それぞれの事情 其の七・ついてる者
【固有名詞】ちゃんはチョーついてたと思うんだよねー。
まー、おじーちゃんたちとかおばーちゃんたちは汚い人間だったんだけど。
周りの人たちも過剰にすり寄ってきたり嫌がらせしてきたり無関心を決め込んだりしてきたけど。
でも、その分、パパやママはチョー優しかったし!
プラマイで言ったらプラスの方が大きいんじゃないかな的な?
兎に角、【固有名詞】ちゃんはチョーついてたんだよ。
おじーちゃんたちとおばーちゃんたちはあんなだったけど、社会勉強の一環って捉えれば意味はあったんじゃないかなー?
なんて言うの?
反面教師? 的な?
いわゆる嫁いびりみたいなこととか、井戸端会議で悪口とか根も葉もない嘘とか平気で言って回るタイプの人たちだったんだよねー。
パパもママも働いてたから【固有名詞】ちゃんはおじーちゃんたちの家とかおばーちゃんたちの家に預けられることが多かったんだけど、あの人たちはパパやママと血が繋がってる【固有名詞】ちゃんにもいい顔はしなかったかな。
あの人たちはパパとママの結婚を認めてなかったの。
だから【固有名詞】ちゃんはネグレクト? みたいなことをされてたかな?
パパとママが【固有名詞】ちゃんをあの人たちに預けなくちゃいけなかったのは、二人はあんまりお金を持っていなかったからなんだよね。
だから共働きをしていて、そしたら、幼い【固有名詞】ちゃんを一人にしちゃう。
何かと物騒な世の中で、子ども一人を家に残して何かあったら大変だと判断したパパとママはあの人たちを頼らざるを得なくなったんだって。
ちなみに、あの人たちが嫌ってた【固有名詞】ちゃんの面倒を引き受けたのは、パパとママの甲斐性のなさを近所の人たちに知らしめようっていう目論見があったみたい。
パパとママが貶されるのが嫌だった【固有名詞】ちゃんはまだ幼かったけど必死に考えたの。
そうしたら、お金がないのが悪いんだっていう結論に至ってね。
パパとママが休日の日に、【固有名詞】ちゃんはせがんで籤を買いに行ったの!
いくつかの番号を選んでそれが見事に揃えばお金がもらえるってやつ!
パパとママはギャンブルみたいなものに手を出すような性格じゃなかったから渋々って感じで【固有名詞】ちゃんに付き合って買ってくれたけど、【固有名詞】ちゃんは何故か当たるって確信があったんだよね。
根拠はないけど、【固有名詞】ちゃんの勘ってやつかな?
そしたらなんと、本当に当たっちゃった。
――七つの番号が全て揃って、賞金五億円――!
他にも七つの番号を全て揃えた人が一人いたみたいで賞金は山分けになっちゃったけど、これで悪いものはなくなったよね。
パパとママは喜んで――……っていうよりも終始驚いて困惑してたかも。
いきなり大金が手に入っちゃったから、どうしたらいいのかわからなくなっちゃったみたい。
パパとママは、堅実に【固有名詞】ちゃんのためにお金を使おうと決めたって教えてくれたの。
子どもを育てるにはお金がかかるから、必要になった時に払えるように貯めておくんだって!
もう!
パパとママが使ってくれてもよかったのにっ♪
パパとママが【固有名詞】ちゃんのパパとママでよかった!
本当にパパとママはよかったんだけど……。
あの人たちはそうじゃなかったんだよね。
【固有名詞】ちゃんがパパとママのために取ったお金を毟り取ろうとした。
……なんなの?
本当に汚い。
パパとママが困ってる姿を見たくなかった【固有名詞】ちゃんはもう一回籤を買うことにした。
そしてそれが、またしても見事に当たった。
十億円。
【固有名詞】ちゃんに籤を当てる直感があるってわかったあの人たちは手のひらを返したように【固有名詞】ちゃんにすり寄ってきた。
正直、気持ち悪かった。
だから、二回目に当てたお金の全てをあの人たちに渡して、
――【固有名詞】ちゃんとパパとママは、あの人たちとの縁を切った――。
あの人たちは【固有名詞】ちゃんがいればそれ以上のお金を稼げると言って拒んだけど、それなら十億円は渡さないって言ったら受け容れた。
これが【固有名詞】ちゃんが小学校に入る前のこと。
ちなみになんだけど、【固有名詞】ちゃんの容姿ってすごく整ってたの。
当時はよくわかんなかったんだけど、【固有名詞】ちゃんは保育園でよく嫌がらせをされてたんだよね。
男の子からも、女の子からも。
あとから考えてみれば、あれは、男の子のは好きな子に嫌がらせをしちゃうアレで、女の子のは嫉妬だったんだと思う。
ともあれ、嫌がらせを受ける側としては悪意みたいなものを感じるわけだから、【固有名詞】ちゃんは幼稚園児にして人の醜さって言うのかな? そういうのを知っちゃったんだー。
小学生になれば【固有名詞】ちゃんの綺麗さにますます磨きがかかったみたいで、【固有名詞】ちゃんの親衛隊? っていうのができたの。
その親衛隊さんたちは「【固有名詞】ちゃんの笑顔を曇らせるのはご法度」という言葉を掲げていたらしくて、【固有名詞】ちゃんが困ってる時に手を差し伸べてくれてたみたい。
最初、その存在を知らなかった【固有名詞】ちゃんは親切な人が多いんだな、ってくらいに思ってたんだけど、でも流石にそれが続くとおかしいって気づくでしょ?
