8.魔法使いレイシア

 ブルーベアは序盤のクエストのボスにも抜擢される強力な魔物だ。

 一撃が重く、一気にHPを二点削ってくる攻撃力の高さと、〈投石〉程度のダメージなら表皮が無力化してしまうほどの防御力の高さを誇る。


 いくらかの傷が見て取れるから、自警団員も頑張ったらしい。

 しかし神殿への突破を許したということは、自警団の全滅は確定だろう。


 ――やるしかないな。


 序盤のボスだけあって、初期状態のキャラクターでも勝てなくはない。

 つまり今の俺でも、ブルーベアを討伐できるはずだ。

 恐怖に負けなければ、の話だが。


 俺のHPは十二点あるが、しかしブルーベアに殴られて二点のダメージで済むとは思えない。

 例え二点のダメージで済んだところで、怪我をしたら動きは鈍る。

 ホーンラビットのときと同じだ。

 基本的に攻撃はすべて回避するのが前提。


 ギュッと抱きしめられる母の両腕から抜け出して、俺はブルーベアの正面に立ちはだかった。


「レイシア!?」


 悲鳴混じりの母の声。

 ごめんなさい、お母さん。

 今から、俺が無茶をするけど、――絶対に勝つから心配はしないでくれよな。


「〈ウィンドカッター〉!!」


 シュパァン!!


 袈裟斬りにブルーベアの胴体を切り裂く風の魔法。

 よし、効く。

 ダメージを与えられる。

 ならば、――勝てる!!


「ガアァァァァッ!!」


 突進から右腕を振るうブルーベア。

 速い。

 ガシャン、と音を立てて長椅子が宙を飛ぶ。


 横に飛んで回避した俺は、再び魔法を放つ。


「〈ウィンドカッター〉!!」


 シュパァン!!


 ブルーベアは水属性に耐性がある。

 攻撃するなら〈ウォータースピア〉以外が望ましい。


 そこからは一方的な戦いになった。

 神殿内に並べられた長椅子がブルーベアの行動を阻害するので、いちいち破壊して回る敵に対して、俺は素早く攻撃範囲から逃れて魔法を放つ。

 出血を強いる〈ウィンドカッター〉の斬撃が幾重にも傷を作り、五発目の〈ウィンドカッター〉が致命傷となったようで、ブルーベアはその場にドウ、と倒れ伏した。


 シン、と静まり返る神殿内。


 ザワザワと困惑混じりの空気が、神殿内に満ちていく。

 父エドワードが呆気にとられた顔で、立ち上がった。


「レイシア……お前、いつから魔法なんて使えるようになったんだ」


「少し前に、妖精さんから授かったの」


 俺は嘘をついた。

 まあクラスチェンジできたのは妖精のお陰なわけだから、あながち間違ってはいないのだが。


「妖精だって……?」


「うん。それより外はもう大丈夫? 魔物は他にいない?」


 俺の疑問に応えたのは、父ではなかった。


「それなら大丈夫だ。お嬢ちゃん。ブルーベアのうち一頭は自警団で仕留めた。村に入ったのは、お嬢ちゃんが仕留めてくれたのかい」


 神殿の壊された入り口に立つのは、大剣を手にした男だった。

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