女装王女の愚かな計画
ありま氷炎
☆
「私を隣国の第一王子サミュエル殿下と結婚させてください!」
カンガリー王国には王子と王女が一人ずついた。
王子は王太子である。
王女は病弱とされ、城の端っこの塔で暮らしている。
その王女が突然謁見を求め、そんなことを言い出して国王は焦っていた。
「ならぬ、ならぬ。なぜ、そんなことを」
「私はお飾りの王妃で構いません。ですから、どうか隣国サシュールにその旨をお伝えください」
「アレクサンドラ、お前は何を言っているのかわかっているのか?」
王女の隣国への興し入り。
通常であれば隣国との結びつきを考え、とてもよい政略結婚である。
しかも王女が乗り気であれば、それはもう、大喜びで進めたい。
しかし、問題があった。
王女は、男である。
お飾りとはいえ、初夜は一緒に過ごさなければならないだろう。
この時、ごまかしはきかない。すぐに王女が、女ではないことがバレてしまう。そうなれば戦争である。
だからこそ、王は王女を長い間、城の隅で病弱として、過ごさせていた。
それがなぜ、突然。
しかも、王女として過ごすのは恐らくあと数年。
数年後は、王女を病死扱いにして、自由にさせる予定だった。
なのに、突然。
「陛下。アレクサンドラがこのように我儘を言うのは初めてではないですか。聞いてあげればいいじゃないですか?」
「お前は何を言っているのだ!」
王は王太子の言葉に感情的に言い返す。
王の威厳もへったくれである。
☆
これより二日前。
「ねぇ。これ着てみて?」
「王女殿下。私は仕事中でして……」
細身の肢体に漆黒の長い髪、神秘的な黒い瞳。
中性的な美しさを持つ王女アレクサンドラ。公式では目下静養中の深窓の王女である。
その王女が嬉々としてドレスを当てがってるのは、女性騎士のルシア。王女の護衛騎士であった。
ルシア・シルファン。十八歳。カンガリー王国の現将軍を当主とした騎士一家ルシファンの末娘である。
彼女はアレクサンドラが八歳の時に遊び相手として紹介された。それから騎士団に入団、数年経て騎士になり、王女の護衛騎士となった。
ちなみにルシアの前任の護衛騎士は姉で、結婚退職して辺境の伯爵夫人となっている。アレクサンドラがお忍びで旅行に出かけた時に、護衛をしていた姉が辺境伯爵にみそめられてしまったのが始まりだ。
「ルシア。お願い!」
ドレスを着てくれない護衛騎士に王女は再度頼み込む。
だが頷かない。
なので最終手段を取る事にした。
「命令よ。着て」
男でも王女。
王族である。
「畏まりました」
ルシアは眉を寄せ渋々返事をした。
アレクサンドラは、カンガリー国の王女である。
公式では。
しかし、アレクサンドラは王女ではなく、王子であった。王位継承の争いが起こらないように、アレクサンドラは王女として育てられた。
もちろん、兄である王太子に何かあれば、彼女がこっそり王子に復帰して王位を継ぐ予定である。いわゆる、もしもの時の控えであるが、王位継承を巡り血で血を洗う争いが起きないように性別を隠した。
しかも病弱設定にしており、婚姻問題も起きないように万全な手筈が整えられていた。
アレクサンドラは王城の一番端の塔を与えられており、そこで暮らしている。王太子が結婚し、後継者をもうけた後は、王女アレクサンドラには消えてもらう予定だった。もちろん、その後、アレクとして生きる。
アレクサンドラと兄の歳の差は、四歳。十六で父親になるとして、最短で十二年でお役目御免になる予定だった。
しかし今年で二十二歳の王太子にはまだ婚約者すらいない状態である。
一か月前に、ルシアが護衛騎士になり、アレクサンドラは自分の気持ちを再確認した。幼な友達であり、好きではあったがその種類がわからなかったのだ。
しかし再会して、恋愛感情の好きなのだと自覚した。
けれども王女として振る舞う己を「男」として好きになってもらうことは難しいだろう。そう考え、アレクサンドラは変装して街にルシアと出かける作戦を立てた。
そしてその為、彼女に似合いそうなドレスも作った。
今日は、お嬢様とその護衛という設定で出かけ、「男」として意識してもらうつもりだった。
自らが選んだ若草色のドレスを渡す。
化粧もしてもらおうと、事情を知っている侍女ジャスミンにお願いした。
そうして再び現れたルシアは可憐なお嬢様に変身していた。
「可愛い。食べちゃいたい」
思わず本音が出てしまい、ルシアが怪訝な表情を浮かべる。
(焦っちゃダメ)
自分に言い聞かせて、アレクサンドラは自分の着替えを済ませることにした。
「どう?」
