第56話 野乃花の我儘と学期末考査
昨日は、水島さんを家まで送って行った。家に上がってと言われたけど流石に断った。
今日は土曜日、午前中に一週間分の洗濯と掃除、それにスーパーで来週分の買い物をすると昼を食べてから道場に行った。
本当は、土曜日はもっとのんびりしたいけど、日曜日は野乃花が来ることになっている。だから土曜日に全部終わらせないといけない。
こんなに野乃花と関わって、彼女の魅力も十分に分かった。本当は告白した方が、彼女に取ってもいいんだろうけど、俺の心の中では、それをまだ踏み止まらせているものがある。それは恐怖だ。もしまた裏切られたらという恐怖。
野乃花はそんな事するはずないと信じたい。でも美月の時も心菜の時も同じ思いで付き合ったけど裏切られた。
だから、野乃花に告白できない。こんなことしていると逆に彼女から飽きられて離れてしまうんじゃないかな。それも嫌なんだけど。
日曜日、午前九時、俺は野乃花を駅まで迎えに行った。改札を出て来た彼女は、可愛いウサギがワンポイントでプリントされている白いTシャツ。落着きのある色合いの茶の膝上スカート。靴は可愛いい黒のひも付きだ。
空は思い切り曇っている。
「おはよ祐樹」
「おはよ野乃花」
直ぐに手を繋いで来た。
「もう梅雨入りしちゃったね」
「うん、このどんよりした天気だと気持ちまでどんよりしてしまうよ」
「私も。じゃあすっきりする事する?」
「えっ、それって?」
「うん、お勉強終わった後でも良いかなと思ったんだけど祐樹の心がどんよりしているんだったら」
「い、いやそれは勉強終わってからにしよう」
あれは体力がいる。した後では疲れて勉強が身に入らない。
「そっかぁ。私は先でも良いんだけどな」
「…………」
野乃花って体力余っているのかな?
マンションについて、俺の部屋に入るといきなり抱き着いて来た。
「ねえ、祐樹。じゃあ、ここだけでも」
目を閉じて背伸びしている。これなら良いか。
ゆっくりと唇を合わせると強く吸い付いて来た。俺の背中に回した手もぎゅっと力が入っている。
少しの間口付けをした後、彼女から離れた。
「ふふっ、これで私も我慢出来る」
なんだ、本当はしたかったのか。思い切り抱き着かれたおかげで少し元気になってしまっている所が有る。気が付かれない様に腰を引くと
「ゆーきぃ。良いんだけど」
「勉強先で」
「仕方ないなあ」
ちょっと拗ねた顔している。本当に野乃花は可愛い。したいけど今週から学期末考査。今はこれが優先だ。
俺は、冷たい炭酸のリンゴジュースを用意してリビングに行くと野乃花はもう教科書を出していた。
「祐樹、参考書もやる様にしようか」
「ああ、取敢えずは教科書を片付けよう」
俺は、普段から復習予習はしているので、何処もそんなに引っ掛かる所は無かった。野乃花がちょっと考える事もあったが、元々出来る子だから問題ないんだろう。
午前中、十二時までの二時間半は、休みも無く一気に勉強した。幸い一学期は範囲も狭いから、五教科中三教科が終わった。
「野乃花、お腹空かない」
「うん、空いたね。私作るよ」
「えっ、でも」
「いいから」
野乃花はバッグからエプロンを出すとキッチンの方に向かった。
「使って良い材料ってなに?」
「冷蔵庫にあるものは皆使って良いよ」
「分かった」
俺も一人暮らしして丸一年になる。一週間分の大体の量は分かる。お肉は買って来たら直ぐに冷凍すれば消費期限より長く持つ。お魚は、真空パック入りを買っているからこちらも長く持つ。
「祐樹って、買い物上手いね。どうやったこんなにバランスよく買えるの?」
「いや別に毎週同じ物を買っているだけだよ。だから量が段々分かって来たんだ」
「そっかぁ。凄いなぁ。主夫だね」
「あははっ、一人暮らししているからだよ」
