第三章プロローグと幕間

第55話「神の独り言」

「馬鹿な……龍3号が倒されるなど……馬鹿な……有り得ぬ……」


『龍』はジオイドを管理する上で根幹となるシステムである。倒されることなど想定していない。

 あれを殺すのは無理だ。絶対に。

 そう設計してある。


『龍』はこのジオイドを間接的に管理するため、神が手ずから組み上げた特別な存在だ。

 いずこかの神の創り給うた世界で被造物として生まれ、その世界の殻を破って神として昇華したジオイド神は、かつての自分と同じ立場である人類を決して侮ったりはしない。

 その愚かしさを嘲ったり、無知蒙昧ぶりに失笑することこそあるが、彼らを侮ることだけはしなかった。

 それはまだ人類が存在しなかった、このジオイドを創造したときからそうだった。

 ゆえに、油断ならない人類を適切に管理するため、その頭を未来永劫押さえておくために、強大なる管理者『龍』を設定した。

『龍』の肉体に使われている素材は、ジオイドには存在ないものだ。いや、より正確に言うならば、ジオイドには『龍』に使われた素材未満のレベルの物質しか存在しない。

 これは、ジオイドに生まれた者では物質的に『龍』を傷つけることができないことを意味している。

 また、『龍』の霊的な核──魂とでも呼ぶべきものは、一般的な知的生命体のおよそ百倍の密度のエネルギーによって構成されている。この場合の一般的な知的生命体とは、ジオイド以外の世界の知的生命体も含めた全ての、ジオイド神が知覚できる範囲の全ての知的生命体の平均値のことである。

 これはそのまま、存在の格の違いを意味している。たとえ霊的・魔法的な手段を用いたとしても、一般的な知的生命体では『龍』に対抗することはできない。『龍』に対してよほど強い感情でも持っていない限り、立ち向かおうという気さえ起こらないのだ。


 さらに、7体いる龍にはそれぞれ加護が授けてあった。

 龍3号に授けた加護は【堅牢】。

 いかなる手段でも龍3号は傷つけることができず、惑わすこともできない、というものだ。


 つまり神の常識的に考えて、どうやってもジオイド内で『龍』が倒されることなど有り得ない。


「……だが、その有り得ないことが起きた。有り得ないことが起きたということは、前提が間違っていたということ。間違っていた前提とは……どれのことだ……?」


『龍』を傷つけ得る物質がジオイド存在しないこと、だろうか。

 否、『龍』もジオイドも、神自身が緻密な計算のもとに生み出したのだ。もう数億年も何事もなく運営してきて、今更それはない。

 では、『龍』の存在の格が人類とは比べ物にならないほど大きいこと、だろうか。

 否、これも間違いのないことだ。仮に天文学的な確率の突然変異によって、『龍』の存在を凌駕するほどの個体が生まれたのだとしても、神がその手で生み出した種族にそんな変化が起きれば、さすがに気が付くはずだ。

 ならば、【堅牢】の加護が効いていなかったのだろうか。

 否、神が自ら与えた加護である。もし効いていなかったとしたら、これもやはり数億年の間に気がついていたはずだ。


「……イレギュラーとして考えられうるとしたら」


 地球の神から送られた愛らしい昆虫たち。

 あれらはジオイドの神が生み出した存在ではないため、突然変異が起きてもわからないかもしれない。

 また異世界からの来訪者であるため、彼らに対しては加護が正常に機能しなかったのかもしれない。

 しかし、あくまで可能性でしかない。そして「そういうことってある?」と誰かに聞くこともできない。

 そもそも異世界間での生命体のやり取り自体が非推奨行為である。それによって起きた問題で滅んだ世界も多くあるからだ。


「自分で調べてみるしかないな。やれやれ……あの愛おしい者たちを疑うのは心苦しいのだが……。仕方ないな」


 突然変異を疑うには、まだ世代交代が少なすぎる。

 一応、他に考えられそうなことがないから疑っているが、神自身もまさか本当にゴキブリが『龍』を倒したなどとは考えていない。


「一応、ゴキブリたちを調べるよう他の龍に命じておくか。決して手荒な真似はしないよう厳命しておかなければな。そうだな……。龍4号が確か、龍の中では最も小柄な個体だったか。ヤツに神託を降ろしておくとしよう。

 ついでに、龍3号に命じるつもりだった、決戦魔術具の後始末もやらせておくか。神託を降ろそうとして結局忘れたままだったからな……。真面目な3号のことだ。生きていれば、自発的にやってくれていたかもしれんが……いや、今更言っても詮無いことか……」




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