第68話 お正月に言われた事


 俺は、野乃花と充実した日を過ごした後、初詣でまた会う事を約束して別れた。道場も初稽古の参加を申し込んだ。


 そして今日三十日。俺は午前八時に目が覚めると朝食を摂って、片付けを終わらせ着替えをバッグに入れると戸締りをしっかりと確認してマンションを出た。


 早いもので高校入学する前にこのマンションに越して来て、何も分からずに、本当何も分からずにいきなり一人暮らしをさせられた。


 中学を卒業したばかりの俺にはあまりにもひどい仕打ちだと思った。それから一年半。充分に一人暮らしに慣れ、今は自由でいい。実家に帰るのは義務程度にしか思っていない。


 どうせ、大学出たらあの家とも関係無くなるんだろうな。でも兄さん変な事言っていたけど、気の所為だろう。俺がいきなり追い出されたから気を使ったんだ。



 考えながら電車乗るとマンションのある駅から四つ目、直ぐに着いた。地下に潜った駅から地上に出ると小さい頃からの景色が少しだけ変わった放射状の街並みが開けている。


 右から二番目の道路を歩いて行く。去年は確かこの辺で兄さんに会ったんだよな。今年は兄さんは病室か。早く退院して来てほしいものだ。工藤家の跡継ぎとして復帰して貰わないと。


 実家について車止めをくぐると玄関の両脇に門松が立ててあった。玄関を開けて

「ただいま、帰ったよ」


 母さんが直ぐに出て来た。

「お帰り祐樹。お菓子用意してあるわ。手を洗ったらダイニングに来なさい」

「分かった」


 母さんはいつまで俺を小さな子ども扱いするんだろう。廊下を奥まで歩いてから二階に上がる階段を登る。


 左に曲がって祐樹と書かれているドアを開けた。風通しをしてくれているのか、湿っぽさや埃臭さも無く、空気は澄んでいた。


 バッグを床に置いてベッドの上にそのまま寝転がるとまた一年を振り返ってしまった。去年も賑やかだったけど今年も凄かったな。


 図書委員になって


 野乃花と付き合い始めて


 俺の家の事がみんなに知られて


 野乃花と二か月間会えなくて


 でも元に戻れて


 締めくくりは兄さんが交通事故に遭って


 今年も賑やかだったな。来年は静かな一年で有って欲しい。


「祐樹、ダイニングに来ないの?」

 ドアを開けたままにしているので母さんが入って来た。


「ああ、今いく。ちょっと考え事していた」


 ダイニングに行くと父さんも居た。

「祐樹、三が日の挨拶は正孝の件が有ったが、いつも通りだ」

「分かった」

「後、三が日が終わった四日だが、大事な話が有るので居てくれ」

「大事な話?」

「ああ、その時話す」

 いつもの言い様だ。ちょっとカチンとくる。要点位言っても良いだろうに。



「母さん、兄さんの見舞い、正月はどうするの。忙しいなら俺が行って来るけど。兄さん一人じゃ寂しいだろうし」

「三が日、正孝の所には君津川さんとこのお嬢さんが居てくれるか大丈夫だわ。三が日は私もお父さんの所に来る来訪者の方の相手をしないといけないから。でも祐樹が行ってくれるなら嬉しいわ」

「分かった。三日に行くよ」



 三十日と大晦日三十一日の夕食はいつもながら豪華だったけど、兄さんが居ないせいか父さんが一人でお酒を飲んでいて物足りなそうな顔をしていた。

 まあ、俺は飲めないけど。今回だけは、父さんが飲んでいる間、母さんと一緒に傍にいてあげた。


 元旦は父さんと母さんそれに俺で新年の挨拶をした後、お節を食べた。その後午前八時には道場に着いた。初稽古だ。去年と同じ三十人位が来ている。皆上気している感じだ。


 最初、全員が正座して神棚に向ってお祈りをした後、師範代がお神酒を捧げる。そしてこの道場伝来の作法(空手の型)を踊って、この道場の発展と安寧を祈願する。


 一通りの初稽古が終わると去年と同じ様にお菓子の入った箱を貰って道場を出た。野乃花の家に行こうと思ったけど明日会えるので、そのまま家に戻ってその後は兄さんのお見舞いに行った。



