71.足手まといを連れて

 ソロゲームである『トゥエルブ』において、面倒なクエストと言えば足手まといを連れてのダンジョン攻略だ。

 ディアーネの習得している〈盾・かばう〉がなければ難易度が跳ね上がるそのクエストは、攻撃を喰らうとすぐ死ぬNPCを連れてダンジョンの奥に連れて行くというもので、ただし難易度に比例して報酬も高かったりするのためよく周回したものだ。


 今、俺たちは魔境『熱砂の谷』へ向けて、旅の最中だった。

 生息する魔物が強く、素材も大して旨味のない『熱砂の谷』は不人気な魔境なので、向かう旅人は普通はいない。

 そう、普通なら俺たち四人だけの旅になるはずだった。


「う、うわぁぁぁぁぁぁ!?」


「あ、危ない!!」


 デススコーピオンのハサミをディアーネの盾が弾く。

 かばわれたのは、ひとりの少女だった。


 俺たちは少女を守るためにディアーネを護衛に付けて、三人で攻撃に集中していた。

 デススコーピオンは尻尾の棘にある猛毒が厄介な魔物で、大きさは成人男性並みはあろうかという巨大なサソリだった。


 ……まあ俺たちからすれば雑魚なんだけどな。


 俺の〈アイスボルト〉、追従するタマの氷の礫がデススコーピオンに炸裂。

 凍結して動きが鈍ったところを、アリサの〈居合い〉で仕留めた。


「ひ、ひう。死ぬかと思いましたぁ~~~」


 デススコーピオンの死体から尻尾の毒腺を採取してアイテムボックスに入れる。

 さてここで怯えている少女はいったい誰か、というと……。


 【吟遊詩人】バードのリムロッサ。

 英雄たちの物語を歌と楽器で彩り、伝え歩く芸人である。


 なぜ俺たちがリムロッサと同行しているかというと、……勝手についてきたのだ。

 どうも前にいたホイットボックスの街で女性だけのパーティで、魔境『黒の山』の一番奥で戦う私たちに英雄としての資質を見出したとかで、旅立った私たちに強引にくっついてきたのである。


 いやその覚悟は買うよ?

 でも自衛手段もないのは、さすがに自殺行為だと思うんだが。


「リムロッサ。ついてくるのが無理そうなら近くの街まで送るから……」


「いいえ、皆さん『妖精の友』の活躍を歌にするまでは、かじりついてでもついていきます!!」


「でもなあ。足手まといはちょっと……」


「うう、そこをなんとか!! 見捨てないで頂けると!!」


 俺は懇願するリムロッサにため息をつく。

 情熱だけじゃ、なんともならないこともあるのだけどなあ。


 それでもこうしてディアーネを護衛につけて、旅に同行させているのは、ひとえに彼女のクラスのせいだ。

 リムロッサの本業は【吟遊詩人】バードだが、他に【侍女長】ガヴァネスのクラスを持っているのである。

 【侍女長】ガヴァネス【侍女】メイドの上級クラスである。


 【侍女】メイドはゲーム『トゥエルブ』においては特定のクエストをクリアするために必要になる程度で、戦闘にはまったく寄与しないクラスだった。

 しかしこの世界では職業メイドとして貴族の館で雇用され、掃除と洗濯、そしてお茶汲みなどの雑役をこなす立派なクラスとして認識されていた。

 特に複数のメイドを従えるメイド長である【侍女長】ガヴァネスは、ただの【侍女】メイドと一線を画す性能を持っていると言われている。


 リムロッサは俺たちに護衛される対価として、洗濯とお茶汲みをすると申し出た。

 たったそれだけの対価か、と思われるかもしれないが、これがとんでもないことにリムロッサの〈洗濯〉と〈お茶汲み〉は、辺境伯令嬢であるマーシャさんも驚くほどの効果を発揮したのである。

 汚れた衣服は〈洗濯〉後、まるで新品であるかのように綺麗にアイロンが当てられ、入れられるお茶はなんと一日に2点のMPを回復する効果を持っていた。

 もちろんお茶は美味である。


 そして暇な野営の時間、リュートを静かに弾きながらの英雄譚の数々は退屈を吹き飛ばしてくれた。


 なんてことのないように聞こえるが、まあともかく辛い旅がリムロッサによってちょっと快適かつ楽しいものになったのである。


 戦力的にはディアーネを専属の護衛にして、三人で戦って問題はない道中だ。

 だからリムロッサが怖い思いを耐えていられる内は、同道しようということになった。


 ……だけどこう戦闘の度に半泣きになられると、やっぱり旅には向いていないように思えるんだよなあ。


 とはいえ、さすがに慣れてきたが。

 恐怖に震えながらもなんだかんだ俺たちに着いてくるリムロッサ。

 果たして、魔境『熱砂の谷』までついてくることができるのだろうか。

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