【固有名詞】ちゃんとしては「ヒトって自分の利益がない面倒事ってやりたがらない」、って印象があったんだもの。
一回や二回なら兎も角、それが何回も続けば、何か裏があるんじゃないか、って勘繰っちゃって。
【固有名詞】ちゃんは親衛隊さんたちを捕まえて話を聞いたの。
その時たぶん、表情とか態度に出ていたのかな?
親衛隊さんたちはますます【固有名詞】ちゃんに尽くすようになっちゃった。
【固有名詞】ちゃんに他意はないと信じてもらおうと行動で示すように。
それで親衛隊さんたち、【固有名詞】ちゃんの身の回りの世話とかやり出しちゃったんだよねー……。
……いや、望んでないんだけど。
進行方向の掃除とか、段差を越える時のサポートなんて……。
親衛隊さんたちの行動ってエスカレートしていっちゃって、【固有名詞】ちゃんに告白しようとする子を品定めするようになっちゃったんだよね……。
まー、顔目当ての下心で近づいてくる子もいたから、そういう子に対応してくれたのは非常に助かったんだけど。
でも、こっちもカッコイイなって思ってた子が遠ざけられたのは、「うーん……」って感じ……。
【固有名詞】ちゃんだって誰かとお付き合いとかしてみたかったよー……。
何回も何回も阻まれはしたけれど、親衛隊さんたちに悪気がなかったのはわかったんだよね。
だって、何かと物騒なこんな時代なんだもの。
良い人のフリして【固有名詞】ちゃんを傷つけることだってなくはないかもしれない。
だから、親衛隊さんたちは強ち間違ったことはやってなくて、親衛隊さんたちの行動を非難するような真似はできなかったかな。
あれは、【固有名詞】ちゃんを守ろうとしてやってくれていたことだもんね。
うん、うん。
守ってくれなんて誰も言ってないんだけどねー。
っていうか、次第に同じ親衛隊さんたちの間でもぎすぎすし始めちゃってさー。
張り合うようにして【固有名詞】ちゃんの世話をしだしたの。
食事とか、歯磨きとか、着替えとか……。
そんなの、自分でやるよ。
【固有名詞】ちゃん馬鹿だから宿題とかやってもらえるのはいいかもしれないってちょっとだけ思ったけど、思っちゃったけど、違うんだよねー……。
それって自分でやらないと意味ないし。
それに、【固有名詞】ちゃんがやりたかったことを先回りしてやられちゃったりして……(例えばお菓子作りとか、編み物を勝手に完成させられたりとか)。
あれは親切になってないんだよ。
どうも彼らの中に独占欲が芽生えてしまったみたいだった。
「【固有名詞】ちゃんの笑顔を曇らせちゃいけない」っていうスローガンはどこへ行っちゃったのかなー……。
この時にはもう迷惑しかかけてきていなかった。
小学生時代はいつも周りに彼らがいた。
なんか、すごい貢いできてた。
その所為か、【固有名詞】ちゃんの周辺は異常な空間が出来上がっていて、みんな、【固有名詞】ちゃんを避けるようになっちゃった……。
同性の友だちすら彼らが見定めるような真似をするからできなくて。
……最悪。
だから、【固有名詞】ちゃんは中学に入る前に手を打ったの。
籤で当たったお金を元手に、自分の直感に頼って株を買った。
そうしたら、大勝しちゃった。
その界隈で妙に有名になっちゃって、美少女投資家なんて呼ばれるようになってメディアに取り上げられそうになったけど、【固有名詞】ちゃんはそれを拒んだ。
ちやほやされるのはもう疲れたんだよねー……。
あの親衛隊さんたちだけでも手を焼いているのに、それがメディアに出たことでもっと増えたらなんて想像すると悪寒がする……。
ということで、【固有名詞】ちゃんはひっそりと資産を増やしていったの。
【固有名詞】ちゃんは運が良い。
正直、株なんてなんにもわかんないけど、直感で手にしたものの価値が次々に跳ね上がっていっていたから。
きっと神様が味方してくれてる――そうに違いない。
だから、【固有名詞】ちゃんはその直感に従って行動を起こし、中学進学とともに親衛隊さんたちを【固有名詞】ちゃんから引き離すことに成功した。
……まー、やったことはおじーちゃんたち・おばーちゃんたちにしたことと近いんだけど。
その時は学校側にお金を渡して【固有名詞】ちゃんがどこの中学に行くのかを隠蔽してもらった。
【固有名詞】ちゃん馬鹿だからちょっと裏口入学みたいになっちゃったけど、仕方ないよね?
