第76話 初めてのデート
祐樹さんと門倉さんの衝撃の場面を見てから二週間が立った。私は四月に大学に入学する。家からは少し遠いですが、片道一時間と少し。高校が四十分位掛かっていたので、我慢出来る時間です。
そんな事より大事なのは、今日は祐樹さんと映画、食事、散歩と言う、私にとって生まれて初めてのフルコースです。
今、時間は午前八時。祐樹さんと午前八時半に私の家のある駅で待ち合わせしています。もう胸がドキドキです。
「奈緒、今日は工藤君とデートだな。今日は遅くなっても良いぞ」
「お父様、なんていう事を言うのです。私達はまだ手も繋いでいません」
「おい、それは本当か。お見合いしてもう三ヶ月経つんだぞ」
奈緒は大丈夫なのか。それにしても工藤祐樹という男、中々身持ちが固いな。付き合っている子がいるというのは知っているが、奈緒は、容姿は申し分ない。全く手を出さないとは考えられない。
「奈緒、お前から工藤君にアプローチしているのか。三ヶ月も経って手も繋いでいないというのは、ちょっとな」
「わ、分かっています。ですから今日は頑張るつもりです」
「そうか。期待しているぞ。赤子が出来ても構わないからな」
「えーっ!!」
お父様、何という事を仰るのです。赤ちゃんってあれしないと出来ないんですよね。
「おい、奈緒、顔が真っ赤だぞ。大丈夫か」
もうお父様と話をしていると心臓が持ちません。
「私、もう行きます」
考えていた以上に進展が無い様だな。どうにかしてあげたいがこればかりはな。
私はお父様との会話から逃れる為、急いで靴を履くとバッグを手に持って外に出た。玄関でお手伝いさんが声を掛けて来たが、動揺していて返事をする事が出来なかった。
駅までは心を落ち着かせる為、ゆっくりと歩いた。十分も掛からずに駅に着くと彼は改札の内側で待っていた。
厚手の水色のシャツに濃紺のスラックス。同色系のジャケットを着ている。落着いた感じで素敵です。
奈緒さんの家のある駅に午前八時十五分に着いた。二月終わりのこの時期は寒い。改札で待っていると奈緒さんが歩いて来た。
茶色のコートを着ているので中に何を着ているか分からないが、足元はブーツを履いている。何を着ても似合う人だ。
「奈緒さん、おはようございます」
「祐樹さん、おはようございます」
彼の顔を見た瞬間、お父様の言葉が蘇ってしまった。『赤子が出来ても構わないからな』そ、そんな事。やっぱり出来ません。
「奈緒さん、顔が赤いですけど熱でもあるんですか?」
「いえ、ちょっと寒いので」
「そうですか」
そんな風には見えないな。
「祐樹さん、行きましょうか」
「はい」
ここから十六駅ある。結構遠い。二人で電車に乗ると席は空いていた。二人で並んで座ると
無言。
…。
無言。
学校ある駅を通り過ぎた所で流石に声を掛けないと、と思っていると
「あの、祐樹さん」
「はい」
「今日は、どの様な映画を見ましょうか?」
「そうですね。考えて無かったです。映画館に行って決めましょうか。奈緒さんはどんな映画が好きなんですか?」
「それは、…」
あまり映画を見たことが無い。休みの日は習い事で一杯だ。祐樹さんとお付き合いする様になってから、日曜日は習い事はしなくなりましたが。
「じゃあ、映画館に行って決めましょう」
「はい」
外だと、会話は成り立つけど話題がない。確かに奈緒さんの言う通りだな。
デパートのある駅に着いて、改札を左に行く途中で
「祐樹さん」
「はい」
「あ、あの、あの。て、手を繋ぐという事は可能でしょうか?」
「…………」
あまりしたくないけど。
無言で居ると
「そうですよね。こういうことはもっと…。あっ!」
「これでいいですか」
奈緒さんの手はとても小さく柔らかかった。
「あ、ありがとうございます」
顔を真っ赤にして俯いてしまった。
男の人と手を繋いでいる。がっしりとした大きな手。心を安心させてくれる暖かい大きな手。嬉しいです。
「行きましょう」
「はい」
俺は、奈緒さんの手を優しく繋ぎながら、本当にこの人は男性と付き合い経験無しの様だな。
野乃花も手を繋いだのは俺が初めてと言っていたけど、こんなに恥ずかしがることは無かった。大丈夫なのかな?
