第83話 こんなはずでは無かった
俺は、野乃花と一緒に午前十一時に彼女の家を出た。簡単に挨拶をするだけのつもりがこじれてしまった。
俺の言い方が悪かったのか良く分からない。この事は後で野乃花と一緒に考える事にした。今日は他に大切な用事がある。
「野乃花、駅の中華屋でご飯を食べたら、駅の喫茶店で待っていてくれないか?彼女を駅まで連れてきたら連絡する。そして俺達の後をついて家まで来てくれ。彼女に気付かれない様に」
本当は部屋で待っていて欲しいが、朝の父さんとの話からして、野乃花を一人にした時何を吹き込まれるか心配だ。
「分かった」
二人で俺の家の有る駅の傍にある中華屋でゆっくりと食事をすると近くにある喫茶店に入った。まだ、午前十二時前だ。
「ここでゆっくりして、時間になったら彼女を迎えに行って来る。それで俺の家に連れて行き、彼女に引導を渡してやる」
「祐樹、怖いよ」
「ごめん、今回の件流石に許されなくて」
「私もだけど」
それから、二十分位して俺だけ喫茶店を出た。彼女には精算のお金を渡してある。
彼女の家のある駅まで四駅。直ぐに着いた。十分位待っていると、向こうから爽やかな花柄のワンピースを着た奈緒さんが、思い切りの笑顔でこっちに歩いて来る。
「祐樹さん、待ちました?」
「いえ、今着いたところです。急に呼び出してすみません。大事な話がしたくて」
「は、はい」
祐樹さん、やはり私達の事をご両親に報告するのかしら。緊張してしまいます。
電車に乗っている間、俺は何も話さなかった。彼女も少し緊張している様だ。これでいい。
駅に着くと直ぐに野乃花に連絡した。彼女には意味が分からない様に。
「今、駅に着いた。これから向かうから」
「祐樹さん、どなたに?」
「ああ、父さんに今から家に向かうと連絡した」
間違い無いようです。今日で私達の運命が決まります。
私は祐樹から連絡を受けた後、駅から祐樹達が離れて行くのを待って、喫茶店を出た。祐樹の家までの道は知っている。少し離れていても何も問題ない。
俺と奈緒さんが、家に着くと一台の大きな車が停まっていた。誰のだろう?玄関に入ると母さんが、
「祐樹、お父さんが和室で待っています。奈緒さんを連れて上がりなさい」
「えっ?」
どういう意味だ。今日の件、父さんは関係無い筈。まだ野乃花が着いていない。ちょっとだけ外に出ると野乃花が門の傍で待っていた。
「野乃花、入って来て」
「はい」
えっ!どういう事。なんで門倉さんがここに?
「奈緒さん上がりましょうか。野乃花も」
驚いている奈緒さんと緊張している野乃花を連れて母さんに言われた和室に向かった。
襖を開けると
えっ!なんで奈緒さんの父親がいるんだ。奈緒さんも驚いている。
「祐樹、着いたか。三人共そこに座りなさい」
野乃花、俺、奈緒さんの順番で座布団に座った。
誰も何も話さない。俺もこの状況は想像していなかった。そこに
「祐樹君、工藤殿から娘の所業は聞いた。この通りだ。娘の事許してくれ」
奈緒さんの父親が、頭を下げている。
「「「えっ?!」」」
「父さん、どういう事?」
「祐樹、今から説明する。望月殿頭をお上げてください」
「工藤殿、誠に申し訳ない」
再度そう言って頭を上げた。
「祐樹、前にも言ったが、今回の奈緒さんとお前の事は工藤家と望月家の事だ。子供の気持ちで騒がれても困るのでな。父さんが望月殿にお前から聞いた事を先に説明した。お前がここに来ることも。
望月殿は、娘の不始末は親に責任があると言って、急遽こちらに来て下さったんだ。お前と門倉さんに謝る為に」
「…………」
どう返せばいいんだ。
「奈緒、悲しいぞ。私は、お前がこちらのお嬢様と正々堂々と祐樹君に自分の魅力を認めて貰う競いをすると思っていた。
それがなんだ。ホテルに入った位の録画でこちらのお嬢様を陥れるとは。望月家の人間として恥を知れ!」
「お父様、わ、私はただ、祐樹さんと一緒になりたい一心で」
「馬鹿者!それがお前の気持ちなら何故正々堂々とこちらのお嬢様と競わないのか。そんな事して祐樹君がお前に振り向くとでも思ったのか。この戯けが!」
「ご、ごめんなさい」
「門倉さんと言いましたかな。この度は娘が本当に迷惑を掛けて申し訳なかった。この通りだ。許してくれないか」
「あ、あの。私は祐樹と元に戻れれば、それでいいです」
「本当に申し訳ない。奈緒、お前も二人に謝りなさい」
「ごめんなさい。祐樹君が門倉さんから離れそうにないでの、必死になってしまって」
「それが間違いの元なんだ!」
「望月殿。もう奈緒さんにはその位で。祐樹、門倉さん。私からも頼む。これで許して貰えないか」
父さんが俺に頭を下げて来た。どういう事だ?