「わああ、かっこいいです。アレクサンドラ殿下!」
男性の服に着替え、黒い髪を一つにまとめ、化粧お落としたアレクサンドラを、侍女ジャスミンが褒め称える。しかし、ルシアの反応は薄い。
「ルシア。どう?」
「男性に見えますね」
「よかった〜」
褒め言葉としてはアレなのだが、アレクサンドラはルシアに男性として意識してもらいたいので、その言葉が嬉しかった。
けれどもジャスミンは納得いかないらしく、ルシアに確認を取っている。
「ルシア様。ほら、かっこいいですよね?」
「うん。そうだね」
ちろっとルシアに見られるが、そんなことちっとも思っていない感じだった。
(そういえば、ルシアは騎士。やっぱりムキムキ系が好みなのかな?」
「そのうち鍛えてみせるわ」
少しでも男らしくなりたいと思ったのだが、ジャスミンから即効止められた。
「アレクサンドラ殿下。王女であるうちは控えてくださいね」
「わかってるわ」
今は王女として過ごさないといけない。
王女として外に出ないとしても。
体を鍛えるのはもう少ししてからだと諦めた。
☆
部屋の隠れ通路から王城を抜けて街に降りる。
ここからは男として頑張ろうと、アレクサンドラは護衛に扮したつもりで口調を変えてみた。
「お嬢様。どこか行きたいところがありますか?」
「殿下、」
「アレクです。ルシア」
ジャスミンと練習した好青年スマイルを意識して、アレクサンドラはにこりと微笑む。
ルシアの反応はイマイチだった。
表情がぎこちない。
「アレク。あなたのお芝居に乗ってあげましょう。あなたの行きたいところへ連れていってください」
ルシアは素気ない。それでもそう答えてくれ、アレクサンドラは安堵する。殿下ではなくアレクと呼ばれ、気持ちは有頂天だ。
出会った時はお互いの名を呼び捨てであったが、成長と共に立場を理解できるようになり、ルシアはアレクサンドラを殿下と呼ぶようになってしまった。
「アレク」
調子に乗って手を差し出したら、ルシアは容赦なく弾いた。
「護衛が手を繋いでどうするんですか?」
「あ、そうだね」
すっかり設定を忘れるところだったと気合を入れ直した。
「あれ林檎飴ですよね?ルシア、食べませんか?」
ルシアが好きだと言っていた林檎飴の屋台があって、アレクサンドラは指差す。
「た、食べましょう」
目をキラキラさせてルシアは頷いた。それを見て、アレクサンドラは嬉しくなった。
小さな林檎が三つ、串に刺さっていて、毒味だとルシアがその一つをまずパクリと食べる。
「大丈夫です。どうぞ」
残りの林檎飴を差し出され、アレクサンドラはある事に気がつく。
「……間接キス?」
「え?そういう事?すみません!」
ルシアは目を剥いて謝り、林檎飴を回収しようとした。
「ルシア。いえ、お嬢様。必要ないですよ」
アレクサンドラはルシアの手を掴んで、彼女が持ったままの林檎飴にかぶりつく。
そして小気味いいい音を立てながら噛み下した。
(ルシアと間接キス!)
「美味しい!最後の一つはお嬢様に」
林檎飴を持つ手を解放し、そう言うと ルシアは呆然としていた。
(ん?もしかして)
「私が食べたものは汚い?」
「そ、そんなことはないです」
ルシアは慌てて最後の林檎飴にかぶりついく。
様子がおかしかったが、ごりごり、シャキシャキと林檎飴を齧り、幸せそうに完食していた。
(よかった。間接キスが嫌すぎたのかと思ったけど、そうでもないみたい)
そうして二人で食べ歩き、アレクサンドラはルシアに「男」として意識してもらえなかったが、彼女の幸せそうな顔を見れて満足していた。
こういう日々を一緒に過ごせば、いつかは「男」として意識してもらい、そのうち、きっと……アレクサンドラは呑気に構えていた。しかしその夜、兄が塔に現れもたらした知らせは、彼の希望を打ち砕いた。
「ルシアに縁談?」
「そう。相手はなんと隣国サシュールの第一王子だ」
「隣国の、第一王子」
国内であれば王族の権力で縁談を潰す事が出来る。だが隣国サシュールは別だ。
「どうやらへ交流演習に行った際に、惚れられたらしい」
「断る事は出来ないのでしょうか?」
「出来ない。シルファン家は身分的にも王族の血が入ってる公爵家で問題もない。しかも現将軍はシルファン家の当主、ルシアの父だ。我が国においても将軍の末娘が隣国の王族と結びつく事で、関係を更に強化させるという利点がある」
(兄上達も賛成なんだ。第一王子は武芸にも秀でていると聞くし。きっと筋肉ムキムキの男らしい騎士だろうな。強いルシアにお似合いだろう)
アレクサンドラは王太子の話を聞きながら、泣きそうになっていた。
