「こ、ん、の、ガキャアアアアア────!よくも俺の腕をッ!殺してやる!!」

「へっ、体が軽くなったじゃねえか。減量に協力してやったんだ、感謝しな」


ムツは激憤に吼える。

切り捨てられた腕が、血の海でじたばたと藻掻いている。

天道の刀によって切られた傷口は、一瞬で凍りつき、だのにジュウジュウと肉が焦げる悪臭を撒き散らす。

まるで氷そのものが燃えるかのような現象だ。

切り捨てられた何本もの腕は、夕陽色の氷に包まれるや、ぼうっと凄まじい白色の炎によって消し炭となる。


「なんや、この氷はぁアッ……!

 なんで冷べてぇのに燃えとんねんッ!意味不明やろッ!

 自然の摂理ッちゅうもん知らんのかい!」

「ヘッ、燃える氷ってのが雅で粋だろォ?俺の魂の力の現れさ。

 テメェら吸血鬼は太陽の力に弱いんだってなあ!

 まさに俺様「天道たいよう」にとっちゃあ恰好の獲物てぇわけよ!」

「おっおおおっ、俺を獲物扱い、やとぉオオッ……惰弱なニンゲン風情がッ!

 エサはテメエらの方やッ!食い殺してやるッ!コンドームみてぇにぺらっぺらに

 なるまで吸い尽くしてやるゥウウッ!!」


火花が散り、天道を中心に気温がどんどん上がっていく。

陽炎がたちのぼって空気を燃やし、じりじりと空気が夏の産声をあげるが如く。

正太郎とシンの傷は、炎が触れると、焼けるような熱を覚えた直後に傷が癒え、活力が湧いてくる。

どくどくと心臓が跳ねて、体の内側を闘志が突き上げる衝動。まるで目の前の天道から、炎を介して力を分け与えられたかのようだ。

まさに太陽から恩恵を受ける植物のように、力がどこまでも湧いてくる。


「変身しな、正太郎。手前の実力見せてみろ」

「いちいち癪に障る言い方するなあ!シン、変身だ!」

「応ともッ!我の力、今ならふるぱぅわーだッ!」


点火器をつけた途端、力強い火柱が上がる。

正太郎の髪は輝く白髪に、そしてより荒々しい意匠の武者衣装を身にまとう。

恐怖が消えて、今はただ刀を振るいたいという気持ちが心を占めていた。


「体の中の毒が全部抜けたみたい……今なら戦える!」

「天道とやらの炎の力か!我らと同じ浄化の炎とみた。

 しかもこの練り上げられた霊力……相当奴は強いぞ!」


一方でムツは毒づき、その額には脂汗が浮かんでいる。

傷口がじくじくと燃えた後、ぞるりと再び押し出すように、新たな腕が生えた。

しかし先程よりも、その腕は幾分か細く頼りないようにも見えた。

血で造られた黒い刀を再び顕現させ、ムツは斬りかかる。

その動きもまるで見えているかのようで、天道は刀を軽くふるいながら、剣戟をいなしていく。その表情には余裕の笑みが浮かんでいる。

正太郎も刃を振るい、戦いの中に飛び込む。

何度も金属同士が衝突する音が、激しく三者の間で飛び交う。


「こん、のッ!ガキの癖に盾突きやがって……!」

「そのガキに無様晒してる奴の台詞かよ。

 おらおらどうしたッ!その程度でヘバッてんじゃねえぞ!

 もっと俺様を楽しませな!」

「(防ぐのがやっとだけど……さっきよりはっきり見える!

 この二人の捌き方が!僕の目が、この二人の動きに追いついてきている!)」


再び刀の刃先が、目では追いきれない軌道をえがく。

刹那、ムツの生えた新たな腕も、血飛沫を噴き出しながら落下し、ぼちゃりと沈んでいく。

また生やしては、また切り捨てられ、刃同士が激しく打ちあう音と、肉を切り裂く音が交互に響く。

肉の燃える不愉快な脂っぽい臭いが充満し、霊気と熱気が衝突して攪拌するような空気が、天道と津山、そして正太郎たちを取り囲んでいた。


「クソ、クソ、クソがッ!

 ぽっとでのガキ如きに、この俺が膝をつくなんぞォッ……こんな屈辱があってたまるかァッ!」

「ブーブー鼻鳴らしやがって、豚かよ。あっ、牛だったな。いや蜘蛛か?

 どのみち炭になれば同じこった!」


天道はぐるりと刀を回し、早口で唱え始める。

やおら、刀の先から艶やかな炎が迸りはじめ、ムツと天道の周囲を八の字を描くように炎の渦が取り囲む。

炎たちはめらめらと燃え盛り、ゆらゆら人の子供めいた姿をとって、不規則な踊りを舞いはじめた。

ぱちぱちと炎が弾ける音が、何故だか歌声のように聞こえるのは、果たして幻聴だろうか、それとも本当に炎が歌っているのだろうか?


