それぞれの事情 其の八・歪んだ者
……本当になんなんだ、あれは?
【一人称単数】には幼馴染がいる。
それも二人、だ。
両方とも女の子……ならよかったのだが、惜しくも片方は男だった。
【一人称単数】はそいつには何をやっても勝てなかった。
勉強も運動も喧嘩もゲームに至っても、何一つとしてあいつに勝るものはなかった。
加えてあいつはかなりのイケメンだった。
【一人称単数】とは違いすぎていた。
それでも、あいつは【一人称単数】に接してくるのだ。
仲良くしようとしてくる。
【一人称単数】とは住む世界が違うというのに、幼馴染ということで親しくしてくれていた。
……こっちの気も知らないで。
【一人称単数】はヒョロッとしたがり勉スタイルの陰キャだ。
それに比べてあいつは、目つきは悪いが、かなり悪いが、中性的な容姿をしている王子様タイプだった。
身長は【一人称単数】よりも低く、体型もガリガリである【一人称単数】と同じくらいほっそりとしていたが、それでも【一人称単数】より遥かに体力があるのだから不思議でならない。
納得がいかない。
そのため、あまり賛辞は送りたくないのだが、認めよう。
あいつを見る女子たちがきゃーきゃーと黄色い声を上げているため、イケメンであるということは認めざるを得ないだろう。
そこまで変わらない生活をしていたというのにどうしてここまで差が出てしまったのか、本当に理解できない。
家が近所であり、親しかった互いの両親の都合で朝起きてから夜寝るまでのほとんどの時間をともに過ごしていたというのに。
遺伝か?
それ以外に考えられないが、いくらなんでもその要素が占めすぎている気がする。
この世界は不平等だな……。
あいつのことは一端おいておくとして、重要なのはもう一人の幼馴染。
そっちは正真正銘の女の子だ。
幼い頃は、【一人称単数】とあいつの後ろを必死についてくる子だった。
その姿は健気で、【一人称単数】はその子に惹かれていた。
近くにずっとなんでも勝ててしまうようなチートなヤツがいたから思いを告げることは躊躇ったが。
【一人称複数】ずっと一緒で、彼女もあいつのことを見てきていたのだ。
だから、彼女の恋人にしたいと思う判断基準は必然的に高くなっているだろうと推理する。
女子からすれば、【一人称単数】とあいつを並べた時、どちらがいい男かと聞かれたら九割九分九厘向こうだと答えるからな。
悲しいが、実際にあいつと二人でいた時、女子の目に【一人称単数】は映っておらず弾き飛ばされたことから、そうだと結論が出ている。
ただ、あの子の目には【一人称単数】がちゃんと映っていた。
【一人称単数】が弾き飛ばされた時、彼女は手を差し伸べてくれたのだから。
それに、彼女は他の女子たちとは立場が異なっていた。
彼女はあいつを選べないのだ。
何故なら彼女は、あいつの双子の妹だから。
重要だからもう一度言おう。
――彼女はあいつを選べない――。
それが【一人称単数】の希望だった。
確かに彼女の兄はすごいからその影響を受けて理想は高そうだ。
だが、【一人称単数】には昔から一緒にいて親しくしていたというアドバンテージがある。
もちろん、それにかまけて努力を怠るつもりはないが、それを続けていれば彼女は【一人称単数】を選んでくれるだろう――そう信じていた。
――あの時までは――。
彼女は勉強も運動もあまりできない子だった。
兄があんなだから、彼女もできると思われがちだった。
見た目は似ていて美人だったから、余計にそう思われたのだろう。
【一人称単数】としてはそこに人間味を感じたのだが、彼女の両親や他のクラスメイト、教師たちは違ったらしい。
彼女に期待した。
それが外れて、失望されて、悲嘆する彼女に【一人称単数】は寄り添った。
……もちろん、そこにはあいつもいたが。
あいつはぶっきらぼうだったが、なんだかんだで彼女のことをすごく大切にしていたからな。
それはもうすごかった。
間違いない。
あれはシスコンだ。
と、思うのは【一人称単数】だけだったようだが。
ただ、一番近くで見ていたから間違いないと思う。
それはさておき。
重要なのは彼女の方だ。
【一人称単数】は怒っていた。
彼女に勝手に期待して、勝手に失望した連中に。
まったくもって不愉快だった。
【一人称単数】がその意思を示すと、彼女は少しだけだが表情を和らげてくれた。
自分のことを思ってくれた【一人称単数】に向けて笑ってくれた。
「ありがとう」と言ってくれた。
その笑顔はくしゃくしゃだったが、【一人称単数】はまた彼女の好きなところが増えた。
【一人称単数】ができたのはこれくらいしかなかったが、あいつはヤバかった。
怒り狂って暴れたのだ。
シスコン、ここに極まれり。
彼女へ向けて全員に土下座をさせた。
心からの謝罪をさせた。
その光景は圧巻だったが……。
あいつは彼女に怒られていた。
「こんなことは求めていない」と。
彼女の性格を考えればわかることだ。
彼女は他人を思い遣れる心を持っている。
そのことに、彼女と長く一緒にいた【一人称単数】は気づけていた。
自分のために他人が嫌な気持ちになることを彼女は望まない。
そのことに、彼女の兄であるあいつが思い至れなかったなんてな。
……いや、わかってはいたのか。
わかってはいたが、妹が傷つけられることに我慢がならなかったんだな。
あいつは自分の気持ちを優先したんだ。
彼女が悲しんでいる姿を見て感情を爆発させた。
その結果、彼女の意にはそぐわなくて怒られたわけだ。
……ふっ。
あいつは愚かだったな。
勉強はできるのに。
そんなことをしては彼女からの評価を得られない。
あの場は【一人称単数】がしたように、味方がいると安心感を与えるのがベストだ。
それ以上のことをしては、優しい彼女が気に病んでしまうからな。
あいつは当てにならない。
この子は【一人称単数】が助けなければ!
