⑧
「こ、ん、の、ガキャアアアアア────!よくも俺の腕をッ!殺してやる!!」
「へっ、体が軽くなったじゃねえか。減量に協力してやったんだ、感謝しな」
ムツは激憤に吼える。
切り捨てられた腕が、血の海でじたばたと藻掻いている。
天道の刀によって切られた傷口は、一瞬で凍りつき、だのにジュウジュウと肉が焦げる悪臭を撒き散らす。
まるで氷そのものが燃えるかのような現象だ。
切り捨てられた何本もの腕は、夕陽色の氷に包まれるや、ぼうっと凄まじい白色の炎によって消し炭となる。
「なんや、この氷はぁアッ……!
なんで冷べてぇのに燃えとんねんッ!意味不明やろッ!
自然の摂理ッちゅうもん知らんのかい!」
「ヘッ、燃える氷ってのが雅で粋だろォ?俺の魂の力の現れさ。
テメェら吸血鬼は太陽の力に弱いんだってなあ!
まさに俺様「
「おっおおおっ、俺を獲物扱い、やとぉオオッ……惰弱なニンゲン風情がッ!
エサはテメエらの方やッ!食い殺してやるッ!コンドームみてぇにぺらっぺらに
なるまで吸い尽くしてやるゥウウッ!!」
火花が散り、天道を中心に気温がどんどん上がっていく。
陽炎がたちのぼって空気を燃やし、じりじりと空気が夏の産声をあげるが如く。
正太郎とシンの傷は、炎が触れると、焼けるような熱を覚えた直後に傷が癒え、活力が湧いてくる。
どくどくと心臓が跳ねて、体の内側を闘志が突き上げる衝動。まるで目の前の天道から、炎を介して力を分け与えられたかのようだ。
まさに太陽から恩恵を受ける植物のように、力がどこまでも湧いてくる。
「変身しな、正太郎。手前の実力見せてみろ」
「いちいち癪に障る言い方するなあ!シン、変身だ!」
「応ともッ!我の力、今ならふるぱぅわーだッ!」
点火器をつけた途端、力強い火柱が上がる。
正太郎の髪は輝く白髪に、そしてより荒々しい意匠の武者衣装を身にまとう。
恐怖が消えて、今はただ刀を振るいたいという気持ちが心を占めていた。
「体の中の毒が全部抜けたみたい……今なら戦える!」
「天道とやらの炎の力か!我らと同じ浄化の炎とみた。
しかもこの練り上げられた霊力……相当奴は強いぞ!」
一方でムツは毒づき、その額には脂汗が浮かんでいる。
傷口がじくじくと燃えた後、ぞるりと再び押し出すように、新たな腕が生えた。
しかし先程よりも、その腕は幾分か細く頼りないようにも見えた。
血で造られた黒い刀を再び顕現させ、ムツは斬りかかる。
その動きもまるで見えているかのようで、天道は刀を軽くふるいながら、剣戟をいなしていく。その表情には余裕の笑みが浮かんでいる。
正太郎も刃を振るい、戦いの中に飛び込む。
何度も金属同士が衝突する音が、激しく三者の間で飛び交う。
「こん、のッ!ガキの癖に盾突きやがって……!」
「そのガキに無様晒してる奴の台詞かよ。
おらおらどうしたッ!その程度でヘバッてんじゃねえぞ!
もっと俺様を楽しませな!」
「(防ぐのがやっとだけど……さっきよりはっきり見える!
この二人の捌き方が!僕の目が、この二人の動きに追いついてきている!)」
再び刀の刃先が、目では追いきれない軌道をえがく。
刹那、ムツの生えた新たな腕も、血飛沫を噴き出しながら落下し、ぼちゃりと沈んでいく。
また生やしては、また切り捨てられ、刃同士が激しく打ちあう音と、肉を切り裂く音が交互に響く。
肉の燃える不愉快な脂っぽい臭いが充満し、霊気と熱気が衝突して攪拌するような空気が、天道と津山、そして正太郎たちを取り囲んでいた。
「クソ、クソ、クソがッ!
ぽっとでのガキ如きに、この俺が膝をつくなんぞォッ……こんな屈辱があってたまるかァッ!」
「ブーブー鼻鳴らしやがって、豚かよ。あっ、牛だったな。いや蜘蛛か?
どのみち炭になれば同じこった!」
天道はぐるりと刀を回し、早口で唱え始める。
やおら、刀の先から艶やかな炎が迸りはじめ、ムツと天道の周囲を八の字を描くように炎の渦が取り囲む。
炎たちはめらめらと燃え盛り、ゆらゆら人の子供めいた姿をとって、不規則な踊りを舞いはじめた。
ぱちぱちと炎が弾ける音が、何故だか歌声のように聞こえるのは、果たして幻聴だろうか、それとも本当に炎が歌っているのだろうか?
