それぞれの事情 其の二・持つ者

 【一人称単数】は恵まれていた。

 なんでもできたし、苦手なものはなかった。


 物覚えは良く、テストでは百点以外を取ったことがない。

 どうすれば百点以外が取れるのか、というレベルだ。


 肉体的にも優れていて、どんなスポーツをやっても勝ててしまう。

 相手が長年の経験者やプロだったとしても。

 どうすれば負けるの? というレベルだ。


 他にも、楽器はある程度のものなら演奏できたし、歌も歌えた。

 カラオケの採点で百点をたたき出したことは何度もあるので、思い過ごしということはないだろう。


 絵も描けた。

 描いたものは全て、絵画コンクールで最上位の賞をもらっている。


 料理も問題ない。

 一流の料理人が食べて舌を巻いていた。


 家具も道具と材料さえあればつくれる。

 家にある家具は全て自分で作ったものだ。


 あとは、字も綺麗だし、裁縫もできるし、機械にも強いし、ファッション誌にも載ったことがあるし……。

 兎に角、大体のことは一人でこなせた。


 だからだろうか。

 【一人称単数】の周りにはいつも多くの人がいたんだ。

 それが、【一人称単数】に勘違いさせる大きな要因となる。



――【一人称単数】は、人気者なんだ、って――。




 【一人称単数】は多くの人に頼られていた。

 勉強はできるし、運動もできる。

 その他のことだって他の人より上手かったから、当てにされていたんだ。

 当時の【一人称単数】は、頼られることに喜びを感じていたんだ。

 【一人称単数】は必要とされている、って。


 けれど、それは間違いだったと気づかされる。


 小学校高学年の頃だった。

 運動会の組決めで揉めることになった。

 理由は、【一人称単数】ができすぎてしまうから。

 その頃から【一人称単数】は〝規格外〟だった。

 【一人称単数】一人で他を圧倒できてしまうのだから。

 チームなんて関係なく。

 リレーも、玉入れも、綱引きも、何もかも、一対多だろうが、【一人称単数】一人だけで相手を打ち負かせてしまう力があった。

 【一人称単数】がいれば勝てるのだから、全てのチームが【一人称単数】を欲した。

 【一人称単数】は人気者だな、と思った。

 これなら、どのチームに入ったとしてもいい思い出がつくれるだろう、と思った。


 けれど、



――【一人称単数】は、運動会への参加を辞退することを勝手に発表された――。



 教師と父母会で決められたらしかった。

 【一人称単数】が参加するとぶっちぎって一位を奪取してしまうため、他の児童の士気が下がる、という理由で。

 なんとも不公平な決断だった。

 【一人称単数】だって小学校高学年だったのだ。

 みんなと思い出をつくりたかった。

 【一人称単数】は、みんなにお願いして一緒に抗議してくれるよう頼んだ。

 みんなだって、【一人称単数】と一緒に思い出をつくりたいと思っているはずだ、とそう信じて。

 それなのに、



――『【固有名詞】くんがいるとバランスが崩れそうだからいない方がいい』――



 そう言われた。

 あんなに頼ってきていたのに。

 あんなにすごいすごいって言ってきていたのに。

 「勉強ができていいね」とか、「運動ができて羨ましい」とか、「料理ができてすごい」とか、「ピアノが弾けて素敵」とか、言ってきたくせに。


 【一人称単数】は彼らからハブられたんだ。



 【一人称単数】が除け者にされるなか、彼らは運動会を楽しんでいた。

 会場の隅っこで眺めているだけの【一人称単数】に目もくれることなく、彼らは笑顔を振り撒いていた。

 まるで、【一人称単数】なんていない者のように扱っていた。

 拮抗する試合を楽しんでいた。


 それでいて、運動会が終わると、彼らはまた【一人称単数】を頼ってきた。

 【一人称単数】はそれを、喜んでしまった。

 気にしてくれていなかったわけではないんだ、と思ってしまったから。

