第2話:探偵は少年と出会う/詩的模倣(2)
「まずは自己紹介として、ぼくの
冒険者と纏められる様々な固有生業の中で、例えば勇者が剣や盾、魔法使いが杖や
ぼくらは既に魂の喪われた亡骸を操ることが出来ます。
故に、
ここですぐさま注意を促しておかなければならないのは、ぼくらの使用する
唯一、神のみに可能な御業によって無から産み出された生命を、たかが人間如きに完全な形で扱うことが出来ようはずもありません。
では、基本的に屍操術士が何をしているのかと言えば、抜け殻となった人間の骸を手掛かりに、ある種の設計図に近い形でそれを動かしていた魂を
だから、死者を蘇らせるのではありません。そこにかつてあった本人の意志が戻ることはなく、ただ単にぼくらの命令によって動くようになるだけ。
そうした仮初の魂を
ちなみに扱える対象は人間に限られていて、その理由は、あくまで現段階における一つの通説ではありますが、別の動物に対して同じように義魂を製造しようとしても身体の構造が異なりすぎるが故に反転工学が上手く働かず、骸を正確に制御して動かすまでには至ることが出来ないからだと言われています。
そのように対象の限られる固有生業であるものの、かつて人間同士の争いが頻繁に起きていた時代には、かなり重宝されていたようです。
戦争では人間の命がいとも容易く失われてしまいます。しかし、それに合わせて、新たに生まれる人間の数を増やすことは簡単ではありません。
そのような不均衡の中で、当時の戦争における主体であった国家は、戦力の低下を看過出来ないが故に、屍体の再利用を極めて効率的で有効な策として軍事計画に選択しました。
結果、屍操術士に率いられた屍徒の軍勢は量産され、各地の戦場で活躍をしたと様々な記録に残されています。
ただ、活躍しすぎた、とも言えるかもしれません。
戦後、状況が落ち着きを見せてくると、権力者たちは次第に、たった一人で戦局を変えかねないほどの力を持つ屍操術士を危険視し始めるようになったからです。その中には、妄想に囚われた挙句に、それまで自分に仕えていた屍操術士たちを秘密裏に暗殺した君主も少なからず存在したほどであったといいます。
また、それと並行して一般でも、人々は次第に屍操術士という存在に対する倫理的問題を意識し始めました。
曰く、死者への冒瀆ではないか、と。彼らの言い分も尤もではあります。誰だって身内が亡くなった上で、その骸を弔うことすら出来ずに奪われて再利用されることに拒否感を覚えない訳がない。戦時ならば兎も角、平和な時代になれば尚更でしょう。
実際、とある街ではこのような事件の記録が残っています。
ある日、子どもと食事を摂っていた妻が手紙の配達を告げる扉のノック音で玄関へ向かうと、そこに立っていたのは、戦没連絡を言い渡された夫が配達人の制服を着た姿でした。その姿を見た妻は即座にかつて夫であった屍徒を部屋に押し込むと、業務妨害を主張する郵便会社からの屍徒返還要求を籠城の構えで拒んでしまったのです。
最終的には、痺れを切らした郵便会社が元夫である屍徒に自ら外へ出るよう命令を下したせいで籠城は内から崩壊したものの、この事件は大きく取り沙汰され、屍徒に対する世論の形成に大きな影響を与えた事件だと言われています。後世から見れば、この家族は、試合に負けて勝負に勝ったと言えるかもしれません。事実、郵便会社は大きな非難を浴びました。
ここで難しいのは、家族の行動を単に非倫理的な犯罪行為と一方的に看做すことが出来るかどうかでしょう。犯罪要件が倫理や道徳と常に重なるとは限らない。寧ろ、彼らの行動こそが倫理的だという見解だって充分すぎるほどにあり得る。
そして、当時の世論は概ね後者へと傾いた、ということですね。
こうした時代の変化から、屍徒運用に関する条件を厳しく取り締まる協定として、
