第二章 「夢は終わった」と彼女は笑う
2.1 何度目かの夏が始まる予感
「やばいやばいやばい!」
目の前の男はそう叫びながら机に頭を突っ伏す。
時は夏休み2週間前にして期末試験1週間前、バレー部の大会1日目は1週間前に終わっている。大会は無事突破しており、期末試験最終日の次の日の日曜に2日目があるため、試験期間中も部活をしなければならなかった。
「おーい、どうした?最近めっちゃボーっとしてない?大会の時はピンピンだったけど」
そう
「スポーツと私生活は全く別だからな」
「じゃあ勉強と私生活も切り離せよ」
「勉強と私生活は同じだろ」
「なんでだよ!」
とまぁ準とはいつも意見が食い違うのだが...様子がおかしいのは最近の準もそうだった。
「聞きたいこと...あるんだけどさ」
その声色で、準の動きが固まる。彼曰く俺が大事な話をする時は声のトーンが変わるらしい。
「最近お互い忙しくて2人きりの時間とかなかっただろ?だから話せるタイミングなくてさ」
「そうだ。前のあれはどうなったんよ。2.3週間前の」
明らかに話をずらそうとしているのは目に見えていたが、その問いに俺は言葉を詰まらせた。
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あの日の後、特に何かあったわけではない。
ただ、結衣さんと連絡がつかなかった事は少し妙に感じたが、次の月曜日事情(雪さんが土曜日に失恋をしてしまった事)を知った結衣さんが、何をしたのかわからないが雪さんの機嫌を見事に立ち直らせていた。
会うのにも気まずくなっていた俺は、本を返す事を口実に図書室に向かい、しっかり謝った後、さっさと帰ってしまおうと思っていたのだが、雪さんに止められ彼女の方からもあの日にあった事を謝られる。図書館での態度は俺に嫌われようとやった事、シャツを濡らしてしまった事、俺を傷つけてしまった事等々。謝られるつもりのなかった俺は、本当に気にしていないしむしろ自分が悪かった事を伝え、なんとか場は収まった。
帰り際に彼女から新しい付箋本をもらい、その日から毎日図書室に通っているのだが、その代わりに結衣さんと関わる頻度が減ってしまう。
雪さんも一応毎日結衣さんと関わっているが、明らかに今までより早く帰ってしまう様だった。確かに、俺が図書室に向かう時には彼女はいない。
「私は結衣に本当に感謝してるし、と、友達としてもっと関わりたいのだけれど、最近付き合い悪い気がして...橘君、どうしたらいいのかな」
そう言う雪さんを俺はほっとける訳なく...といっても俺は自分の存在が二人の関係の障害になっている様にも感じる。
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そういう訳で結衣さんと話をしたいわけなのだが。
「学生の本分は勉強。高校にもなると付け焼刃じゃどうにもならない。暇なんてないし、時間を作ろうにもあの人すぐ帰っちゃうし」
そううなだれる俺を見て準はため息をつく。
「つまり、全然解決してないってわけ?めっちゃ大事じゃねーか。何がすぐ関わらなくなろうからだ...あ」
突然彼が口を塞ぎ、こちらを見つめるが訳が分からない俺の顔を見ると、彼はほっと息をついた。
「良かったお前が馬鹿で」
「はっ倒すぞ」
俺は準の頭に軽くチョップをした。
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夢についても、少し整理したいことがあった。
雪と出会ってから、毎日俺は踏切で彼女と会っている。睡眠中に活動しているのは確かだが、不思議と疲れは見られない。
踏切に唯一ある街灯が彼女をいつも照らしていて、俺はその明かりの元に、雪の隣に座る。そこで毎夜、飽きる事無く話をした。ある日はお互いの好きなものを、ある日は共通点の話だったり、俺の世界の雪さんの事も話した。もちろん、これからの計画も話をしていた。
そしてそう思わせてくれた結衣さんを失う事が、彼女にとって1番許しがたい事だった。
結衣さんから夏休みの予定を聞き、その通りになるように、彼女と雪さんを繋げるという任務が俺の新しい任務だった。
最近結衣さんの付き合いが悪い事を雪はかなり気にしている。実際、自分のせいでこうなってしまっているのであれば、何とかしたいと思っていた。
雪はいつの間にか俺の中で欠かせない存在となってしまっている。本来なら交わらない夢と夢の狭間で、俺はこのまま彼女に甘えていいのかと、少し思い悩んでいた。8月31日を超えると、彼女には会えなくなる。そんな事はわかっている。
元々奇妙な話だから、その先の期待なんてしていない。だからこそ、雪との距離感を考える様になってしまっている。
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「それで、お前と凜の話だ」
切り出した俺を見て、彼は遂にそれに触れたかと言わんばかりの表情をして天を仰いだ。
いやそんなに?と思うが、そういう態度をとるという事は何かあると言う事だ。
「多分、俺のせいなんだと思う。もしかしたら準を巻き込んでしまっているんじゃないかって。だから正直に話して欲しいんだ」
真剣な眼差しが伝わったのか、彼は何度か頷く。そして「この事は俺のせいでもあるんだ」と話を切り出した。
「
準が一目惚れでフラれた?
