第3話 しつこすぎる先輩に敗北した

 岸保先輩を敵認定してから一ヶ月。岸保先輩とお姉ちゃんは同じ三組だったらしく、用事があって教室を覗くとたいてい絡んでくる。


 今年も一緒のクラスになった小学校の頃からの大親友の薫ちゃんと、中学校に入ってから初めてできた親友の亜梨沙ありさちゃんに、私と岸保先輩との出会いを話し、いかにチャラ男かを説明したところ曲がりに曲がった結論に辿り着いていた。


 そう、岸保先輩は私のことが大好きすぎる、と思ったらしいのである。おかしい。お姉ちゃんとお近づきになりたくて、まず私から距離を縮めようとしているチャラ男のことが、どうやったら私に恋をしている健気な男に見えるのか。なんだか岸保先輩に負けた気がする。


 今日も今日とてうっかりさん—間違って私の体操服を持って家を出てしまったお姉ちゃん—に体操服を届けに行く。でも、ここ最近はお姉ちゃんのうっかりさんなところを単純に喜べなくなってきた。理由は言わずもがな、チャラ男だ。


 「お姉ちゃん! 体操服、届けに来たよー! 交換しよ!」

 通い慣れた三年三組の教室をひょっこり覗くとお姉ちゃんの光り輝くオーラを感じない。


 そのかわり、

「あーーーっ! すみかちゃん! どうしたの? 水引ならさっき出てったよ。」

 こんな感じで岸保先輩が話しかけてくる。薫ちゃんと亜梨沙ちゃんいわく、私が大好きで仕方ない、というオーラを出しまくった岸保先輩が、飛び付かんばかりの勢いで教室から身を乗り出した。


 「それはどうも。そんなに身を乗り出してたら転けちゃいますよ、先輩。もう少し落ち着いたらどうですか?」


 決まった! これはいい嫌味なんじゃないか? 岸保先輩にお姉ちゃんへの恋の手助けをしないアピールをするために、最近いろいろ学んでいる効果が出てる!


 こうやって酷いことを言って、岸保先輩を私、そしてお姉ちゃんから遠ざける秘密の計画だ。我ながら名案……だと思っていたんだけど、

「もしかして俺の心配してくれてる?! かっわいい〜。大丈夫だよ、体幹しっかりしてるから!」


 あんまり岸保先輩に効いてる感じがしない。他の作戦も思い浮かばなくて、ずっと『酷いことを言う作戦』を実行しているわけだし、そろそろ次の手を考えないと……。


 パッと顔を上げると、思ったより岸保先輩が近くに立っていた。情報通の亜梨沙ちゃんから聞いた話だと、岸保先輩は百八十五センチあるらしい。顔よし、バスケ部で運動神経よし、お勉強の成績も悪くはない、性格も、私にはよく分からないけど……よし、で人気者だと熱弁していた。


 ただ、誰の告白もオッケーしたことがないんだとか。それを聞いて、やっぱりお姉ちゃんが好きなんじゃ?! とコメントしたら薫ちゃんに軽く頭を叩かれた。そんなに変なこと言ってないと思うんだけどなぁ。


 何が言いたいかと言うと、先輩との身長差が二十センチくらいあるから、見上げるのが大変だってこと!


 まあ、顔をまじまじ見る気もないから気にしなくてもいいんだけど、私の素晴らしきお姉ちゃんは小さい頃から『人の目を見て話すこと!』と私に教えてくれていたから、たとえお姉ちゃんを狙っている敵だろうと、一応、しょうがな〜く目を合わせるようにしている。


 そしたら最近、『すみかちゃんのことが好きだから、仲良くなれるように協力してくれ!』と岸保先輩に言われて騙されたお姉ちゃんが、

「岸保はすみかのしっかり目を合わせてくれるところとか、小動物みたいで可愛いところとか、芯がしっかりしてるところとかが好きなんだって! でね……」

と岸保先輩に代わってアピールしてくる。


 こうやって私をダシにしてお姉ちゃんと仲良くなろうとしてるところが私は嫌いです! 目を合わせるとか、お姉ちゃんの教えで身に付いた美徳だ。褒められたらお姉ちゃんを自慢したくなりはするけど、私が舞い上がりそうになることはない。


 岸保先輩の目をじっと見ながら考えこんだせいで、好意があるように見えてしまったかも……。


 内心焦っていると、岸保先輩がポケットから何か取り出して、

 「これ、人気のスイーツ店の招待券。なんか親戚のおっちゃんに『好きな子と行ってこい!』って貰って……。水引から、すみかちゃんは甘いものが好きだって聞いたんだけど、良かったら一緒に行かない?」

と世間話のように誘ってきた。


 甘いものをえさにして……だと……? こんなにもスルッとデートのようなお誘いをしてくるなんて……。やっぱりチャラい奴は違うな。だがしかし!


 「私は行きません。ちなみにお姉ちゃんは甘いものは得意じゃありません。諦めてください! 私のいないところでこっそり誘うのもなしですよ!」

 絶対に認めない! 私を味方にしようとしても無駄だし、お姉ちゃんを誘おうとしても無駄だ。


 ふふん。計算して誘ってきたもかもしれないけど、私にはお見通しである。このまま断り切ってしまえば……。


 「そっかぁ。この招待券、無駄になっちゃうのかぁ。叔父さんがせっかくくれたんだけど、一人でスイーツ食べに行くのはなんか恥ずかしいしなぁ。」


 な、こ、このヤロウ! わざとらしくこっちをチラチラ見て、捨てられた子犬のような目をしてやがる……!

 優しい優しい私には、スイーツのあま〜い誘惑と、かわいそうなくらい肩を縮める先輩を前にして、断ることなんかできなかった。


「分かりました! 行きますよ!」

と、ヤケクソで叫んだ瞬間、岸保先輩はさっきまでの顔はどこへやら、飛び上がって喜んだあと、

「オッケーしてくれるってことは、少なからず俺への情があるってこと? 言っとくけど、これデートだからな? 逃げないでね。すみか。」

と、いつものベタベタした雰囲気が微塵も感じられない、年上って感じのかっこいいオーラを纏って頭を優しく撫でてきた。


 なんだこれ、なんだこれぇ……。すっごくドキドキして、顔が熱い。岸保先輩の方を見ることが出来なかった。なんだこれぇ、どうしよう。


 結局、教室に帰って来たお姉ちゃんに声をかけられるまで、その場から一ミリも動けなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お姉ちゃんに近づくな! 千蘭 @sennrann

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