第75話 進展がないままに
俺は、家に帰った後、自分の部屋から野乃花に連絡した。
『はい、野乃花です』
『俺、さっき帰って来た所』
『早かったね』
まだ、午後五時前だ。結構早かったな。
『ああ、あの人と話す話題無いからな。野乃花、お願いが有る』
『なに?』
悪い予感しかしない。
『毎週、水曜日のお昼食べ終わったら生徒会室行く事になった。後日曜日は午後からあの人の家に行く』
『何それ。どういう事?』
『望月さんと話さないといけない。でも彼女は、二月から自由登校だから後、二回位と思う。それに四月になればあの人大学生だし。もう家に行く事も無い』
『どうしてもそれしないといけないの?』
『一応、両方の両親の前で約束したから。四月になったらこんな事終わるから』
『ねえ、毎日曜日、望月さんの家に行くって、私とはどうなるの?』
『土曜朝から会える、もう洗濯も掃除も買い物しなくていいから』
『それは嬉しいんだけど、なんか嫌だな。あの人とは向こうの家で二人きりなんでしょ?』
『野乃花、俺あの人に興味ないから』
『興味が無いって言われても心配。何が有るか分からない』
『大丈夫だよ。俺、野乃花だけだから』
『ふふっ、分かった』
祐樹が一生懸命言い訳している。嬉しい。
それから俺は、水曜日だけ野乃花と一緒に昼食を食べた後、生徒会室に行った。もう生徒会長じゃないけど、元権限で使っているのかな?
それからも登下校は野乃花と一緒。お昼も野乃花と一緒。水曜日、生徒会室に行くけど、ほとんど会話無し。
それに望月さんは、二月半ばからもう登校はしないという事で、これは二回で終わってしまった。
日曜日午後、望月さんの所に行っても三時間位で帰って来る。
趣味とか同じであれば会話も繋がるのだけど、俺は空手と読書が趣味で、読書も他人から見たら、なにそれ?って本ばかり。
彼女は、読書もするけど、生け花、お茶、踊りとかの話で全然接点を見いだせないでいた。
元々、接点が無かった上、あの恥ずかしがり屋では、どうしようもない。その上、二人で居たいから外で会うという事はしないというのだから。もう終わりかなと思っていた所に思わぬ、提案が有った。
「祐樹さん、春休み、二人で旅行行きませんか?」
「はぁ?二人で、ですか?」
「はい、偶には場所を変えてお話をするのも良いかと思いまして」
「それは出来ないですよ。俺は好きな人がいます。他の女性と二人で旅行なんて出来る訳ないじゃないですか」
「祐樹さんと私は双方の両親も認めるお付き合いをしています。二人で旅行に行く事に問題はありません」
「どうしたんですか?そんな事言う人だとは思わなかったですけど」
「はい、でもこのままでは、二人の共通の話題が有りません。だからその共通の話題を作りに行くのです」
そういう事。でも無理だよ。それに春休みって言われても。もう終わりになる時期だろう。
「言っている意味は分かりますが、他の方法にしましょう。例えば映画を見るとか」
「それは短い時間ですよね。二泊くらいすれば、二人だけの共通の話題が作れると思うのですけど」
いやいやそれは無理でしょう。高校生が二人で二泊の旅行なんて、何考えているんだ。
「とにかく二人で行くなんて無理です。映画とか、散歩とかすれば一緒に時間が長く作れます」
「どうしても駄目でしょうか?」
「当たり前です」
彼女が黙ってしまった。
「分かりました。では映画に行きましょうか」
仕方ありません。二人でと思いましたが、映画も散歩も基本的には二人です。そこで私をアピールしましょう。旅行のチャンスはまだあります。後、門倉野乃花さんとはお話をする必要が有るようです。
二月に入り、今年も全校生徒が嫌いな持久走大会が有った。小見川と一緒にスタートした俺は、小見川が彼女を俺は野乃花を見つけると伴走する為に、あいつと離れた。
野乃花の傍には緑川さんと水島さんもいる。
「祐樹、いいの?」
「なんで?」
「順位」
「そんなもの関係無いよ」
「ふふっ、野乃花愛されているわね。ねえ工藤君。偶には私達にその愛情のお裾分けとか無いのかな」
「水島さん、ありません」
「冷たいなあ」
「ふふっ、里奈。諦めなさい」
「優子は良いの?」
「あははっ、私だって、お裾分け欲しいかな?」
「二人共駄目に決まっているでしょ。祐樹の愛情は私だけのものよ」
「「はいはい」」
三人の馬鹿な話を聞いている内にグラウンドに戻って来た。小見川はまだ付いていない。まあ、相手の子が非運動系の様だからな。仕方ないか。
そして土曜日、野乃花と久しぶりにデパートある街に行った。目的は映画と買い物。朝の内に映画を見て、食事をして、野乃花の買い物に付き合った。
終わったのが調度午後三時。
「ねえ、祐樹。時間有るね」
「そうだな」
「今日、私の家、お姉さんもお母さんもいるんだ」
えっそういう事。でもなあ。今度父さんに、前のマンション使えないか聞いてみるか。
「ねえ、いいでしょう」
「分かった」
俺は、野乃花の買い物袋を手に持ちながら彼女と一緒に駅とは反対の方向に歩いて行った。
私、望月奈緒。今度祐樹さんと一緒に映画を見に行く事にしている。本当は、その時彼と来ればいいのだけど、やっぱり一人でも彼と行っている気分を味わいたくて、珍しく一人で映画館のある街に来ている。映画館で今上映している映画を確認してからデパートに行った。
女性用品の扱っているフロアに来ると、えっ祐樹さんと門倉さんが楽しそうに手を繋いで歩いている。
彼の手には明らかに彼女が買った洋服の袋。胸が詰まる様に苦しくなる。本当は私が、あそこの居たいのに。
あっ、エスカレータに乗って降りて行く。私は自然とあの人達の後を付けた。いけない事ですけど。
デパートを出ると、駅とは反対の奥の方に歩いて行く。こちらに何か有るのかしら。そのまま五分位歩いて、駅の繁華街から外れた所に着いた。
えっ、ここって。私は直感的に閃いてスマホの録画機能を稼働させた。二人は一瞬だけ立ち止まってお互いに頷くと楽しそうに入って行った。ショックです。分かっていてもそれを直接見せつけられると。
でも私もいずれ彼とこういう所に入るのでしょうか。あっ、でもこれって使えそうですね。とにかく今日は帰りますか。
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