『消える人影』『自殺する少女』『幽霊の慟哭』

○○→☆☆


 ……これはペナルティなのだろうか?


 日直であることを忘れていた俺たちは遅い時間まで学校に残らされていた。雛菱ヒナビシ先生にいろいろと頼まれて――いや、あれは押しつけられたと言った方が正しいかもしれない。

 集められていたノートを生徒に返したり。

 教材を準備室まで運んで指定の位置に片づけたり。

 先生が借りていた本を図書室へ返却しに行ったり。

 また、提出されていた課題のプリントの返しを頼まれたり……。

 いや、提出物の返却は纏めて渡してほしかった。その方が効率的だっただろうに。何故一回職員室から教室へ往復しているのに、もう一度同じことを繰り返さなければならないのか。あの先生はどうやら要領が悪いと見える。

 ていうか、先生が借りていた本を生徒に返却させるって何? そんなのパシリじゃないか。日直を一体なんだと思ってるんだ? ……この先生は、朝、俺たちが日直であることを忘れていたことに対してあまりよくない感情を抱いているのかもしれない。あれで俺たちの心象が悪くなったから嫌がらせをしているのか?


 兎に角、そんなこんなで雛菱先生に扱き使われてもうすっかり夜になってしまっていた。時刻は夜の七時を過ぎている。ただ、うちの両親は共働きで帰りが遅いので、まだ家にはいないはずだ。心配をかけてはいないだろう。


「やっと終わりました! 私、あの先生、嫌いです! 小さいことを根に持って……!」

「……そう、だな。とっとと帰るか」


 先生には「帰っていい」と言われたが、俺たち以外に生徒の姿はなく、なんなら教師の姿もまばらだ。先生の言い方になんかしっくりこない自分がいた。「もう」って、「もはや」だとか「既に」、「とっくに」みたいな「早いタイミング」っていうニュアンスに捉えられたから。現にミキもご機嫌斜めである。


 とりあえず、日直の仕事が片付き、帰っていいということになったので自分たちの教室へと向かった。三階にある二年三組の教室。

 俺は既に教科書類をカバンに詰めていたからそれを持って帰るだけだったのだが、ミキはまだ机の中に入っていたため仕舞わなければならなかった。それなのでミキが準備できるまで待つことにする。教室の電気をつけて帰り支度をしやすいようにした。


「ありがとう、兄さん」


 ミキのお礼の言葉が聞こえた、その時だった。

 視界に何かが映り込んだ。

 それは、闇夜に忽然と、ほんの僅かな時間。



――窓の向こう側を、上から下へ移動していった――。



「――っ!?」


 落下している。それは明らかだった。

 そして、合ったのだ。



――目、が――。



 それは虚ろで。

 何もかもを諦めているような目で。


 俺は思わず窓側へと寄って行っていた。窓を開けて目を凝らす。しかし、外は真っ暗で見通さない。確認が取れなくてじれったくなる。


「ど、どうしたの、兄さん?」


 ミキが俺の行動に困惑した様子で聞いてくる。彼女は見ていなかったのか? 俺は視線はミキに向け、指は窓の外を差して言った。


「い、今人が落ちていかなかったか!?」


 俺の言葉と表情に驚いたミキはこちらに駆け寄ってきて窓の外を覗き込んだ。けれど、彼女も俺と同じで落ちていった人を視覚に認められなかったようだ。


「ダメ、見えない……! お、お兄ちゃん、確認しに行こ!」


 ミキはそう言って踵を返した。動揺しているのは明らかだ。俺の呼び方が変わっていたから。それでも的確な判断をしている。少なくても突然の出来事に呆然とするしかなかった俺よりはまともな思考ができていた。もし本当に誰かが落ちていた場合、いろいろと対処をしなければならないのだ。応急処置をしたり、救急車を呼んだり。俺は教室を出ようとしていたミキの後姿を追い駆けた。


 薄暗い廊下を急いで通る。明かりは省エネモードを採用しているようで、五割から六割ほど光量を抑えられていた。残っている人が少ない所為だろう。節電を心掛けているらしい。

