第86話 秋の日に


 十月に入った第二日曜日。俺は父さんと母さんと一緒にホテルの一室にいた。テーブルの反対側には野乃花のご両親と野乃花本人がいる。


 テーブルの上座の台には婚約の儀に贈る品々が乗っていた。俺も今日はスーツ姿だ。野乃花は着物姿。化粧もしていていつもより一段と綺麗だ。


 部屋に入ってお互いが顔を合わせた時、野乃花は少し頬を赤らめて微笑んだ。



「初めまして。私は工藤祐樹の父、工藤正一郎(くどうせいいちろう)です。隣に座っていますのが、祐樹の母、工藤祐子(くどうひろこ)です」

「初めまして。祐樹の母、工藤祐子です」


「初めまして。私は門倉野乃花の父、門倉正樹(かどくらまさき)です。そして隣に座っていますのが野乃花の母、門倉真由美(かどくらまゆみ)です」

「初めまして。野乃花の母、門倉真由美です」


「この度は、お忙しい所、お越し頂き大変ありがとうございます。祐樹から野乃花さんと婚約する事は本人達の望む所であり、何も問題は無いと聞いておりますが、間違いないでしょうか?」

「工藤さん、野乃花からは祐樹君の事、色々聞いております。日頃からとても大切にしてい頂いているとも。私どもとしては、野乃花が望むのであれば、特に親としては反対する事は何もありません」

「そうですか。本来なら高校を卒業してから婚約の議を行いたいと思っておりましたが、その頃は私が非常に忙しい時期に入りまして、全くこのような時間は取れない事になります。そこで本日、祐樹と野乃花さんの婚約の儀にさせて頂きました」

「その事について私どもとしても全く異存はありません」


「では、これらの品々をお受け取り下さい」

 そう言って父さんは、目録を野乃花の父親に渡した。


 こんなに堅苦しい事するんだな。婚約指輪付けて終りなのかと思っていたんだけど。


「祐樹、婚約指輪だ」

 父さんが素敵な婚約指輪の入った小箱を二つ俺に渡して来た。


「野乃花」

「うん」


俺は椅子を立つと野乃花の傍に行って婚約指輪を左手の薬指に付けてあげた。そして野乃花も俺の左手薬指に婚約指輪を付けてくれた。


 パチ、パチ、パチ、パチ、パチ、


 両方の両親が拍手をしてくれている。

「ありがとう、お父さん、お母さん」

「ありがとう、父さん、母さん」


 俺の母さんも野乃花の母さんも結婚式でもないのに涙ぐんでいた。


「祐樹、指輪は学校には付けて行けないだろう。それに万一の事もある。自分たち自身で大切に保管しておきなさい」

「そのつもり」



 その後は、場所を変えて食事になりお開きとなった。俺も野乃花も流石にこの格好ではせっかく出て来た街を歩けないので他の部屋で着替えさせて貰った。俺のスーツや野乃花の着物はそれぞれの両親に持って帰って貰った。


「祐樹、婚約しちゃったね」

「ああ、これで本当に一緒になれるな」

「うん、夢見たいだよ」

「そうか、俺は野乃花に会った時からそう考えていたけど」

「本当?優子や里奈にも目が行ったんじゃないの?」

「そんな事ない、そんな事ない。野乃花一筋」

「じゃあ、証明して」

「えっ?!」

「証明して!」



 結局俺達は久々に東京の中心地に来ていながら夜まで外に出る事は無かった。


 翌月曜日もスポーツの日で休み。勿論野乃花とは朝から会った。昨日の事もあり、流石にあれはしなくて野乃花の買い物に付き合ったり、映画を見たり、食事をしたりして楽しんだ。


「祐樹、優子や里奈に話していい?」

「あの二人は良いけど、それ以外の人に漏れると大事になりそうな気がする」

「うーん、その辺は大丈夫だと思うんだけど」

「それにどこで話すの?学校じゃ絶対に言えないよ」


「一番いいのは祐樹のマンションの部屋だけど、あそこはもう私以外入らせたく無いし、あっ、この前の喫茶店はどうかな?素敵なマスターのいる」

「ああ、あそこか。あそこなら良いかも」

「じゃあ、そうしようか。ねえ、証拠に婚約指輪持って行こう」

「いいけど失くさない様にね」

「それは祐樹も同じでしょ」




 次の火曜日、緑川さんと水島さんに放課後、喫茶店に来て貰った。また、奥の四人掛けの席に座らせて貰って注文をした後、

「工藤君、野乃花どうしたの。二人で私達に話があるなんて?」


「ふふふっ、見て二人共、じゃん」

 野乃花は左手薬指に輝く素敵な指輪を見せた。


「えっ、なに?」


「祐樹も見せて」


 俺も左手薬指に付けた婚約指を見せると


「えっ、えっ、えーっ、それってもしかして!」

「野乃花、それ婚約指輪?」

「そう、この前の日曜日、祐樹と正式に婚約したんだ」

「「えーっ!!」」


「ちょっと、流石に二人共声が大きい」

 他のお客さんが俺達の方を一斉に見ている。


「野乃花、工藤君。それって冗談じゃ無ないよね?」

「里奈だったら、この指輪分かるでしょう?」

 野乃花が水島さんの顔に左手を持って行った。確か彼女の家は三代続く宝石商だ。彼女もその血は受け継いでいるんだろう。


「ちょ、ちょっと、この指輪。えーっ!百万単位よ!」

 また他のお客さんがこっちを一斉に見た。


「えっ、そんなに高いの?」

「はぁ、野乃花、貰っておいて分からなかったの?」

「綺麗だなとは思ったんだけど」


 水島さんがテーブルの頭をぶつけた。


「工藤君、私に代えるならまだ間に合うわよ。貰った指輪の価値も分からない野乃花より私のが良いわよ」

「いや、流石にそれは」

「だーめ、指輪の価値より愛情の方が勝るもんねー」

「はぁ」

 また水島さんがうなだれている。


「そうか、野乃花良かったね。これで完全に工藤君とのチャンスは無くなったか。完敗だな」

「ふふふっ」

「まあ、とにかく野乃花、工藤君。婚約おめでとう」

「ありがとう優子」

「私も、野乃花、工藤君。婚約おめでとう」

「ありがとう里奈」


「ところでここでこれを見せたという事は学校では言えないって事よね」

「うん、流石に。でも二人には話しておきたくて」

「分かった。良いわよね里奈」

「まあ、当然でしょうね。高校生の間に婚約なんてばれたらゴシップ付きの子達の良い餌になるわ。それに相手が工藤君じゃ、大変な事になる。ここは私達だけの秘密ね」

「「お願いします」」


 緑川さんも水島さんも学校では俺達が婚約した事を一切口にはしないでくれた。そして俺達の受験の季節が始まった。


――――― 


次話がエピローグになります。


投稿意欲につながるので少しでも面白そうだな思いましたら、★★★頂けると嬉しいです。それ無理と思いましたらせめて★か★★でも良いです。ご評価頂けると嬉しいです。感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。


 

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