それぞれの事情 其の一・平凡な者

 【一人称単数】はなんにも抜きんでたものがなかったんス。

 頭が良いわけでも悪いわけでもなくて、

 運動ができるわけでもできないわけでもなくて、

 顔が良いわけでも悪いわけでもなくて、

 趣味も特技も何もないどこにでもいるような平凡な存在――



――モブA――。



 それが【一人称単数】だったんス。


 【一人称単数】は目立たない存在だったっスね。

 だって、探せばどこにでもいそうなモブだったんスから。

 できる人の陰に埋もれて、存在感は希薄になってたっス。

 そりゃあ、最初は頑張ったんスよ?

 勉強して、身体を鍛えて、顔のマッサージとかもしたりして。

 けれど、到頭成果は出なかったんス。

 どれだけ猛勉強しても成績は上がらなくて、

 どれだけ肉体をいじめ抜いても筋力は上がらなくて、

 どれだけ美しくなろうとも容姿は変わらなくて、

 できるようになることは何もなくて、

 楽しいと思えるものも何もなくて。


 憧れたっスね。

 足の速い奴とか。

 勉強ができる奴とか。

 顔のいい奴とか。

 もっと言えば、特別な力がほしいとも思ったもんスよ。

 見たものを瞬時に記憶できる瞬間記憶能力とか!

 相手の動きを完璧にトレースできるコピー能力とか!

 あとは物を触れずに浮かせたり瞬間的に別の場所に移動できる超能力とか!

 ……まあ、そんな唯一無二的な力は【一人称単数】には与えられなかったんスけど。


 他人に誇れるものなんて何もない。

 【一人称単数】にしかできないことなんて何一つとしてありはしない。

 【一人称単数】が秀でているところなんてどこにもない。

 全てにおいて中間。

 【一人称単数】は『普通』な存在だったんス。


 せめて境遇だけでも違ってたらなぁ、なんて思ったこともあるっスね。

 例えば、お金持ちの家に生まれていれば、とか。

 或いは、複雑な家庭に生まれていれば、とか。

 きっと物語の主人公のように生きられたはずだ、なんて考えるんスよ。

 けれど、現実は『普通』の一般家庭の生まれっス。

 そんなに裕福ってわけではないけど、貧乏ってわけでもない家。

 『普通』の会社のサラリーマンの父。

 『普通』にパートで働く母。

 二人の関係は熱々というわけでも冷め切っているってわけでもなくて。

 【一人称単数】は『普通』に、『普通』の子どもだったんス。

 それが、



――むちゃくちゃ嫌だった――。



 特別になりたかったんス。

 けれど、そんな方法なんて知らなくて。

 技術もなくて。

 幸運も舞い込んでこなくて。

 『普通』を変えられない。

 【一人称単数】はうんざりしながら、『普通』の学校生活を送っていたんス。


 『普通』に起きて、『普通』に顔を洗って、『普通』に用意されたご飯を食べて、『普通』に歯を磨いて、『普通』にトイレに行って、『普通』に着替えて、『普通』に準備して、『普通』に学校に行って、『普通』に友だちと喋って、『普通』に授業を受けて、『普通』に給食を食べて、午後の授業も『普通』に受けて、『普通』に放課後になって、『普通』に友だちの家とかに遊びに行って、夕方になれば『普通』に帰って、『普通』に手洗いうがいをして、『普通』に宿題をして、『普通』に夕食を採って、『普通』に家族団らんをして。『普通』にお風呂に入って、『普通』に身体を洗って、『普通』に歯を磨いて、『普通』にトイレを済ませて、『普通』に布団に入って、『普通』に寝て。



――違うんスよ、神様! こういうんじゃないっス!――



 『普通』、『普通』、『普通』、『普通』、『普通』、『普通』、『普通』、『普通』……っ!

 【一人称単数】が求めていたのはこういうんじゃなんスよぉおおおお!


 どこまでいっても『普通』の繰り返し!

 あーあ!

 突然不思議な力に目覚めたりとかしないっスかねぇ!?

 【一人称単数】だけがそんな力を持ってたらモテモテになること間違いなし、じゃないっスか!

 お金とか恋人とか、困ることなさそうだし!

 人生を謳歌できそうっスよね!

 あっ!

 チートスキルを与えられて異世界に転移させられて無双する、っていう展開になってもいいっスよ!?

 【一人称単数】が最強になれるって考えただけでゾクゾクするッスね!