 そんな廊下の最も暗い箇所・階段に差し掛かった時だった。



――スーッ――。


「うわっ!?」

「きゃっ!?」


 いきなりだったため、俺たちは二人して悲鳴を上げた。視界の確保は可能にしていた周りの電気が一斉に消えたのだ。俺たちは堪らずその場に立ち止まり、辺りを見渡した。蛍光灯が切れて、一帯は闇に包まれてしまっていた。残っていた教師たちが全員帰ったのか? 俺たちが帰ったかどうかの確認もせずに? などと考えていてたら突拍子もなしに視界に光が襲ってきた。眩しくて目が眩んだが、それをやったのはミキだった。ミキは「ご、ごめんなさい、お兄ちゃん!」と俺に光を向けてしまったことを謝ってくる。その手元には強い光を発するスマホが握られていた。文明の利器である。俺は「構わない」と言ってミキを宥めた。この真っ暗な空間を移動できるようにしようとしてくれたのだから責める気なんて起きようものか。


 俺もスマホを取り出して、二人で足元や辺りを照らしながら階段を進んでいった。ところが、降りている途中、



――うぉあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!――



「――なっ!?」


 耳をつんざくような『何か』が響いた。絶叫か、慟哭か、或いは咆哮か。空気を伝って大地すらも震わせていると錯覚するほどの声量。それにミキが気を取られた。


「ひっ――あっ!?」


 ぐりんっと光が回転するように照らす場所を床から壁へ、天井へと忙しなく移していく。同時にミキの身体も傾いていった。ミキは足を踏み外していた。俺は何も考えずに咄嗟にミキの手を掴んで引き寄せた。腕の中に何事もなく収まったミキを見てホッと胸を撫で下ろす。


「だ、大丈夫か?」

「う、うん……」


 気恥ずかしかったのか、ミキは視線を逸らし、声は尻すぼみになっていた。兄とはいえ、いや、兄だからこそいつまでも抱きしめていてはよくないな、と反省して離れようとした時、


「……って、あ! お、お兄ちゃん!」


 ミキが吃驚した声を上げた。何かと思いその視線の先を辿っていくと、


「……あ」


 俺も思わず声が漏れた。そこ、階段を降り切った少し先には光を失ったスマホが転がっていた。……やってしまった。妹を助けなければ、と思うあまり手放していたことすら気づいていなかった。

 安全をしっかりと確認しながら二人で二階へと降り、スマホを拾い上げる。すると、それは見事なまでに角が凹んでおり、画面をタップしても画面は黒いままで蘇ることはなかった。……うーん。どうも当たりどころが悪かったらしい。階段の角にでも当たったのか?

 この状況で光源を一つ失ってしまったのは手痛い。なんとか息を吹き返してもらえないものか、といろいろと操作してみるが結果は惨敗だった。二人で物言わぬガラクタへと変わり果ててしまった俺のスマホを眺めていると、またしてもあの音が聞こえてくる。



――うぉあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!――



「ひゃっ!?」

「っ!」


 ……夜の学校でこれはやめてほしい。背後からいきなり「わっ!」とされるだけでも飛び跳ねそうな状況なのに、このサイレンのような音は心臓が飛び出しかねない。ミキも寄りかかってきていて震え上がっている。正直、俺も不気味でならないが、妹のために怯えてはいられない。虚勢を、張らなければ……っ。

 俺はミキの手を取って言った。


「と、とりあえず、外の様子を見にいこう。何もなければ落ち着けるはずだ」


 俺の言葉にミキが頷く。俺たちは恐怖で急く気持ちを押し込めながら慎重に階段を降り、一階の階段付近にある昇降口から外へと出た。


 教室の位置からして、何かが落下しているとすれば玄関からは裏手の方、中庭になる。教室棟の裏側へ向かうと、一カ所だけ明かりが灯っている教室があった。三階の真ん中辺りの教室――俺たちがさっきまでいた二年三組の教室だ。ということはその下辺りに誰かが落ちてきているなら、その人がいる、ということになる。俺たちはそこへ向かった。

 ミキのスマホで照らしてみる。けれど、そこに倒れている人の姿はなかった。


「……誰もいない。見間違いだったようだ。怖くなるようなこと言って悪かったな」

「ううん。何もなくてよかったよ。でも、兄さんは少し休んだ方がいいかもね。疲れてるんだよ、きっと」

「……そうだな。早く帰ってゆっくり休もう」


 ここに何もないということは先ほど俺が見たものは幻覚ということになる。確かにここ最近、ミキのことで悩んでいてあまり寝られていなかったからその可能性は否定できなかった。……ミキ、俺以外と話そうとしないんだから、お兄ちゃん心配なんだよ。

 兎に角、疲れた俺の酷い見間違いにミキを付き合わせてしまったが、そのことにミキは嫌な顔一つしなかった。むしろ、見えないはずのものが見えてしまった俺の身体のことを気に掛けてくれる始末だ。本当に申し訳なくなってくる。


 もうここに用はないのでカバンを取りに戻ろうとした俺たち。その俺の足に何かが引っ掛かった。正確には引っ掛かったというより違和感があった、だ。ここの足場は土になっているのだが、全くさらさらしていない部分があった。そこはぬちゃっとしているというか、微妙に固まっているというか、そこはかとなく気持ちの悪い感触が靴を通して足の裏から伝わってきた。なんだろう、と思って足を持ち上げて靴の裏を見ている。そこには土の塊が纏わりつくようにこびりついていた。それに何かよくないものを感じ取って、それを踏んだところとは別の場所の地面に擦り付けていると、俺の奇怪な行動を訝しんだミキがライトをかざしてきた。


「どうしたの、兄さん?」

「え? あ、いや、なんか地面に――」


 心配してミキがスマホのライトをこっちに向けてくる。言葉に反応して俺の足元を照らしだした。


「「――え」」


 ミキと俺の言葉が重なった。そこにあったのは、赤というか黒というか、どちらとも言えない色合いのシミみたいなもの。それほど範囲は広くないが、大地を染め上げており、一方向に掠れながら伸びていっていた。


「こ、これって……!?」


 ミキが慄く。スマホを持たない左手で口元を押さえた。俺も震える。

 それもそうだ。だってこれは、どう見ても――


「血、だ……っ!」


 そう。それは紛れもない。固まりかけている血だった。


 なんでこんなところに? 疑問が頭の中を占める。

 こんなところに血溜まりができているというのに、これをつくったと思われる人ないし動物が辺りに見当たらない。暗くて見えないだけかもしれないが、ミキが辺りを照らしてくれたが人影は発見できなかった。特に引き摺ったのであろう血の跡が向かう先は念入りに照らしてくれたのだが、静まり返るような闇が広がっているだけだった。

 なんなんだ、これは? まだ固まりかけだったことを考慮すると、これはつくられてまだ間もないということになる。それなら、さっき俺が見た誰かの落ちていく姿は幻でもなんでもなく現実だったということにならないか? ちょうど場所も場所だ。けれど、その落ちたはずの人の姿がない。わけのわからないことが起きていて嫌な冷たさが背中を襲った。


「お、お兄ちゃん……っ」


 ミキが怯えている。俺は決断した。


「と、兎に角! 早いとこカバンを取りにいって、さっさと帰ろう!」


 ミキの手を取って校舎へと戻る。早く階段を上って教室に行こうとしていた俺の耳にピシャンという物音が届いた。俺が立ち止まるとミキも止まった。


「えっ? どうし――」

「しっ。……誰かいる」


 ミキの言葉を遮って告げた。音からして、さっきのはドアが閉まる音だった。恐らく、ここの廊下を階段を上がらずにまっすぐ行ったところにある職員室から教師の誰かが出てきたのだろう。ここからはトイレ、保健室、職員更衣室、校長室を挟んでおり結構な距離があるため、その姿は確認できないが。