 だから、彼らのために動いてしまった。

 しかし、数か月後。



――またしても【一人称単数】はハブられることになった――。



 今度はマラソン大会。

 運動会の時と同じ理由で、【一人称単数】は参加を取り止めさせられた。

 誰も【一人称単数】が参加しないことを不思議に思ったいなかった。

 むしろ、それが当たり前だとさえ思っていたようだ。



――『【固有名詞】くんがいると、一位が決まっちゃうからつまらない』――。



 そう言われた。


 言われたんだ。

 はっきりと。

 イベント事において、【一人称単数】はいらない、と。


 そう聞かされて、【一人称単数】は初めて理解した。

 誰も、【固有名詞】という人間自体を見てはいなかった、ということを。

 彼らが見ていたのは【一人称単数】の能力だったのだ。

 それだけだった。

 「勉強ができること」。

 「運動ができること」。

 「料理ができること」。

 「ピアノが弾けること」。

 etcエトセトラ……。

 それができること自体に憧れていたのだ。

 それができる【一人称単数】に、ではなくて。

 「あいつはああいう奴だから」ではなくて、「あいつはあれができるから」、だから、一緒にいる。

 【一人称単数】の人間性なんて、まるで見ちゃいなかった。


 誰も言ってこなかった。

 「【一人称単数】を学芸会の主役にしたい」とか、「修学旅行で同じ班になりたい」なんてことは。

 本当に、【一人称単数】は能力だけだった。

 もしも能力がなかったら、【一人称単数】なんて見向きもされない、そのことが彼らの対応の中に嫌と言うほど透けて見えていた。



 【一人称単数】が中学生になった時、能力は更に磨きがかかった。

 勉強も運動も、音楽でも絵画でも料理でも、他の追随を許さず、ありとあらゆる分野でプロ顔負けの技量を発揮し、表彰やトロフィーといった実績を総なめしていた。

 何もかもがほしいままだった。 



――良好な人間関係以外は――。



 この頃になると、才能へのすり寄りはより顕著になる。

 家族は「お前の才能があれば家系は安泰だ」と言った。

 教師や他の生徒たちは「君のような優秀な生徒の担任で誇らしい。次のテストも頑張って」とか、「【固有名詞】くんのノート、わかりやすいから写させて!」とか言ってきていた。

 認められていたのだろう。

 才能は。

 けれど、



――【一人称単数】に求められているのは、それだけだった――。



 他の期待なんてされていない。

 【一人称単数】は学校帰りの寄り道や買い食い、休日に遊びに誘われたり、家に招待したりされたりしたことが一度たりともなかった。

 「やろうとしていたことが期日までに間に合わないから手伝ってくれ! お前なら楽勝だろう!?」みたいなことを手伝わされるばかりだった。

 そんなふうに直接言われたことはないけれど。

 けれど、その時の彼らの表情を見ていると言外に言い表されていたのだ。


 【一人称単数】はいいように利用されていた。

 【一人称単数】はどこまでも器用貧乏だった。


 一度だけ、頼られたのに断ったことがあった。

 それは、その生徒がやらなければいけない課題の手伝い、だった。

 いや、手伝いなんて生易しい表現ではないだろう。

 あれは、丸投げだった。

 その生徒が赤点を取ったために出された課題だというのに。

 【一人称単数】は、それは自分でやるべきなのではないか、と指摘した。

 そうしたら、



――調子に乗るな――



 って言われた。

 「自分ができるからって偉そうにするな」って。

 「なんでもできるからってお高くとまりやがって」って。

 「力を持ってるなら他人ひとのために使うのが普通だろう」って。

 「困ってる奴を見捨てるとか最低だ」って。

 「もういい。お前には頼まない。そんな奴だとは思わなかった」って。

 捲くし立てられた。


 ……これ、【一人称単数】が悪いのだろうか?

