⑦
だが――鉤爪が二人を貫くよりも早く、耳障りな金属同士の衝突音が遮った。
同時にムツが呻き、数歩後ずさる。
ハッと二人が驚愕に目を見開くと、ムツの鉤爪を何本か貫いて、場違いな紅蓮の槍が地面に突き立っていた。
「なんだァッ!?どっから降ってきやがった!」
「――黙って静聴しやがれッ!俺様の光臨だ!」
耳障りで大きな高笑い。
やおら、頭上から威厳に満ちた声が轟く。
声の主は、公園の時計台の上に佇んでいた。
短く刈った黒い髪、丸く大きな琥珀のような金の瞳。左目には眉毛を跨ぐ一本疵。
分厚い胸板に筋肉質な肢体。薄汚れたシャツとズボン、片方だけのスニーカーの姿で、一人の青年がそこに居た。
「誰だ!」
「誰だ?と聞く手前は何様だ!天よりも頭が高いぜ無骨者!
阿修羅より猛然、四天王より勇猛、鬼神より激烈!
神羅万象、刮目し俺に傅けッ!日輪とは俺、俺こそが太陽!
天道様たぁ――俺のことよッ!!」
青年は「闘ッ」と駆け声を上げると、宙返りして飛び降りた。
刹那、青年の体が槍と同じ紅蓮色の炎に包まれ、燦然と一気に燃え盛る。
その姿に、正太郎はアッと息を飲む。
青年が地面に着地した直後、炎は消え去り、代わりに威容に満ちた武者の姿があった。
黒と赤を基調とした鎧に、金の飾り、顔には猛々しい隈取。
突然の闖入者に、誰もが啞然と口を開いて、青年――天道を注視した。
「(誰!?)」
「あの威容、出で立ち……あやつも「魂の証」の使い手か!」
「魂の証って、一つだけじゃないの!?」
「あれなる武具は、作り手と道具さえあればいくらでも作れるわい。
それより、奴はどこから来た?何が目的だ?」
天道はちらり、と正太郎とシンを見やった。
槍をくるんと手の中で回す。
途端、巨大な槍は瞬きの間に、赤い常組糸を巻いた柄のある太刀に変化する。
「テンドウゥ?なるほどなあ……手前ェ、巷で有名な怪異狩りって奴だろぉ?
【討伐人】、やったかぁ?舐め腐った口上をべらべらと……!」
我に返り、ムツは再び黒刃を顕現しなおして、姿勢を構える。
ちらりと天道はムツを一瞥するのみで、すぐに視線を正太郎に向ける。
まるで目の前のムツに興味などないかのよう。
金の目に睨まれるや、津山はまるで蛇にでも睨まれたかのように、その場で硬直する。
「なにしてる、間抜け」
「えっ」
「こんな小物を目前にして、なに一人でブルッてやがる。
大山の名が泣くぜ、がくがくブルっちまってよお」
「なっ……!」
「手下を戦わせてんなよ、手前の喧嘩だろ。
大人にやらせんのはガキのするこったぜ」
「だ、誰がガキだッ!大体なんなんだよ、お前ッ!」
馬鹿にされた。ぽっとでの大声ばかり大きい変人に。
カアッと顔が熱くなり、にわかに恐怖など消し飛んで、腹の底から猛烈な怒りと苛立ちが沸き上がる。
震えも消えて、抜けていた力が戻ってくる衝動を覚える。
すっくと怒りのままに立ち上がり、天道をきっと睨む。
「助けたからって好き勝手言ってくれるじゃないか!」
「莫迦言うな、俺は
お前みたいなチンクシャの貧弱腰抜けチビ、助ける義理もねえ」
「は、はあ?こ、コイツッ……!」
一々神経を逆撫でする物言いだ。
なぜ初対面の男に、ここまで怒りを煽られなくてはならない?
憤怒で顔を赤くする正太郎を前にして、天道はハッ、と小馬鹿にした嘲笑を浮かべた。
その表情ひとつで、正太郎の逆鱗に触れるには十分すぎた。
「あっ……たま来た!第一、上から眺めてたんならとっとと退治しなよ!」
「敵を識るは戦闘の常識だろうが、たわけがよォ。とっとと得物構えろよ愚図、俺様に協力してアイツの首を獲るぞ」
「なんで命令されなきゃなんないわけ!」
「俺様に従えよ、年下だろ」
「関係ないねッ!」
「手前らァーッ!俺を無視してんじゃねえ!!」
目の前で下らない喧嘩を繰り広げる二人に、ムツは痺れを切らし斬りかかった。
腕を二本千切られようとも、ムツには人間の腕と四本の鉤爪がまだ残っている。
間髪入れない六連撃が天道を襲う。
「――黙ってろよ、虫風情が」
数瞬の瞬きの間、白い閃光が天道とムツの間に奔る。
腐臭漂う赤黒い体液が、ムツの腕の悉くから迸った。
ぼとりぼとりと、切り落とされた腕が血の海に落ちていく。
天道が手にした槍を振るうと、へばりついた血がビッと鋭く地面に振りぬかれた。
「なあ、あああああ────ッ!?俺ちゃんの腕ぇ────ッ!?」
「……!(一瞬で六本全部、斬り落とした!?)」
「三下風情がよぉ、日輪に歯向かおうなんざ大それたもんだな。
御前様だぞ――這いつくばって砂を舐め、平伏しろ。次はその舌を穿つぜ」
蹲る津山に対し、槍先を向け、冷えきった金の双眸が見下ろした。
その強さは、彼自身の傲慢に比例するかのように、圧倒の一言しかない。
再び、今度は別の意味で、誰もが言葉を失った。
誰も、この男に勝てない。
そう思わせるだけの実力を持つ怪異狩りなる者。
――それが、天道という、十四歳の若き戦士であった。
〇
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