第85話 高校生最後の夏休み
父さんの話では、野乃花の家に挨拶に行くのは、十月の予定だと言っていた。婚約の儀は身内だけの執り行いだが、その前に工藤グループの次期社長は兄の正隆という事を各関連グループの各社の代表に周知していたが、兄の事故でそれが出来なくなり、次男の俺が継ぐことになった事を根回ししなければいけないからだと言う。
大人の世界は難しい事ばかりだ。いくら父さんが工藤ホールディングスの社長で在っても一存で今まで決めていた事を変えるのは大変なようだ。
学校の方は野乃花と手を繋いで登校して以来、毎日が平穏で楽しい時間を過ごしている。ただ君津川さんが、野乃花が俺の傍にいない時、声を掛ける様になったけど、彼女のお姉さんは兄の彼女でもあるので無下にする訳にも行かず、野乃花が教室に戻って来た時、俺と君津川さんが話している姿を見ると直ぐに介入して来た。
君津川さんは野乃花の姿を見ると直ぐに俺の傍を離れるので問題はないけど、そういう事が有った日の放課後は、必ず野乃花は不機嫌だった。
そして一学期も終り夏休みになると去年と同じ様に野乃花と一緒に七月三十一日までに夏休みの宿題を終わらせて、直ぐに塾の夏期講習となった。
緑川さんと水島さんも一緒だ。塾が終わると四人で自習室で復習して帰るという充実した日々。予習は勿論家でやる。
残念ながらこういう状況なのであっちの方は少しの間お預けで二人のだけの時になると野乃花は少し不平を言っていた。
「ねえ、祐樹、あなたもそう思うでしょ。だからどこかでさ。都合付けてさ。ねっ」
「俺もそうしたいけど全然時間無いし」
という感じだ。そして夏期講習が終わると直ぐに家族の夏休み旅行が有った。思井沢の別荘は四室ある。両親と兄と俺、それにゲストルームだ。
兄が健康体で有れば、もう婚約も決まっている野乃花をゲストルームに招くという事も出来るが、今年は兄の体の事もあり、その部屋は君津川英里奈さんが使う事になっている。
「ねえ、祐樹。私我慢出来ないんだけど」
「俺もしたいけど、八月十日に帰って来るし、二回目の夏期講習は十七日からだから。その間なら二人で居れるよ。プール行く約束もしているだろう」
「分かっているけどさ」
祐樹が家族旅行で思井沢に行ってしまった。仕方ない優子や里奈と一緒に遊ぶか。
思井沢の別荘では、着いた日は部屋でのんびりした。都会と違って涼しいし空気が綺麗だ。来年は野乃花を連れて来れるだろう。でも兄さんの足の事もあるし難しいかな。
そして二日目。夜はBBQだ。午前中は、父さんと母さんは近くのアウトレットに行っている。兄さんも君津川さんと一緒にいるから俺も散歩に出かける事にした。
万が一、望月さんと会う可能性のあるコースを止めて別のコースを歩いた。こっちは観光客が結構いるコースだけど、あの人達と会うよりいい。
のんびりと歩いていると
「「あっ!」」
会わない様にせっかく避けたのに、望月奈緒さんと姉の望月紗耶香さんが正面から歩いて来た。
俺はそのまま二人を無視して通り過ぎようとして
「待って下さい」
「…………」
奈緒さんに声を掛けられた。
「あの、祐樹さん。私…」
こんな所で変な事言われるのも嫌だし、どうしようかと思っていると姉の紗耶香さんが、
「少し行った所に東屋が有るじゃない。そこで話したら?」
「いや、俺は」
「祐樹君、妹がした事は本当に申し訳ないと思っている。でももう一度だけでいいからこの子の気持ちだけでも聞いてあげて、ねっ、お願い」
「お願いします。祐樹さん」
頭を下げられてしまった。周りの人が何?って顔をしている。
「分かった。少しの時間なら」
「ありがとうございます」
「じゃあ、奈緒。私先に帰っているね」
「うん」
今更なんの話があるんだと思ってもこんな所で無下にしたら後味が良くない。仕方なく東屋に寄る事にした。
東屋と言っても屋根の有るベンチの様な所だ。だけど日陰で風が流れているから気持ちいい。
無言のまま時間が流れた。
「あの…。祐樹さん。あの時は、私が本当に申し訳ない事をして済みませんでした」
「もう良いですよ。今更謝られても意味無いし。お父さんと一緒の時も謝ってくれましたから。野乃花もあれで良いと言っているし」
「もう祐樹さんに話しましたが、二人で男の方と話すのは初めてだったんです。だからあなたを好きになってもどうすれば気持ちを素直に伝える事が出来るか、そればかり考えていました。
門倉さんは、本当に綺麗で可愛くて少しのお色気が有って、私は彼女を見た時、もう無理かと思ったのです。
その後も貴方と何回か会いましたが、上手く気持ちをあなたに伝えられないままに時間が過ぎ、お父様からは、せかされるし、どうしようも無いと思った時あれを思いつきました。
愚かな事でした。でも祐樹さんの心をどうにかして私に向かせようという気持ちだけで正しい判断が出来なかったのです。門倉さんと祐樹さんには本当に、本当に申し訳ありませんでした」
下を向きながら地面の土に涙が垂れている。
「奈緒さん、それが本当ならその気持ちを最初から俺に言ってくれれば、あんな事しなくても良かったかもしれません」
「えっ、それはどういう?」
「もちろん、俺は野乃花以外の人を選ぶ選択肢はありません。あなたがもっと早く手を引けたかもしれないという事です」
「そ、それは」
涙が大粒になって来た。声は手とハンカチで押さえているけど。
私には最初から勝ち目はなかったのだ。望月という家に生まれ何一つ不自由無く育てられ、全ては自分の思いのままになるという気持ちからでた驕り。改めて自分の愚かさを知りました。
彼女の涙が止まるのを待ってから、
「帰りましょう。途中まで送ります」
お互いの別荘の分かれ道まで一緒だったが、何も話す事はなかった。
こんな事になってせっかくの散歩が台無いしになったが、仕方なく別荘に戻る事にした。
別荘に戻ると両親はまだ帰ってきていない。ドアを開けては中に入り自分の部屋に行こうとした時、
―あん、正孝さん。久しぶりです。もっと。
―英里奈。
俺はまだ帰って来てはいけない様だ。もう一度散歩に行くか。
夜のBBQはとても楽しかった。いつも会う近所の家族と一緒にとても盛り上がった。兄さんと英里奈さんの仲睦まじさがちょっとだけ焼けた。
思井沢から帰って来て直ぐに野乃花に連絡を取った。父さんには勉強に集中したいからマンションにいると言って、野乃花を誘ってマンションに行った。
彼女も緑川さんと口裏を合わせたらしく、二泊三日で二人だけの時間を過ごした。
-祐樹、良かった。
-疲れた。
―もう!
そして、二回目の夏期講習を緑川さんや水島さんと一緒に受けた。でも緑川さんから野乃花に貸しを作った分、俺と野乃花、緑川さん、水島さんと一緒にプールに行く事になってしまった。おかげで俺は一年生の時を思い出す位大変だった。
残りの日は、野乃花と二人で勉強とあっちで思い切り楽しんだ。
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