第74話 望月さんと二人きり


 野乃花と会った翌日曜日。俺は望月さんに言われた駅で降りた。午後十二時五十分。午後一時待ち合わせだからこの位の時間で良いだろうと思って改札に近付くと彼女はもう来ていた。

 白いブラウスとピンクのカーデガン。濃紺のロングスカートに紐付きの茶色の靴を履いている。

「こんにちわ。工藤君」

「こんにちは。望月さん」

 あれ、この人普通に話をしている。そうか、周りに人が一杯いるし、ここは外だから学校モードだ。


「十分位なので歩きましょう」

「はい」


「…………」

「…………」

 何も話す事が無い。



「あの、工藤君」

「はい」


「…………」

「…………」

 困ったわ。何を話せばいいんだろう。もうすぐ家に着くというのに。




 着いてしまった。


 望月さんの家は昔ながらのたたずまいの大きな二階建ての屋敷だった。門をくぐると広い和風の庭があり、その向こうに玄関がある。これも家柄なのか。


 ガラガラガラ。


 玄関の硝子戸を開けると


「お嬢様お帰りなさいませ」

「ただいま。こちらが工藤祐樹さん、粗相の無いように」

「はい、工藤様の事、ご主人様から受け賜っております」


 望月さん、人が違う。


「工藤君、上がって」

「はい」


 上り口には衝立があり、玄関に立っただけでは中が見えない様になっている。俺は、靴を脱いで横に置こうと手を伸ばすと


「工藤様、整えておきます」

「ありがとうございます」


 はぁ。我が家のお手伝いとはまた違うな。


 左に庭見ながら少し長い廊下を歩いて行くとドアが有った。

「工藤君、ここが私の部屋」


 望月さんがドアを開けると、中は洋風になっていた。まあそうだよな。入り口から女性特有のいい匂いが流れ出て来る。


「入って」

「はい」


 広い部屋だな。日本間の大きさで十四畳位ありそうだ。入って右に二列大型の本棚があり、左側には観音扉型の洋服ダンスが三つ。引き出し型の桐ダンスが二つある。

 その向こうがベッドで隣に机がある。部屋の真ん中にローテーブルとソファだ。


「どうかな?私の部屋」

「可愛いですね。それに大きいし」

「家の作りが古いので、ここも大きいのです」


「あの、ドアが開いていますけど」

「開けています」

「閉めなくていいんですか」

「良いのです」


 私は昨日までにどうしたら工藤君と普通に話が出来るか考えた。それがこの方法。密室で二人だけでは、私の本性が出てしまう。

 でもこうしておけば、常に第三者の存在を意識している私がいる。そうすればこうして話す事が出来る。


「失礼いたします。お茶をお持ち致しました」


 お手伝いの人が持って来てくれたのは、急須に入った日本茶と茶飲み茶碗。それにお菓子だ。急須から茶碗にお茶を注ぐとテーブルにそれを置いて


「失礼いたします」

 そう言って部屋を出て行きドアを閉めた。


「あっ」


 望月さんがドアを見ている。そして今度は俺の方を見ると顔が赤くなって来た。そして俯いてしまった。どうしたんだ?