 あとは、急なラブコメ展開も捨てがたいっス!

 幼馴染とか姉とか妹とかいないっスっけど、綺麗な先輩とか可愛い後輩とか可憐な転校生とか、そういった子たちから迫られたら最っ高じゃないっスか!

 【一人称単数】はそういった展開を希望してるんス。

 だというのに……。


 テストを受ければ毎回平均点。

 運動をすればドジは踏まないけど、目立たない。

 恋人なんていないし、なんなら親友だっていない(軽い話をする友だちならいる)。

 ……………………。

 現実はままならないっスね……。


 小学生の頃はなーんにも起こらなかったっス。

 そりゃあ、人並みには運動会とか学芸会とか、校外学習や修学旅行なんかも楽しんだっスっけど……。

 普段と違うことをやるのは心が躍らされるものがあるっスからね。

 ……でも、もっと楽しみたかったっス。

 【一人称単数】としては、ぶっちぎりで一位を取りたかったし、名演技やすごい演奏をして会場を沸かしたりしたかったんスけど、結局は真ん中の順位だったり、劇では木の役、演奏ではあってもなくても然程変わらないような楽器担当だったり。

 校外学習や修学旅行なんかでは、いつもと違う景色を見られたのは面白かったんスけど、それだけだったっスね。

 友だちとは、「すごいね」とか「楽しいね」とか、そんな漠然とした会話しか躱してなかったっスから。

 もっとこう、気の置けない友人たちと朝までゲームをして遊び尽くすとか、恋人と夜に密会するとかしてみたかったんスけど、そもそもの前提条件がクリアできていなかったこともあって叶わず仕舞いだったっス。

 あーあ!

 やってみたかったなぁ!


 そんなこんなで中学生になって。

 早速出鼻を挫かれたっス。

 入学式の日に結構重めな風邪を引いて、丸々一週間休まざるを得なくなったっス。

 で、風邪が治ってやっと登校できる、ってなったんスけど、その時にはもうほとんど人間関係は構築されてたんスよね。

 高校デビューならぬ中学デビューを果たそうと意気込んで、わざわざ小学校の頃の顔見知りがあまり行かないことを受験したっていうのに、【一人称単数】はスタートダッシュで出遅れちゃったんス。

 頑張って巻き返そうと思ったんスよ?

 けど、

 誰一人として寄ってこなかったんス。

 本来なら一週間休んでた人に対してはいろいろと聞きたくて群がってくるような気がするんスけど、【一人称単数】の場合はそうはならなかった。

 そういえば――と。

 小学校の時、友だちと会話が成り立ったのはこっちから話し掛けた時だけだったことに気づかされたっス。

 ここでようやく、【一人称単数】は



――自分の陰が薄かったことを自覚したっス――。



 それまでは、『普通』だって思ってたんスけど……。


 はたと。

 影が薄いのってエロいことに使えるんじゃないっスかね!?

 そう思って行動に移そうと思った時期が【一人称単数】にもありました。

 結果は、そうやろうとした瞬間にクラス全員の視線が【一人称単数】に集まったっス。

 ……なんでっスか?

 普段、見向きもしないのに……。

 こんな特殊、あんまりっスよぉおおおお!


 まったく使えない『孤立スキル』を有していることに気づいてしまった【一人称単数】。

 しかも、なんか、その性能は小学校の時より上がっているように思えたっス。

 この世界がアニメとかだったら【一人称単数】、顔描かれてないんじゃないっスかね?

 名前も付けられてないんじゃないっスか?

 セリフももらえてない気がしたっス。

 そこに存在しているのに、まるで背景みたいに扱われてそう……。

 【一人称単数】だって物語の中に組み込まれたいっすよ!

 ……うう、想像しただけで気分が悪くなったっス。


 それから二年間はセピア色の中学校生活を送っていたっス。

 ……いや!

 【一人称単数】が何したって言うんスか!?

 なんか、話し掛けても応えてもらえなくなったんスけど!?

 ……どうも悪いことをした時だけよく認識されるから、みんなからは良くない存在として捉えられてるみたいだったっスね。

 ……いらねぇんスよ、『孤立スキル』のレベルアップなんて……っ。


 そして、あっという間に中学三年生に。

 【一人称単数】は、それまでの人生でよーく理解したっス。

 達観して諦観。

 何も得られないなら何も望まない。

 これも一種の防衛反応……だったんスかね?