例えば、それ以前には一人の屍操術士が操る屍徒の数に上限はなかったのですが、この協定により特殊な状況を除いて人間同士の争いに用いることの出来る屍徒は屍操術士一人につき一体までという規則が設けられてしまうなど、様々な制限が作られることになりました。
そして、その流れに押し流される形で閑職へと追いやられていく屍操術士の運命を更に決定付けたのが、戦争に替わり突如として現れた人々の平和を脅かす謎の存在、いわゆる
迷宮が如何なるものなのか、どうして現れたのか、その謎を解いた人間は未だ存在しません。
迷宮内部からスポーンしてくるモンスターを蹴散らしながら迷宮の最深部まで踏破したパーティーは存在するものの、さながら最奥に隠された迷宮の
その冒険から帰還した者は、他のモンスターたちはまるであのボスに産み出されているかのようだったと、後に語りました。
どうして、この迷宮の出現が屍操術士の衰退に関係するのか。
それはまず、単純な算数の問題として人間同士の戦闘と、人間対モンスターの戦闘では、生まれる屍体の数が半分になるからです。
屍操術士が戦争で最も恐れられたのは、屍操術士の率いる屍徒の軍勢は相手を殺す度にその屍体も自らの軍門へ強制的に下して、雪だるま式に戦力を増加させることが可能であった点でした。
でも、既に述べた通り、屍操術士に操ることが可能なのは人間の屍体に限られる。一応、モンスターとの戦闘は先程に述べた屍操術士の制約が働かない緊急事態の一つとして数えられていますが、幾らモンスターを斃したところでその屍体は戦力として再利用することは出来ない。だから、屍操術士をパーティーに組み込んだところで、戦力を増強するタイミングというのは、戦闘中にもしものことがあった場合に自ら、もしくは仲間の屍体を屍徒として再利用する構成、ということになります。だけど、最初から自分たちが死ぬことを前提にする者など、そう多くいるはずもありません。
結果、屍操術士は嫌われ者のお荷物として、本格的に冒険者ギルドの窓際へと追いやられることになったのです。
これが、屍操術士に関する教科書的な理解。
だけど、これだけではぼくと貴方の特殊な関係を理解するには至らない。
それを把握して貰うためにはまず、改めて屍徒に関するもう少し踏み込んだ説明をする必要があるでしょう。そうすれば、一般的な屍徒とそうではない貴方との違いもすぐ理解して貰えると思います。
屍操術士が一般的に、既にある人間の屍体を手掛かりにしながら、元々あったはずだと仮定される魂を模倣した義魂を反転工学的発想で作り出して屍徒運用を行うことまでは既に説明しました。
ここで重要なのは、ぼくらはあくまで無から有を作り出す訳ではないということ。
人間の身体を組成する成分を並べてみるだけなら、それほど複雑ではありません。『水35ℓ、炭素20㎏、アンモニア4ℓ、石灰1.5㎏、リン800g、塩分250g、硝石100g、イオウ80g、フッ素7.5g、鉄5g、ケイ素3g、その他少量の15の元素…』。
このように、ある種、お決まりのように並べ立てることの出来るこれら各種物質を集めたところで、人間を新たに産み出すことはぼくらには出来ません。
人間という存在は決して物質のみに還元され得ず、必ず余剰が持っているのです。その余剰を、ぼくらは便宜上、魂と呼んでいます。
人間はまず
世間では、屍操術士を反魂の技術と勘違いしてしまっている方々も多くいますが、それは大きな間違いです。寧ろ、屍操術士も、敬虔な神の信者だと言えるでしょう。彼らが精も根も尽くして目指しているのは、神の論理によって産み出された現に存在する人間から、不可能だと知りながらも、あるべき魂を出来る限り正しく描写し直すことなのですから。彼らの営為もまた、源流たる神へ至る祈りなのです。
