういうもんか……?」

「何か気になる事でも?」

「いや別に……さて、それじゃあ行くとするか」

「そうですね」


 返事をした後で身支度を済ませた後、俺達は部屋を出た。そして、玉座の間へと向かうと既に多くの魔族達が集まっていた。その光景を見た俺は驚いたと同時に感動を覚えたのだった。


(まさかここまで集まるとは……美月はどんな手を使ったんだ……?)


 感心していると、隣に立つイリスが声をかけてきた。


「どうしました?」

「いや、何でもないよ」


 そう答えながら周りを見渡すと、皆こちらを注目しているのが分かった。恐らくだが、新しい魔王が気になっているのだろう。その証拠に、ひそひそと話している者達もいたがその内容までは聞こえなかったので無視することにした。

 やがて全員集まったことを確認した俺は咳払いをすると話し始めた。


「諸君、よく集まってくれた。まずは礼を言うことにしよう。ありがとう」


 そう言うと、一斉に歓声が上がった。中には涙を流す者もいたので思わず苦笑してしまうほどだった。そこで、改めて自己紹介をする事にした。


「初めましてになる者もいるだろうからここで改めて挨拶させてもらうことにする。俺は御剣零時だ、今日からこの魔王軍を指揮することになった者だ」


 そこまで言うと、一人の男性が前に出てきた。どうやら彼が代表者らしい。彼は深々とお辞儀をした後で話しかけてきた。


「私はこの軍の指揮を任されております、ゴライアスと申します。以後お見知りおきを」


 丁寧な言葉遣いで話す彼に好感を抱いた俺は握手を交わすと、そのまま話を続けた。


「早速で悪いんだが、お前達にはやってもらいたいことがあるんだ」


 そう言ってから説明を始めると、最初は戸惑っていた彼らも次第にやる気になってきたらしく全員が協力してくれる事になった。こうして、魔王軍は新たな一歩を踏み出す事になった。




 あれから数日が経過した頃、俺は美月と一緒に町を歩いていた。というのも、新しく仲間に加わった者達を労う為に祭りを開くことにしたのだ。その為の準備や調整を美月に任せていたのだが、今日は休みを取ってもらい一緒に出掛けることにしたというわけだ。


「それにしても、この町は賑やかですね」


 辺りを見回しながら言う彼女に俺は頷いて答えた。


「ああ、そうだな」


 確かに、活気があるのは間違いないだろう。それもこれも、イリスのおかげである。彼女がいなければ、今頃どうなっていたのか想像するだけでも恐ろしい。

 そんな事を考えながら歩いているうちに目的地に到着した俺達は中へ入ると、そこには多くの人で賑わっていた。

 その様子を眺めていたら声をかけられたので振り向くと、そこにいたのは見覚えのある顔だった。

 それは、以前出会った商人の男性だった。名前は確かガリウスだったか。向こうも俺のことを覚えてくれていたらしく笑顔で話しかけてきた。


「お久しぶりですね、またお会いできて光栄です」

「こちらこそ、お元気そうで何よりです」


 互いに挨拶を交わした後で、少し話をした後で本題に入ることにした。


「それで、今日はどのようなご用件でしょうか?」

「実は、あなた達にある物を売りたいと思いましてね」

「ある物ですか?」


 首を傾げる美月に頷くと、懐からある物を取り出した。それを見て、俺は目を見開いた。

 なぜなら、そこにあったのは紛れもなく神の剣だったのだから。

 驚く俺を見てニヤリと笑うとガリウスは得意気に言った。


「どうです、凄いでしょう? これこそ神が作ったとされる伝説の武器ですよ!」


 得意げに語る彼を見て俺は確信した。間違いない、これは神が転生者の為に用意した武器だと。つまりここから奴らに近づく手がかりを見つける事ができる。

 とはいえ、それを悟られるわけにはいかない為あえて知らぬふりをしながら話を聞くことにした。


「ほう、これが……」


 感心したように呟くと、美月も同じように見つめていた。そして、視線を戻すと笑みを浮かべながら問いかけた。


「ちなみに、幾らで売っていただけるのでしょうか?」


 その問いに、彼は待ってましたと言わんばかりに答えると言った。


「そうですねぇ……これくらいで如何でしょうか?」


 提示された金額を聞いて、俺と美月は思わず顔を見合わせた後同時にため息をついた。あまりにも高すぎるからだ。これでは到底買えるわけがない。

 すると、それを聞いたガリウスは笑いながら言った。


「おやおや、お気に召しませんでしたか? ですが、これでもかなりサービスしたつもりなんですよ」


 それでも首を縦に振らない俺達を見て諦めたのか、ため息をついてから言った。


「仕方ありませんね、では今回は諦めましょう」


 そう言い残して去っていった彼を見送りながら、俺は考えていた。果たして本当に諦めるだろうか、奴はまだ何かを隠している気がする。それが何なのかはまだ分からないが、警戒しておく必要がありそうだと思った。

 そんな俺の考えなど知る由もない美月は呑気に会話をしていた。


「凄かったですねー、あんな高価な剣を見たのは初めてでしたよー」


 興奮した様子で話す彼女を見ていると微笑ましく思えてくるのだが今はそれよりも優先するべき事があることを思い出した俺は彼女の肩を叩くと言った。


「すまない、ちょっといいか?」

「何ですか?」


 キョトンとした顔でこちらを見つめる彼女に事情を説明した後に謝罪の言葉を口にした。


「ごめんな、せっかく誘ってくれたのに台無しにして……」


 申し訳なさそうに頭を下げると彼女は慌てて首を横に振った後で優しく微笑んで言った。


「気にしないでください、それに私としてはあなたとデートできただけで満足ですから」


 その言葉に思わずドキッとした俺は顔を赤くしてしまった。それを見た彼女がクスクスと笑う姿を見て恥ずかしくなった俺は話題を変えるために別の話をすることにした。

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