――と、当時の【一人称単数】は勝ち誇っていた。
初めてあいつに勝てた、と余韻に浸っていた。
しかし、彼女の、あいつに向ける顔が引っ掛かった。
――「しょうがないなぁ」とでも言いたげな、その柔らかな口元が――。
これが小学校に上がったばかりの頃の話だ。
入学してそんなに経たないうちにあいつがやらかしたため、彼女は新しい友だちができないでいた。
それどころか、保育園でできていた友だちも離れていっていた。
彼女には怖いお兄さんがいる、って怯えながらに囁かれていて。
当然、やらかした本人であるあいつも周りから避けられていた。
誰も寄り付かなくなっていた。
まあ、あいつの場合は自業自得だからその応報は当然の帰結だろう。
【一人称単数】からしてみれば、彼女まで巻き込むな馬鹿、と言ってやりたい気持ちでいっぱいだったが。
【一人称単数】は変わらずに彼女の傍にいた。
友だちができないことに寂しさを抱えていた彼女を【一人称単数】は支えていた。
そこに漏れなくあいつもついてきたが……。
別にあいつが独りになろうがなんだろうが【一人称単数】の知ったことじゃないが、もしもこいつに何かあれば優しい彼女が悲しむ。
だから、こいつを蔑ろにすることはできなかった。
いつだったか。
『お前らがいれば何もいらない』とか言っていたな、あいつ。
ふざけんなよ?
お前の所為で彼女はこうなったんだぞ?
反省してるのか、こいつは?
……いや、変なヤツが近づくよりはマシか。
そう考えると、こいつは仕事をしたとも言えるか?
しかし、彼女の表情を曇らせた罪は大きい。
やはりこいつにはいつか猛省させよう――【一人称単数】は心の中でそう決意した。
月日は流れる。
【一人称複数】は変わらない関係を続けて小学五年生になった。
だが、この頃になると嫌でも性差が出てくる。
異性を異性だと意識してしまう。
それは【一人称単数】と彼女との間に僅かな亀裂をもたらした。
端的に言うと、微妙な距離が生じてしまったのだ。
あいつと彼女はそれまで通りだったというのに。
……知っている。
あいつと彼女は兄妹だ。
しかもあいつは彼女の味方をしてくれる頼れる兄だ。
彼女が苦しめられた時、自分のことのように怒ってくれる優しい兄だ。
異性ではなく『兄』なのだ。
だから、二人の間に変化は現れなかった。
【一人称単数】は割り切ろうとしていた。
どれだけ仲が良くても所詮は兄妹だ。
結ばれることはない。
あいつは彼女から異性として見てさえもらえないのだ、と。
そう自分に言い聞かせて、【一人称単数】はざわつく心を無理やり落ち着かせていた。
けれど、それは、決壊することになる。
【一人称単数】と彼女はだんだん疎遠になり、朝に偶然会ったら気まずそうに挨拶を交わす程度になっていた中学一年生の春。
【一人称単数】は目撃してしまった。
――彼女とあいつが手を繋いで下校する姿を――。
……………………。
は?
なんだ、あれ?
どういうことだ?
意味がわからなかった。
二人は兄妹なのに……。
それなのに、
――その関係性ではあり得ない繋ぎ方をしていたのだ――。
遠くから見た彼らの顔。
あいつの方はすごく迷惑そうな顔をしていた。
が。
彼女の方は【一人称単数】が今までに見たことのない、ものすごく幸せそうな顔をしていた。
ハッとする。
ここまできて、【一人称単数】は
どうしてその可能性を考慮していなかったのか……っ。
あいつはシスコンだったではないか。
それなら、
――彼女がブラコンである可能性を検討すべきだった――!