 廊下の電気が消されたからもう誰も残っていないものだと捉えていたが、そうではなかったらしい。よくよく考えてみれば生徒玄関が閉まっているか確認もせずに帰ってしまうのはあまりにもいい加減が過ぎる話なのだが、この時の俺にはそんなことに思い至れるほどの心の余裕はなかった。

 さっき見た光景を思い出す。血溜まりができていた中庭のことを。これは教師に話しておいた方がいいだろう、と俺は判断した。

 俺はミキに確認を取り、二人で職員室のある方へ向かって歩き出した。が――。



――俺たちから足音が遠ざかっていっていた――。



 ……おかしい。生徒玄関を閉めるためにこっちに向かってくると思っていたのに。もし、仮に、生徒玄関の施錠を忘れてしまって帰るのだとしても、職員玄関は職員室の目の前だ。遠ざかっていく――廊下を奥に進んでいく理由がわからない。


「あ、あの――」

「っ! ま、待って……!」


 そんなことを考えているうちにミキが謎の行動を取るその教師に呼び掛けようとした。俺はちっとも頭の中が纏まっていなかったが、咄嗟にそれを制した。

 あの教師の行動は不可解すぎる。教師がいるであろう方に警戒の視線を向けていると、言葉にせずともミキには伝わった。彼女も表情を強張らせて足音が響いてくる方角へと視線を送っていた。


 俺はミキにスマホの照明を落としてもらった。言葉ではうまく表現できないが、なんでか、あの教師にばれたら不味い気がした。

 右手を壁につけながら、左手でミキの手を取って歩き出す。ゆっくり、慎重に、足音を立てないように注意しながら、教師がいると思しき方へ向かっていった。

 暫くすると目が慣れてきて人の影が見えるようになってくる。身長が高そうだということ以外得られる情報はなかった。強いて言うなら、この学校であれほどの背丈の女性教師を見たことがないので男性教師だろうということくらいか。彼はその長身とは見合わぬゆったりとしたペースの歩幅で歩いていた。職員室の奥側には応接室や職員更衣室、生徒指導室、トイレがあるが、早く歩いていたのならそれらを通過していて、特別教室棟への渡り廊下、各学年の教室へ繋がる階段、体育館へ向かう通路と別れていたため見失っていたことだろう。彼がいたのはまだ、分かれ道のその手前だった。


 階段手前でその男性教師は曲がった。ということは、行き先は特別教室棟ということになる。


 ……あれ? 妙だな。違和感がある。これから特別教室棟へ向かうのか? なんの目的で……? 彼が誰なのかはっきりとしていないので、もし理科や家庭科などの特別教室棟を使う科目担当の教師だった場合、「明日の準備のため」と言われればそれまでなのだが……。なんか、しっくりこない。

 ……ああ、そうか。電気を消しているからだ。この学校の廊下の電気は職員室で操作ができる。わざわざ消してから向かっているのが妙だと思ったんだ。普通、電気を消したならそのまま帰るものだから。


 しかし、あの教師は帰らなかった。そこにあの教師の異様さを無意識のうちに感じ取ったのだろう。だから俺は、あの教師に俺たちの存在がばれないようにした。


 俺たちは廊下を曲がっていった教師の後を追った。慎重に移動してはいたが、それほど時間は経てなかったはずだ。ほんの五秒ほどだったと思う。その時間では特別教室棟に辿り着くことなど不可能だった。それなのに、曲がった先の廊下に、



――その教師の姿はなかった――。



「……え?」


 慌ててライトを付けてもらって辺りを探すが、見つからず。階段横の通路にも渡り廊下にも中庭にも、どこにも人の気配はない。念のために特別教室棟の廊下も確認しようとしたが、そちらに続く扉には鍵が掛けられていた。施錠の音は聞こえなかったから、あの教師が訪れる以前から閉まっていたのだろう。ますます意味がわからなくなってくる。ミキも困惑顔をしていた。


「ど、どうなって――」


 ミキが疑問を口にしようとした時だった。またあれが。



――うぉあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!――



「「――っ!?」」


 わからない……!

