70.次の魔境へ

「そろそろこの魔境にも飽きてきたね?」


 俺は何気ない風を装って、皆の反応を伺う。

 ディアーネは「そうだねー。一番奥まで行ったし、もうここはいいかなー」と同意してくれた。

 マーシャさんは「飽きるとかそういうものなの?」と首を傾げ、アリサは「拙者、もっと歯ごたえのある魔物と戦いたいでござる」と言った。


「魔境には難易度があるからね。そろそろもっと強い魔物が出現する魔境に移るのもいいんじゃないかと思ってさ」


「そう言われると、確かに私たち、ここではもう敵なしよね」


 マーシャさんは納得したように頷いた。


 同格や格上を相手にしている内は良かったが、ここ最近は完全に雑魚狩りになっている。

 安全に稼げるといえば聞こえはいいのだが、気づいてしまったことがあった。

 入手するSPが減少しているのだ。


 毎日メニューをチェックしていたから気づいたのだが、装備を整えてスキルが充実するにつれて、日々の入手SPが徐々に減っていっていることに気づいた。

 これはゲーム『トゥエルブ』でも見られる現象で、セットしているスキルと装備で戦力をシステム内部で数値化しているらしく、倒した魔物より一定以上高いと、入手するSPが減少していくのだ。

 つまりここは適正な狩り場でなくなってしまったということである。


「レイシア、他の魔境に行くってこと?」


「うん。実は少し前から調べてて……ちょうど良さそうな場所に目星を付けているんだ」


 ディアーネの疑問に応える。

 ここより二段階ほど難易度の高い魔境になるが、今の私たちなら問題なく戦える場所を見繕っていた。


「お金も貯まっているし、路銀は潤沢でござる。毎日の繰り返しでは強くなれないのはなんとなく拙者も感じていたでござるよ」


「そうねえ。ディアーネもアリサも傷ひとつ負わなくなってきたし、新しい場所に行くというのもいいかもしれないわね」


 アリサとマーシャさんも別の魔境に移るのに乗り気になってくれたようだ。


 俺は懐からメモを取り出す。


「ネオパトラ侯爵領から少し離れているけど、魔境『熱砂の谷』がちょうどいいかな、と――」


「ちょ。ちょっと待って!! 『熱砂の谷』って……あの!?」


 マーシャさんが焦ったように声を上げた。

 どうやら聞いたことがあるらしい。


 ……危険な魔境として有名だから、マーシャさんなら知っていてもおかしくはないかな。


 俺は落ち着き払った態度を崩さず、「そうだよ」と告げた。


「今の私たちなら『熱砂の谷』で戦えると思うから」


「有名なとこなの?」


 ディアーネがマーシャさんに問うた。


「ええ。危険な魔境として有名で、熟練の冒険者パーティでも生還するのが難しいと言われている場所だと聞いたことがあるわ。魔境から得られる素材もほとんどないから治める領主がいない、王家の直轄地になっているはずだったと思う」


 俺の事前に調べてきた内容と大差ない情報だ。

 ただし出現する魔物のラインナップを見るに、もう俺たちは『熱砂の谷』ぐらいでなければ適正な狩りができないと思われる。


「でも魔境の難易度を勘案すると、ここより上ってどこも似たような風評だよ?」


 俺は皆を見渡して言った。


「拙者、この大陸の魔境については詳しくないでござるが、レイシア殿が大丈夫だと言うのなら、行ってみたいでござる」


 アリサは乗り気だ。

 もともと強くなることにこだわりがあるから、向上心がある。


「うん、レイシアが大丈夫だって言うならきっとなんとかなるよ!!」


 ディアーネは俺への信頼が厚い。


「……本当に大丈夫なの?」


「大丈夫。出現する魔物も調べたけど、今の私たちなら勝てるから」


「そう、分かった。覚悟を決めるわ」


 勇気を奮い立たせて、マーシャさんも移動に賛同してくれた。


「じゃあ決まりだね。私たちは魔境『熱砂の谷』へ行く!」


 俺はそう宣言して、旅の準備を始めることにした。

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