第5話 工藤祐樹は押しに弱い


 俺は、橋本さんの積極さに折れた形で、彼女をマンションの俺の部屋に入れた。俺の部屋は六〇二号室東南角部屋、結構いい場所だ。広さは2LDKオープンキッチンでLD一体型だ。ドアを開けて彼女を部屋に入れると


「うわーっ、広ーい。全然普通に家族が住めるよ」

「あははっ、そうかな?」

「そうだよ。ここ賃貸?」

「いや、親が買ってくれたマンション。もうずっとここで住めって事」

「どういう事?」

 彼女が怪訝そうな顔をしている。


「別に勘当されたわけでもないよ。家族の年次行事の時は実家に顔を出すし。年末年始だって帰るから」

「うーん、なんかミステリックな工藤君。でも理由は聞かないね。それなりの理由あるみたいだし」

「そうしてくれると助かる」


「取敢えずその辺に座っていて。今、冷たいものでも入れるから」

「ありがとう」



 私は、工藤君のマンションに入れるとは思っていなかった。喫茶店で話して終わらせられるかもしれないと思っていた。

 でも彼は部屋に入れてくれた。彼は押しに弱いという事が分かった。後とても広い2LDKに住んでいるという事も。

 まだ全然分からないけど、私の心が彼にグーッと吸い寄せられていくのが分かる。


 だから!

 本気で好きになりたくなった。


 彼は魅力的。ずっと一緒に居ても良いかもしれない。だから絶対に他の子に取られる訳にはいかない。それに私自身もあっちの事はもう整理する。遊びは終わりだ。

 後はどうやって彼の心の中に入って、私に目を向けてくれるかだ。


 あれの経験はどうなのかな。でも奥手っぽいから急がない方が良いかも。



「炭酸グレープでいいかな?」

「うん、嬉しい」

 彼が氷の入ったジュースを持って来てくれた。甘くてすっきりとした口当たり、今の季節にはぴったりだ。


 彼が一口飲んだ後、

「ねえ、工藤君って頭いいじゃない。だから勉強教えてくれない」

 いきなり何を言うかと思えば、


「でも私立松ヶ丘高校は、偏差値低くないだろう。あの学校に入れたんだから頭悪くないと思うけど」

「そうじゃなくて、工藤君に少しでも近づければと思って」

「えっ、どういう意味?」

 俺に近付ければって、どういう意味で言っているんだ。まさかな。


「ふふっ、だってもし、もしだよ。私が工藤君と付き合う様になったら、あっ、そこまで行かなくても友達になれたら、馬鹿な子じゃ嫌かなと思って」

「友達って…。まあ、勉強は良いけど。俺も教えられる程頭良くないし」

「何を言っているんですか。一学期中間学年十位でしょ」


「いや、あれはまだ他の人が真面目にやっていないだけで、もし本気入れてきたら俺なんか簡単に抜かれちゃうよ」

「じゃあ、そうならない様に一緒に勉強しよう」

「うーん、でもなあ」

 まあ、勉強をするという体においては賛成だし、この子の誘いを無下に断る理由もないか。


「じゃあ放課後の図書室でやろうか」

「う、うん。それでもいいよ」

 本当はここでやれれば、チャンスが一杯出来たのに。急ぐ事ないか。




 それからお昼過ぎまで橋本さんと話をした。ご飯食べて行かないかと言ったけど今日は帰ると言っていた。

 ここから帰るなら一時間位掛かるから食べて行けばいいと思ったけど、彼女曰く、いきなり来てお昼も食べて行くのは、私の気持ちが許さないからって。


 でもその後に、今度来た時は、私がお昼を作ると言っていた。どういう意味か分からないけど社交辞令位に受けておいた。




 工藤君は駅まで送ってくれた。帰り道は簡単だから良いよと言ったけど、彼がそれでも送って行くって言ってくれたから。


 イケメンで頭も良くて、押しに弱くて優しい男の子、絶対に他の子には譲れない。私が彼の傍に居るんだ。




 俺は、橋本さんを駅まで送って行った後、マンションに帰って簡単にそう簡単にカップ麺を食べた。彼女が居たら、チャーハンとか作ったけど、一人だとどうしてもこうなる。


 昼からは元々空手の稽古に行くつもりだったので行く事にした。でもなんで橋本さん、俺に会いに来たんだろう。今日の話だけだったら学校でも出来たと思うけど。なんか良く分からないし、頭が整理出来ていない。こういう時は道場で汗を流すのが一番かな。




 私は、工藤君のマンションから家に帰ると、ポケットに入っているスマホが震えた。画面を見るとあいつだ。


『今から会わないか』

『いいよ』

 会ってはっきり断ろう。


『じゃあ、いつもの所で待っている』

『分かった』



 私は、家のある駅から学校方向へ四駅行く。駅前はデパートとか、商店街があるけど、少し歩くと一見、ビジネスホテルの様なラブホが何件かある。私は駅の改札で待っていると男が現れた。

「心菜」


 その男は私の名前だけ呼ぶと私の手を掴み歩き出そうとしたけど、掴もうとしたそいつの手を振り払った。

「どうしたんだ」

「耕三、もう別れよう」

「何冗談言っているんだ。暖かくなって来て頭でもおかしくなったか?」


「そんな事ない。もうあんたとはこういう関係は止める」

「ふーん。そんな事言える立場か。そもそもこの関係はお前から言い出したんだろう。心の関係無くても良いからって」

「そ、そうだけど。だからもう止める」



「そうか、じゃあもう止めるか。俺もそろそろお前に飽きて来たし。じゃあな」

「えっ?ちょ、ちょっと待ってよ」

「なんだ。まだ用あんのか?」

「…ない」


 耕三は、あっさりと私から離れてどこかに行ってしまった。まさかこんなに簡単に別れるなんて。なんか悔しかった。


 田中耕三(たなかこうぞう)とは、中学二年の時に知り合った。最初はグループ交際をしていたけど、背が高くてイケメンで、人当たりが良くて、話が面白かった耕三に段々引かれて行った。


 やがて、二人で会う事が多くなったけど、彼には好きな女の子がいるみたいだったので諦めようとした時、彼女と別れたと話してくれた。

でも心の中はまだ好きのままで吹っ切り切れないでいた。とても落ち込んでみていられない時も有った。そんな彼に


「私で良かったらいいよ。心が無くても私を抱いて彼女を忘れられるなら」


 そうして今の関係が始まった。でも目的はいずれ私を好きになって貰う事。関係を続ければやがて彼はこっちを向いてくれる。好きになってくれると信じていた。


 そして耕三は年中あれだけをする訳では無かった。食事に連れて行ってくれた後、ゆっくりとする事もあったし、映画を一緒に見てからする事もあった。


 それに毎日するって感じじゃなくて、週一の時も有れば、三日に一度の時もある。だから単なるセフレではないと信じていた。


 でも彼の心が私を向く事は無かった。彼にとっては本当にちょっとした遊び相手だったのかも知れない。そして今に続いていた。

 別れる目的で会ったのに何故かしっくりしなかった。



 そして次の日、また耕三から連絡が有った。

『心菜、昨日は悪かった。何となくイライラしてたんだ。…なあ、会えないかな』

 間は多分あれを意味するのだろう。私も昨日の事は心の整理がつかなかった。もっと揉めて別れるのかと思ったのだけど。だから


『いいよ』

 まだ工藤君と付き合っている訳じゃない。だから良いんだ。


―――――



書き始めのエネルギーはやはり★★★さんです。ぜひ頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る