1.3 ただそれだけの関係 後編

 俺が結衣さんに協力しなければいけない用件は至って簡単なものだった。

 それは、雪と愁斗さんを付合わせること。

 

 その条件に、少し戸惑う。

 一つの理由として、仮に俺の介入で付き合えたとしたら雪からのお願いはどうなるのだろうか。つまり、運命が変わりすぎるのはリスキー過ぎる気がしたのだ。

 もう一つ、これは私的な感情だが仮に運命が雪の言った通りだとしたら、今からやることはの手伝いである。それは少し、心を締め付けるものがあった。

 例えどんなにこの世界の雪を煽てたり希望を持たせたとして、その先にあるのは...言わずともわかることだ。さらに踏切で雪は三日後にフラれると言っていた。今日であと二日って考えたとしてここから頑張ったとしても、彼が昔から雪の事が好きだったなんて事がない限り無理だろう。まるで定期テスト前日で勉強を少しもしていない人が、謎に自信がついてくるような、そんな事を雪にさせるだけになってしまう。そんなこと...


「でも、もう遅いんだよね」

 結衣さんはそう言って肩を落とす。

「今度のバスケの大会が終わった後、愁斗と同じ部活のマネージャーが彼に告白するらしい。彼らはずっと仲良かったし、なにより部活内で常にそばにいて支えている存在だからね。付き合うのはほぼ確実らしい」

 先ほどとは打って変わって、彼女の口調がしおらしくなっている。

 やはり、踏切での雪の発言の通り今度の日曜の大会後が失恋する日なのだろう。


「でも、雪は彼とずっと昔からの幼馴染なんだ」

 その言葉に俺は驚く。

 まさか、雪と愁斗さんが幼馴染だったなんて。

「しかも今でもちゃんと話してるし、あのマネージャーがいない時は一緒に帰ってたりとかもしてたんだよ。ただ、雪は見ての通りコミュニケーション能力が乏しくてね...幼馴染の愁斗でも他と話してたり、話しかけやすい雰囲気じゃなかったら億劫になっちゃってね。

 私もできる限りの努力はしたんだけど、ほら、私って気軽に話せるような人はいなくてね。出来ることは雪を元気づけたり愁斗のスケジュールを逐一報告したりとか、それぐらいだった。それに毎日のように図書室に寄って、ちょっとした事を話すだけでも彼女は喜んでくれる。なんだか、自分のやっている事が素直に誇れるものではないっていうのが今の現状って感じかな」


 そう言って結衣さんは黙ってしまう。

 肘をテーブルに乗せ、人差し指で雨にもかかわらず真っ直ぐ綺麗に下ろしてある髪をくるくると巻き付けながら俯いていた。目も虚ろで焦点が合ってないように見える。数分前のオーラはいつの間にか、すっかりなくなってしまっていた。

 話を聞いて結衣さんの気持ちは充分にわかったけれど、彼女は何故ここまで雪につくしているのだろうかと少し疑問に思った。きっと結衣さんはここまで自分の気持ちを素直に話す性格でもないだろう。まだ出会って2回目の彼女からしたら第3者であろう俺にここまで話す理由も見当がつかなかった。


「あの」

 俺はただ無心に髪をいじる結衣さんに声をかけた。彼女は俺の声に反応して顔を上げる。

「結衣さんは、どうしてそこまで雪さんにこだわるんですか。それに、何故この事を俺に言うんですか」

 彼女は少しの間俺を見つめる。

「雪は私にとっての特別なんだ。だからどうにかして幸せになってほしい。でも私だけの力じゃどうしようもなくて、そんな時に君が来た。過去に取り返しのつかなかった事はきっと、雪の失恋ではない。そうでしょう?」

 その言葉に、俺は頷くことしかできない。


「なら私の役目はここまでだよ。きっと私は失恋のアフターケアはできない。どうにかして色んな事を試すだろうけど全て上手くいかないだろう。だから君に彼女の事を託したいんだ」

 そう彼女は言うと、照れくさいように笑みを浮かべる。しかしそれが作った笑顔ということを、俺が1番わかっていた。


 否定されたいわけじゃない。ただそれが最善であって自分の望みなんかここでは優先されてはいけない。それを押し通すためにこの笑みを作るのだ。嫌われたくないと頑張って、必死に入り込もうとする昔の自分を思い出した。それが嫌で1人になって、わかり合える友達しか作らなくて良いと思い生活しているというのに、彼女はその大切な1人の関係さえも自分で塞ぎ込んでしまっている。