映画館に着くと日曜日の所為もあるが、随分人がいた。俺達はチケット販売機の上にあるパネルを見て
「どれにします?」
「祐樹さんが見たい物でいいです」
困ったぞ。この前野乃花と来た時、好きな映画見てしまったし、あっ、あれがいいや。海外の映画祭で賞を取った日本の映画。脚本賞とか貰っていたな。
「あれ、どうですか」
指を指すと
「いいですね。あれを見ましょう」
チケット販売機で空きシートを見ると結構空いている。適当に後ろの方の席を二つ選んでチケットを買った。
「ゲート空いているかから入りましょうか」
「はい」
指定の上映室まで行く間、奈緒さんは目を輝かせていた。こういう所はあまり来ないんだ。
中に入り二人で並んで座ると繋いでいた手を離し、彼女はコートを脱いでバッグと一緒に膝の上に置き両手をコートの上に置いた。
上映が始まった時は、何でも無かったが、途中から俺の手を掴んで来た。ちょっと横目で見ると夢中になっている。
最後の方になるといつの間にかバッグから出したハンカチで目元を押さえている。感動しているんだ。
やがて上映も終わり、廊下に出ると
「祐樹さん、少し待って居て頂けますか」
「はい、あっ、俺も行って来ます。ここで待ち合せしましょう」
彼女は頷くと女子用に入って行った。俺も済ました後、待っていると嬉しそうな顔をして出て来た。
「祐樹さん。お食事しましょうか」
「そうですね。何を食べます」
流石にジャンクフードは食べないだろうと思っていると
「あの、〇ックという所に入ってみたいです。まだ入った事なくて」
この人どこまでお嬢様なんだ。でも俺もそっちが良い。下手にフレンチなんて言われたら面倒だ。
今度は直ぐに手を繋いで来た。そして俺の顔を見ると
「ふふふっ、宜しいですよね」
なんか来た時とは違う。
改札を出た時は、思い切り緊張しましたが、一度手を繋いでしまえば。それに上映室の中でもしっかりと彼の手の甲に手を重ねさせて貰った。勿論祐樹さんは嫌がらない。だから、これも大丈夫と思ったけど、やっぱり出来た。嬉しいです。
彼と一緒に〇ックに入ると、うわーっ、カップルや家族ずれで一杯。それにちょっと慣れない匂いだけど新鮮。カウンタまで随分並んでいる。
「奈緒さん、もし決まっていたら…。あっそうかメニュー分からないですよね」
でも席を先に取らないと、でも仕方ないか。
十五分位並んで彼女の注文を先に済ませた後
「奈緒さん、空いている席を探して取っておいてください」
「分かりました」
俺は、自分の分を注文して品が出て来るのを待ちながら席の方を見ると空いていない様で、奈緒さんがキョロキョロしている。大変かな?
注文の品が揃ったところで会計して後ろを向くと窓際の端の方で手を振っている。直ぐにそこに向かうと
「中々席が空かなくて大変でした。祐樹さんが会計を始めた所で、ここの席が空きそうだったので、直ぐに来たら上手く座れました」
「それは良かったです」
彼女が選んだのは、○○○フィレオと〇ックシェイク。俺はベーコントマト肉厚のセットだ。コークとポテトが付いている。
二人でそれを食べながら映画の話をした。奈緒さんは外だと人が変わったように普通に話す。俺もこっちの彼女の方が楽でいい。
窓を外をチラッと見ると、あっ、小見川が彼女連れて歩いている。バレない様に直ぐに奈緒さんの方を見た。
「どうしたんですか?」
「なんでもないです」
ばれていないよな。
「祐樹さん、嬉しいです。映画は短いと思いましたが、あなたとこんなに楽しく話せます」
「良かったでしょ」
「はい」
その後も映画の話をしながら食べて、食べ終わると少しして外に出た。
「公園に行きましょうか」
「はい」
直ぐに奈緒さんが手を繋いで来た。結構積極的だ。
この後は、公園に一緒に行って。池の周りをゆっくり歩いて回って、反対側の東屋で休み、また入口に戻って来た。
彼女は饒舌で、普段の習い事も面白可笑しく話している。いつもと別人の様だ。入り口の側まで来ると
「あの、祐樹さん」
「はい」
「まだ時間有りますよね」
「ええ、まだ午後三時半ですから」
「あの、…」
どうしたんだ?
やっぱり止めましょう。いくら何でも初めてのデートでそれは。祐樹さんに嫌われてしまいそうです。
「あの、もう少し一緒に居たいんですけど」
「じゃあ、もう一回、池の周りをまわりましょうか?」
「は、はい」
あれ、今度は急に静かになった。
結局、奈緒さんを彼女の家の家に送って行った時は午後六時を回っていた。別れ際に
「今日は大変ありがとうございました。とても楽しかったです」
「俺も楽しかったです」
「来週は、もう少し進みたいと思います」
「えっ、あ、ああ。そうですね」
「本当ですか!」
俺なんか変な事言った?
「じゃあ、これで」
「あの、今度学校で会えるのは卒業式ですよね。その時、お話できませんか?」
「奈緒さんの方が難しいでしょ?」
「何とかします」
「分かりました」
祐樹さんは、今度会った時、今日より前に進むと言ってくれた。では今度会った時は。もう心臓が跳ね上がって破裂しそうです。
私は玄関に入ると何故かお父様が衝立の前に立っていた。
「どうだった?」
「はい、とても楽しかったです。次にお会いした時はもっと前に進めそうです」
「そうか、それは良かった。奈緒、早く彼と親密になりなさい」
「は、はい」
後は、門倉さんとお話する必要がありますね。
―――――
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