「祐樹のお父様、奈緒さんのお父様。私はもういいです。これ以上謝らないで下さい。でもこれ以上望月奈緒さんが、祐樹に近付くのは止めて下さい」
「俺もだ。俺は野乃花が大切だ。野乃花以外にいない」
「工藤殿、決着が着いたようです。これで我々は引き取らせて頂きます」
「望月殿。これからも宜しく」
「こちらこそ工藤殿」
奈緒さんのお父さんと奈緒さん、それに父さんが和室から出て行った。
「祐樹、これどういう事?」
「俺にも分からない。全然予定と違ってしまった」
父さんと母さんが和室に戻って来た。
「祐樹、話がある」
「なに?」
「祐樹、高校を卒業しだい、門倉野乃花さんと婚約しなさい」
「はい?」
「えっ?」
「どういう事。あれだけ野乃花との事反対していたじゃないか」
「反対はしていない。今回の事で分かっただろうが、家と家の関係と子供達の事は別だと言った。俺も望月殿も奈緒さんが気に入らなければこの話断っていいと言っていたはずだ。まああの子が馬鹿な事をしたんで早まっただけだがな」
「早まった?」
「祐樹、お前はまだ高校生だ。これから大学生、社会人となって行けば、今回の事とは比較に出来ない位の事がお前と野乃花さんの周りに起こって来る。
意味は分かるな。周りは工藤祐樹個人ではなく、工藤家の人間としてしか見ない様になる。だからこそ、その防波堤を作る必要があるんだ」
野乃花の父親と同じ様な事を言っている。
「防波堤?」
「そうだ。高校を卒業したら野乃花さんと婚約しろ」
「はい?」
「えっ?」
「ふふっ、祐樹。お父さんと私も私が高校を卒業するのを待って婚約したのよ」
「はぁ?」
「詳しい事は後でね。門倉野乃花さん、もう野乃花さんで良いわね。今日はゆっくりしていって」
「は、はい」
私、望月奈緒。今お父様のお部屋にいる。
「奈緒、今回の件失態でしかないな。本当の事を聞かせてくれ。なぜあのような事をした?普段のお前からは理解出来ない事だが」
「…。私では門倉野乃花さんに太刀打ち出来ないと思ったからです。彼女は美しく可愛さもあり、少しの色香も有ります。その上、祐樹さんとは長いお付き合い。勿論体の関係もあります。
男の方と会話も碌に出来ないそんな私が、どうやったら勝てるのでしょうか。私は生まれた時からいつも守られてきました。一人で立ち向かうものなど無かったのです。
私は祐樹さんが好きです。もう愛していると言っても過言ではありません。でもこの気持ちをどうあの方に表現すれば分かって貰うのか、全く分かりませんでした。
そんな時です。あの人達がホテルに入って行きました。咄嗟に録画はしたものの、始めは使うつもりはありませんでした。
でも、祐樹さんと会う時間はどんどん無くなっていきました。祐樹さんもお忙しくて中々会ってくれませんでした。
そんな時、私の頭の中に浮かんだのが今回の事です。お父様、私は本当に祐樹さんの事を…」
娘が涙している。娘に可哀想な事をしてしまった様だ。
「奈緒。今回は無理させたようだな。すまなかった。お前の器量なら簡単に話しがまとまると思っていたのだが。少し時間がかかるが新しい人を見つけてあげよう」
「お父様!奈緒はもう一人で自分に相応しい人を見つけます。学友も要りません」
「そうか」
それで上手く行くのだろうか。やはり相手は見つけてやらなければなるまい。
―――――
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