 だからこそ、俺の口調は強くなった。


「今までもこれからも、人間関係に完璧なものなんてないんです。そもそもあなたの考え方はそれ以前の問題だ。

 前提条件を勝手に自分で決めて、勝手に自己完結して終わり。人間関係というのは、友達というのは相手にアプローチしてから始まるんです。それで己の欲望と相手の欲望がずれることだってない方がおかしい、それをどう妥協しどう押し通すか、それが人と関わる前提条件なんです。

 それできっと、あなたはそれをする資格がないと言うのでしょう。家庭の事情

や自分の至らなさがあなたを前に進ませないんでしょう。そんなのよりも、毎日図書室で自分の話を聞いて笑ってくれる雪を思い出してください。その笑顔はどうですか、強張ってますか?大袈裟に声を張り上げていますか?」

 畳かける俺の言葉に、彼女は圧倒され表情がくずれつつある。

「さりげない笑顔だったよ。ふっと零れ出るような、普段大人しめな彼女が意外なとこで噴き出すから面白くてね。こっちも笑っちゃって」

「それです。それが大事なんです」

 割り込んだ俺に、さすがの結衣さんも目を丸くした。

「何気ない会話で笑みが零れて、自分もつられて笑う。そしてそれを邪魔するような人は1人もいない。素でいられるような関係を自分から切り離してはいけません。それに、雪もそんなことは望んでいない」

 口から溢れ出しそうな言葉を一旦抑えて、慎重に言葉を選んでから話す。

「失恋とか関係なく自分なりでいいんです。きっと雪とはそれで上手くいくはずですよ」



「まさか橘くんに弱みを見せた上で説教されるとは、私もまだまだだね」

 ファミレスから出て、隣で歩く結衣さんはいつも通りの雰囲気に戻っている。


 彼女の要求を飲んで俺は夢の事を教えてもらい、今日の夢で雪に会った時にそれを伝える事が楽しみな反面、夢の終わりというものがあるという事を知り、なんというか胸のもやもやが消えないでいた。

 たった二回、それも夜の数時間。ただそれだけの付き合いなのに、踏切の雪の姿が頭に浮かぶ。


「ところで」

 結衣は言う。

「握手、忘れていたね」

「握手?」

 聞き返す俺を無視して、彼女は右手を差し出す。

「同盟の証だよ。たった二日の共同戦線のね」

 案外結衣さんもわくわくする様な事は好きなのかなと思いながら、俺は差し出された手を笑って握り返す。

「はい、それと友達の証ですね」

 そう言うと、彼女は少しの間固まり目を逸らした後、握る手を強める。

 不意打ちで食らった攻撃に痛がる俺をまたもや無視して彼女は言った。

「本当に君といると狂わされてしまうよ」


 彼女の表情に、ほんの少しだけ笑みが零れていた。


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(夏向がファミレスを出る数分前)

「君達、一体何をしているのかな?」

 メロンソーダを片手に私は、夏向と一緒に帰ろうとしていた男女に話しかける。


 おそらく私たちの後を追ってきたのか。男の子の方は落ち着いていて、女の子の方は少し慌てている様子だった。

「あ、えっと、すんません。勝手について来てしまって。いやぁ、夏向が女性の方とどこか行くなんて大事件だったもんで」

 そう男の子の方は頭をかいて言う。女の子の方はもじもじしている様子だった。

「君達は、夏向くんの親友なんだよね」

 二人は頷く。

「君達含め三人の事は良くわからないけど、夏向くんの一番の居場所は君達といる事なんだろうね。本当に羨ましいよ。

 私と彼は本当に初対面で、何も狙ってなんかないから安心して。ただ、ほんの少しだけ彼を借りるかもしれないけれど、すぐに関わらなくなるだろうから」

 そう言うと、男の子はいえいえと首を振る。

「俺はあいつが他の人と関わるってだけで嬉しいし、俺らのせいで一人になってるっていうのは嫌だから、むしろこれからも仲良くやってほしいです。なっ、リン?」

 男の子がリンに話を振り、彼女は一回頷いただけでそれ以上は話さなかった。


 少しの沈黙の後、私はじゃあねと言って彼らの席をあとにした。

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