話し出す準を俺は1回止める。そんな話は1度も聞いていない。そもそも準は恋愛なんか無頓着だったし、ましてや一目惚れですぐにアタックする様なやつではないはずだ。
「あ、あの時はどうかしてたんだよ。お前がいなかったからなのか、どっかむずむずしてて、その時心配して声かけてくれた彼女と目が合ったんだ...まぁ結局、最近愁斗先輩と付き合ったんだけどな。あ、愁斗先輩ってバスケ部の」
ここに来て、興味のなかった彼の失恋話が価値を帯びて来た。まさかあの時愁斗さんの隣にいた人に一目惚れしてたのか。きっと、バスケ部の女マネで関わる頻度も多かったのだろう。
「つまりお前の初恋は一瞬で終わったって事だな」
「そう!何気に初恋だったんだよ俺の!だからこそ結構ダメージが来て、馬鹿だろ俺。今思い返しても恥ずかしったらありゃしない事ばっか。
んで、その時にさ。一緒に帰ってた凜が言ったんだ」
本題の話を、彼は1拍置いて話し始める。
「『それならさ、私達同じってことだね』ってそう言ったんだ。なんで?って聞くと、どうやら凜は中3の最後に夏向に告白してフラれたって事を聞いた。どうかしてた俺はその時、なんで俺に今まで言わなかったのかって事と、なんであいつは告白をOKしなかったんだって事を思ったんだ。その時に、彼女が提案してきたんだ。
『付き合っているフリをしよう』って。俺は流石に夏向に悪いよって言おうとしたんだけど、じゃあ夏休み前にはネタバラシしようっていつもの様に笑うから、俺も何故かああそんくらいならいいかもなぁって思って...今に至ります。マジですいませんでした」
土下座する準を無視して、俺は考えを巡らしていた。
準が馬鹿なのは置いておいて、やっぱり凜の様子は高校に上がってからおかしかったのは確かだ。
その理由が俺なのもわかる。時期があまりにも噛み合っているから。しかし、ここまでの仕打ちをされなければいけないのか。もしかして彼女は相当病んでいたのか。
きっとこう考えている内は彼女の事なんか理解できないんだろう。
やっぱり俺は、人の感情を軽視し過ぎているのかもしれない。
それに...
「おい、もうそろそろいいか?」
「お前反省してないだろ。まぁいいけどさ」
あははと笑いながら起き上がった準は、少し視線をずらして言う。
「正直、俺も凜の事はわからない事が多いよ。そもそもお前よりあいつといる時間は短い訳だし、分かっているつもりでいる訳でもない。
ただ、寄り添える事はできる。悪く言えば相手に合わせるって事だが、俺は凜に合わせるのはアリかもなって思った。でも、今考えてみれば明らかにおかしい事だ。今まで築いてきた俺らの関係は何だったんだって」
言葉はそこで途切れて、俺と準はお互い視線を合わせる事なく黙り続ける。怒りはなかった。彼がちゃんと俺たちの関係を想ってくれていた事が、少し嬉しかった。
「正直凜もやりすぎたかなって思ってるはずだよ。最近お前が忙しくなって、あいつに目に見えてしょげてるからさ。今度3人で話し合おう。
まず凜が夏向に告白した事からだな。この事に関しては誰も悪くねぇ。ちゃんとお互いの気持ちを伝え合えば大丈夫!だと思う!」
そう準は笑って言った。
やっぱりこの関係は彼なくして成り立たない。
しかし、俺はこの状況を快く受け止めきれなかった。
きっと、この話はもっと昔から続いている。
夏希を失った、あの日から。
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