12.農民の妻とか断固拒否します
神殿学校を優秀な成績で卒業し、俺は八歳になっていた。
相変わらず農作業と自警団の訓練に精を出す毎日を送っている。
しかしその一方で、俺は本格的に村を出る支度を始めた。
婚約話が舞い込んできたからである。
前世の俺は異性愛者だった。
現在の俺の肉体は女性のものではあるが、だからといって男に欲情したりはしない……と思う。
まだ八歳で第二次性徴期を迎えていないというのもあるが、それにしたって男との婚約話は、俺にとっては寝耳に水であり、恐怖すら覚えたものだ。
このカイウス開拓村は狭い。
面積的には農地だらけで広いが、村人の数はそう多くなく、ほとんど顔見知りだ。
いずれはどこかに嫁に出される、というのは農家の家としては当たり前の感覚であり、成績優秀で自警団に所属し給金を得ているという身分は、なかなか魅力的に映るらしい。
更に、くすんだ銅鏡で見る限り、俺は不美人でもない。
とりあえず舞い込んできた婚約話はとてもじゃないが早すぎるもので、反応を伺ってきた父に猛反対しておいた。
しかしこのままでは十代前半で嫁がされるのは目に見えている。
この世界の、少なくともこの農村ではそのくらいの年齢が女性の結婚適齢期らしい。
時間はあまりなかった。
「んで? 村を出て冒険者になるってか」
「はい。せっかく妖精さんから魔法を授かったのですから、このまま村に骨を埋めるのはもったいないというか」
「まあ、そうだよなあ……」
自警団長ディアマンドは顎に手を当てて、軽い同意を示してくれた。
ここはディアマンドの家だ。
ディアマンドの妻はディアーネを生んだ後に産褥で亡くなっており、後妻を娶ることもなくディアーネとふたり暮らしをしている。
俺の相談を聞いたディアーネは、ふんす、と鼻息を荒くして割り込んできた。
「私も! 私も冒険者になる!」
「お、おい!? ディアーネまでか!?」
「私も農家の嫁になるとか考えられないもん」
「あー……そんなに嫌か、農家の嫁は」
「「イヤ!!」」
俺とディアーネは声を揃えて答えた。
困り顔のディアマンドは、後頭部をガリガリと掻いて天井を見上げた。
「お転婆に育てちまったなあ」
「結婚して子育てと家事と農作業に追われる人生に何の魅力もないよ、お父さん。私、レイシアと一緒に冒険者になって一旗あげるんだ!!」
「一旗あげる、ねえ。具体的にはどんなことを考えているんだ?」
「前に聞いたけど、冒険者として武勲を上げると、騎士爵に任じられるんだよね? それを目指そうかと思う」
「……そんな話もしちまったなあ」
ディアマンドは長い溜息をついた。
騎士爵?
「冒険者として活躍すると、騎士になれるの?」
俺はふたりに問うてみた。
ディアーネは「うん!」と笑顔で応える。
「国で任じられた騎士爵は一代限りの爵位でね、でも最底辺とはいえ貴族様になれるんだよ」
「へえ」
「農家のお嫁さんは想像もつかないけど、騎士のお嫁さんならやっていけると思うの」
「「へえ」」
俺とディアマンドは声を揃えてディアーネを見やる。
まあ自警団の訓練でもあれだけ剣を振り回しているのだ、農家より騎士家の嫁に相応しいといえばそうかもしれない。
ディアマンドは「じゃあ十歳を目処に旅立つことだな」と言った。
「あと二年のうちに準備を終えろ。具体的にはディアーネは鋼の剣を一本、購入するだけ稼げ。レイシアはそうだな、旅に必要な道具類……雨露を凌ぐためのマントや背嚢、着替えやなんかを揃えておけ」
俺とディアーネはふたりで顔を見合わせた。
「自警団員の給金を当てるんじゃねえぞ。ちゃんと自分で稼ぐんだ。森へ入る許可を出す。武具を貸してやるから、動物や魔物を狩って金に変えろ」
それは願ってもない話だった。
SPを稼ぐチャンスである。
「分かりました!!」
「わ、分かった。やる!!」
元気のいい俺の返事を見て、ディアーネも覚悟を決めたようだ。
ディアマンドは「じゃあ訓練も厳しくするから、そのつもりでいろよ」と告げたのだった。
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