③
◆
──ユビキタスがムツの襲撃を受けた翌日。
神楽は車を走らせ、隣では三好が船を漕いでいる。
二人は被害者に関する情報収集のため、隣県に向かい、帰宅する途中であった。
やっと署に戻り休息が取れるというのに、ハンドルを握る神楽は、神妙な面持ちであった。
「狐につままれた、とはこの事だな……」
一人ぼやき、回想する。
これまでに発見された、「吸血鬼」により殺害された三人の被害者。
最初の被害者は中々身元が割れなかった。
残された体……もとい毛髪から、犯罪者データベースにDNA型登録がされているか問い合わせてみた。
結果、一件、盗難の前科のある男性が該当した。
名前は
初犯は三十年前、空き巣の容疑で逮捕され、以降も二件ほど盗難や不法侵入の罪に問われている。
現在の年齢は六十八歳。兄弟などの親族はなく、独身。
幸い、この男に関しては、聞き込みで現在の住居がすぐに割れた。
独居であったらしく、周囲の人物らの話によれば、恋人に相当する人もいない。
『荒内さんについてかい?
昼間は部屋で酒ばかり飲んで、夜にふらふらどこかに行くような奴だったよ』
『仕事なんてしてなかったろうねえ。
そのくせ時々羽振りは良くて、まあ何か後ろ暗いことしてるんだろうなとは思ってましたよ』
『荒内さんって気難しいっていうか、一言も口を聞いたことがないな。
酒を飲んでる時だけは上機嫌だったよ』
『優しくて親切な人だよ、金吾郎さんはさ。
自転車を盗まれたときは一緒に探してくれたし、悩みも聞いてくれたし』
『のんびりやさんな人でしたね、小さいベランダで沢山お花とか育てていて。
花の育ちがよくないって相談受けてて、それで友達になったんですよ』
『荒内?よしてくれ、あいつの話なんざ。
目についた奴にすぐ喧嘩ふっかけたり、ツバ飛ばしてよお。疫病神さ』
だが、気になるのは、荒内を知る周囲の人物による証言だ。
同じアパートに住んでいた住人たち、大家、行きつけの酒場の主人など。
彼らの口から発せられる、荒内の人柄は、まさに千差万別であった。
そして彼らは皆一様に、荒内が死んだと聞くや、目を見開いて、少し可哀想なものを見るような目つきに変わって、こうぼやくのだ。
『可哀想にねえ。まだ若かったのに』
『……若い?』
『ああ、だって荒内さんって、まだ三十路かそこらだろう?』
『ど、どういうことでしょう神楽刑事。だって荒内金吾郎は、データ上じゃもうすぐ七十歳ですよ!?』
『……』
周囲の認識では、荒内はとても若い男だったのだ。
彼らが伝え聞いた、あるいは推測から、荒内の年齢は二十代後半から三十代前半程度。
データベースに記載されていた当時の顔写真と年齢からは、とても当てはまらない。
聞き込みを行った者達の中には、荒内の写真を持っている者もいた。
神楽が情報収集のためにと申し出ると、写真の持ち主は快く写真を貸してくれた。
『……どうなってんだこりゃ』
数枚の写真に写っている荒内は、確かにとても若い男であったのだ。
データベース内に登録された写真とは、骨格と鼻の形などは非常によく似ていたものの、まるで親子か祖父と孫であるかのような外見の差異。
写真に写る荒内は、どれも不機嫌そうな顰め面で、こちらを不可解な目で睨み付けるようであった。
釈然としないまま、神楽と三好はそれ以上の言及を止めた。
彼らの証言する人間性の差異もそうだが、「荒内金吾郎」という人間の輪郭があまりに曖昧で、浮世離れしていたのだ。
二人揃って、ドッキリでもかかったか、霊に化かされた気分だった。
『加害者は吸血鬼、被害者は年齢詐称の経歴不明……どうなってんだか』
首を傾げつつも、第二の事件で発見された被害者たちの身元についても調べた。
男性は
住所が記載されていたため、親族らに不幸を伝えるため、すぐ自宅へ向かった。
──のだが、ここでも二人は目を剥くことになった。
『新田昭純?それは私のことですけど……』
『は?冗談言わないでよ!嵐子は私よ!何かの悪戯?』
彼らの自宅には、「免許証の持ち主達」がいたのだ。
二人は憤慨しながら、彼らの身に何が起きたかを語ってくれた。
新田と家入は同じ会社の上司と部下だ。
結婚を控えており、家入がここ半年の間に住所を新田の家に変更したばかりだった。
だが三週間前、強盗の被害に遭ったのだ。
『殺されるかと思いましたよ。相手が凶器類を持っていないことが幸いでした』
事の次第はこうだ。
三週間前、二人組の強盗が新田の家に押し入った。午前二時半頃だ。
当日、新田と家入は自宅で寝室を共にしており、侵入者には気づかなかった。
だが強盗達が物音を発し、音に気づいた新田が「誰だ」と声を張り上げたことで、強盗達は逃げだした。
結果、現金にして一千万ほどの金品や貴重品を盗まれたのだという。
盗難品の中には免許証も入っていたようだ。勿論、既に再発行済みであるという。
二人はこの盗難の件で、結婚式を急遽延ばしたのだそう。
盗みを働いた人物達に心当たりがあるわけもなく、「とんだ迷惑を被った」「その上死人扱いなんて笑えない」と息巻いていた。
神楽と三好は肩透かしを食らった気分で、新田達の元を後にした。
『ガイシャの遺体、顔だけでも復元できればなあ……』
『原型留めてませんでしたもんね。骨がグミみたいに軟化してるって話でしたし……そんなことあり得るんですかね』
『否だ。鑑識や検死官たちも皆、不気味がっていたよ。
あんなコロシが……死に方が可能なわけないってね』
『吸血鬼だからこその殺し方、ってことでしょうか』
『さてね』
神楽たちは被害届を受理した警察署に赴き、当時の証拠品や採取された指紋などもチェックした。
データベースに、犯人のものと思われる指紋は該当せず、身元は不明。
某県内ではここ半年間で、複数の強盗事件が発生しており、いずれも二人組の犯行であることが分かった。
必ず深夜に盗みに来ること、人がいようがお構いなしに侵入すること、必ず貴金属類と免許証や身分証の類いを盗むことが特徴だそうだ。
肝心の犯人達の行方は足取りが掴めず、その正体に迫るだけの情報はない。
『順当に考えれば、その強盗犯の二人組が、今回の被害者ということでしょうか……』
『盗んだ免許証で身分を偽っていたのかもな。かなり手慣れた連中だ』
『夜中だから顔も見えないでしょうしね』
『顔さえ復元できればなあ』
つまり、手がかりは最早、もの言わぬ死体からしか得る事は出来ないのだ。
そうなると、医学に明るいわけでもない刑事側からすれば、どん詰まりの状況だ。
検死官らがこれ以上情報を引き出せないのなら、これ以上、被害者達の身元を明らかに出来る手段はない。
もやもやした感情を抱いたまま、二人は一度、新みらいヶ丘に戻るほかなかった。
「……ちょっと「寄り道」するか。背に腹はかえられないってね」
もうすぐ高速道路を抜ける。
神楽はアクセルを踏みつつ、前髪をかきあげ、ハンドルを切った。
助手席では三好が車に揺られながら、「とんこつ醤油……背脂たっぷりがいいっす……」と寝言を呟く。
そんな平和な呟きを聞きながら、くすりと神楽は唇の端をあげ、「今晩の昼飯は決まりだな」と返すのだった。
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