7.青熊、襲来

 幸いなことに森に無断で入ったことはバレずに済んだ。

 それからの日々はまた農業の手伝いだ。


 ふと思いついてクラスを【魔術師】メイジから【農民】ファーマーに戻した。

 この状態でも魔法は問題なく使えるし、クラスが【農民】ファーマーの状態だと農作業の手伝いをすることでSPが稼げることが判明したからだ。

 もっとも稼いだSPはもう【農民】ファーマーにはつぎ込む予定はないが。

 貯めて【魔術師】メイジの上級クラスの証の習得に当てたい。


 ……まあ【農民】ファーマーで稼げるSPなんてたかが知れているけど。


 農業それ自体ではなく、父の手伝いだ。

 SPを大きく稼ぐには自分で畑を耕したり、水を撒いたりして作物を収穫するところまでひとりでやらなければならないだろう。

 五歳児に畑をひとつ、任せても良いという大人はいないだろうから絵空事だ。


 しかしそうなると、やっぱり森に入って魔物を狩りたい。

 このままじゃいつまで経ってもSPが貯まらないぞ。

 かと言って、魔法を見せるのも憚られる。


 なんとはなしに聞いた話によれば、魔法使いになるには、魔法使いに弟子入りする必要があるらしい。

 恐らくそれまでのクラスから【魔術師】メイジにクラスチェンジして、初期魔法の習得を行うことを指しているのだと思う。

 メニュー画面が使えなければ、そうした回りくどい行いを経なければならないわけだ。


 逆に言えば、ただの農家の娘がいきなり魔法を使いだしたら、どんな目で見られることやら。

 神童現る、となるならいいのだが、魔女狩りじみた村八分に家族を巻き添えにする可能性だって考えうる。


 ところで村には神殿があり、七歳になると文字や算数を習いに通うことになる。

 神殿の長である司祭様は恐らく【神官】クレリック系のクラスについていることだろう。

 大きな怪我をしたら神殿へ。

 そう聞いているから間違いなく回復魔法が使えるはずだ。


 もう少し大きくなって神殿学校を卒業したら、村を出るのもいいかもしれない。

 その頃には魔法を使った場合の周囲の反応も想像できるだろう。


 父の手伝いで草刈りをしていると、突如としてカンカンカン!! とけたたましい鐘の音が村中に鳴り響いた。

 呆気にとられて立ち上がると、父は険しい顔で「魔物が出た。神殿に避難だ!」と俺たちの手を取って、家の方へ早足で向かう。


「ネイナ! ライザ!」


 父エドワードが母と姉の名を呼ぶ。

 長兄アドワルドと次兄イズカイア、そして俺ことレイシアは既に父に連れられている。

 果たして、母と姉は家にいた。

 一家全員、揃ったわけだ。


「エドワード……この鐘は……」


「ああ、魔物が現れたんだ。急いで神殿に避難だ」


「分かったわ。ライザ、レイシア、私と手を繋ぎましょう」


「アドワルドとイズカイアは俺と手を繋ぐぞ」


 父は兄ふたりと、母は姉と俺と手を繋いで、神殿に向かう。

 神殿は村の真ん中にある。

 続々と村人が避難してくるなか、司祭様が杖を持って村の入り口の方へ駆け足で立ち去っていった。


「ねえお父さん、司祭様はどこへ行くの?」


「ん? 自警団の手伝いだろう。司祭様は回復魔法の使い手だからな」


 なるほど、こんな長閑のどかな農村にも自警団なるものがいるのか。

 魔物が跋扈する世界だし、そういうのがいるのは心強い。


「さあ、神殿に入るんだ」


 俺たち家族は神殿に入った。

 中には既に避難してきている顔見知りの家族らがいた。これからもどんどんやってくることだろう。

 神殿の礼拝堂は広い。

 小さな農村の全住民が入っても余裕があるだろう。


 ガァァァァァァァアアアッ!!


 そのとき、神殿の外で魔物が咆哮をあげた。

 避難してきた人々は皆、一様に顔色を悪くする。

 そりゃ自衛手段もなにもないのだから、怖くもあるだろう。

 しかしホーンラビットじゃないな、あの大声は……。


 外が騒がしくなる。

 戦いは村の入り口の方だったはずだけど……まさか突破されて村に侵入を許したのか!?


 外では必死に戦う自警団員の声と、それを嘲笑うかのような暴力的な打撃音が鳴り響く。

 打撃音とともに途切れる自警団員の声。

 被害が出たのだろうか、俺は拳を握りしめて、扉の方へと注意を向ける。


 しばらくすると、自警団員の声が聞こえなくなり、静かになった。

 その静けさに不穏な空気を感じ取ったのか、避難してきた人々は恐怖に青ざめている。

 外の状況はどうなっている?


 ダァン!!


 扉が吹き飛んだ。

 魔物の体当たりだった。


 ……あれは、ブルーベア!!


 青い熊、という名の通り、その全身は青の毛皮に覆われている。

 今は返り血を浴びてところどころ赤いが。


 神殿内に悲鳴が響き渡った――。

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