 また沈黙が続いている。



テーブルから日本茶のいい香りがする。俺は流石に息苦しくなってお茶碗に手を伸ばすと

「お茶頂きます」

「は、はい」


 彼女も手を伸ばそうとしているが、手元で止まっている。俺はとても良い香りのお茶を一口飲むと

「とても美味しいです」

「そ、そ、そうですか」


 この人もしかして。俺は立つとドアの側に行って開けた。振り返ると彼女がこっちを見ている。そして


「お見苦しい所をお見せして申し訳ございません」

「それは良いですけど。俺といるの辛いですか?」

「い、いえ。そんな事絶対にありません」


 また、沈黙の時間になってしまった。



「私、男の方と二人で居るの初めてなんです。それで緊張して、恥ずかしくて」

 そういう事か。


「だからドアを開けておけば二人だけでない雰囲気になると」

「はい、工藤君とお話を一杯したいのですが、二人だけだと恥ずかしくて」

「でも学校では、あれだけの生徒の前で、しっかりと話しますよね」

「あれは、活動モードと言いますかスイッチが入るんです。生徒会長だというスイッチが」

 なるほど。


「でも、家に帰って来ると…こっちが私の本性なのです。

 私は小さい事から、お供と言いますか、そういう人が周りにいて、学友も決まっていて、その人達の中で小学校、中学校と過ごしました。

 今高校で私の近くにいるのはその学友の人達です。本当の友達と呼ばれる人はいません。女子も男子も。

 だから、密室の中で二人だけで居ると素の自分が出てしまい、何も話せなくなってしまうんです」


 そういう事か。ドアが開いているだけでこんなに話せるんだな。だったら外で会った方が良いんじゃないか。


「そういう事で有れば、外で会った方が良いんじゃないんですか?」

「それは、そうなんですけど。工藤君と二人きりになりたいのも本音です。それが出来るのはここだけなんです」


 それは分かるけど。って、ええっ二人きりになりたいって。まさか、いやこの人に限ってそんな事無いよな。うん!


「分かりました。ドアが開いていると学校モードになるって事ですね」

「はい、でも本当は二人きりになりたい」


 最後の方聞こえなかったけど。


「工藤君、お願いが有ります」

「なんでしょう?」

「二人で会う時は名前で呼んで頂けませんか。苗字で呼ばれるのは、家を見られている様で。君には私だけを見て欲しいのです。祐樹さん」

「えっ?」

 名前呼びか、でもここだけなら。


「いいですよ。二人だけの時は名前呼びします。奈緒さん」

「は、はい」

 あれ、顔を赤くして俯てしまったよ。やっぱり苗字呼びのが良いんじゃないか?


「祐樹さん、もう一つお願いが有ります。スマホでお話した件ですが、毎週一度だけしかお会い出来ないと寂しいのです。

せめて一日一回で良いのです。お会いして話す事は出来ないでしょうか。お昼休みに生徒会室に来て頂ければ嬉しいのですが」

「すみません。それは出来ません。お昼は大切な時間なので」


「では、私が教室に行くというのは?」

「奈緒さんは良い意味で校内では有名な人です。その人が毎日教室に来たら周りから変に思われます」

「でも、私達、お見合いしてお付き合いしているのですから」

「それは親同士の都合です」

「そんな事は有りません。私は祐樹さんが好きです」

「えっ?」

「前にも言いましたよね。私はあなたが好きだと」

 言われたっけな?


「だから、他の方達から変に思われるなら、私達の関係を公表すれば良いと思います」

 言い方が生徒会長になっている。


「それしたら、その時点でこのお話をお断りします」

「そんなぁ」

「とにかく奈緒さんと俺の関係は校内では秘密にして下さい」

「では、週一度でいいです。生徒会室に来て下さい。そしてもう一回は、ここでお会いしたいです。お願いします」


 正座してお辞儀されてしまった。困ったぞ。


「お願いします。祐樹さん。私はあなたと毎日でも会いたいのです」

「分かりました。週に一度だけですよ。生徒会室に行くのは」


 お辞儀を終わらせて思い切りの笑顔で

「ありがとうございます。祐樹さん」



 結局、午後四時まで奈緒さんの部屋で話をした後、外に出た。駅までの道がまだ分からないだろうという事で彼女に送って貰っている。

「良かった。祐樹さんに断られたらどうしようと思っていました」

「そうですか」


 野乃花に話さないといけないけど怒るだろうなあ。まあ、三学期の半ば位までだろう。



 私は家に帰って来るとお父様が

「奈緒、もう工藤君とは名前呼びか。順調のようだな。でもする時はドアを閉めてくれ」

「えっ?!」


 あの話を全部聞かれていたの?でも今日お父様は出かけていたのでは?じゃあお手伝いさん?やはりドアは閉めるべきでしょうか。


 お父様、する時って。えーっ、いやいやいや。まだまだまだ、早すぎます。今日初めて二人でお会いしたばかりですから。でもではいつ?いずれその時が来る?

ど、ど、どうしましょう。益々祐樹さんの顔が見れなくなってしまいます。


 でもいずれ私の夫になる方。祐樹さんからお願いされたら、その時は受け入れるしかありません。


――――― 

 

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