 一体何がどうなってるんだ……!?


 さっきまでは「なんの音だ?」で済んでいたのに、理解不能なことが立て続けに起きた所為でこの音がわけもなく不気味に感じる。


「お、お兄ちゃん……っ!」

「あ、ああ! 帰るぞ!」


 俺たちはその場にとどまってはいられなくなった。怖さに負けて怖気づいた俺たちは教室にカバンを取りに行ける精神状態ではなくなっていて、昇降口へとまっしぐら。その勢いで裏門まで猛ダッシュ。閉められていた門にミキを先に上らせて、俺もあとに続く。それから二人で脇目も振らず家へと帰った。


 それからは何事もなく家に到着した。

 自宅という安全地帯に着いてから考える。あれらは一体なんだったのか、と。夜の学校という特殊な雰囲気が起こさせた脳の異常? 極限状態に陥ったことで引き起こされた幻覚や幻聴の類か? ……いや、きっとそうだろう。そうでなければ困る。

 ミキの言っていた通り、あまり寝られていなくて疲れていた所為だ。俺はそう結論付けて早めに休むことにした。……怪異のある学校にあと一年も通わなければならないなんて御免被るから。


「ミキ。俺、ちょっと疲れてるみたいだからもう寝るよ」

「えっ? ……うん、お、おやすみ」



☆☆→○○



 翌日。

 朝、学校に行くとまたしても俺の机の上に白い菊の花が置かれていた。


「……またか」


 嫌気が差した。それと同時に、昨日あんなことがあったあとだから若干の不気味さも感じる。この花が異質なものに見えてならない。一緒に登校していたミキも見えてはならないものが見えてしまったような顔をして俺の服にしがみついてきた。

 ……駄目だ。考えないようにしなくては。悪い方、悪い方へと想像が掻き立てられてしまう。俺は溜息をついて軽く首を振り、思考を切り替えようとした。


 俺が、俺の机の上にあった花瓶を昨日のように退かしていると、珍しいヤツが話しかけてきた。


「ど、どどどど、どうしたの!? うううう、浮かない顔してるけど……!」


 振り返ると節分柊――ミキの隣の席の住人――が話しかけてきていた。俺が声を掛けられることは滅多になかったのでちょっと焦ってしまう。


「お、おう……。どうしたもこうしたも、呪われてるみたいだからな、俺……」


 ちゃんと周りを見渡して俺に言っているということを確認してから返事をした。俺からの返答を受けて節分が言う。


「お、オカルト研究部の子が、いいいい、言ってたんだけど! さ、最初の子は、な、七日で、次の子が三日、そ、その次の子が四日で、い、いいいい、いなくなったんだって! つ、机に花が置かれてから……!」


 彼が何について述べているのか、それはすぐに理解できた。俺はそれ――今しがたロッカーの上に置いた『白菊の花』――を視界に収める。これが置かれてから最初の被害者である笹川は七日で、二番目の被害者である月見里は三日、三人目の被害者である鬼灯は四日で消息を絶ったということらしい。俺に残された時間はそれほど長くないということなのか? などと考えていたら、節分は続けた。


「あ、あと、ここここ、これも、きききき、聞いた話! な、なんでも消えた三人は、そそそそ、その前日に、お、おかしなものを見たり、き、聞いたりしてるんだって! き、消える人影を見た、とか、ひ、人が、お、屋上から落ちていくのを見た、とか、な、何かの叫び声を聞いた、とか……!」


 『白菊の花』に向けていた顔を、思わずバッと振り向いたしまった。あまりにも身に覚えがありすぎたから。驚愕に染まる俺の顔を見て悟ったのだろう。節分の声の心配の色の度合いは増された。


「えっと、あの……! 兎に角! な、何か困ったことがあったら、たたたた、頼って! ち、力になるから! ぼ、ぼぼぼぼ、僕と君の、な、仲じゃないか!」


 そう言うだけ言って、節分は自分の席に着いてカバンから用具を取り出し、勉強を始めてしまった。

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