「アレクサンドラ。一つだけルシアの婚姻を阻止する方法がある」
「それはどんな方法ですか?」
「ルシアを欲しいなら自分で考えなさい。君ならわかるはず」
王太子はポンポンとアレクサンドラの頭を撫でると部屋を出て行った。
☆
そうして話は冒頭に戻る。
王太子が言った、たった一つの方法がこれなのかアレクサンドラは判断出来なかった。
だが、王女である己が第一王子に婚姻を申し出れば、ルシアの縁談は潰れる。
そう思って、彼は兄に相談する前に王に申し出たのだ。
だが王は頷く事はなかった。これに対してアレクサンドラは第一王子サミュエルを籠絡しようと試みる。
その結果、ルシアはアレクサンドラに対して男色の疑いを持つ事になった。
「兄上、助けてください」
手紙のやり取りでしかないが、第一王子はすっかりアレクサンドラに惚れてしまったようだ。ルシアの事など忘れ、当初の目的は達成。だがこれではお飾りの王妃ではなく、初夜ガッチリ、まっしぐらである。
最近アレクサンドラをおかしな目で見るルシアは、隣国に着いて来てくれそうもない。
困ってしまった彼が頼ったのは兄だった。
「面白い事をやってくれたけど、全然解決にならない方法だったね」
王太子は辛辣にそう言ったが、今度こそ解決手段を提示した。
☆
「ルシア。私は決して男色ではないんだ。あなたに第一王子から縁談があったと聞いて、それを手っ取り早く潰す方法と思って、私が第一王子と結婚すればいいと思ったんだ」
「あなた、馬鹿ですか?」
ルシアはいつもの無表情を崩して呆れたようにアレクサンドラを見ていた。
「結婚して男である事がバレたら、戦争に繋がりますよ!」
「うん。わかってる。でもお飾りの妃でいいなら、初夜もないはずだし、」
「あのムキムキが殿下のような可愛らしい花嫁を放置するわけないでしょう!」
「ムキムキ?」
「私、大っ嫌いなんですよね。あの人。女だからって見下してるし、だから死んだフリでもして婚姻から逃げるつもりだったんです」
「ルシアは乗り気じゃなかったの?」
「当たり前です。私は殿下のような可愛いい方が好きなんです」
「可愛い?好き?」
(ルシアが私の事を好き!?)
驚いているアレクサンドラの前で、口を押さえてルシアが悶えてる。
「言ってしまった……。恥ずかしい」
遂にはルシアはしゃがみこんでしまう。
いつの間にか、侍女のジャスミンは姿を消して部屋には二人だけ。
アレクサンドラはルシアの前に同じようの腰を下ろして、顔を覗き込む。
「ルシア、可愛いい。大好き」
始めからお互いの気持ちを確認すれば起きなかった騒動。
これをどう片付けたかと言うと……。
アレクサンドラと第一王子の婚姻騒動の後始末は、王女アレクサンドラの病死でうやむやに。その際、葬儀に参加した隣国の第一王子サミュエルの嘆き方は凄かった。
アレクサンドラは隠れて葬儀を見ていたが、演技かかってると思ったら、ばっちり演技だったようだ。一か月後には別の女性を追っ掛けて熱愛。ルシアは本当にアイツは嫌いと言っていたが、少しばかり罪悪感があったアレクサンドラは安堵した。
それから、タイミングよく病死した事をうやむやにする為に、不貞され王宮に出戻っていた隣国の王女を兄の王太子が貰い受けた。
王女アレクサンドラの病死から一年後、王太子は結婚式を上げる。数ヶ月には懐妊がわかり、カンガリー王家は順風満帆である。
「王太子殿下は最初から狙っていたようです」
「そうなの!?」
ルシアからそう暴露され、隣国の第一王子の籠絡などに費やした時間をアレクサンドラは嘆く。
「始めから私にアレクが相談してくれたら、よかったんです」
王女ではなくなり、ただのアレクとなった彼にルシアは恨めしそうな視線を送る。
現在アレクは辺境の地で体を鍛えている。辺境伯爵の養子に相応しい力を手に入れたら、ルシアとの結婚を認めると彼女の父に言われたからだ。
ルシアの父は将軍であり、アレクの秘密も知っている。もちろんルシアの姉の夫の辺境伯爵も秘密を共有してる。
アレクの空回りは周りに多大な迷惑をかける事になったが、これまで王女として窮屈な生活をさせられていたことを踏まえると、まあいいかと思われていた。
「アレク、頑張ってください」
「うん。私、いや俺、頑張るから!」
アレク、十九歳。
元王女は辺境の地にて、愛しい人と結婚する為、今日も頑張っている。
女装王女の愚かな計画 ありま氷炎 @arimahien
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