ただ、唐突にはなりますが正直に告白すれば、ぼくはそうした考えに対して、異論まではいかずとも、不足は感じてしまった。
だから、彼らとぼく、引いては一般的屍徒と貴方の違いは、まさにこの疑問を元に生じたものだと言えます。
それは、本当に神は、現に存在するものしか創造し得なかったのか、ということ。
だってそうではありませんか。
神が真に万能ならば、論理的に組み立てられるものは何であろうと創造することが出来るはずです。例えば、太陽は東から昇って西へ沈んでいきますが、太陽が西から昇って東に沈んでいくという文章だって論理上で矛盾無く成り立ちます。単にそれはこのぼくらが生きる世界の物理的現実との整合性を持たないというだけで、神はそうした可能世界も創造し得るし、実際にそれを幾つも創造しているはずなのです。
そうであれば、現に存在しない、けれども存在し得る人間を可能世界から引用することならば出来るかもしれない。それは、人間に神の御業たる創造は不可能だとする禁則にも抵触しない可能性がありました。
即ち、僕が目指したのは、現に存在する屍体を継ぎ接ぎすることで、この世界には存在しないけれどもあり得たかもしれない可能世界に神が想像しただろう人間を模倣すること。そうすることで、もしかしたら、論理的には成立するある種の能力にのみ特化した個性を持つ人間を発明することが出来るかもしれない、と。
そのために必要だったのは、一体の屍徒を作るのに必要な一人分の屍体ではなく、もっと多くの屍体でした。
その調達には骨が折れましたが、今回、不幸中の幸いで、ぼくのことを一時的とはいえパーティーに参加させてくれた方々の訃報が手続きの処理に遅延があったお陰でぼくの元に届いたことにより、どうにか実現へ漕ぎ付けることが出来ました。まあ、出来る限り人の目に付かない時間を狙って冒険者ギルドを訪れた際に対応してくれたあのお姉さんに些かの引け目を感じないではないですが……これも全てはある目的のためだと割り切りましょう。
ここまで説明して、ようやくぼくは、貴方に期待している
それは、謎を解いて貰うこと。
それも、並大抵の謎ではない。
ぼくが貴方に下す一つ目の命令は、まずはあの迷宮という謎を解いて貰いたい。
そのように存在するのが、貴方だ。
貴方は、そのために発明されているのです。
さて、そろそろ義魂の定着も終了する頃でしょう。
これまでの会話も、既に聞こえていたはずです。意識不明の状態で寝ている者も、周囲の声だけは耳で捉えていることがあるのと同じく、義魂定着作業中の屍徒はまず耳から機能が働き出すようなので。
最後に一つだけ。
貴方は、
そのように歩む貴方の姿は、大半の人々から、多くの死を背負いながら荒野を行く悲しき獣だと思われるかもしれない。
けれどぼくは、貴方もまた神の論理を証明し、伝承する使徒の一人だと考えます。寧ろ、その欠落こそが、貴方を屍徒ではなく、真の使徒たらしめる。
だから、どうか、ぼくの願いを叶えて欲しい。
この世界から神の論理が失われていないことの証明を。
絶対に謎の迷宮入り赦さない者として。
その先に、きっと僕が本当に解いて欲しい謎も待っているはずです。
……ちなみに、そのような者を、別の可能世界ではこう呼ぶらしいですよ。
名探偵、と。
さあ、目を開けて下さい。」
その声に呼び起こされるようにして、少年の前で魔法陣に横たわっていた屍徒──私が目を開く。
「──なるほど。概ね、理解した。」
まるでそう呟くのがあらかじめ決まっていたかのように、少年に名探偵と呼ばれた屍徒の口から自然と言葉が零れた。
見下ろす少年と見上げる屍徒、二人の視線が絡み合う。
そうして、その夜、少年と後の名探偵は決定的な、運命とも言えるような出会いを果たしたのだった。
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