だって、彼らとは離れたかったし。
それに、いけないことをしている感じがちょっとドキドキした。
とはいえ、中学に入って、これで
そこで、彼らとは別の【固有名詞】ちゃん親衛隊が結成されちゃった……。
人は変わってたけど、やってることは似たり寄ったりだったね……。
しかも、【固有名詞】ちゃんは小学生時代の取り巻きから逃げるために自分の学力とはかけ離れた進学校を選んじゃってたから、親衛隊さんたち以外は【固有名詞】ちゃんに白い目を向けてきてたし……。
ホント、ミスっちゃったな―……。
まー、問題なんてお金で片付けちゃったんだけど。
その頃になるともう、ニンゲンの醜悪さを悟ってたね。
お金で単位をくれる学校側、
お金で友だちのフリをしてくれる生徒、
お金を払うことでついてもらった強いボディガード。
【固有名詞】ちゃんも大抵お金で解決しようとしてた。
お金で
そうしたら、九割以上の人が言うことを聞いてくれた。
みんな、腐りすぎてる。
でもやっぱり一番腐ってたのは【固有名詞】ちゃんだったかな。
なまじついてて大金を手に入れちゃったから。
あまりにも酷すぎて逆に笑っちゃったよ。
お金の力である程度のことが思い通りになるようになると、【固有名詞】ちゃんの頭の中にある感情が湧き上がってきたの。
――詰まらない――。
望んだ通りになっているはずなのに。
願いは叶えられているはずなのに。
所詮は仮初だから?
上辺だけでは心が満たされない的な?
……ううん、そうじゃない。
相手の心なんてどうでもいい。
常態化しちゃったんだ。
これが普通になっちゃった。
だから、今のままじゃ満足しなくなっちゃったんだ。
【固有名詞】ちゃんは更に上のことを望んでいた。
――もっと楽しい時間を過ごしたい――。
その思いだけが膨れ上がっていっていた。
……暇。
……退屈。
いつも似たようなことの繰り返し。
イレギュラーなことが起こらない。
詰まらなさで死にそう。
けれど、結構恵まれてる現状を自らの手で崩そうとは思えなくて。
だから、【固有名詞】ちゃんは目立った不満のない日常を享受していた。
そうしていたら、【固有名詞】ちゃんの見えている景色から色は褪せていっちゃったけれど。
それから二年が経って。
もう、この退屈はどうにもならないんじゃないか、って。
お金を出して変えられるのならそうするけど、こればかりはお金で解決できなくて。
お金は万能じゃないんだな、ってことを痛感して。
【固有名詞】ちゃんはモノクロの世界を過ごしていた。
そんな時。
いつものように通学のために駅を利用していた、そんな時――
――『落ちましたよ?』――
【固有名詞】ちゃんに話し掛けてくる人がいた。
端正な顔立ちですらっとした細身で長身の人物。
素敵な風貌だった。
――って、そこじゃない!
【固有名詞】ちゃんには親衛隊さんたちがいるの!
それに護衛に雇っているボディガードも!
落とし物を拾って渡してくれるという行為だけでも、いつもなら彼らに阻まれる。
彼らが先に拾って渡してくる。
それが【固有名詞】ちゃんの当たり前、なのに……。
この人は妨げられなかった。
普通じゃない――そう感じた。
――『定期……ですかね? 気を付けてくださいね。それじゃ』――
その人はそう言って、【固有名詞】ちゃんが落とした物を【固有名詞】ちゃんの手にしっかりと持たせると、薄く微笑んでその場から去っていった。
その笑顔は儚げで、それでいて妙に色気があって。
【固有名詞】ちゃんは目がその後ろ姿から離せなくなっていた。
【固有名詞】はその人を探した。
すると、その人はある高校にいることがわかった。
【固有名詞】ちゃんはその高校へ行くことに決めた。
そうして、【固有名詞】ちゃんはその人と再会する。
まさか、その人が心に大きな傷を抱えていて、人のぬくもりを必要以上に求めているとは思ってもみなかったけど。
でも、【固有名詞】ちゃんはその人のために何かしてあげたいって思った。
だから――
―――――――――――――
「ふふふ♪ 大丈夫っ。【固有名詞】ちゃんに全て任せておけばいいのっ。あなたは何もしなくていい。【固有名詞】ちゃんが全部、ぜーんふやってあげるから♪」
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