第80話 体育祭の日に


 今日は体育祭。俺は学校に行くか行かないか昨日の夜まで考えていた。もう野乃花とは二か月半も会っていない。話もしていない。


 でも学校に行けば野乃花は同じ教室にいる。俺が野乃花と接触するのを邪魔する水島さんや緑川さんを力ずくで退かせば近付く事は出来るが、そんな事俺に出来る訳が無い。


 今日は嫌でも野乃花の体操服姿を見る事になる。はっきり言って辛い。それに今のクラスには友達と言える男もいない。


 でも仕方ない。習慣の様に体が勝手に学校に行こうとすると母さんが声を掛けて来た。

「祐樹、四月に入ってから大分元気ないけど何か有ったの?」

「母さんには関係無いよ」

「そう言えばあの可愛いお嬢さん、門倉さんだっけ。あの子とも会っていないようだけど」

「ああ、会えないんだ」

「会えない?」

「行って来るよ」

「あっ、行ってらっしゃい」


 どうしたのかしら。あんなに仲が良かったのに。日曜日は望月さんの所のお嬢さんと会っているようだけど、それが原因とも思えないし。



 俺は、学校に行くとグラウンドでは体育の先生や各クラスの体育委員達が体育祭の準備をしていた。やっぱり今年もやるのか。なんでこんなに晴れているんだ。


 頭の中で空の快晴に文句を言いながら下駄箱で履き替えて教室に入った。野乃花の方を見ると緑川さんや水島さん、他の女の子達と楽しそうに話をしている。俺は一人で自分の席に座ると窓の外を見た。



 私、門倉野乃花。祐樹が寂しそうな顔をして窓の外を見ている。話しかけたい。思い切り抱き着きたい。抱き締めて貰いたい。


でももう叶わない。あの動画が教育委員会に出されたら、私も祐樹も終わってしまう。私なんかどうでもいい、でも祐樹に迷惑はかけたくない。だから彼が私の方を見ていない時だけ彼を見ている。



「野乃花、グラウンドに行こう」

「うん」

 優子が声を掛けてくれた。




 校長先生の話や体育の先生の話が終わり、準備運動が終わった所で3Aの休憩場所に一人で向っていた所で


「工藤、どうしたんだ。元気ないじゃないか?」

「小見川」

「最近、門倉さんとも会っていないんだって?」

「何でそんな事知っているんだ?」

「工藤はまだ自分が有名人だと分かっていないようだな。最近、俺の周りの子達もお前が門倉さんと別れて一人になったんじゃないかって噂しているぞ。当然皆お前を狙っている」

「勘弁してくれ。それに俺は野乃花とは別れていない」

「そうなのか?」


 話の途中で小見川が、あいつのクラスの男子に声を掛けられて行ってしまった。小見川が傍にいてくれたら、もう少し気が晴れるかもしれないのに。


 俺は3Aの休憩場所で一人で何の気なしにぼーっとしながら座っている。野乃花は緑川さんや水島さんに囲まれている。目の前では競技が始まっているが、皆と同じ様に騒ぐ気になれない。


 去年と同じ借り物競争をしている様だ。今年は俺に声を掛ける奴なんて…。


「工藤君、一緒に来て」

「えっ?!」

 目の前に新垣さんが居た。


「早く」

「工藤行ってやれよ」

「「そうだ、そうだ」」


 仕方なしに新垣さんと手を繋いでゴールに向かっていると

「工藤君、私諦めていないから」

「えっ?!」



「おっ、3Dの新垣さんが、3Aの男子を連れてゴールに向かっています。あっ工藤だ。これは去年の再現か」


「「「おーっ!」」」



 俺達は二番目にゴールした。お題を係の子に渡すと

「3D新垣さんのお題は、私の大切な人でしたーっ!」


「「「「おーっ!」」」」


「ふふっ、工藤君。去年よりもっといいお題を引けたよ。君とこうして居られるの嬉しいな。ねえ、一緒に戻ろう」

「ああ」


「工藤君、理由は分からないけど門倉さんとは会っていないんでしょ。だったら私ともう一度話せるように出来ない?」

「…………」

「無理かぁ」

「ごめん。まだ野乃花と別れた訳じゃない。俺先行くから」


 工藤君が走って行っちゃった。門倉さんと別れたからもう一度チャンス有ると思ったのにな。もう駄目なのかな。



 昼休みになり、俺は一人で購買に行って菓子パンと自販機でジュースを買って来ようと自分の席を立ちあがった所で


「ねえ、工藤君。私お弁当作り過ぎちゃって。一緒に食べて貰えないかな?」

「あっ、私も作り過ぎちゃったの」

「私も」

「えっ?!」


 いつの間にか、三人の女子に囲まれてしまった。

「で、でも。悪いからいいよ」

「ううん、全然悪くない。作り過ぎたから、捨てるの勿体ないでしょ。ほらフードロス撲滅もあるし」

「「うん、うん」」


「そうならいいけど」



 祐樹が、他の女の子に囲まれてお弁当を食べている。去年は私と一緒に食べていたのに。悔しい。

「野乃花、どうしたの。涙が出ているよ」

「う、うん。何でもない。ちょっと目に砂埃が入っただけ」

「そ、そう」


 教室に砂埃なんか入って来ない。工藤君の姿を見て悔しくて泣いているんだ。それほどまでに彼の事が好きなのに彼を拒絶する理由って何なの?