 適切な対応だと思うのだが。

 その生徒のために課せられたものなのだから、その生徒自身がやらなければ意味がないのではないか、と判断したのだが。

 ただ、相手が悪かった。

 【一人称単数】は、その日から虐められるようになった。


 それでも、【一人称単数】は恵まれていたと思う。

 喧嘩さえ強かったのだから。

 それでも、こちらから暴力を振るったことは一度もない。

 いなすためだけに力を使った。

 だから、身体に傷がつくことはそれほどなかったのだが。

 服は、ボロボロになってしまった。

 その状態で家に帰ったら、即日、【一人称単数】が虐められているということを家族に悟られることになった。


 家族は速やかに対処してくれた。

 学校に抗議の電話を入れ、犯人グループの特定をし、軽くない制裁を与え、翌日にはもう【一人称単数】への虐めはなくなっていた。

 とはいえ、助けてくれた家族の言い分が「類稀なる才能が駄目になってしまったらどうしてくれるんだ!」だったのが悲しかったけれど。

 それを直接この耳で聞いてしまった【一人称単数】は、勝手に期待していたことに激しく落ち込んでいた。


 それから【一人称単数】の周りに人が集まってくることは激減した。

 【一人称単数】の身に何かあれば家族が総出で仕留めにかかる、それがクラスというか学校全体に知れ渡ってしまったからだ。

 【一人称単数】の機嫌を損ねては不味い、という風潮が広まってしまった。

 みんなは【一人称単数】のことを、まるで腫れ物を扱うかのように接してきた。

 居心地が悪いなんてものではなかった。


 【一人称単数】と友だちになろうとする人は現れず。

 【一人称単数】を利用しようと近づいてくる人もすっぱりいなくなり。

 【一人称単数】の価値は目減りしていくことになった。


 そこからだ。

 【一人称単数】が笑えなくなったのは。


 おいしい料理が食べられるのに。

 着たい服を着られるのに。

 住むところも困ってないのに。

 必要なは揃えられているのに。

 やりたいことは片っ端からできるようになっているのに。

 それなのに、



――ちっとも楽しくなんてなかった――。




 【一人称単数】は優秀すぎたのだ。

 できすぎていた。


 なんでもかんでもそつなくやれてしまう。

 失敗はしない。

 他人の手を全くもって必要としない。

 というより、誰かと協力するより一人でやった方が効率がいい。


 【一人称単数】と他の人たちの間にあるのは大きな、大きな溝。

 見た目は、種族としてはヒトであるのに、中身が違いすぎた。

 だから、敬遠されていた。


 どうやら【一人称単数】は、みんなには同じ人間として見てもらえなかったらしい。

 みんなは【一人称単数】のことを



――〝バケモノ〟を見るような目で見てきていた――。




 中学でも相変わらず、【一人称単数】は学校でのイベント行事への不参加を余儀なくされた。

 体力測定。

 球技大会。

 林間学校。

 文化祭。

 体育祭。

 中間・期末考査の順位付け。

 挙句の果てには、調理実習の授業に至るまで。

 【一人称単数】が共同での製作や集団での発表に参加すると、【一人称単数】と同じチームの人の評価が上がってしまうからそれでは公平ではない、と。 

 そうやって【一人称単数】は順調に、クラスの輪から外されていった。


 【一人称単数】は思っていた。

 【一人称単数】がやれれば、文化祭の準備などでぎりぎりになることもないのに。

 【一人称単数】がやれれば、発表会などで失敗して泣くこともないのに。

 誰も失敗なんて望んでいないはずだ。

 成功した方がいいに決まっている。

 それなのに、



――どうして彼らがこんなにも輝いて見えるのだろう――。



 頑張ったけれど報われなくて、悔しそうにしながらも励まし合っている彼らのその光景は、なんだかとても羨ましく【一人称単数】の目に映った。

 失敗ができない【一人称単数】では、それは到底得ることのできない体験だったから。



 やっぱり、【一人称単数】は恵まれていたんだと思う。

 それは二年生になった時。

 【一人称単数】が通っていた学校の、【一人称単数】が在籍するクラスに転校性がやってきたのだ。


 その人は転校生だから、【一人称単数】の置かれている立場を知らなかった。

 そして、その転校生は、【一人称単数】のことを普通のクラスメイトとして扱ってくれた。

 それが、途轍もなく嬉しかった。

 転校生は、【一人称単数】という人格そのものを見てくれていて。

 気づけば【一人称単数】は、その人のことを



――好きになっていた――。



 周りからどんなに厄介な奴だと疎まれていても。

 どれほど避けられようとも。

 その人がいてくれれば、【一人称単数】はそれでいいとさえ思っていたんだ。

 だから【一人称単数】は、



――早まった――。



――告白をして、そして――



――フラれた――。



 「そんなつもりはなかった」と。

 「正義感からの行動であった」と。

 「好きになられても困る」と。

 あまりのショックに、最後の方は何を言われているのかわからなかった。

 耳が、受け付けなかった。


 【一人称単数】は、この日、初めて失敗をした。


 ずっと経験したいと思っていた。

 失敗をする、とはどんな感覚なのだろう、と。

 彼らが見せる失敗は、温かいものに見えていた。

 でも、実際に経験してみると、


 痛い。



――痛い、いたい、イタイ、痛い、いたい、イタイ、痛い、いたい――



 たったの一回で、【一人称単数】の心は潰れた。



 それからは【一人称単数】に与えられた日常を無難に過ごした。

 高望みなどしないで、自分にできることをして、偶に頼られて。

 そうして、何年かが経った時だった。


 【一人称単数】はとんでもなく恵まれていたらしい。


 【一人称単数】は、【一人称単数】そのものを求められはしないと思っていた。

 けれど、ある時、教室で言われたんだ。



――『あなたの優しさが好きです。付き合ってください』――って。



 言ってきたのは一人の生徒だった。

 口にしたのは、告白。

 【一人称単数】の、【一人称単数】の性格を好きになったという言葉。

 初めてだった。

 【一人称単数】の性格を好きになったと言ってくれた人は。

 あの時の転校生から与えられていたものとは比べものにならない大きな安らぎを感じた。

 ああ、嬉しい!

 涙がどうしようもなく溢れてきた。


 更にその生徒は言ってくれた。



――『つらそうにしているあなたの力になりたい』――と。



 心が温かくなる。

 そうか。

 これが幸せというのか。

 【一人称単数】は、初めて幸せを実感した。



―――――――――――――



「あは、あはっ、あははっ! 【一人称単数】はついてる! ついてるぞ! あははははははははっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る