 兎に角、これまでの人生がこれからも繰り返される、って思ってたんス。

 けど、

 その日は違ってたっス。


 学校からの帰り道。

 一人の子が大勢の高校生(?)みたいな人たちに囲まれてる現場を目撃してしまったんス!

 その子はとても困ってるみたいだったっス!

 こ、これ、助けたらお近づきになれるんじゃ!?

 キタ!

 キタキタキタキタキタキタキタキタッ!

 生まれて初めての主人公になれるチャンスの到来っス!

 【一人称単数】は迷うことなくその子と高校生たちの間に割って入ったっス!



――『ああん!? なんだテメェ!?』――



 ひゅっ。

 ……あ、これ、駄目なやつっス。

 逃げられるならこの場から退場したかったんスけど、相手は一、二、三……六人もいるじゃないっスか!

 しかも全員年上で、なんか一人残らずスポーツをやってそうな。

 【一人称単数】はそこで初めて相手方を確認して怖気づいちゃったんス。

 情けなくも助けようとした子の後ろに隠れちゃったりもして。

 だ、だってしょうがないじゃないっスか!

 睨むだけで人を殺せそうな顔してたんスもん!

 あの子一人だけおいて逃げなかっただけマシっスよね(まあ、足がすくんで逃げられる状態じゃなかったんスけど)!?

 なんて、自分に言い訳してたら、高校生たちの手であの子に伸びてきたっス。

 これ、この子と一緒にられるなって(【一人称単数】とこの子とじゃあ漢字が異なるっスけど。こっちは『殺』、あの子は『犯』)覚悟したっスね。

 でも、



――そうはならなかった――。



 どこかから颯爽と現れた『とある科学者が生み出した怪物』みたいな風貌の人物。

 その人がたった一人であれよあれよという間に高校生たちを蹴散らしていったんス!

 時間にしておよそ十秒ほど。

 その人は圧倒的なまでに強かったんス!


 怪物風の人物が睨みを利かすと、高校生たちは尻尾を撒いて逃げていったっス!

 その姿がカッコよくて、【一人称単数】はその人に見惚れてたっス。

 ボーッとしてたら、【一人称単数】が助けようとして逆に助けてくれた子とその人が話し出したっス。


――『まったく。助けてくれたことには感謝するが、すぐに手が出るのはどうなんだ?』

――『……うるせぇ。殴ってみてからの勘だが、肉体言語しか通じねぇ奴らだぞ、あいつらは』

――『殴ってからわかったのでは遅いだろ。……はあ。今年は中学三年生なんだぞ? わかっているのか? 将来を決める重要な時だというのに……。もう少し弁えろ。人間なのだから言葉を使え。対話を試みろ』


 会話……。

 顔見知りみたいっスね、二人。

 ……っていうか!

 内容からして、あの怪物みたいな人、【一人称単数】と同じ中3だったんスか!?

 衝撃の事実だったっス……。

 今までで一番驚いたかもしんないっスね……。


 それにしても、この人



――漫画とかの主人公みたいっスね――。



 【一人称単数】は目の前で繰り広げられたことを思い返してそう思ったっス。

 そして、



――この漫画とかの主人公みたいな人についていけば、自分も特別になれるんじゃないか――って。



 【一人称単数】はこの人に強い憧れを抱いたっス!

 だから、お願いをしたっス!



――舎弟にしてください――って!



 この人と一緒にいれば【一人称単数】は『普通』じゃなくなる――そんなことを【一人称単数】は夢見たっス。



 この人が一番特別だと、その時は思ってたんスけど、世の中、上には上がいるモンっスねぇ。

 なんていうか、高校生になった【一人称単数】は、そいつを、いや、そのお方を見つけてしまったんス!

 そのお方は異常でした。

 常軌を逸していた。

 平然と犯罪をやってのける。

 他人を言いなりにし、

 学校の敷地内に勝手にあるものを建造し、

 有無を言わせずに人を連れ去って、



――壊す――。



 ヤベェと思ったっス!

 イカレてるって!

 こんなのが野に放たれてちゃいけないって!

 けど、

 【一人称単数】は感じちゃったんス!



――この方についていけば、絶対に『普通』から脱却できる――って!



 だから、【一人称単数】は、



――この方に従うことに決めたんス――。



―――――――――――――



「ふは、ふははははっ! どうっスか!? 【一人称単数】、異常っしょ!? これでもう【一人称単数】のこと『普通』とか言ってくる奴はいねぇっスよねぇええええ!?」

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