 

 お昼休み時間も終わり、また一人でクラスの休憩場所で座っていると


「工藤君、クラス対抗リレー出るんでしょ。もう集合場所に行く時間だよ」

「えっ!」

 確かに、ぞろぞろとクラス対抗リレーの出場者がスタートの所に集まっている。なんと今年はアンカーを頼まれていたんだ。まあ、去年までの事を考えると仕方ない事なんだけど。


 野乃花もこのリレーには出る。残念だけどバトンパスの相手ではない。第一走者がスタートした。第五走者まで半周ずつだ。第四走者の野乃花にバトンが渡った。その時だった。

あっ、野乃花が渡されたバトンを落とした。クラスの休憩場所の真ん前だ。


「「「うわーっ!」」」


 野乃花がバトンを拾うともう一度走り始めた。二番手だったが、四番手まで落ちた。彼女の足は速い方だが、距離が開き過ぎている。

 第五走者にバトンが渡った段階で俺はスタートラインに立った。俺は内側から四番目の位置で立っていると、少しだけ詰めたのか、第三走者と差が無くなっていた。


 バトンをパスされると直ぐに第三走者を抜いた。


「「「おおーっ!」」


 野乃花の失敗をカバーしてやる。その思いで必死に走っているとクラスの休憩場所があるストレートに入った所で二番目の後姿が、直ぐに前にあった。


 全力で走り、抜いた。


「これは凄い。四番手まで落ちたAクラス。なんと二番手も抜き去りました」

「「「おおーっ!」」


 祐樹、ごめん。私がバトン落したばかりに。あっ、最終コーナーを回った所で祐樹が第一走者に追いついた。私は、心の詰まりを爆発させるように思い切りの声で


「ゆーきい、がんばれー!」


 聞こえたぞ。野乃花。


 目の前の走者をゴール手前で抜き去ってやった。



「「「「うおーっ!」」」

「素晴らしい。四番手から出たAクラスアンカー工藤祐樹君。何と三人抜きで一位に立ちました」


  俺は、ゴールのテープを切った所でペースダウンした。直ぐに係の子が一位の旗を持ってやって来た。

「凄いです。工藤先輩」

「かっこよかったです。工藤先輩」

「あははっ、偶々だよ」

「実力は偶々じゃ出ません。おめでとうございます」


 なんか持ち上げられ過ぎじゃない?


 クラスの休憩場所に行くと

「凄いぞ工藤」

「工藤君、素敵」

「工藤、陸上部まだ入れるぞ」

「いや、その足は野球だ」

「あははっ」

 笑うしかなかった。


 祐樹が男子や女子に囲まれている。本当は私が一番祐樹の傍にいたはずなのに。

「野乃花、工藤君応援したでしょ」

「うん。我慢出来なかった。私がバトンパスミスらなければ、あんなに一杯はなく走らなくても済んだのに」

「野乃花、工藤君はまだ立派な彼氏だよ。何が有ったのかしらないけど、二人で話してみたら?」

「ありがとう優子。でも私は…」


 全く分からない。野乃花をここまで追い詰める物ってなんなの?私や里奈の言葉では届かないようだし。何とかしてあげたいけど。


 俺は、その後の二百メートル走でも一位を取った。また、クラスの人達が大騒ぎしてくれた。




 体育祭も終わり教室に戻り、担任の桜庭先生の言葉で解散になった。俺は、一人でバッグを持って帰ろうとすると何人かの女子が寄って来た。


「ねえ、工藤君。この後用事ある。無かったら私達とファミレスで少し話さない」

「えっ、でも」

「いいでしょう。お昼も一緒だったんだから」

「でも」

「でもは無し。さっ行こう」



 祐樹が女子達と一緒に教室を出て行ってしまった。というか引っ張られて出て行った感じだけど。

 本当は私が一緒のはずなのに。



「野乃花、工藤君の事ばかり考えているなら、今の悩み、工藤君と相談したら」

「そうよ。一生二人で居るって約束したなら、どんな問題でも二人で解決しなよ」

「でないと本当に優子か私が工藤君取っちゃうよ」

「駄目、絶対に駄目。優子も里奈も彼には手を出さないで。別れていないんだから」

「だったら。行くよ野乃花」

「優子、野乃花を引っ張って工藤君の所に連れて行こう」

「そうね。そうしよう。行くよ野乃花」

「で、でも」

「でもも何もない。行くよ野乃花。あんな子達に工藤君取られていいの?」

「やだ!」

「だったら行く!」


――――― 


投稿意欲につながるので少しでも面白そうだな思いましたら、★★★頂けると嬉しいです。それ無理と思いましたらせめて★か★★でも良いです。ご評価頂けると嬉しいです。感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。


 

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