二人で話をしている間にも、テキパキと料理をする野乃花を見て感心してしまった。この子いいお嫁さんになるんだろうな。
二十分位で、お肉の黒酢あんかけ、野菜サラダ。お味噌汁、それにチキンライスを作ってしまった。
「ちょっと、作り過ぎたかな。この黒酢あんかけ、残ったら冷蔵庫に入れて、後で食べて」
「ありがとう。夜も野乃花の料理を食べれるなんて嬉しいよ」
「ふふっ、ありがとう」
昼食を済ませ、二人で食器を洗い終わった後、冷たい紅茶を作ってリビングに戻った。野乃花は俺の隣に座っている。
「祐樹、私怖いの。貴方があのテレビに出てから、女の子達が皆あなたを狙っている。靴入れの封筒なんていい例だよ」
「大丈夫だ。俺は野乃花しか見ていないから」
「ほんと!だったら、祐樹の口から聞きたい。それが本当だって事を」
野乃花はあれを言っているんだろう。でも…。
黙っていると
「やっぱりなあ。まだ祐樹は私の事、そんなに好きじゃないんだ。でも私は思い切り祐樹の事好きだよ」
「ごめん、まだ俺の心の中に怖さが有って。もうあんな思いしたくないから」
「私は祐樹の事絶対に裏切らないよ。むしろあなたが私を捨てるんじゃないかっていう怖さがある」
「それは絶対にない。俺からそんな事絶対に言わない」
「じゃあ、じゃあ。言って」
野乃花が真剣な目で俺を見ている。でも今は…。
「野乃花、先に勉強終わらせようか」
「あーっ、話を逸らした。でもそうだね。とにかく勉強終わらせようか」
午後三時までには、残り二教科の復習を終わらせた。関連問題は残ってしまったけど。
「ねえ、祐樹、関連問題は、考査の日の放課後、毎日二人でここでやらない?」
「考査は、木、金、土日を挟んで月、火だから、土日でやっても良いよ。土曜の稽古は休むから午後から会えば、日曜と合わせて出来る」
「そうだね。じゃあ今日はもうやめようか?」
「そうだね。じゃあもう止めて帰る?」
野乃花がいきなり俺に顔を寄せて来た。
「祐樹っていつからそんなに意地悪になったの?そんな事言うなら、もう絶対に…」
野乃花の唇を塞いだ。
………………。
ふふっ、いつの間にかこんな事が好きになってしまった。ううん、祐樹にこうして貰う事が嬉しい。
あっ、また。駄目ー。
祐樹が目を閉じている。綺麗な顔。祐樹、君が早く私に告白して。私は待っているよ。あっ、目を開けた。ジッと私を見ている。
「野乃花、本当にこんな俺で良いのか。工藤家は確かに実業家の家柄で裕福だけど、俺は実家を追い出されて、こんな一人暮らしをしている人間だぞ。大学までは出してくれるけど、その先は俺自身で考えなければ行けない」
「ふふっ、祐樹はそんな先まで私の事思ってくれているんだ。勿論いいよ。祐樹と一緒だったら、どんな事でも楽しく出来る」
覚悟を決めるか。
「野乃花こんな俺だけど付き合ってくれないか?」
「うん」
それからもう一度した。野乃花の反応がさっきまでと違うのは気の所為だろうか?
午後六時半を過ぎた。
「野乃花送って行くよ」
「ありがとう」
学期末考査までの月、火、水は一緒に帰って図書館で一時間位関連問題を解いた。考査中は放課後、俺の部屋で二人で午後六時まで次の日の教科を集中的に勉強した。
土曜の午後と、日曜は関連問題集を解いた。勿論あれはしていない。
私、門倉野乃花。祐樹が私に告白してくれた。舞い上がってしまったけど、考査まで三日有ったので、何とか落ち着きを取り戻せた。
勿論優子にも里奈にも彼が告白してくれた事は話した。二人共喜んでいたけど、優子はちょっとだけ寂しそうな顔をした。ごめんね優子。でもこれだけは仕方ない。彼の心の中の椅子は一つだから。
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