「掛けまくも畏き
悪しき禍事罪穢有らむをば
「な、何やってるの!?」
「阿多古神社、炎……とくれば、
轟、とひときわ強い火柱が、天道の全身を覆いつくす。
火柱が晴れた時、天道は七つの赤い大小の火球を全身に纏わせ、より装甲も頑強といった出で立ちの武者装束に変貌していた。
体躯も一回り大きくなり、左目の傷は入れ墨のような模様に進化している。
びりびりと全身の肌を刺す、体の内側までもを焼くような熱量。だのに正太郎にとっては、それがひどく心地よく、全身に力が漲るようだった。
「く、……ローストヴァンパイアになってたまるかい!ずらからせてもらうでッ!」
「逃がすかよッ!正太郎、斬れ!」
「命令すんなッ!」
津山が空高く跳躍する。
炎の渦が、それを追うようにズアッと空気を舐め、膨張し、暴れまわる。
正太郎も木々を足場に高く跳び、追い回される津山に肉薄する。
貰った──そう思えたかにみえた直後。ムツの体が不気味に膨れ上がると、爆発四散。
無数の蟲となって、宙に飛び散る。
「うわああああああああッ!?」
「ッ、んのバカ!」
顔に虫がへばりつき、視界を奪われた正太郎の体が落下する。
天道の背に炎の翼が生え、落ち行く正太郎の元に飛翔し、抱き留めた。
が、勢いが強いあまり、二人とも地面に激突する。
土埃にまぎれ、ムツの姿は黒い靄となって姿を消した。
「げほ、ごほっ……」
「いっ、でぇ……くそ、ドジがよぉ……手間かけさすな……!」
やがて標的を失った火柱は徐々に勢いを失い、鎮火する。
あとには公園に巨大なクレーターや黒ずんだ血の痕跡、そして見るも無惨に変形した遊具たちだけが残された。
天道の全身が僅かに光ったかと思うと、武装が解け、汚らしいシャツとズボンにスニーカーという出で立ちに戻った。
正太郎の点火器の炎も消え、コルク栓が抜けるような音と共に姿は元に戻り、シンがぽこんっと空中に投げ出される。
「チッ、にゃろう。無理矢理体分裂させて撒きやがったか……」
「たす……かった?」
「ばっきゃろう、逃がしたんだよ!
ったく、足手まとい、ウスノロ、コンコンチキ!」
「なんだよその言いぐさ!自分が逃がしたくせに!」
「おいお前達、言い争いをしている暇は」
「いーやお前のせいだね!詫びて土下座しやがれ!」
「人の話を」
「どげっ……いや、それどころじゃない!
アンタ何者だよ!さっきの武者服は何!?討伐人て!?
なんで僕のこと知ってるの!あと新しいシャツ買いなよ臭いから!」
「くどい、質問が多い、ひとつずつ聞け!礼儀も知らねえのか!あと俺は臭くねえ!」
わあわあと二人の騒ぐ声が公園に木霊する。
シンが口を挟む余裕もなく、小学生同士のような幼稚極まる罵詈雑言が互いに繰り広げられる。息つく暇もないとはこのことだ。
どれほど口を挟もうと止まりそうにない気配を察して、ぬうっとシンの手がのびて、二人の喧しい口を無理矢理塞ぐ。
『やめんか二人してッ!
「むぐっ」
「もが」
いくつかのサイレンが混在して聞こえてくる。
パトカーと消防車だ、と即座に気づいた。正太郎たちのいる公園に近づいているようだ。
天道は舌打ち一つすると、「ポリか。俺もずらかるぜ」と、槍を拾い上げた。
槍は赤い閃光を放つと、みるみる縮んで万年筆ほどにまで縮む。
「あっ待てよ!質問に答えてない!」
「なんでテメエの質問なんかに答えなきゃなんねえんだ、馬鹿ばかしい」
正太郎が天道の手を掴む。だが肌同士が触れあった直後、水が熱された鉄板に落ちるが如く、ジュウッと白い煙を上げて唸る。
掌から激痛と熱を覚え、「うわあ!?」と咄嗟に手を離す。掌はまるで一気に水分を奪われてボロボロと砂のように崩れ、しかし瞬きする間に、元の形を取り戻す。
天道の掴まれた腕も、同様であったらしく、僅かに苦痛の表情を浮かべた。
「い、今のは何!?」
「質問は」 天道が冷たい目で睨みつけた。
「一切、ナシだ。一切な。いいか、そんなにあれこれ知りたきゃあ、まずは俺に認めさせるこった」
「認めさせる……?」
「あの吉備津山のヤローを先に捕まえるなり倒せたら、ちったあお前を見直して、何か話す気になるかもな」
こばかにしたような笑みを一つ寄越し、天道は公園を取り囲む柵から飛び降りた。
「あッ!?」と駆け寄って柵を見下ろす。崖のように切り立ったその場所から、人間が落下すれば、まず無事ではすまないだろう。
だが眼下には道路と走る車が見えるくらいで、肝心の天道の姿はなく。
この悪夢のような時間が、夢であるかのような眩暈すら覚えた。
『正太郎、あの男は怪しいが、決して口車に乗るなよ』
「でも!アイツどう考えても変だよ。
シンでも適わなかった吸血鬼を軽くあしらってさ、それに僕のこと知ってた!」
『正太郎、頭を冷やすんだ。
どう考えても、怪しい奴の誘いに乗っていいものではないぞ。それに家を空けてしまった。公太郎たちが心配している』
「……分かったよ」
奥歯を噛み締め、天道が去った柵からのぞむ景色を睨む。
そのうち、目視できるほどの距離で、消防車とパトカーが駆けつけてくる。
「余計な疑惑を被せられる前に退散しよう」とシンが囁く。頷き、一度だけ公園を振り返ったあと、正太郎は家へと駆け足で戻る。
数分後、駆けつけた警察官と消防隊員が、変わり果てた公園の有様をみて首を傾げるばかりであったという。
〇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます