第64話 消えない傷痕


 あの事件から一週間が経った。野乃花とは全く会えていない。先週は学校には来なかった。

 やはり野乃花がいないと俺の気持ちは相当に凹む。俺は野乃花が好きなんだという事が今更ながらに気が付いた。


 一人で学校に登校し、教室に入ると野乃花が居た。俺はバッグを席において直ぐに近づこうとすると緑川さんがこっちに来た。


「工藤君、良いかな」


 二人で廊下に出ると

「工藤君、野乃花が登校したけど当分彼女には近づかないで」

「なんで?」

「野乃花とは、毎日の様に連絡を取り合っているけど、君とは当分距離を置きたいと言っている。

 誤解しないでね。彼女は君を嫌いになった訳じゃない。でも君の傍にいる資格をなくしてしまったと思っている。

 私はそんな事無いと言っているのだけど。とにかく彼女と君が元に戻るには時間が必要。君が野乃花に会いたい気持ちは分かるけど、彼女の気持ちも分かってあげて」

「…………」


 返す言葉が無かった。全ては俺の所為だ。俺が心菜や美月に自分の口からはっきりと言っていれば、野乃花にあんな事を言わせる事は無かった。あの言葉で心菜と美月は野乃花を逆恨みしたんだ。


「じゃあ、そういう事だから」

 


 緑川さんが、教室に戻って行く。俺もその後に教室に戻った。無意識に野乃花の方を見た。あっ、視線が合ったと思ったらすぐに外された。水島さんや他の女の子と話をしている。


 仕方なく席に着くと

「工藤、おはよ」

「ああ、小見川。おはよ」


 今日の工藤君に声を掛けれない。廊下から戻って来た彼の顔は、朝教室に入って来た時と全く違っている。緑川さんに何言われたんだろう。




 俺は午前中の授業は、全く頭に入らなかった。ただ野乃花の事ばかり考えていた。

「工藤、昼行くか?」

「えっ?」

「重症だな。とにかく学食行こう」

「ああ」



 可笑しなもので、気持ちが凹んでいても腹は減る。小見川と一緒にB定食を選ぶとカウンタへ並んだ。そして定食を受け取ってテーブルに着くと


「小見川、野乃花と当分会えない」

「そういう事か。緑川さんに言われたのか?」

「ああ」

「難しい事は分からないが、今はそうするのが何となく良い様に思う。いずれ心が落ち着いて来れば…。そうすれば元に戻ると思うよ」

「そうするしかないよな」




 放課後、俺は図書室を開けて受付に座った。いつもの手順で図書管理システムを立ち上げて、図書室の中を見ると常連さんと、常連化した女の子達、そして水島さんと新垣さんがいた。


 ただ二人共何も話しかけてこない。俺もその方が助かる。偶に本を借りに来る生徒や返却する生徒がいる以外は、今日ほとんど頭に入っていなかった授業の復習をした。

 先生の言葉を聞いてなかったので復習にもならないけど。




 予鈴が鳴り、常連さん達が出て行くと返却された本を本棚に戻し、閉室処理を開始すると

「工藤君、一緒に帰ろうか」

 顔を上げると水島さんだ。


「ごめん、一人で帰りたいんだ」

「そう。じゃあ私は帰るね」

「ごめん」


 水島さんの誘いを断った。私が誘っても同じか。残念だけど今日は帰るとするか。



 俺は次の日は授業が聞けたけど、野乃花の方を向いて偶に視線が合っても目を逸らされてしまう。それも辛そうな顔をして。これが当面続くと思うとやはり気が滅入る。放課後は、一人で急いで帰った。




 そんな状況が二週間も続いた金曜日の朝、登校すると緑川さんが俺の傍に来た。

「工藤君、ちょっと良いかな」


 二人で廊下に出ると

「明日、工藤君の所に行ってもいい?」

「何かあるの?」

「ううん、でも君の落込み方を見ていると気になって」

 どういうつもりで言っているのか分からない。それに俺の所に来ても意味なんか無いだろうに。


「外で会うなら良いよ。でも緑川さんと会う事は野乃花に伝えておいて。俺からは連絡出来ないから」

「それは、分かっている」

「じゃあ、学校の有る駅に午後一時半で良いかな?」

「うん」



 教室に入るとやはり野乃花は俺の方を見ていた。でも目が合うと逸らされてしまう。昼になり、

「小見川、学食行こうぜ」

「あっ、ごめん。俺今日ちょっと行けない」

「そうか」

 理由は知らないがあいつも色々都合が有るんだろう。一人で学食に行って食べていると


 えっ?!

 小見川が女の子と一緒に学食に入って来た。あいつ何時の間に?でも頑張ったんだ。俺は急いで定食を食べ終わると学食を出た。あいつが俺に気が付けばあいつは気を使って来るだろう。そんな事は悪いので直ぐに出た。



―ねえ、工藤君。最近一人だよね。

―門倉さんどうしたんだろう。最近一緒に歩いているのを見た事ない。

―あなた知らなかったの。

―ごにょごにょ。

―えっ、それって本当。

―大きな声出さない。

―でもそれってチャンスじゃない。



 学食から教室に戻る途中、廊下を歩いているととんでもない事を言っている女子生徒達が居た。野乃花の事が知れ渡り始めたか。ごめん野乃花。



 教室に戻るとまだ時間がだいぶある。今まで野乃花といつも一緒だったから本は持ち歩いていないので、昼休みだから良いだろうと思ってスマホを弄っていると


「工藤君」

「なに新垣さん?」

「今日、図書室閉めたら一緒に帰らない」

「ごめん。まだ一人で帰りたいんだ」

「そうかぁ。もし一緒に帰れるようになったら声掛けて」

「ああいいよ」

 多分声は掛けないよ。ごめん。




 翌日、午後一時十五分に俺は学校の有る駅の改札に行った。緑川さんとの約束は午後一時半だから、充分だろうと思っていたら、もう緑川さんはいた。

「ごめん。緑川さん、待った?」

「ううん、今来た所。ねえ、デパートに行きたいんだけど良いかな?」

「良いけど」

 良く分からない。どういうつもりで俺をデパートに誘うんだ?



 デパートの有る駅を降りて改札を出ると左に曲がり少し歩いて交差点を渡ったところがデパートだ。この辺では一番大きい。

「工藤君。洋服買いたいから付き合って」

「良いけど、俺女の子の洋服なんて分からないよ」

「私が選ぶからどっちか決めてくれればいい」

 どこかで似たようなシチュエーションが有ったな。



 それから、一時間半位彼女の買い物に付き合った後、デパートの中にある喫茶店に入った。

「工藤君、今日は付き合ってくれてありがとう」

「まあ、良かったよ。少しだけ気晴らしになった感じ」

「それは良かった。少しでも工藤君の気持ちが晴れればと思って。一人で居ると彼女の事しか考えないかなと思ってさ」

「そういう意味なら、嬉しいよ」


 色々話したけど野乃花の話題だけは出なかった。

「明日工藤君は道場だっけ」

「そうだけど」


「じゃあ、また来週か」

「えっ?」

「週中は部活が有るけど週末なら会えるかなと思って」

「でも…」

「彼女が立ち直るまでは、友人として心のサポートをするつもり。勿論、もう知っているからあっちもいいよ」


 げほっ、げほっ。


「緑川さん、こういう所で過激な事言わないで」

「でも前に言ったでしょ。彼女の代りになるなら良いよって」

「いあや、それはない。野乃花を裏切る事になる」

「それは無いって言ったでしょ。君を野乃花から横取りしようなんて少しも思っていないから」

「それは嬉しいけど」

「まあ、来週会った時に決めようか」

 何故か、来週会う前提で話をしている。でもあっちは出来ないよ緑川さん。


――――― 


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