何故そのことをずっと考えないようにしていたのか。
【一人称単数】は自分の愚かさに、間違った判断をしたことに歯を軋ませた。
建物の陰で立ち尽くしていた【一人称単数】の目の前を手を繋いだ二人が通り過ぎる。
あいつの顔は彼女の方に向けられていたからこっちを見ておらず【一人称単数】に気づかなかったが、彼女の方はこっちの方を向いていたにもかかわらずなんの反応も示さなかった。
【一人称単数】はそれが悔しくて、その場から逃げ出した。
【一人称単数】は考えた。
走りながら必死に思考を巡らせた。
そうして行き着いた。
こんなのは間違っている、と。
兄妹であんなことをするのは間違っている。
彼女はあいつに囚われているのだと解釈した。
だって、優しく手を差し伸べてくれた彼女が【一人称単数】のことを無視するはずがないから。
早く解放してあげないと。
【一人称単数】は使命感に駆られた。
中学二年生の時、【一人称単数】は動いた。
【一人称単数】はあの子からあいつを遠ざけることにした。
あの子の悲しむ姿が容易に想像できた。
心が苦しくなった。
けれど、これも彼女のためなのだ。
いつまでも兄離れできないでいたら、この先の人生、きっと嫌な思いをする羽目になるから。
大人になればずっと一緒にいるというわけにはいかないだろう。
子どものように兄について回ることで心無い言葉を浴びせられることだってあるかもしれない。
だから、【一人称単数】は心を鬼にした。
そして、【一人称単数】は作戦を決行した。
【一人称単数】はあの子からあいつを無理やり引き離した。
【一人称単数】の作戦によって、あいつは遠くへ行ったのだ。
当然、嫌われたくはないのであの子はこの事実を知らない。
予想した通り、あの子は泣いた。
ああ、泣かないで。
【一人称単数】はあの子の髪を撫でて慰めた。
……なんか、これいいな。
あいつをこの子の近くからいなくさせたのは、この子がブラコンであることがばれて周りから馬鹿にされたり嫌がらせを受けるなんてことがないようにするためであったのだが、本当に最初はそれだけのつもりだったのだが。
……【一人称単数】がこの子の近くにいるための口実にも使えそうじゃないか?
【一人称単数】は心の中で自分に向けて親指を立てた。
これからは、あいつの代わりを【一人称単数】が果たそう――そう誓った翌日だった。
予想外のことが起きた。
兄が遠くへ行ってしまったことで精神を衰弱させ、入院してしまったあの子の元へお見舞いにいった時だった。
――『お、【固有名詞】! 妹のお見舞いに来てくれたのか? ありがとな!』――
そこに、『あいつ』がいた。
【一人称単数】が遠くへ、遠くへやったはずの『あいつ』が――。
いるはずがなかった。
だって――。
けれど、
それは確かに『あいつ』だった。
更に、【一人称単数】を困らせたのは、
――そこに、あの子はいなかったこと――。
いるはずのあの子がいなくて、
いないはずの『あいつ』がいて――。
【一人称単数】は困惑した。
そして、ひどく狼狽させられた。
兎にも角にも、何もわからないけれど、それでも――
あの子にばれないようにしなければ……!
【一人称単数】があいつにしたことを!
【一人称単数】が、あの子がどこへ行ったのか尋ねると、「トイレに行った」と『あいつ』は答えた。
そして、
戻ってきたあの子は、【一人称単数】にあいつの話ばかりしてきた。
その状況は不味い……非常に不味かった。
【一人称単数】のしたことは、あの子を更にあいつに依存させることになってしまったのだ。
のちに、病院の先生に尋ねると教えてくれた。
――あの子が『あいつ』を呼び戻してしまったことを――。
……くそっ!
思いもしなかった。
まさか、こんな展開になるなんて……っ!
幸いにも『あいつ』は【一人称単数】のしたことを知らないようだった。
けれど、【一人称単数】は気が気でなかった。
いつか気づかれるのではないかとヒヤヒヤしていた。
……こうなったらもうやるしかない。
――『あいつ』を殺そう――
【一人称単数】はそう、胸の内に秘めた。
ただ、どうすれば上手くできるのかわからず、【一人称単数】は気づけば高校生になっていた。
そんな時、【一人称単数】は出会った。
――計画通りにことを運ぶための最強の駒と――。
―――――――――――――
「ミキ! 待っていろ! すぐに助けるからな!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます