第69話 なぜあなたがそこに


 俺は、実家の自分の部屋に戻るとベッドで横になった。

 ほんと、ふざけるんじゃないよ。俺をおもちゃの様に扱いやがって。兄さんが駄目なら俺が継げってか。


 俺はこの一年半で工藤家としての自分はもう捨てている。大学までは出して貰うけど、後は俺の自由にするつもりでいた。


 どんな先があるか見えないけど、大好きな彼女もいる。二人で歩けば楽しい道が有ると思っていた。


 それなのになんだ。今度は、野乃花を諦めて見合いしろだと。もうマンションに帰ろう。ここにいても腹が立つだけだ。


 俺は体を起こしてバッグを手に持とうとした時


「祐樹」

「何母さん?」

「もう一度お父さんの話を聞いてあげて」

「十分に聞いた。俺はここを継がないし、今の彼女と別れる気も絶対に無い!」

 少し大きな声を出してしまった。


「祐樹、あなたは私の大切な子供。あなたに嫌な思いなんてさせたく無かった。あなたに一人暮らしなんてさせたく無かった。でも仕方なかった事なの。

 工藤家という存在は、その血を受け継ぐ者に取って絶対に守らなければいけないもの。例え祐樹が次男で有ったとしても」

「そんなの親の勝手な言い分だ。中学卒業したばかりの俺をいきなり追い出した人が良くそんな事言えるよね。俺は帰る」


「祐樹!」


 バシッ!


 左の頬に痛みを感じた。そして両肩を持たれてゆっくりと

「お願い、お父さんの話をもう一度聞いて」


 母さんが俺を殴るなんて考えられなかった。この人がこんな事するなんて。でもそれだけ必死な事なのか。

「分かったよ」



 俺は一階に降りて行くと父さんがリビングで待っていた。そしてもう一度さっきと同じ事を言われた。今度はもっと具体的に。

 日曜日の相手は会って合わないなら無理しなくていい、付き合う事も無いと言われたので仕方なく会う事にした。



 日曜日、野乃花には実家で用事が有ると言って会う事を諦めて貰った。今日の事は俺が断れば良い事だ。



 午前十一時少し前に実家に戻った。工藤家を相手として見合いをする以上、それなりの家の人間なんだろう。どうせ碌な女じゃない。タカピーな世間知らずが来るんだろうな。


 午前十一時に俺は和室の大きなテーブル(座卓)を前にして座っている。廊下の外には和を取り入れた庭が広がっている。見慣れた景色だ、一年半前までは。


 今いるのは取敢えず俺だけだ。父さんと母さんは来客を迎えに玄関に出ている。


「こちらです」

 どうやら来たようだ。



 入って来た女性を見た。長い髪の毛をアップにして簪を差し、ピンクを基調とした着物を着ている。帯は金糸の白をベースにした綺麗な模様がついている。


 こちらが上座で相手が下座の位置だ。多分そういう事か。

 目の前には両親と思われる人と女性の三人が座っている。こちらは父さんと母さんそれに俺だ。女性は俯いたままだ。


「望月殿、久しぶりですな」

「工藤殿も、ご健勝でなにより」

「今日は、お越し頂き大変ありがとうございます。これが息子の工藤祐樹です。以後お見知りおきを」

「これは丁寧なご挨拶を。娘の望月奈緒です」

「お噂には聞いていたが、綺麗なお嬢様だ」


 何!望月奈緒。まさか。同姓同名もある。ずっと下を向いているし、あの人はこんなお淑やかで静かな人じゃない。


「祐樹、奈緒さんの事はお前も知っているだろう?」

「えっ、でも」

 女性が顔を上げた。少しだけはにかむ様に微笑むと


「祐樹さん、お久し振りです。思井沢以来ですね」


「祐樹、もう会った事有るのか?」

「いや、それは」

「それなら話が早い。祐樹、こちらに座る望月殿は北九州を中心とした財閥で政界にも大きな影響を持っている。

 隣に座られる重子さんは、五摂家筆頭一条家の血筋だ。そして奈緒さんがお二人の娘で確か兄と姉がいるとか」


「はははっ、私が説明しなければいけない所をみんな工藤殿に持って行かれましたな。祐樹君、聞いた通りだ。

 娘は、外では気が張っておるが、普段はこの通りの娘でな。お付き合いして頂けないか。奈緒お前もそう思っているのだろう」

「はい」

 彼女は俯いた頬を赤らめている。


 凄いストレートな言われ様に言葉を失っていた。



「祐樹、どうだ。とにかくお付き合いしてはどうか」

「でも」

「あの話なら、又にしよう」

「父さん」


「さて、丁度いい時間です。膳を持たせましょう」


 父さんが両手で手を二回たたくと、いつものお手伝い達が膳に盛られた料理をテーブルに並べ始めた。


「望月殿、久しぶりです」

 父さんがお酒の徳利を持つと奈緒のお父さんが杯を持った。



 俺達も食事をしたが、何を食べているのか分からない位緊張した。あの生徒会長が俺の見合い相手。それも学校の姿とは全く違う。お嬢様雰囲気を出してはいたが、生粋のお嬢様だ。