「掛けまくも畏き阿多古神社あたごのみやしろ大前おほまえ大前おほまえおろがまつりてかしこかしこまおさく、

悪しき禍事罪穢有らむをばはらたまきよたまへとまおことこしせと……」

「な、何やってるの!?」

「阿多古神社、炎……とくれば、迦遇槌命カグツチノミコトの祝詞か!奴め、かなりずさんな略式だが、炎の神の力を借りて奴を斃すつもりらしい!」


轟、とひときわ強い火柱が、天道の全身を覆いつくす。

火柱が晴れた時、天道は七つの赤い大小の火球を全身に纏わせ、より装甲も頑強といった出で立ちの武者装束に変貌していた。

体躯も一回り大きくなり、左目の傷は入れ墨のような模様に進化している。

びりびりと全身の肌を刺す、体の内側までもを焼くような熱量。だのに正太郎にとっては、それがひどく心地よく、全身に力が漲るようだった。


「く、……ローストヴァンパイアになってたまるかい!ずらからせてもらうでッ!」

「逃がすかよッ!正太郎、斬れ!」

「命令すんなッ!」


津山が空高く跳躍する。

炎の渦が、それを追うようにズアッと空気を舐め、膨張し、暴れまわる。

正太郎も木々を足場に高く跳び、追い回される津山に肉薄する。

貰った──そう思えたかにみえた直後。ムツの体が不気味に膨れ上がると、爆発四散。

無数の蟲となって、宙に飛び散る。


「うわああああああああッ!?」

「ッ、んのバカ!」


顔に虫がへばりつき、視界を奪われた正太郎の体が落下する。

天道の背に炎の翼が生え、落ち行く正太郎の元に飛翔し、抱き留めた。

が、勢いが強いあまり、二人とも地面に激突する。

土埃にまぎれ、ムツの姿は黒い靄となって姿を消した。


「げほ、ごほっ……」

「いっ、でぇ……くそ、ドジがよぉ……手間かけさすな……!」


やがて標的を失った火柱は徐々に勢いを失い、鎮火する。

あとには公園に巨大なクレーターや黒ずんだ血の痕跡、そして見るも無惨に変形した遊具たちだけが残された。

天道の全身が僅かに光ったかと思うと、武装が解け、汚らしいシャツとズボンにスニーカーという出で立ちに戻った。

正太郎の点火器の炎も消え、コルク栓が抜けるような音と共に姿は元に戻り、シンがぽこんっと空中に投げ出される。


「チッ、にゃろう。無理矢理体分裂させて撒きやがったか……」

「たす……かった?」

「ばっきゃろう、逃がしたんだよ!

ったく、足手まとい、ウスノロ、コンコンチキ!」

「なんだよその言いぐさ!自分が逃がしたくせに!」

「おいお前達、言い争いをしている暇は」

「いーやお前のせいだね!詫びて土下座しやがれ!」

「人の話を」

「どげっ……いや、それどころじゃない!

 アンタ何者だよ!さっきの武者服は何!?討伐人て!?

 なんで僕のこと知ってるの!あと新しいシャツ買いなよ臭いから!」

「くどい、質問が多い、ひとつずつ聞け!礼儀も知らねえのか!あと俺は臭くねえ!」


わあわあと二人の騒ぐ声が公園に木霊する。

シンが口を挟む余裕もなく、小学生同士のような幼稚極まる罵詈雑言が互いに繰り広げられる。息つく暇もないとはこのことだ。

どれほど口を挟もうと止まりそうにない気配を察して、ぬうっとシンの手がのびて、二人の喧しい口を無理矢理塞ぐ。


『やめんか二人してッ!童子わらしごでももう少し節度があるぞ!』

「むぐっ」

「もが」


いくつかのサイレンが混在して聞こえてくる。

パトカーと消防車だ、と即座に気づいた。正太郎たちのいる公園に近づいているようだ。

天道は舌打ち一つすると、「ポリか。俺もずらかるぜ」と、槍を拾い上げた。

槍は赤い閃光を放つと、みるみる縮んで万年筆ほどにまで縮む。


「あっ待てよ!質問に答えてない!」

「なんでテメエの質問なんかに答えなきゃなんねえんだ、馬鹿ばかしい」


正太郎が天道の手を掴む。だが肌同士が触れあった直後、水が熱された鉄板に落ちるが如く、ジュウッと白い煙を上げて唸る。

掌から激痛と熱を覚え、「うわあ!?」と咄嗟に手を離す。掌はまるで一気に水分を奪われてボロボロと砂のように崩れ、しかし瞬きする間に、元の形を取り戻す。

天道の掴まれた腕も、同様であったらしく、僅かに苦痛の表情を浮かべた。


「い、今のは何!?」

「質問は」 天道が冷たい目で睨みつけた。

「一切、ナシだ。一切な。いいか、そんなにあれこれ知りたきゃあ、まずは俺に認めさせるこった」

「認めさせる……?」

「あの吉備津山のヤローを先に捕まえるなり倒せたら、ちったあお前を見直して、何か話す気になるかもな」


こばかにしたような笑みを一つ寄越し、天道は公園を取り囲む柵から飛び降りた。

「あッ!?」と駆け寄って柵を見下ろす。崖のように切り立ったその場所から、人間が落下すれば、まず無事ではすまないだろう。

だが眼下には道路と走る車が見えるくらいで、肝心の天道の姿はなく。

この悪夢のような時間が、夢であるかのような眩暈すら覚えた。


『正太郎、あの男は怪しいが、決して口車に乗るなよ』

「でも!アイツどう考えても変だよ。

 シンでも適わなかった吸血鬼を軽くあしらってさ、それに僕のこと知ってた!」

『正太郎、頭を冷やすんだ。

 どう考えても、怪しい奴の誘いに乗っていいものではないぞ。それに家を空けてしまった。公太郎たちが心配している』

「……分かったよ」


奥歯を噛み締め、天道が去った柵からのぞむ景色を睨む。

そのうち、目視できるほどの距離で、消防車とパトカーが駆けつけてくる。

「余計な疑惑を被せられる前に退散しよう」とシンが囁く。頷き、一度だけ公園を振り返ったあと、正太郎は家へと駆け足で戻る。

数分後、駆けつけた警察官と消防隊員が、変わり果てた公園の有様をみて首を傾げるばかりであったという。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る