32.うっかりさん油断する

 人は物事に慣れる。

 十歳の女の子ふたりがイエローベアを狩ったという噂はあっという間に広がり、そして連日のようにゴブリン以外の魔物を狩ってくるのを見て、次第に驚きも薄れていったようだ。


 パーティに誘われることも多くなったが、俺の収納魔法という名のアイテム袋が目当てだと思われるので、今のところすべて断っている。

 みんな人の良さそうな笑顔で近づいてくるが、どの大人を信用すればいいのか分からないからだ。

 もう少し、誘ってくる人の人となりを知らなければならないが、生憎とそれを知るような機会も訪れない。

 特に深く関わり合いになる冒険者もおらず、俺たちは日々、と言ってももちろん休み休みだが冒険を重ねていった。



 人は物事に慣れる。

 それは俺たちだって例外じゃなかった。

 森の少し入ったところでゴブリン以外の魔物を狩っていたが、それにも慣れてしまい、もっと大きな獲物を狙おう、とディアーネと話をしていた。

 領都近郊の森は都会に近いだけあって、多くの冒険者が分け入っている。

 危険な魔物の情報は冒険者ギルドにて共有されており、森のどの辺りが危険なのかは把握していた。

 だが俺たちは情報を過信していた。

 魔物は移動するという、当たり前の常識を失念していたのだ。


 油断と言ってもいい失態だった。

 遭遇して初めて、自分たちが何をやらかしたのか、理解した。


 キマイラ。

 獅子の身体に竜の首と山羊の首を生やし、尾には蛇、背中には皮膜の翼を持つ魔物だ。

 飛行能力があるため、情報よりも離れた場所にも関わらず、ソイツに遭遇してしまった。


「マズイ、ディアーネ!! 私が魔法を撃つから下がって!!」


「え、でも――」


「大丈夫。今の私たちなら、なんとか勝てるから!! 指示に従って!!」


「うん、分かったよ、レイシア!!」


「〈ブリザード〉ッ!!」


 半球状の猛吹雪がキマイラを覆う。

 〈凍結付与〉があるため、ところどころに氷がくっついて動きを鈍らせる。


 竜の首が火炎を吐き出した。

 広範囲を焼き尽くすように炎の舌が森を舐める。


 同時、山羊の首が〈サンダーボルト〉を放つ。

 雷の矢の魔法は、吹雪の魔法を放った俺に向けられた。


 ディアーネは竜の首の吐いた炎から逃れるために後退し、俺は〈サンダーボルト〉を回避すべく横に飛んだ。

 木にぶつかるが、気にしている場合じゃない。


 ――あと五発!!


「〈ブリザード〉!!」


 消費MPが二点の〈ブリザード〉は合計で六発撃てる。

 さしものキマイラとて、中位魔法を六発もくらえば、〈凍結付与〉で動きは鈍るし、ダメージだって大きいはず。


 キマイラの巨体が吹雪から逃れようと、ディアーネ目掛けて突進を敢行した。

 背中の翼も使い、巨躯に似合わぬ速度で迫る。


 ――ディアーネ、お願い回避して!!


 しかしディアーネは、近づいてきたキマイラに向けて己もまた接近することを選んだ。

 突進とは少しだけ斜めに交錯した前進は、回避とともにすれ違いざまの攻撃すら放つ見事な動きだ。

 大きく横薙ぎに振るわれた剣が、獅子の胴体を斬り裂く。


 しかしそのまますれ違おうとしたディアーネに、尻尾の蛇が襲いかかる。

 それも読んでいたのか、ディアーネの連撃の二発目が蛇を迎撃。

 そのままキマイラから距離を取ることに成功した。


「ナイス、ディアーネ!! 〈ブリザード〉!!」


 三発目の猛吹雪がキマイラを襲う。

 しかし突進したことで今度は俺との距離が近くなってしまっている。

 山羊が〈サンダーボルト〉を放った。

 近すぎて回避は難しい。

 痛みを覚悟して、受ける。

 肩口に着弾した〈サンダーボルト〉は、肩に激痛と全身に感電をもたらした。


 ――マズい!?


 しかし想定よりは最悪ではなかった。

 感電したことで雷属性の〈感電付与〉を持っているかと思ったが、単純に〈サンダーボルト〉のダメージだけだったらしい。

 〈感電付与〉があれば、しばらく全身が麻痺して動きが鈍る。

 幸いにして、そのような兆候はなかった。


「レイシア!?」


 悲鳴のような呼び声。

 心配をかけてしまったか。


 なんとか距離を取ろうと走りながら四発目の〈ブリザード〉を叩き込む。

 びっしりと霜が全身を覆う。

 キマイラは存分に魔法のダメージを受けている様子。

 このまま押し切れ!!


 俺の援護をしようと、ディアーネがキマイラに向けて接近を試みる。

 だがあと二発、範囲魔法を撃たなければ。


「ディアーネ、私は大丈夫だから、距離を取って!!」


「でもっ!!」


「あと二回。まだ魔力が残っているから!! 〈ブリザード〉!!」


 五発目。

 みっつの首が悲鳴をあげた。


 竜の首が咆哮とともに火炎を吐き出す。

 しかし俺たちを狙ったものではない。

 至近距離に撃ち込み、凍結を解除しようと試みたのだ。


 ――火炎に耐性はなかったはず、自滅だ。


 凍結していた部分は一部を溶かすことに成功したキマイラだが、その代償は小さくない。

 ダメ押しとばかりに、最後の〈ブリザード〉を放つ。


「ディアーネ、私は魔力が切れた。後は下位魔法で援護するから、トドメはよろしく!!」


「分かった――行くよ!!」


 ディアーネが走る。

 山羊の〈サンダーボルト〉を回避し、キマイラに肉薄する。

 獅子の牙がディアーネを襲う。

 大きく開いた口の中に〈剣・刺突〉を叩き込み、すかさずディアーネは〈バックステップ〉で牙から逃れる。


「〈ウィンドカッター〉!!」


 MPがなくても消費がゼロの魔法ならば撃てる。

 肩がジンジンと痛むが、それを脳内から追いやり、なんとか魔法を放つ。


「〈ウォータースピア〉!! 〈ストーンハンマー〉!!」


 連続して放たれる下位魔法。

 スキル〈高速詠唱〉によりリキャストタイムを縮めておいた甲斐があった。


 三発の魔法がキマイラにダメージを与える。

 物理耐性などもっていないものの、獅子の身体のタフネスで耐える。

 どんだけ体力があるんだコイツは!!


 ディアーネが〈剣・斬撃〉〈剣・斬撃Ⅱ〉の連撃で山羊の首を落としにかかる。

 魔法を放つ山羊の首が厄介だと見てのことだろう。


 ――良い判断だ。


 俺は反対側についている竜の首を狙って魔法を連打する。

 ディアーネにより山羊の顔が真っ二つになり、獅子の首が悲鳴をあげた。


 よし、行ける。


 趨勢は明らかにこちらに傾いている。

 全力での戦闘は、長いようで短い。

 実際に戦っていたのは一分ほどだが、十倍くらいに感じた。


 俺たちはなんとかキマイラを倒した。

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