「祐樹達も少し話をしてみたらどうだ」

 ジッと奈緒さんを見ると俯いて静かにしている。この人本当にあの生徒会長?

 ここでは話すと言われても。外に出た方が話しやすいだろう。


「奈緒さん、少し外を歩きましょうか」

「はい」

「父さん、少し歩いて来る」


 俺達は車止めを抜けて右に折れて道沿いを歩いた。前から来る人が隣を歩く人を見て目を丸くしている。


「あの…」

「…………」

 何話せばいいんだ?


「奈緒さんはこの事知っていたの?」

「はい」

「いつ頃から?」

「お父様からお話が有ったのは夏前です」

「じゃあ、思井沢で会った時は知っていたんだ」

「ごめんなさい」

 俯いたまま返事をしている。


「奈緒さんと俺なんかでは合わないよ。もっといい人がいるんじゃない?」

「いえ、このお話が有った時から、申し訳ありませんがずっとあなたを見ていました。勿論分からない様に」

「そ、そうなの。じゃあ知っているよね。俺に好きな人がいる事」

「はい」


「じゃあ、話は早い。奈緒さんからもこの話断って。俺を悪く言っていいから。あんな男じゃ嫌だって」

「あの…」

「なに?」



 俯いたままだ。いつの間にか隣駅の上まで来ていた。坂を下ろうとすると

「祐樹さん」

「えっ?」

 いきなり名前を呼ばれた。


「私では駄目ですか。あなたの隣にいる資格無いですか?」

 優しくか細い声で言われた。


「…………」

「せめて、少しの間でも一緒に居させて下さい。それでも私があなたに不釣り合いな人間なら身を引きます。お願いします」

 今度は真直ぐに俺の顔を見て言って来た。


「少し、考えさせて」

 ここで無下に断るのは失礼だろう。父さん達の顔もある。一度保留にして後で断ればいい。



 俺達が家に戻ると、父さん達はお酒も程ほどに仕事の話をしていた。

「祐樹戻ったか。奈緒さん、どうかな私の息子は?」

 俺には聞かないのかよ。


「はい、とても素敵な方です。私としてはぜひお付き合いさせて頂ければと思っています」

「祐樹はどうだ」

「俺は…」

「考えるなら、まず付き合ってみたらどうだ」


「祐樹君、娘もこの様に申しておる。ぜひお付き合いして頂けないか。少しの間でもいい。もし娘に至らぬところが有ればそれも直させる。その上でどうしても駄目だというなら私も娘もこの話諦めよう」


 そこまでいうかよ。断れないじゃないか。でも野乃花の事もある。適当に付き合って断ればいいか。


「分かりました。しばらくの間奈緒さんとお付き合いさせて頂きます」

「そうか、祐樹良く言った」

「祐樹君、ありがとう。娘の事宜しく頼む。ほれお前も」

「祐樹さん、不束者ですが宜しくお願い致します」

 奈緒さんが正座して頭を下げながら自分の気持ちを言っている。参ったよ。



 望月家を送って行った後、俺は父さんに

「さっきは、父さんと奈緒さんのお父さんの顔を立てて、ああ言ったけど、彼女は選ばないから」

「祐樹!」



「俺、もう帰る」

「祐樹、もうマンションは出てこちらに住みなさい」

「いやだよ」

「駄目だ。もしお前がいう事を聞かないなら。あそこを処分する」

「汚いよ父さん!」


「祐樹、お母さんも戻って来て欲しいの」

「母さん」



 俺がマンションを引き払ったのはそれから二週間経っての事だ。

 

――――― 

 五摂家筆頭一条家と記載ありますが、現在の一条家様とは何ら関係ございません。

 ご理解の程お願いします。


投稿意欲につながるので少しでも面白そうだな思いましたら、★★★頂けると嬉しいです。それ無理と思いましたらせめて★か★★でも良いです。ご評価頂けると嬉しいです。感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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