 翌日二日は父さんからお年玉を貰った。諭吉さんが今年も十枚入っている。嬉しい限りだ。そして

「母さん、初詣行って来るね」

「はーい。気を付けてね」

「うん、行って来る」


 野乃花とは現地待合わせだ。


 実家を出て右に行き地下に潜った隣駅の上を通ると浅間神社の所に着く。今年も階段の前から一杯並んでいた。

 良く見ると昔、踏切だったところ当たりまで並んでいる。並びの最後の方に野乃花が居た。一人だ。俺は急いで近づくと


「野乃花」

「あっ、祐樹。明けましておめでとう」

「明けましておめでとう野乃花」

 髪をアップにして簪を付け少し化粧をしている。今年もピンクを基調にした着物を着て白いファーを首に巻いている。とても綺麗だ。


「今年も混んでいるね」

「そうだね」


 二人で今年はどうしようかなんて話をしている内に階段を上がり鳥居をくぐると境内に着いた。


 二人でお賽銭を上げてお祈りをした後、横にずれた。後ろを見るとまだ大勢の人が並んでいる。

「祐樹、おみくじしよ」

「いいね」



 お金を箱に入れて六角の筒をからからと回して中にある番号が書かれた棒を抜く。その番号の棚の中にあるおみくじを取るのだ。


「あっ、大吉だ」

「えっ、俺中吉だよ」

「ふふっ、ふふふっ」

「何笑っているの?」

「だって、私大吉だもの」

「でも大吉なら今が運のピークだよ」

「いいの。毎年大吉引けばいい」

 なるほどそういう考えも有る。


 俺達は、その後、俺の実家の方に歩いて行き、昔からある駅前の有名なケーキ屋さんに入った。着物を着ている人が一杯いた。


「ここはいつも混んでいるよね」

「うん、でも高校に入ってから一人暮らして来なくなったし、中学の頃もあまり来なかったな。親に連れられて来た位」

「そうかぁ。うちの傍もケーキ屋多いけどね」

「そっちは特にだろ」

「まあね」


 二人で他愛ない話をしている内に一時間が過ぎてしまった。お店を出てから、野乃花の家まで送って行った。

「家に上がる?」

「止めておくよ。せっかくの正月の団欒に失礼したくないから」

「私は構わないけどね」

「また今度にする」




 次の日、三日は兄さんの所に行った。内臓疾患ではないので、母さんから持たされたお節の詰め合わせも一緒だ。食べ物の差入れは自由だ。


 病室に行くと君津川さんがいた。いつもながら綺麗な人だ。

「兄さん、お節持って来たよ」

「本当か。病院食にうんざりしていた所だから嬉しい」

「良かったわね正隆さん」

「ああ」


 俺がここにいてもお邪魔虫なだけだと、この二人から思い切り感じたので早々に病室を出た。


 まだ早いし。どうしようかな。野乃花とは昨日会っているけど。そんな事を思いながら本来バスに乗る道を歩いていると街中が華やいで見えた。やはり正月なのだろうか。野乃花に会おうかな。




 そして翌日、四日。いつもならもうマンションに戻る日だけど、父さんが話が有るというのでリビングで待っていると母さんと一緒に入って来た。


「祐樹、これから話す事は工藤家に関する大事な事だ」

「はい」


「いくつかある。一つ目は、お前を実家に戻す」

「えっ?!どういう事父さん」

「お前を工藤家の跡取りとする」

「何を言っているかさっぱり分からない。もっと分かるように説明して」



「そうだな。お前も知っている通り、本来は正孝が工藤家を継ぐ事になっていた。だが正孝が事故に遭って、残念だが両足を失った。

 工藤家の頂点に立つ者は、半年は世界中のどこかにいる。日本にいる方が少ない位だ。私を見れば分かるだろう。だが正孝は、あの体ではそんな事は出来ない。

 だから次男であるお前が工藤家を継ぐ事になる」

「…………」

 何を言っているんだ。俺は出された人間だぞ。


「父さん、俺は一年半前に、まだ何も知らない俺を次男は十六になったら家を出るのがしきたりだと言っていたよね。

 俺がどんな思いをしてどれだけ大変だったなんて父さん知らないだろう。やっと慣れたと思ったら、今度は戻って来いって何だよ。勝手に俺の人生を弄ばないでよ」


「祐樹聞いてくれ。あの時はきつい事を言って悪かったが、本当は工藤グループの海外の半分をお前に任す為の方便だ。

 お前も知っている通り、部下はいるが、全ての会社の最終決定をするのはこの私だ。だが実際私も大変だ。

 だから正孝が跡取りになってお前が大学を出たら、海外のグループ会社の半分をお前に任せようと思ってのことだ。

 いきなり一人暮らしさせたのは、人間としての強さ、柔軟性を見る為だ。お前は見事にそれを成し遂げている。

 正孝が事故に遭わなくても今年か来年には言おうとしていた」

「…………」


 頭の中が完全にオーバフローしている。俺を追い出したのは人間としての強さ、柔軟性を持たせる為だと。ふざけるな。そんなもの知るか。

 挙句、兄さんが事故に遭ったら、今父さんがしている事を俺に全部しろって、冗談じゃない。

 俺はどうなるか分からないけど自由に生きるつもりだったのに。



「父さん、身勝手すぎるよ。俺が一人暮らしに押しつぶされて自殺でもしていたらどうするつもりだったんだ」

「工藤家の血を引いている人間にそんな軟な人間はいない」

「…………」



「あと、もう一つ。今週日曜日に会って欲しい人がいる。だから今週日曜日にもう一度帰ってきて欲しい」

「はーぁ、何言っているの。父さんは俺に見合いをしろと言っているのか。俺はもう好きな人がいるんだ。一生連添うと決めた人いるんだ。冗談じゃない」

「祐樹、この前お会いした方ね。確かに素敵な方だわ。もし祐樹が予定通りグループ会社の半分を見るだけなら彼女でも良いわ。でも工藤家の総帥ともなるとそうは行かなくなるの。分かって祐樹」

「母さんまで何言っているんだ」


「俺は部屋に戻る。聞いてられない」



 祐樹が自分の部屋に戻ってしまった。

「母さん」

「大丈夫ですよ。祐樹はあなたの子供です。貴方も総帥を受け継ぐ前、お爺様に思い切り反発していたじゃないですか。同じ事です。正孝さんは如何するんですか?」

「正孝には国内の数社を任せる。あの体ではグローバルな激しい動きは出来ない」

「分かりました」


――――― 

 

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